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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


深淵のコスプレ事情〜注意書きは予めちゃんと読みましょう

 夏である。
 夏と言えば海である。
 …更に言えば今みなもの居る『ここ』は――その底である。
 深海のどこか、『陸』からはわからないその場所。
 確か、海の最深部二位に『存在』しているんだとか何とか前に聞いたような聞かないような。

 …とにかく、ここは、みそのお姉様の衣装部屋。

 夏休みも残り少ない。
 そんな今の時期、みなもは――この場に、遊びに来ていた。
 …と言うか、『着せ替えお人形』をしに来ている。
 自分が遊んでいるのだか、みそのお姉様が遊んでいるのだか、はたまた他の誰かが楽しんでいるのだか――あんまりよくわからない。
 取り敢えず自分としても興味があるので、純粋に楽しみにしてはいた。
 相変わらず際限無く広いその場所に、数限りなく衣装が――ずらりと並んでいる。
 きちんと分類されてそこに見えるのは、メイド服やらバニーガールファッション、ゴスロリ等々『いつも』の服。
 が。
 …実はこれらは『“陸”用』、との事。
 つまり、そうでないものもあるらしい。
 例えば、『持ち出し禁止』の衣装。
 即ち、取り扱い次第では危険な代物らしい。
 そしてみなもの今日の目的は――この、『持ち出し禁止』の類の衣装。
 …何やら『存在』を『着る』事によって『それ』になりきれるとか何とか…。
 ある意味究極のコスチュームプレイでは。
 どうしてそんなものが深淵の巫女の衣装部屋にあるのだろう? と言う疑問はこの際、無しだ。
 面白ければ、楽しければ良いのである。

■■■

「あの、これは…どうやって?」
 とある『衣装』を前にして、下着姿のみなもは可愛らしく小首を傾げた。
 黒い。
 具体的にその色が、と言うのではなく、『存在』が。
 黒い気がした。
「それは…“リリム”ですわね?」
 ふむ、と頷き、みそのお姉様がそう言います。
 その時にはみそのお姉様の手はその“リリム”と言うものらしい衣装に伸びていました。
「?」
「“悪魔”ですわ。出奔したアダムの最初の妻、リリスの娘。夢魔の前身、とも言えますかしら?」
「夢魔、ですか…?」
 そう言われてもみなもにはあまり良くわからない。
「えーと、“着て”みても、良いんでしょうか?」
「勿論ですわ。その為に来たのでしょう?」
 ふわりと笑い、みその。
 そしててきぱきと、注意事項を聞きつつ、みそのお姉様の手も借りて、その“リリム”を身に着ける。
「そう、ここに手と足を入れます。わかりますわね? ああ、これもちゃんと、頭に付けて。同化するように」
 何やら色々と調整し、みそのは最後、“リリム”を纏ったみなもの肩にゆっくり手を置く。
「出来ましたわ」
 そんなみそのの声が響く頃、みなもの表情は、どこか淫蕩になっていて。
「…そんな風に優しく触らないで頂ける? それだけで感じてしまうわ」
 普段の優しい穏やかさが見る影も無く、闇の似合う、何処か高飛車で不敵な声がみなもの口から発される。
「…お似合いですわ。みなも」
 そんなみなもの姿を見ても、みそのお姉様は相変わらず。
 いつの間にやら彼女の手にはカメラまで用意されている。
 折角ですから、撮りましょうね? と当然のようにレンズを向ける。
「なるべく美しく…男を狂わせるような姿に撮って下さるかしら? みそのお姉様?」
 闇が滴るような妖艶な笑みを浮かべ、みなも。
 …効能通り、なりきっている。
 白皙の肌に深い青の髪と瞳の、まだまだあどけない筈の美貌も――今ばかりはやけに大人びて見えて。
 身体の線がはっきりとわかるようなその姿は、その細身な体型にも関らず、危うい色香に溢れていた。

■■■

「はー、びっくりしました…」
 先程“着て”いた“リリム”を脱いだみなもは深く息を吐く。
 別に記憶が無くなる訳では無い。“着用中”はそれが当然、のような気になってしまうのだ。
 何だか無性に、男と見れば誰彼構わず押し倒してしまいたくなる、そんな危うい好色さが頭を支配していて。
 常ならぬ昂揚感が、異様に心地良くもあった。
 ………………『持ち出し禁止』の理由がわかった気がする。
 こんなもん着て“陸”でトリップしてたら、めちゃくちゃ危ない。
「次は、“これ”なんかどうかしら?」
 言いながらみそのが差し出したのは、また何やら良くわからない、今度は、白く、清廉な、『存在』。
「今度は、何ですか?」
「“熾天使”ですわ」
「“熾天使”?」
「神に最も近い場所に居る、“天使”です」
「…何となく、熱、持ってませんか?」
「その身体は純粋な光。いえ、炎と言うべきかしら…とにかく神への想いで燃え盛ってできていますもの。精妙なバイブレーションで神と意思伝達をするとも言われますわ」
 にっこりと微笑んで、さあ、と勧めてくるみそのお姉様。
 素直に受け取ったみなもは、先程の“リリム”のようにそそくさと着込みます。今回はみそのお姉様はみなもの着替える様子を『視』ていただけ。困っているようなら、そこで手を出すつもりだったようです。
 けれど今回はひとりで“着る”事ができて。
 途端。
「…ぁ」

 やっぱり、熱い。
 熱くて、堪らない。
 けれど同時にその荒々しいまでの熱が――信じられないくらい、心地良くて。

「かみさま、かみさま、かみさま、かみさま」
 気が付けばずっと呼んでしまっている。
 天上の神を称える言葉しか思い浮かばない。
 そんなみなもを見ても、みそのは穏やかな微笑みを浮かべたまま。
 カメラのレンズを向けて、やはり、かしゃり。
 みなものこの様子は、予想通りの事だったらしい。

 …ところで深い海の底で封印されている“神”様に仕える深淵の巫女さんの衣装部屋に、罷り間違って仕えているのとは別の神様を称えてしまいそうな物体があっても良いんですか?

 ですからその手の疑問は取り敢えず無視の方向で。

■■■

 そしてまた“熾天使”を脱いだみなもは再び深く深く息を吐く。
 熱を持っていた身体が、何となく、だるい。
 けれどとてつもない幸福感が残っている。
 他の事などどうなっても構わないような。他の事に思考を裂くのが勿体無い。そんな風になっていた。
 ………………やっぱり危ない衣装なんですね。
「…まあ、こんな感じで、色々着てみると宜しいですわ」
 ぱむ、と両手を合わせ、みそのお姉様は心底楽しそうにそう告げる。
 だいたい、着方もわかったでしょう? と確認しつつ。
 みなもはこっくりと頷いた。
 …他にはどんな『衣装』があるんでしょう?
 結局、そんな興味の方が勝っている。

 そしてみそのお姉様が所用で少し中座した時。
 みなもはとある棚にあった、白く泡立つ“なにか”に目を留めた。
 …ここにある以上、これもまた衣装のひとつ。
 それもこの一角は…殆ど『持ち出し禁止』の衣装だとみそのお姉様が言っていた。
 と、なると、これもまた。
 …さっきまでのと同じような。

 そ、と触れてみた。
 何処となく、湿っている感触。
 …変なの。
 でも、面白そう。

 みなもは決めて、ゆっくりと、手に取った。
 と。
 その白く泡立つ“なにか”から、はらり、と小さな紙のような物が落ちる。
「?」
 みなもは一瞬そちらに気に留めるが、やはり興味の方が先に立った。
 ――白く泡立つ“なにか”。
 何だろう?
 何はともあれ、“着て”みればわかるでしょうか?
 そう思い、身に着け始めます。

 が。

 着終えた、途端。
「や…ぁ…っ」
 ぶくぶく。
 泡立つ、“なにか”が身体をぐいぐいと押している気がした。
 …何、これ。
 押されるどころか、蝕まれて行く強烈な感覚が身体中に満ちてくる。
 誰かが無理矢理自分の中に入り込んで来るような。
 誰かが自分を少しずつ削り取り、奪ってでもいるような。
 何とも言えない痛痒感。否、痛みの度合は薄く、むしろ快感の度合が――。
 じわじわと柔らかく食まれるようなとんでもない感覚に気が遠くなりそうな中、今“着て”いるこの『衣装』から、先程…実際“着る”前に落ちた小さな紙のようなもの――ラベルが…視界の隅にちら、と入る。
 曰く。
 ――『着用禁止』。
 げ。

「…やっ…みそのお姉様ぁ…っ」

 我に帰って声を上げるも、白く泡立つ“なにか”に蝕まれつつのみなものその声は、助けを呼んでいるのか、はたまた感極まっての嬌声かいまいち判別付かず。
 喘ぎながらも、意識が、すぅ、と遠のき掛ける。
 …やだ、こわい。

「………………みなも? ちょっと? 大丈夫!?」
 漸く戻って来、私の様子に気が付いたみそのお姉様の声もやっぱり遠ざかる。


 教訓・特にわざわざくっつけられている注意書きは予めちゃーんと読みましょう。

【了】