 |
人形博物館へようこそ！
●真夜中の招待状
東京某所の古い洋館の中に、賑やかな話し声が響いていた。
だが本来、この時間この場所で話し声が聞こえるなどあり得ない。
何故ならこの洋館はアンティークドールを集めた博物館で、現在時刻は真夜中三時。当然、一般客は入れない時間である。
にも関わらず、クスクスと笑いながら軽やかに話す声が、確かにここに存在していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ある日、月刊アトラス編集部にある広告が入っていた。
今時の広告にしては珍しく、シンプルに用件が書いてあるだけだ。
そこに書かれていたのはたったの三行。『アンティークドール博物館へいらっしゃいませんか？』というメッセージと、その場所と会館時間だけ。
アンティークドールといえば怪奇現象と関わる可能性の高い品ではあるが、これだけの情報で動く気にもならず。
それでもとりあえずざっと上から下まで眺めていたところ、麗香の視点がぴたりと一箇所で止まった。
広告の記載によると、アンティークドール博物館の会館時間は、夜中の一時から三時までの時間らしい。
「･･････なにかありそうね」
通常こんな時間に営業する博物館などない。
イコール、普通ではないと言うこと。
「三下君！」
「は、はいっ！！」
――ドンガラガッシャン！！
返ってきた声とほぼ同時に大きな音が室内に響く。
音の原因にチラリと目をやって、麗香は呆れたように息を吐いた。
途中で派手にすっ転ぶ辺り･･････予想を外さない男である。
「ここに行ってくれる人材を探しなさい」
「は？」
三下に広告を見せて告げると、三下はきょとんとした表情で広告を見、それから麗香を見た。
「あの･･･これ、ですか？」
「そうよ」
三下は動かない。
なおも広告を見つめて不思議そうな顔をしている。
「ほら、さっさと動くっ！！」
「はいっ！」
怒鳴りつけられて、三下はようやっと動き出した。
慌てて飛び出した扉の外で、三下はやっぱり不思議そうに広告を見て、ポツリと呟いた。
「観光地調べてどうするんだろう･･･」
･･････会館時間に気付いていない三下は、アンティークドール博物館と怪奇現象が繋がらなかったらしい。
●闇夜の博物館
雰囲気たっぷりの白い洋館、その周囲には蔦が覆うレンガの壁。
昼間に見れば綺麗な洋館だと感心することもできたろうその建物は、今は夜の闇に照らされてどことなく不気味な雰囲気を醸し出していた。
現在時刻は深夜一時を半分ほど過ぎたところ。人通りもまったくない。
調べた限りではここの営業時間は朝の十時から夕方六時までと、至極普通の博物館だった。
表向き――そう、この博物館が作っている公式ホームページを見る限り、この時間は閉館しているはずなのだ。
だが。
「一体だれが営業してるのかしらねえ」
開け放たれている正門と、明かりの灯る建物の窓を見て、エマは呟いた。
かつて個人所有の資産だったものをそのまま使ったらしいこの博物館のオーナーは、これといって不審点のない一般人らしい。ただ、オーナーはこの博物館をただの趣味として公開しており、ホームページ以外での宣伝は一切していないと言う。
昼間にも様子を見に来てみたが、見たところ普通の博物館だった。
入ってすぐの所は玄関ホール、天井付近には綺麗なシャンデリアがぶら下がっていて。建物は二階建てで、ホールの奥に二階へと続く階段。一階には左右に各二つ、合わせて四つの扉、それから正面にも扉が一つ。
階段を上がった先は真っ直ぐ先に進む廊下が一本。左右に各三つ。こちらは全部で六つの扉。部屋は全部で十一だが、実際の展示室は十。それぞれの展示室に目玉となる人形が一つずつあって、どれも可愛らしいアンティークドールばかりだった。もちろん、目玉以外の人形も含めてだ。
「･･････････ま、入ってみればわかるでしょ」
昼間の様子を思い起こしてしばらく立ち止まったままでいたエマだったが、ふいと呟き、門の向こうへと歩を進めた。
●どこかで聞いた声が･･･
気付いたのは、入ってすぐのことだった。
入って右にある玄関側の扉から、話し声が聞こえてくるのだ。それも、聞いたことのある声。
「あの子も来てるのかしら？」
一応の警戒は忘れないように気をつけつつ、扉の前まで来て耳を澄ませてみれば、それは間違いなく海原みなもの声だった。
もう一つ聞こえてくる少女の声は聞いたことのないものだが、様子からするにただ話しているだけらしい。それも、ずいぶんと楽しそうな雰囲気だ。
「邪魔しないほうが良いかしらねえ」
一応ぐるりと一階を回ってみたところ、他にももう先客が来ているらしい部屋があった。
左の玄関側の扉からも、穏やかな歓談の声が聞こえたのだ。こちらも聞き慣れた声――藤田エリゴネの声だった。
「やっぱり皆、あの招待状を見てきたのかしら」
まあ、どちらも歓迎されているらしく楽しそうな雰囲気だから、下手に邪魔をしないほうが良いと判断して、部屋に入ろうとはしなかったが。
結局二階までぐるりと回って――二階のほうでもなにか人の気配があったが、こちらは聞き覚えのない声だった。ここの会話もやっぱり楽しそうな雰囲気だった。
「ただ話がしたかっただけってこと･･･？」
一応の警戒をしつつ、エマは、手近にあったまだ先客の来ていない部屋の扉に手をかけた。
●カーテンの影から
扉の向こうは、昼間見たのとほとんど同じ光景だった。
だが一つだけ。違う箇所を見つけて、エマは彼女に向かってニッコリと笑みを浮かべた。
「こんばんわ、貴方が招待主かしら？」
途端、彼女――この展示室の目玉の人形――は、カーテンの裾に隠れてしまう。
だがこちらの様子も気になるらしく、チラリチラリと顔を覗かせてはまた隠れるといったことを繰り返していた。
彼女に向けて優しく笑顔を浮かべて見せたが、それでもダメ。
仲良くしたいんだろう、というのは見てわかるのだが、彼女は恥ずかしいほうが先に立ってしまっているようなのだ。
「なかなか、人見知りの激しい子みたいね」
こっそりと呟いて、エマはすうっと息を吸った。
「What are little girls made of?
What are little girls made of?
Sugar and spice
And all that's nice,
That's what little girls arc made of」
――紡がれたのは、可愛らしいメロディの、イギリスの童謡。この博物館にある人形のほとんどがイギリス生まれだと聞いて、いくつか覚えてきていたのだ。
･･････シンと静まり返った室内に、美しい歌声が響く。
人形はまだカーテンの裾を握り締めて体半分隠したままだったが、じっとエマのほうを見つめて、少しだけ顔を綻ばせた。
「･･･男の子は、カタツムリとか子犬の尻尾で出来てるのよね？」
ぽそぽそと小さな声だったが、声音は嬉しそうに弾んでいた。
「ええ、そうよ。よく知ってるわねえ」
にっこりと笑って見せると、今度は人形の方もにっこりと笑顔で返してくれた。カーテンの影から出てくると、スカートの裾を少し持ち上げてぺこりとお辞儀をする。
「えと。はじめまして。わたし、マリーって言います。えと、その、さっきはごめんなさい。その･･･」
「気にしないでいいわよ。初対面の相手だったから緊張しちゃったんでしょ？」
しどろもどろの挨拶に返事をかえすと、マリーは顔を真っ赤にして俯いた。だがすぐに顔を上げて、穏やかに気品漂う笑みを浮かべる。
まだ緊張している様子だったが、それでもきちんとエマの方を向いて、折目正しく頭を下げた。
「本日は私たちの招待を受けていただき、どうもありがとうございます」
「改まってお礼を言われることでもないわ。でもなんの目的で招待状を出したのかしら？」
マリーは少しばかり考えるような様子を見せて、それから、ちょっと困ったように笑った。
「私は、誰かと楽しくお喋りできたらいいなあって、それだけなんだけど･･･」
●お話したいの
「誰が言い出したんだかわかんないんだけど、ゲームをしようって話になったんです」
「ゲーム？」
エマの呟きに、マリーは苦笑を浮かべた。
「えと、この博物館には、私みたいに動ける子が全部で十人いるんです。で、そのうちの一人が、ゲームをしようって言い出して･･･。招待状を出して、来てくれた人に何か一つ持ち物を譲ってもらって、あとで皆で見せ合いっこしましょうって話になったんです」
「なんでわざわざこんな時間に？」
人を驚かすのが本意でないのなら、人がたくさん訪れる昼間にこんなふうに動きまわることが出来ないのは理解できる。
だがなんでまた丑三つ時になんて･･･････。
「んーと･･･それはルールを決めた子に聞いてみないと･･･」
マリーはしゅんと俯いて、すまなそうに答えた。マリーのせいじゃないんだからと慌ててフォローを入れて、それからエマはさらに何度か質問を繰り返した。
彼女は今回のゲームの発案者ではないうえゲーム自体にもたいして興味を抱いていなかったようで、あまり詳しくはわからなかったが、今回のゲームのルールでもう他の部屋には入れないこと――昼間に来ればまた違うのだが、夜でなければ彼女たちは動かないらしいので、話を聞くのは無理だろう。――はわかった。
どうしようか考えているエマの様子に、マリーが不安げな表情を浮かべた。
「えと･･･その･･･あの･･･普通のお喋りは、ダメ？」
「え？ ああ。ごめんなさい。そうね、せっかく逢えたんだもの。楽しく過ごしたいわよね」
にっこり笑って、持って来たお土産――可愛らしいラッピングと匂いのポプリだ――を見せると、マリーはパッと顔を輝かせた。
「うわあ、ありがとうございます。すごく嬉しいです！」
あんまりにも嬉しそうなその笑顔に、プレゼントをしたエマのほうまで嬉しい気分になって。
結局その日は他愛もないお喋りで時間を過ごした。
どうしても気になるならあとでみなもやエリゴネにも話を聞いてみれば良い。･･････まあ、彼女らの目的がわかっただけでも充分な収穫があったと言えるだろうけれど。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
整理番号｜ＰＣ名 ｜性別｜年齢｜職業
００８６｜シュライン・エマ｜女 ｜２６｜翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんばんわ、日向 葵です。
凪砂さん、ヴィエさん、マーヤさん、彬さん、鞍馬さん、エリゴネさん、涼さん。はじめまして。
みなもさん、エマさん、慶悟さんにはいつもお世話になっております。
今回はご参加いただきどうもありがとうございました。
戦闘を想定してくださった方もいらっしゃったのですが･･･見事にお喋りだけで一晩が終わりました（笑）
お呑気度が高い話となりましたが、楽しんでいただければ幸いです。
次にお会いする機会がありましたら、その時はまたよろしくお願いします。
――ＮＰＣ（お人形さん）紹介
グラディス｜人形たちの中で一番の年長者。今回のゲームの発案者。
ミュリエル｜お喋り大好きで早口。金髪ショートカット+深緑のような翠の瞳+白い帽子
ロ-ズマリ-｜愛称マリー。人見知りが激しい恥ずかしがりや
エリス ｜舌ったらずな幼児人形
エリザベス｜愛称リズ。生粋の(?)お嬢さま。緩いウェーブの金髪+海を思わせる深い碧の瞳
ジェシカ ｜至極普通の女の子。活発でお話好き。緩いウェーブの金髪＋赤のリボン。
ｷｬロライン｜愛称キャル。我侭無邪気なお子様。ストレートの金髪+青いリボン（兎結び）+蒼い瞳
エレノーラ｜愛称エレ。高飛車で子供っぽい。腰までの銀髪Ｓ＋金と青の瞳。
|
|
 |
