|
☆☆☆『Symphonic Rhapsody』☆☆☆
ヨーロッパは欧州――とある有名な都の一つ。
あたしは、その…チョットセンチメンタルで洒落た町並みを歩いている。
今、あたしってかなり不幸なのですよ――
ここ数日は、人生最大のパニック状態。
――不幸のピークなのかしら?
そうそう、両手で抱えた買い物袋が色々と物語ってくれているの…。
中身はお洋服、全部お洋服、これでもかってくらいお洋服…。
すっごく、悲惨ですわよね?
えっ、何がですって?
その、なんて言うか、負の感情って言いますか、怒ったりしますと…破ってしまうんですよ、服を――。
その意味分かりますよね?
――うぅ、恥ずかしい限りです。
あっ、理由…ですか?
あの、数日前にちょっと…古城の観光で事故に逢いまして――。
まあ、その…色々とあって、とにかく凄かったらしい(他人事みたいでゴメンなさい)のです。あたし、死にかけたりとかもしたし…。
その時の出来事が、発端になっているみたいなの。
ちょっとドラマチックって喜んだのも束の間――、
――何でこうなるのでしょう?
あっ、あたしの名前ですか…?
雨柳凪砂(うりゅうなぎさ)と申します、お見知り置きをっ♪
☆☆☆『プロローグ』☆☆☆
凪砂は自分の両肩を抱く姿勢で俯いていた。
心なしか彼女の華奢な肩もぷるぷると震えている。
えっ、何故かって…? 決まっていますわ。あたしの怒りと嘆きの体現です。
「も〜〜う〜〜〜嫌ぁ〜っ!!」
公衆の面前、異国の町の大通りの真っ只中で、それはそれは彼女にしては珍しく大声を上げる。いや、素直に絶叫だった。
「どうしてこう、あたしばっかりが、こんな仕打ちを受けるのですかっ!」
言葉の端に潤みさえ含む文句? ここ連日で溜まっていたフラストレーションが、とうとうリミッターを超えてしまったらしい。
特徴的な黒い瞳にも、うっすらとだが涙が滲んでいる。
健康的な日本美人っ…そんな彼女の表情はくぅ〜〜と、悔しさをまざまざに表しているし、ようは悔し涙とやるせない怒り、それに募りに募った苛立ち、もう限界ってところだろうか。
直接の原因は「掏り」であった。
往来でぼぉ〜と物思いに耽っていた外国人観光客には、けっして珍しくない災難である。
「うぅ〜悔しいです〜〜っ!」
普段控えめ&内気な性格の凪砂も、最近は情緒不安定っぽくて刺々としていた。
そして――、
負の感情爆発の瞬間だった。
――びりっ、びりびりびり〜〜〜っ!!
ド派手な、そして言い知れぬ不吉な予感。
「――あっ?」
少し遅れてちょっち間抜けな声。
えっと………。
これは……。
衣服が破ける音…かしら?
ま、ま、またなの〜〜〜?
身体を『影』に侵食される気持ち悪い違和感を覚えれば、数日前のあの情景がフラッシュバック。
「っ、――きゃあぅーーーーっ!?」
悲鳴は心なしか恥じらい大き目、それもまた当然――何しろ凪砂、一瞬とはいえ衆目に、うら若い乙女の素肌、惜しみなく晒してしまったのだから。
あたし死にたい……、
狼女?と化しながらの心からの叫びはかなり虚しく切なかった。
☆☆☆『其の一』☆☆☆
彼女が泊まっている場所は、
そこそこの外観とまあまあのサービス、中堅ホテルとしては一応料金に見合うぐらいの内装であった。
「昨日は『散々』でしたものね」
と、凪砂。
控えめにルージュを塗った、形の良い唇から、そんな唐突な言葉が漏れたのは、買い物袋をベッドの上に置き、小脇にある長椅子に腰を落ち着けてからだった。
ちなみにベッドは並んで二つ。その一方に今朝まで眠っていた女友達も、いまは別行動なのでいない。今頃はシュバンガウ、それも多分『白鳥のお城』あたりを巡り終えて、どこか粋なカフェで寛いでいるか、観光客受けする免税宝飾店でショーケースでも眺めているのだろう。
「うぅ……旅行先で着替えの常備をしなければならないなんて…。あたしの欧州旅行って災難続き」
兎に角、昨日は凄い恥を掻いた。
暫くは、あたしの記憶からは消えないだろうなぁ…。
小洒落たアール・ヌーボー様式の刺繍が施された背凭れに、ぐ〜と体を流して、言葉と合わされるように顔を赤らめる彼女。天井を見上げて溜息を吐くと、首筋――正確には例の『首輪』を指で一撫で。
「あたし、どうしてしまったのよ、一体?」
無論、すでに理由は分かっている。
数日前の、古城で遭遇した謎の『声』、あれが全ての始まりだったのだろう。
凪砂はあの日のことは良く覚えてはいない。が、運悪く地震に逢い、瓦礫に潰されて死にそうになったことは覚えている。
あれからあたしは変なのだ。
どう変なのかというと………〜うぅ、は、恥ずかしいのよ。
☆☆☆『其の二』☆☆☆
狼男って言うお話は有名ですが、
狼女…ってあると想います?
――在るんです。
実はあたし………。
あたしが最初に、その異常事態を理解したのは、例の古城から帰ってきて一夜明けてからだった。というか、気が付いたときには自分の泊まっていたベットの上で眠っていたらしい。
寝起きのあたしは記憶もうつろで、何もかも曖昧だった。多分相当疲れていたのも影響していたのだろう。欧州旅行に来ていることすら忘れていたし。まあ、一緒の相部屋に寝泊りしている友人の存在で、直ぐにある程度の記憶は蘇ったが。
その友人が指摘したのだ。
『首輪』のコトを。
ちなみにあたしにとっては寝耳に水の出来事。いつの間にこんなものを付けたのか、まったく覚えていず、言われて初めて気付いたくらい。
変な話、首にそんなもの付けたまま眠りに付いていたと言うのに、違和感を感じなかったらしい。可笑しなものだ。
そして詳しく事情を悟ったのは部屋のテレビ、朝のニュースで『歴史的古城、謎の崩壊』の出来事を知ってからだった。
正直冷や汗ものである。
夢じゃなかった。
レトロ漫画の展開、それもストーリーの主役っぽい、あたし?
嘘…と、お約束に一言まず呟いて、それから身支度をして朝食をとりながらの一時間などは、文字通りの混乱であった。
で、凪砂がどうにか混乱する頭に決着(半ば強引に)をつけると、今度は当初のスケジュール変えて、友人達と大激論の展開。と言っても激論口調はあたし一人だけで、「帰るっ帰るっ」て、一方的に捲くし立てたのだ。当然でしょ? こんな得体の知れない状況に巻き込まれて、平然と観光なんて楽しめないですもの。それにあたし、観光地を一つ破壊しちゃったのよ?…その、色々と後とか怖いもの(涙)
でも、結局は駄目だった。
抗議通じず。
当たり前でした。かくたる理由を正確に説明できないのですから。って、出来るわけがないでしょう!?(泪目&心の叫び)
こうして凪砂にとっての悪夢的欧州旅行は、ほんの少し時間をロスしただけで再開されたのだった。
既にあれから、数日がたっている。
行く先々で彼女を待ち受けるトラブルの数々。
『音楽の都』でレストランに入れば連続して注文を間違われ、『華の都』の某ホテルのトイレでは設備が最悪、結構綺麗好きなあたしは…何処が華の都なんですかっ!と、ちょっと本気でキレかかりもした。近くは先日のスリ事件。これなんか凪砂にとってはトドメだった。
実は古城の一件の後、彼女の体には色々な変化が起きていたのだ。
結論から言うと、感情が昂ぶった時、途方も無い力を発揮してしまうのである。
そう、まるで漫画の主人公よろしく。
レストランで苛立ちを感じたときは、力の制御が分からず紅茶のカップを握り潰してしまったし、某ホテルの質素なトイレの時などは、怒りを感じた為だろうか、体が一瞬だけ変異し、着ていたワンピースとカーディガンのセットを、びりびりびり〜と破いてしまったのである。あれが自分の客室でなかったら〜〜と驚き以上に羞恥に青ざめたものだ。
そこに先日の狼変化。
一生の汚点…お嫁にいけない…切実に忘れたい。
最悪だとこの身が、まるで童話の世界宜しく、狼へと変身してしまう…そんな深刻な危惧を抱く。
「狼女なんて、…あぁ」
深々と溜息。
ただ不思議なコトに、先日は狼と成りながらも、あの古城の時のような暴走はせずに済んでいる。
だからと言って凪砂にしてみれば災難以外の何者でもない事態、ただただ傍観しているだけというわけにも行かず、場所も場所だしと、残りの日程を友人達とは出来るだけ別行動をとることになったのだ。
とりあえず理由はその場その場で誤魔化して…。
☆☆☆『其の三』☆☆☆
最終日前日である今日もまた、凪砂はさる図書館でとある本の英語訳を読み漁る。
それによると――
「この首輪…」
やっぱりグレイプニル…らしい。
あたしに憑いた『影』も精神(ココロ)の中ではっきりそう認めて、かなり恐れていたし。
二度目の変化に自我を保てたのも『首輪』のお陰ということだろうか?
そうするとあの謎の声、自分の中に存在するらしい正体不明の『影』、多分フェンリルと関りの深い『何か』…と言うことになる。あの古城、隠し扉にもフェンリルを象徴する絵が飾られていたし。
ただ、凪砂に憑いた『影』がフェンリルと関係があることは察したが、流石にフェンリルそのものではない様子だった。神殺しの狼にしては、不都合な点が結構見当たるから。
それにしても、
暴走した自分を救ってくれたらしい謎の人物、姿もうろ覚えだが彼が何者だったのかも見当がつかなかった。
欧州の色々な図書館や史跡を廻っては、北欧系の神話に関して調べてみたが、結局は大したことも分からず仕舞いに終わっている。
まあ、もともと凪砂は語学が堪能な方では無く、大学での専門も違っていたから、調べられるコトにも限りがあったのだけれど。
「結局は何も分からないまま、あたしの手元には『首輪』だけなのね」
本棚に書物を仕舞うと、天井を見上げながらそっと零す凪砂。
遠くで教会の鐘の音。
歴史を感じる古めかしさ。
――それが何故か溜息と苦笑を誘った。
☆☆☆『エピローグ』☆☆☆
国際空港――
そこで見るからに厳しそうな黒縁眼鏡の女性係官に当たってしまった。
手荷物検査では新調した洋服の数とか――物凄く恥ずかしかった。
またもや感情が高ぶりかけて、慌てて平静を保つのに苦労したものである。
――っと、いけないっ…平静に平静に…とそんな風に。
こんなところで洋服を「ビリビリ〜」なんて最悪ですからねっ。
しかも昨日新調したばかりの、結構高かったお気に入り。それにしても難儀な体質?になってしまったわ…と、心中で深く溜息を零す凪砂だった。
とりあえず、思いのほか手間を掛けさせてしまったことにちょっと罪悪感を感じ、覚えたて…齧った程度の異国後で謝れば、
相手は、
「〜〜Bitte schon♪」
予想外にさわやかな返事。
笑顔で返されてかえってこちらが照れてしまった。
えっと?…確か「どういたしまして」だったかしら?
凪砂も曖昧な笑みでちょこんとお辞儀、そうしたら眼鏡姿の係官はウィンクまで返してくれた。人って見かけによらないものなのね〜。
勿論、表向きは何事も無く、諸手続きを終えることが出来、こうして凪砂と友人達の卒業旅行は帰途へと向かうのであった。
飛行機が離陸する独特の浮遊感。
凪砂は大型スクリーンではなく、窓の外を眺めていた。
どんどん遠ざかる異国の町並み。
「………」
ホント色々あって、やっと日本に帰れると思うと嬉しいし、でも何となく別れ難いような、正直複雑な気分だった。
凄く疲れたし、楽しかったとは言い難いけど、まあ貴重な経験も出来。
とりあえず、
―――アウヴィダゼェン、
複雑な笑みを浮かべて「さようなら」を紡ぐことで〆とする。
後々母国に帰り、これが全ての始まりに過ぎないと、嫌でも悟ることになる彼女だったのだが………。
今は、とりあえず――Auf Wiedersehen。
☆☆☆『END』☆☆☆
|
|
|