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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


花火師の恋
●序章
 青年は頑張っていた。高校中退で花火師の所へ修行に入り今年で6年目。
 1週間後に開催される花火大会。それに向けて最後の仕上げに入っていた。
 大好きな彼女に見て貰う為。花火大会が終わったらプロポーズをしようと決めていた。
「お、おい!」
「え?」
 瞬間、大きな爆発音が辺りに響き渡った。

「花火師?」
 碇麗香の話を聞いて疑問符をあげた。
 なんでも花火大会になると必ず現れていた幽霊が、今回に限って現れなかった、と言う。
 話だけきけば「それがどうした」という感じだ。
 しかし麗香は続ける。
「まぁ出なくなった、って言うだけならどおって事ない話なんだけど、先日その花火師の幽霊と話した、って子が来てね」
 5年間ずっと花火大会の日につき合っていた彼女の姿を見ていたのだが、今年、他の男性と一緒に来ていたのを見てしまった、という事で花火師は落ち込み、もう成仏する、と言っていたらしい。
 勿論感想は「それがどうした」になるが。
「5年間も見守ってた霊が簡単に成仏しちゃったら面白くないでしょ。……言いたい事はわかるわよね? その霊をちゃんと納得させて成仏させて来て頂戴。勿論レポートも出して貰うわよ」
 麗香はにっこりと微笑んだ。

●本文
「んー…一緒にってだけで本当におつき合いしているかは謎よね」
 相変わらずアトラスに顔を出しては巻き込まれるシュライン・エマ。草間興信所だけでも大忙しだというのに、身体が持つのだろうか。
 しかし黙って見ていられないのは彼女の魅力の一つであり、彼女たる所以。ため息をつきつつ麗香を見ると、麗香もそうね、と呟きつつ瞳を細めた。
「しかし同じ男として見過ごすのも、な。成仏する気があるなら未練なんぞ少ない方がいい」
 最近アトラスを喫茶店だと思い始めているのかもしれない、真名神慶悟がソファから腰をあげず、コーヒーカップを手に持ったまま首だけ向ける。
「そうですね」
 お酒のコラムを書くようになった九尾桐伯も、この日アトラスを訪れていた。
 カクテルコンテストで名を馳せている桐伯。最近頼まれて色々なお酒について書くようになった。
「麗香さん、その幽霊がどの辺で目撃されたのかわかるかしら?」
 後、その花火師さんがつとめていた所とか、と訊ねると、麗香は住所の書かれたメモ書きと地図をデスクの上に置いた。
「こっちが会社の住所。一応話は通してあるから邪険にされることはないと思うわ。それからこっちがその幽霊が目撃された場所の地図。いつも固定の場所にいるから本人の気が向けば逢えるわ」
「気が向けば…ですか」
 麗香の言葉に苦笑しつつ桐伯は地図とメモ用紙を3枚コピーする。一緒にこの話を追う、と言っても常に3人一緒に行動している訳ではない。
「ども」
 桐伯からコピーを受け取って慶悟は地図の方を見た。
 場所はそんなに遠い訳ではない。……近いわけでもないが。
「俺は直接本人にあたってくるわ」
 言った慶悟に二人は頷く。霊能力にかけては慶悟に敵うはずはない。
「私は花火師さんの会社の方へ行ってみます。色々わかるかもしれませんし」
「そうね。私も一緒に行くわ。それじゃ、そっちは頼んだわね」
「ああ」
 手早く役割分担を決めると、3人はそれぞれの場所へと向かった。

◆本人との会話
 先に目的地についたのは慶悟だった。
 きょろきょろ辺りを見るが、本人の姿はない。まぁ、年中無休で姿を現している霊などいないから、いない方が当然なのだが。
 慶悟は式神を呼び出して結界をはり、呪言を唱える。
 するとぼぉっと空を見上げて座っている青年の姿が現れた。
 青年は慶悟に気が付いていないらしく、膝を抱えたまま、空を舞う鳥をうらやましがる子供のような顔で空をずっと見つめている。
「……?」
 声をかけるのをためらっていた慶悟に、しばらくしてから気が付いた青年は、気力のなくなった顔で慶悟を見つめた。
「情けない面だな」
 単刀直入に言った慶悟に、青年の顔に苦笑が浮かぶ。
「空見てて楽しいか?」
 どかっと遠慮無く青年の横に腰を下ろす。
「……この空を飾る花は何がいいか考えると楽しいですね……」
 花=花火、だろう。
「今年の花火も見事でした…みんな力をつけたなぁ、って。もう俺の同期も沢山花火作って打ち上げられてて…」
 遠く遥かを見つめ、青年は小さくため息をつく。
「死は覆す事は出来ない。しかし悔いが残らないよう生を終える事は出来る。……お前にとって彼女はどんな存在だった?」
 突然彼女の事を問われて青年は目を見開いた後、懐かしい、愛しいものを見つめる瞳で空を見上げた。
「彼女は俺にとって全てでした…。学生の頃からのつき合いで、俺が花火師になる事をすっごく応援してくれて…。いつも一緒に花火の構図を考えてました。その中には不可能な物も沢山ありましたけど」
 苦笑。
 しかしその瞳はその頃の思い出をうつして輝いていた。慶悟は黙って青年の話に耳を傾ける。
「初めて作った小さな花火を河川敷で打ち上げて怒られたり…色々ありました…彼女の好きなガーベラの花をモチーフに花火を作ろう、って決めて……」
 たてた膝の間に顔をうずめる。
 慶悟は青年から彼女の家の住所などを聞き出した。

◆花火工場
 その花火工場ではすでに、次の花火作りが始まっていた。
「こんにちはー」
 事務所の方に誰もいなかった為、シュラインと桐伯は工場の方へと直に訪れていた。
 火薬の臭いがツンと鼻につく。
「すみません!」
 誰からも返事がなかった為、シュラインが声を張り上げて言うと、ようやく男性が一人振り返った。
「月刊アトラスの方から来た者なんですが、お話を伺えませんか?」
 桐伯の言葉に男性は立ち上がり、奥へ向かって叫んだ。
「雑誌社の人が聞きたい事があるんだってよ! ここらで休憩にしようやぁ!」
「おー」
 他の作業員達も手をとめて道具や火薬を丁寧にしまい、工場のわきに設置された休憩所へと集まってくる。
 人数は総勢で8人くらい。花火師の人数だけで他に事務員などもいるらしい。
「確か修(しゅう)の事聞きたいんだったよな?」
 中でも一番きさくそうな男性が口を開く。
「修?」
 問い返した桐伯に、別の方向から返事がある。
「清瀬修一(きよせ・しゅういち)。ヤツの名前だよ」
 ぼそぼそっという感じのしゃべり方だが、ちゃんと聞き取れた。
「可哀想なヤツだったよな……これからって時に……」
 再び最初男性が喋り始め、ちらっと奥に座っている気むずかしそうな老人を見、またシュライン達の方を向いた。
「彼が作っていた当時の花火の図案とかのこってませんか?」
「アイツの遺品は全部家族と婚約者がもっていっちまったまぁ。……確か花火の図案は婚約者の方が持っていったはずだぞ」
 シュラインの問いに答え、何か帳簿のようなものを引っ張り出してきた。
「確かここに連絡先が……アイツの残したモンが一つでも出てきた連絡くれ、って言ってたからな」
 メモ書きから移し替えたのだろうノートに書かれた住所の文字は、達筆と日本語の筆記体との紙一重に見えた。
 シュラインがメモする横で、休憩所から工場内を眺めていた桐伯が言う。
「もし清瀬さんが作っていた花火を作りたい、と言ったら手をかして頂けますか?」
 いきなりの言葉に男達は苦笑する。
 今年のでかい花火が終わった所で休みはない。思い切り忙しい、という訳ではないが、暇、という訳でもなく。
 しかし火薬を扱っている以上素人に触らせるわけにはいかなかった。
 男達の口は重い。
「……あんたらに作らせるのは無理でも、作ってやる事はできるな」
 沈黙を破って口を開いたのは奥に座っていた老人。どうやら師匠のようなものらしい。
「もしそうなった時は宜しくお願いします」
 頭を下げた桐伯とシュラインに、老人は浅く頷いた。

◆婚約者宅
「お、一緒になったな」
 婚約者、樋浦楓(ひうら・かえで)の家に向かう途中、直進していた二人に、慶悟が左折してきて一緒になった。
 樋浦宅に向かう途中で道すがら情報交換。
 そこで花火作りの話になり
「もしなら俺の身体を一時依代として貸してやる。そうすりゃ花火も作れるだろう」
「本人が作るのが……一番いいかもしれないわね」
 慶悟の言葉にシュラインは顎を指先で摘むようにして眉根を寄せた。
 しばらく歩くと『樋浦』の表札が出た家が見えてきた。
 ピンポーンと呼び鈴を鳴らすと、中から若い女性の声が返ってくる。
「どちら様ですか?」
 扉の向こうからの声。
「先ほど電話を差し上げた者です。少しお話を伺いたいんですが」
 シュラインの良く通る声がドア向こうに届く。
 事前に楓が家に居る事を確認し、アポをとっておいたのだ。
「あ、はい……少々お待ち下さい」
 やや間があってからドアチェーンが外れる音がしてドアが開いた。
「どうぞ」
 淡い青のワンピースを来た女性が出迎える。
 髪は背中、肩胛骨辺りまでの長さで、首の後ろで一本に縛っている。
 化粧は濃くもなく薄くもなく、嫌な印象はあたえない。
「シュライン・エマと申します」
「九尾桐伯です」
「真名神慶悟です」
 口々に名乗り、挨拶をする。
「樋浦楓です……アトラスの方が聞きたいお話、というのは修一さんの事でしょうか?」
 困惑したような表情の楓に、シュラインが頷く。
 それに少し悲しそうな顔をした後、屋内へと招き入れてくれた。
 両親と同居なのか、一戸建てで広い。ダイニングにあるソファをすすめられて、3人は腰を下ろした。
「あ、おかまいなく」
 キッチンに立った楓を見てシュラインが声をかける。
 それに楓は笑んで頷きながら、コップを3つ用意して麦茶をつぐ。
「どうぞ」
 音をたてないようにそれを一人一人の前に置くと、3人の前にイスに楓は座る。
「俺達はあんたや修一に何か危害を加えるつもりはない。……修一のにわかではあるが、一応友人だ」
「にわか……」
 慶悟の物言いに楓は少し笑う。
「興味半分で取材したい、とかそういうんじゃありません。ただ、両方が幸せになれる方法を見つけたいんです」
 真摯な眼差しの桐伯を見て、楓はようやく肩の力を抜いたようだった。
「単刀直入にお訊ねしたいんですけど……今年の花火大会に一緒に来ていた男性は、……恋人、ですか?」
 単刀直入に、と切り出したもののやはり言いにくく、シュラインは少々言いよどみながら訊ねる。
 すると楓は困ったような、悲しいような顔で俯いた。
「彼は…自分とどういった関係、というのを言えばいいのかわかりませんが…。元々は修一さんの親友だったんです。名前は加賀幾也(かが・いくや)さんって言います」
「アイツの親友とつき合ってる、って事か?」
 歯に衣着せぬ慶悟に、周りは苦笑する。
「つき合ってる…って言葉が正しいのかわかりませんが、今親しくさせて貰ってます…彼は…私のせいで彼女と別れてしまったので、申し訳なくて……」
 聞けば、修一が死んだ後、悲嘆にくれる楓を励ましてくれたのが幾也だった、という。しかしそのせいで誤解した幾也の彼女が怒り、結局別れる事になってしまった。
 その話を聞いていると、幾也も楓も修一に申し訳ない、と思いつつひかれあっているのがわかる。
「毎年……花火を見に行くのは辛くなかった?」
「…修一さんが…彼が愛した花火なんです。彼がずっと働いていた会社が作っている花火。だから辛くても見ていたくて……。花火を見ていると、彼が隣に立っているような気になれて……おかしいですよね」
 力無く楓は笑う。
「おかしくなんてありませんよ」
 優しく桐伯は微笑む。それに楓はホッとしたような笑顔を見せた。
「修一の幽霊の話は知ってるな?」
「え、あ、……はい」
 突然慶悟に言われて楓はどもりながら頷く。
「…でも実際に逢えた事、ないんです…。この場所にいる、って言われた場所を何度も訪れてみたんですが…一度も逢えなくて」
 最後の方には涙声になってきていた。
「どうして修一さんは私に会ってくれないんでしょうか? 逢いたくないんでしょうか? ……もう、嫌われちゃったのかな……」
 膝の上におかれていた手が、ぐいっとスカートを握り込む。
「嫌ってるはず……ないわ。だって、彼はずっと貴女の事を見つめてきたんだもの。大丈夫」
 シュラインの不思議な声音に、楓はハンカチで目頭を押さえつつ顔をあげた。
「それで……ちょっとお願いしたい事が……」
 切り出して、修一の形見となった花火の設計図を借り受けた。

◆花火作り
「という訳だ」
「……あれはイクだったのか……」
 彼女の横に立つ男性、という事だけに目を奪われて、顔まで確認していなかった。
「そっか……イクか……」
 呟く修一の顔は段々晴れやかなものになり、最後には笑い出す。
「これですっきりしました。イクになら楓を任せても大丈夫ですし」
「早とちりが過ぎますよ」
 桐伯に言われてさっさと成仏しようとした修一はまぬけな顔になる。
「最後にやっておかないといけない事が、あるんじゃないですか?」
「最後に……」
 諭されるように言われて、修一は口の中ので呟く。
「未練は少ない方がいいわよ? 彼女の事だけじゃなかったんでしょ、未練があったのは」
「俺の身体をかしてやる。自分の身体ほどは自由に動けないかもしれんが、ないよりマシだろ」
「あ、ありがとうございます!」
 修一が同調しやすいように呪言を唱えつつ身体の力を抜く。
 そして用意が出来た慶悟の身体に修一が入り込んだ。
「……お世話おかけします」
 目を開いた慶悟の口から放たれた言葉。その殊勝さに、当人の言葉ではないのだが、桐伯とシュラインは微かに笑った。

「今日の仕事はもう終わりだ」
 花火工場の方へ行って話をすると、老人が道具を片付けながら言った。
「これからシュウのやり残した仕事をやっつける。残りたいヤツだけ残れ」
 淡々と言う声。それに周りで作業をしていた男性陣も自分の荷物を片付け、老人の傍に集まってきた。
「そっちの兄さんの身体にシュウのヤツが入ってるっていうのか……オカルトな世界だな」
 茶化すように男達は笑う。それはまだ心底信じていないようだったが、完全に疑ってかかっているようでもなかった。
「火薬にさわれるのはそっちの兄さんだけだ。他の人は後ろに下がっててくんな」
「はい」
「わかりました」
 言われてシュラインと桐伯は休憩所の方へとさがる。
 こういった仕事は頭で覚えるより、身体で覚えている、と言った感じなのか、いくら本人が乗り移っているとはいえ動きはぎこちない。
 花火の主体になる小さな玉を並べるのにさえ一苦労。
「おいおい大丈夫か?」
「あ、はい。なんとかやります」
 慶悟の意識がないわけではない。その為同じ視点から火薬玉を見つめつつ慶悟もハラハラしていた。
 それにしても端からみるとなかなか面白い姿だ。
 ホスト張りのスーツに身を包んだ金髪の青年が、一生懸命花火を作っているのである。
「ダメだな」
 ようやく作りあがった一つ目。それは老人から駄目だしが出た。
 そして二つ目。それも駄目。三つ、四つ、と作るが駄目だ、の一点張り。
 もうすぐ日が暮れようとしていた。
 火薬の配合からやり直し。星をいくつも作る。
 実際花火が作られるのは空気が乾燥する冬から春にかけてが最盛期。
 この時期は下準備みたいなものである。
 玉皮の中に星を並べ、その上に紙。そして割薬を入れる。それを左右一つずつ作り、導火線を挟んでくっつけ紙を上から貼って天日干しにしてできあがり。
 1日に出来るものではなかなかない。
 それでも早く作らなくてはならなかった。少しでも早く彼女を安心させてやりたい。否、それ以上に自分が求めていた花火を作りたかった。
「もうやめだ。シュウ、その兄さんの身体からでな」
 最終通告なのか。
「え、でもそれじゃあ……」
「いいから出な。…俺の身体を貸してやる」
「ええ!?」
「その兄さんの身体には花火作りの基礎が叩き込まれてねぇ、付け焼き刃で本当に作りたいものが作れる筈がねぇんだ」
 重みのある言葉に、修一は慶悟の身体から抜け出した。
 そして話を聞いていた慶悟は、そのまま呪言を唱えると、老人の身体に入りやすい状態を作り上げた。
「……後は見守っているしか、ないですね」
 苦笑混じりにいった桐伯に、慶悟も同様の笑みを返した。
「……」
 ふと視線を感じてシュラインが入り口の方を見ると、そこには楓の姿があった。シュラインは微笑むと手でおいでおいでをするようにして招き入れる。
「……あの、ここにいて大丈夫ですか?」
 小さな声で楓が問う。それにシュラインは目で修一の居る方を促す。
「あれじゃ誰がいても気が付かないわよ」
 姿は老人。でも中に入っているのは修一で。見ていると目の錯覚か、本当に修一が作業をしているかのように見えていた。
「あれは、貴女の為、そして自分の為だけにやっているんですよ」
「はい…」
 桐伯の言葉に、楓は重く頷いた。

◆今年最後の打ち上げ花火
 花火が完全にできあがったのはそれから2日くらい経ってからの事だった。
 しっかり乾かないと星全てに引火せずに不発に終わる場合がある。
 しかし天は二人の味方だったのか、花火を作り始めた数日間。今までの冷夏が嘘のように晴れ渡っていた。
 そして夜。
 いつも修一と一緒に花火大会に来ていた時に来ていた浴衣に身を包んだ楓の姿と、シュライン、桐伯、慶悟の姿が土手にあった。
 対岸から光で点火の合図が送られてくる。
 それに固唾をのんで空を見上げ、夜空に咲く花を待つ。
 ひゅ〜〜〜〜〜っと音がした瞬間。パンパン、と星が弾ける音が空気をゆらす。
「……綺麗……」
 オレンジ色の光が空を染めた。
 次々にうちあがる花火は、本当に花をモチーフにされていて。それは全て楓の好きな花ばかりだった。
 熟練の腕を持つ職人と、情熱を持った青年。その二つが一緒になった事で、見事な花火ができあがっていた。
「修一……」
 すでに霊体に戻った修一が、笑いながら手を振る。
 それは肉眼で確認できる距離ではなかったのだが、楓にはその姿が見えていた。
「楓……」
「……幾也さん!?」
 そっと後ろに立って彼女の名前を呼んだのは幾也。楓は驚愕に目を見開き、対岸にいるはずの修一の姿を捜した。
「ここだよ」
 いつの間にか楓の横に立っていた修一。その姿を見ても幾也は驚かない。
「久しぶり」
 幾也はそう言って笑う。
「久しぶり。……色々ありがとう」
「? なんかしらんがどういたしまして」
 久しぶりの再会を、桐伯達は少し離れた場所で見守る。
「楓はさ……一緒に連れて行こうと思うんだ」
 言った修一に、楓は笑った。そして幾也も笑う。
「無理だな」
「どうして?」
 問うた修一に幾也が晴れやかに笑う。
「お前には出来ないし……なにより楓は俺が修一の分まで幸せにするからだ」
「幾也さん!?」
「そっか……。んじゃよろしく頼むよ。こいつ、強がりのくせに泣き虫で寂しがり屋だから……」
 言った修一は慶悟達の方を向いた。そして笑う。それを見て3人は修一達の元へと近づいた。
「もう、いいの?」
 訊ねたシュラインに修一は破顔する。
「多分今、世界で一番幸せな幽霊かもしれない」
 その言葉に皆笑う。
「それじゃ手伝おう」
 慶悟が呪言を唱える。
 一人でも充分成仏できるだろうが、道をたててやれば迷いにくい。
 たまに成仏寸前の霊をかっさらって喰らう輩もいる。注意は必要だ。
「お元気で」
「皆さんも、ありがとうございました。あのまま成仏しようとしてたら、きっと出来なかったかもしれません」
 見送りの言葉をかけた桐伯に、修一はぐるっと見回した。
「修一……」
 泣き出しそうな顔で修一を見つめる楓。
「そうだな…きっと帰ってくるよ、3年後」
「3年後?」
「そう、3年後」
 言って笑った修一の姿が透けていく。
「修一!」
「楓、頼むな」
 今まで黙って見守っていた幾也が、最後の最後で修一に手を伸ばした、が、それはむなしく空をかいた。
「任せておけ」
 ようやく絞り出した声。それはしゃがれて涙声に近かった。
 そして修一の姿が完全に消えた時、楓は張り詰めていたものが一気に破裂したように、しゃがみ込んで大声で泣き始めた。
 それを見て、シュライン達は後は幾也に任せ、その場を後にする事にした。
 空には上げ忘れた花火が、最後に一輪、空に花を咲かせていた。

●終章

◆シュライン・エマ
「ただいま……」
 ほとんどよれよれ状態である。あれからアトラスの方の原稿を仕上げてからの帰還。何故自分がこんなにもしなければならないのだろうか、と口の中で愚痴の一つも言ってみる。
 しかも迎えてくれたのは満面な笑みを浮かべた草間武彦の姿。
「おかえり! お茶飲むか?」
「……はぁぁぁ」
 にこにこ笑っているその向こうには、デスクの上に山積みにされた書類の束。
「あ、あのな、自分でやってみたんだが、事務員の方からこれじゃ読めない、とかわからない、って苦情が相次いでな、それで色々俺も試行錯誤してみたんだが……」
「はいはい、わかりましたっ」
 半ば自棄になってバックを放り投げると、シュラインはデスクの上を整理して仕事を始めた。
(武彦さんがいなくなった後、残されていたのが書類の束だった、なんて落ちはいやね……)
 などと考えつつ、手は正確に動いていた。

◆九尾桐伯
「いらっしゃいませ」
 入った来た女性の姿を見て微笑む。
 そしていつも彼女が注文をするカクテルを手早く、しかし丁寧に作りあげて目の前に置く。
(もし私が死んだら、彼女は私の為に未練を残したカクテル、とか作ってくれるでしょうかね)
 思った桐伯の口元に自然笑みが浮かぶ。
 彼女の性格から、きっと一生懸命作ってくれるだろう。あの座敷童子と一緒に。
「今日一日どうしたか?」
 訊ねた桐伯に、笑みが返る。今夜は少しお喋りになりそうな気分だった。

◆真名神慶悟
 一人、街の中を歩いていた。
 脳裏にはまだ花火の残像が残っていた。
 ふと電機屋の前で足をとめる。
 大型テレビにうつされていた女の子の姿に慶悟は微笑んだ。
 何かバラエティー番組らしい。何かを言われてはくるくると表情をかえる。
(俺が死んだ時の未練、か……なんだろうな)
 ぼんやりと考えつつ、慶悟は再び歩き出した。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト/しゅらいん・えま】
【0332/九尾・桐伯/男/27/バーテンダー/ きゅうび・とうはく】
【0389/真名神・慶悟/男/20/陰陽師/まながみ・けいご】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、夜来聖です☆
 今回ちょっとOP失敗しちゃったのかな(汗)
 人数が集まらなかったので3人だけでお送りしております(滝汗)
 でもその分じっくり書けたので、逆に良かったのかな、と思っていたり。
 やっぱり恋愛系で話を書くと筆がすすむな、とか。
 皆さんにも楽しんで頂けたら嬉しいです。
 それではまたの機会にお目にかかれる事を楽しみにしています☆