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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


そのとき天使が舞い降りた



 昨夜、ある作家が死んだ。
 自殺だったという。

 毎日、仕事を始める前に必ず新聞をチェックするという習慣を持つ碇麗香は(起きてから自宅を出るまでの間には、新聞を読む暇なんてない)、編集部の自分のデスクでコーヒーを飲みながら、新聞を広げていた。
 以前それを見て、電車の中で競馬新聞に赤を入れてるオヤジみたいだと陰口をたたいたアルバイトは、いつの間にかいなくなっていた。麗香の独断と偏見でクビにされたという噂もある。
 麗香は、社会欄の片隅に小さく載っているその記事に、吸い寄せられるように目をやった。
 『作家の御堂野哭(みどう・やこく)が自宅で服毒自殺』と見出しの付けられたそれは、必要最低限にも満たないのではないかと思われるほど、簡潔にまとめられている。
 御堂野哭は、細々と青春小説を書いていた。
 10人に聞いても、おそらく1人か2人しか名前を知らないような、マイナーな作家である。
 しかし麗香は彼の作品が好きで、著書は全て所持していた。とある月刊誌に連載していたコラムも、全てスクラップしてある。
 『御堂氏には、自殺するような動機は見当たらず、関係者も首を捻っている』
 そう締め括られた記事に、麗香もまた首を捻った。
 御堂野哭のコラムの連載はずっと続いており、先日出た最新号でも、少々変わったコラムを発表していた。
 自殺を仄めかすような記述もなかったはずだし、また『急病のため』原稿を落とすというような事態になっていないことからも、おそらくコラムのしめきりの段階ではいつも通り、元気だったに違いない。
 なのに、何故――?
「そういえば――」
 麗香は、白く細い指先をあごのあたりに滑らせると、瞳を閉じた。
 最新号の御堂野哭のコラムで、彼は天使を見たと言っていた。
 飲み過ぎで急性アルコール中毒になりかけたところ、美しい少女がなにか薬をくれ、九死に一生を得た。あの娘が誰だかはわからないが、天使なのではないかと思う――と。  
 これがいつの出来事かは判然としないが、もしかしたら関連があるのでは、という奇妙な引っかかりがあった。
 怪奇現象を追いかける者としての勘のようなものである。

 御堂は、たしか多摩地区のどこかに住んでいたはずだ。
 まわりに民家は少なく、野原や森の多い閑静な場所だと、過去にコラムで読んだ記憶がある。
 必要なら、白王社の報道部門の社員に警察に顔が利く者がいるはずなので、コンタクトをとってもいい。
 御堂野哭の死の謎を、解き明かすこと。
 それは、自分に課せられた使命のような気がしてならなかった。



 その翌日、編集部の片隅に設けられた応接間。
 テーブルの上に積み上げられているのは、御堂野哭がコラムを連載していた雑誌『Messiah』のバックナンバーだ。
「私のスクラップを持ってきても良かったんだけど、たまたま手に入ったからね。どうせなら雑誌そのものを見たいかと思って」
 言って、麗香は足を組んだ。
 早速、最新号に手を伸ばすのは雨柳凪砂(うりゅう・なぎさ)。長い黒髪をした可愛らしい女性だが、アクセサリのように身につけている首輪が異彩を放っている。
「10人に聞いて2人知っていればメジャーだと思いますけど、あたしは初めて聞きました、この作家さん」 
 パラパラとページを繰り、問題のコラムを開いた。
 A4サイズの雑誌の、わずか1ページだけで構成されているそれには、どうやら御堂が自分で描いたイラストが挿し絵として使われている。
「天使……これが一番ひっかかるな」
 凪砂の横からコラムを覗いていた花房翠(はなぶさ・すい)が、その挿し絵を親の仇でもあるかのようにじっと睨みつけた。
 絵本に出てきそうな、デフォルメされた可愛らしい天使の絵。

『先日、私は天使に命を救われた。
 とうとう狂ったか、と思う読者も少なからずいるだろうが、これは紛れもなくノンフィクションだ。信じる信じないは、個々の自由である。
 その日私は、久しぶりに逢った作家友達と遅くまで居酒屋で語らい、不覚にも泥酔してしまった。いつもならそのような失態を晒すことは決してないのだが、いささか羽目を外しすぎてしまったらしい。
 細かくは覚えていないのだが、そのあと友人と別れ、自宅の近くまで来たあたりで、道ばたに倒れてしまったようだ。まったく、お恥ずかしい話である。
 後々考えれば、急性アルコール中毒といっても差し支えないような状況で、一歩間違ったら死んでいたかもしれない。
 だが、そこで私を救ってくれたのが、天使だった。
 白い衣装の少女の姿をした天の御使いは、微笑みながら私に何かを手渡した。
 よく見ると、それは錠剤だった。アルミパックに包まれた薬が、全部で6錠。
 その1錠を開封した天使は、私の口にそれを含ませる。私は、必死でそれを嚥下した――そう、水もなしに。
 気がつくと、私はひとり道路の真ん中に横たわっていて、天使の姿はカケラもなかった。しかし、あれほどまでに重かった体は嘘のように軽くなっており、こうして私は一命を取り留めたのである……』

「この少女がもし御堂さんの自殺に関係しているなら、人なのか、もののけなのか?っていうことだよね」
 クールな印象の美少年――葛西朝幸(かさい・ともゆき)が、首を傾げつつ友人である翠に視線を送った。
 コラムの本文に目を通しながら、翠が頷く。
「まあ、どう考えても怪しいわな。ここから調べ始めるのが妥当だろ」
「そうね。それと――御堂さんが自殺に使った毒って、この錠剤と関係があるのかしら?」
 それまで黙っていたプラチナブロンドの女性が口を開いた。
 ドイツ貴族の末裔で、名をウィン・ルクセンブルクという。
「検死結果を所有してる――要するに警察ね。そこから、なにか毒についての情報はもらえる?」
「ウチの報道部門のヤツに当たってみるわ。たぶん大丈夫だと思う」
 ウィンに尋ねられて、麗香は力強く頷いた。すると、横から凪砂がスッと手を挙げ、
「どうせだったら、検死報告書を見せていただきたいです。複写でもかまわないんですけど」
「オーケイ、それも頼んでみる」
 麗香は再び頷き、快諾した。
 


 一旦自宅に戻って、黒い服を引っぱり出した。
 喪服など持っていなかったけれど、以前ドイツで購入したスーツで代用する。
 麗香によれば、今まさに御堂の葬儀が行われようとしているらしい。どうやって情報を仕入れるのかは知らないけれど、麗香は場所まで突きとめていた。
 まずは自殺に使った毒のことを調べようと思っていたが、それは他のメンバーに任せて、ウィンは都内のとある寺を訪れた。

 ウィンの容姿は大概の所で目を引くが、葬儀が執り行われる寺では、普段の倍以上の注目を浴びた。
 さっそく受付で名前を記入し、日本語があまり話せない振りをして、遺族に会えないかと頼んでみる。 
 こんな状況で話を聞くことについては、ウィンとて心が痛む。だが、ここまで来て何もせずに帰るわけにもいかない。
 はじめは渋っていた受付係の女性も、外国人と話すのが苦痛だったのだろうか、ややあって御堂の兄だという人物を連れてきてくれた。
「驚きました。弟に、外国人のファンの方がいるなんて。マイナーな作家だと思っていたんだけどな……」
 編集部で麗香から見せてもらった御堂野哭の写真に、よく似た中年の男性だった。
 御堂の兄は、目尻を下げて薄く笑みを浮かべた。
 ウィンも悲壮な表情を浮かべ、頭を下げる。
「友人に勧められて、御堂さんの本を読みました。だから、今回のことはびっくりして……」
 本当は、御堂野哭なんて聞いたこともなかった。さきほど麗香から小説やコラムを見せてもらい、にわか勉強してきただけである。
 しかし、それでも御堂の兄は深く追及することなく、逆にウィンに礼さえ言った。
「あいつ、突然死んで……あなたのようなファンがいると知ったら、奴もきっと驚いただろうに」
「失礼ですが、遺書などもなにも残さず、突発的に亡くなられたのですか?」
 おずおずと訊ねるウィンに、御堂の兄は深く頷く。
 そのあとしばらく、御堂野哭についての話を続けたが、ウィンの『御堂さんの部屋を見せていただきたい』という申し出は、あっけなく断られた。
 タイミングを見計らって頼んだつもりだったが、いくらファンでも他人を自殺のあった部屋には入れたくないということや、これから葬儀だからという理由だった。
(確かに……常識で考えて、無理があったかもしれないわね)
 ドイツの大学で飛び級をしながら、多岐にわたり学問を修めてきた知性派のウィンである。そこは大人しく引き下がった。
 また、ESPを使って御堂の兄の心を読んでしまおうか――と一瞬だけ考えたが、それもやめておく。
「最後に、ひとつだけ。白い服の少女に、心当たりはありませんか?」
 ウィンが問うと、御堂の兄はすぐにコラムのことを思い出したらしい。知らないと簡単に答えが返ってきた。
 もしも御堂野哭の死に何か裏があるなら、その少女が鍵を握っているはずなのだが――。
 丁重に礼をし、ウィンは御堂の兄と別れた。
 去っていく御堂の兄の姿に、自分が避け続けている実兄の姿を重ねてしまい、小さくため息をつく――。



 夕刻。
 再び、編集部の応接間に麗香を含む5人が顔を揃えた。
 それぞれの調査の結果、御堂は遺書を残さずに突発的に自殺したらしいこと、そして自殺に使われた毒は、『天使』からもらったものと同一のものだったらしいことが判明していた。
「御堂さんの自宅の周辺を探ってきたけど、霊的な意味でおかしい所はなかったよ」
 テーブルに頬杖をついて、朝幸が言う。
「十中八九、『天使』は人間だと思うよ」
「だろうな……」
 腕を組んで、翠が唸った。
「覚醒剤を持ち歩いてる天使なんて、聞いたことがない」
『覚醒剤?』
 目を丸くして、朝幸とウィンが翠に注目した。それに代わって、凪砂が報道部から貰ったという資料を指し示す。
「天使の吐息、という覚醒剤が出回っているみたいで、被害者さんが使ったのはこれに間違いないそうです」
「嫌な名前ね」
 ウィンが吐き捨てるように言うと、全員が無言の同意を示した。
 翠がネットで、そして凪砂が警察の検死報告からそれぞれ収集したデータによれば、最近になって流行しだした新しい覚醒剤で、一定量以上を短期間で飲むと即座に死に至る――という危険性の高いものなのだという。
 そのため、警察でも取り締まりを強化しているが、なかなか売人が網にかからないらしい。
「なんだ、頼りにならないなぁ」
「まぁ、そう言うなよ、朝幸。それだけ敵さんが巧妙だってことだろ」
「でもさ、御堂さんは誰に恨まれてたわけでもなく、自覚もないままに巻き込まれて死んだわけだろ?なんか、やるせないなぁ……」
 口を尖らせた朝幸を、翠がなだめた。
「……まぁな。他にも、同じような死に方をしている奴がいるらしい」
 あまり公にはなっていないが、天使の吐息が原因で死を遂げている人の数は急増しているのだという。
「でも、おかしいわね」
 呟いて、ウィンは最新のコラムのページを開いた。
「これによれば、6錠手に入れた覚醒剤のうち、ここで服用したのは1錠のはず。どうして御堂さんは、残りを服用してしまったのかしら?」
「わからないことが多すぎです」
 諦めたように肩をすくめる凪砂。
 しかし、その通りだった――調べれば調べるほど、謎が出てくる。
「でも、あたしが思うに、『天使』は被害者さんの家の近くに住んでいるんじゃないでしょうか」
「どういうことですか、雨柳さん?」
 大きな瞳を瞬かせ、朝幸が訊ねた。凪砂は首輪を触りながら、
「被害者さんは郊外に住んでいるんですよね?それもまだ自然が多く残っているような。そんなところに、売人がわざわざ出向くとは思えないんですけど」
「なるほど……」
 たしかに、流行らせるならもっと都会で流行らせるべきである。
 もともと『天使』は、あの近辺に住んでいると考えるのが自然だろう。
「そしたらさ。みんなで、御堂さんの家の近くまで行ってみない?」
 朝幸の提案に、まっさきに翠が頷いた。
「ああ。そうすれば俺が、その近くの木や壁をサイコメトリーしてみることもできるしな」
「遺品が手に入らなかった以上、荒技だけどそうするしかないわね」
 翠と同じく、サイコメトリーの能力を持つウィンも賛成する。
 そうして、一行は御堂の家を訪れることになった。



 ぼんやりと浮かぶ月。その傍らには小さな光点も見える。
 電気ひとつ点いていない御堂の家を、4人は見上げていた。
 おそらく、まだ葬儀から帰ってきていないのだろう。
「倒れたのは自宅の近くって言ってたな。ウィンさん、向こうを頼む」
「わかったわ」
 翠とウィンが散らばって、木々に手をかざし、集中し始めたのを見ながら、朝幸と凪砂は手持ち無沙汰に吐息をもらした。
 とりあえずは、サイコメトリーの結果待ちである。
「どうして、御堂さんは薬を飲んでしまったんだろう……?」
 首を傾げる朝幸に、凪砂はかぶりを振った。
「それは、わかりません。あの薬が覚醒剤と知った上で服用したのか?そうでなければ、どうして薬を飲んだのか?それは、死んでしまった被害者さんしかわからないですから」
 そう――死者は何も語らない。
 もしかしたら人知れない悩みがあったのかもしれない、けれど、今となっては、もう――。
「ねぇ。『天使』の足取りがわかりそうよ」
 御堂の家の裏手を調べていたウィンが、歓喜に満ちた声をあげた。
 反対側から翠も姿を現し、どうやらコラムの内容はほぼ事実らしい、と告げる。
 どちらもやや疲労の影が出ており、朝幸は彼らをねぎらった。
「本当に?なら、早速行ってみようよ」
「こっちよ」
 ウィンに導かれるまま、一行は御堂家から10分程度の距離の、別の家を目指す。
 ――と、遠くからサイレンが聞こえてきた。
「……救急車?」
 後ろのほうから一行を追い越した車は、次の角を折れて遠ざかっていく。
 それは、彼らの行く先と同じ方向だった。
「なんだ?」
 嫌な予感がするぜ、と翠が走り出す。
 朝幸もそれを追った。
 遅れて、顔を見合わせた凪砂とウィンも走り出す。

 走ってすぐのところに、救急車は止まっていた。
 彼らが到着すると、すでに救急隊員は仕事にあたっていたらしく、家の中から担架が運ばれてきて、救急車に乗せられた。
 母親らしき人物が、担架にすがりながら何かを叫んでいる。
「あの娘……」
 一瞬だけ見えた、担架の上でグッタリしていた少女を、翠は指さした。
「……『天使』だ」
「え!?」
「間違いない。さっきの木の記憶――御堂さんに薬を渡したのは、あの子だ」
 断言する翠に、ウィンも頷く。
 彼らが見守っていると、救急車は慌ただしく発車した。
「取り敢えず、碇さんに連絡しましょう」
 こうなっては、彼らにはどうすることもできない。
 凪砂の提案通り、携帯で月刊アトラス編集部で待機中の麗香に連絡をとることにした。



 ――後日。
 『天使』が死んだことを、麗香から聞かされた。
 搬送先の救急病院で、運ばれてきたときには既に呼吸が止まっており、そのまま死んだのだという。
 報道部にかけあって回しもらった検死結果から判断すると、死因は御堂と全く同じだということだった。
 ただし御堂と違うのは、遺書があったこと。

 『あの男の人にに薬を渡したのはたまたまだったけど、まさか死んでしまうとは思わなかった。
 私のせいで人が死んだのだと思うと、怖くて仕方がありません。
 あの人の書いたコラムを読んだけど、私は天使なんかじゃない……』

 そういった内容のことを書き残して『天使』は自ら死を選んだ。
 この少女の交友関係を元に、警察は麻薬販売のルートを叩くつもりらしい。
「早いところ、捕まるといいわね」
 なんともいえない表情で、ひとりごとのように麗香は呟いた。
  
 人は、なぜ死のうと思うのか。
 例えば、何かの拍子で心の奥底に隠していた感情が吹き出し、突発的に死にたくなってしまうこともあるだろう。
 御堂の場合も、そうだったのかもしれない。
 表面上はなにもないように見えても、実際は――。

 人の心の闇を感知したとき、悪魔の顔を隠した天使は、優しくそっと舞い降りるのだ。

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■      登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 【0523/花房 翠(はなぶさ・すい)/男/20歳/フリージャーナリスト】
 【1294/葛西 朝幸(かさい・ともゆき)/男/16歳/高校生】
 【1588/ウィン・ルクセンブルク/女/25歳/万年大学生】
 【1847/雨柳 凪砂/女/24歳/好事家】

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■             ライター通信                 ■
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 この度は、当依頼にご参加いただいて本当にありがとうございます。
 担当ライターの多摩仙太です。
 連休をはさんでしまったため、お手元に届くのが遅くなって申し訳ありませんでした。

 今回はプレイングの成否判定を厳しくさせていただいたので、やや消化不良気味な結果になりました。
 ――が、1本のノベルとして楽しんでいただけたら幸いです。
 感想やご指摘がありましたら、遠慮なくテラコンからメールをお願いいたします。今後の参考にしたいと思いますので。

 ・ウィン・ルクセンブルク様
  初めまして、ご参加ありがとうございました。
  ノベル執筆にあたり、過去の発注商品を参考にさせていただきましたが、いつか機会があったらお兄様との絡みも書きたいなぁ、と思わせられました。
  とても魅力的なキャラクターですね。
  イメージ通りに仕上がっていると、たいへんに嬉しいのですが……。

 今度は9月末か10月初旬に、また別の依頼をオープンする予定です。
 また、シチュエーションノベルはこまめに受注しております。
 御縁があった際には、いっそうの努力をいたしますので、どうぞ宜しくお願いいたします。
 
 それでは、心からの感謝を込めて―――。

 2003.09.16 多摩仙太