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<東京怪談ノベル(シングル)>


SFXなワイバーン2〜普段通りの生活?〜




 生徒さんと一緒に、ワイバーン完成を喜んでいたけれど――。
 気が抜けたのか、生徒さんの一人が倒れかけた。
「大丈夫ですか!?」
 反射的に、あたしは生徒さんの背中を手――もとい翼で支える。
 考えてみれば、生徒さんが疲れているのは当たり前。
「皆さんは徹夜で作業をしていましたから……きっと疲れがたまってしまっているんです」
 生徒さんはちょっと困ったような表情を返した。
「いや……それもあるけど……みなもちゃん、お腹空かない?」
 そう言われれば……急にお腹が空いてきた。胃が空っぽな感じがする。
「空いてます……」
 あたしはお腹を翼で押さえた。どうか鳴りませんように……。
 生徒さんがバタバタと倒れていく。疲労と空腹、とても立ってはいられないのだろう。場所にかまわず、眠ってしまっている。
(あたしも休ませてもらおうかな……)
 ふらふらと眠りに入っていった。



 三日目の朝。
 最初に目に飛び込んできたのは、白くて薄いレースのカーテンだった。
(あれ?)
 見覚えのないものだけど……。
 そのカーテンの外側には、ピンク色のカーテンが掛かっていて、傍には観葉植物が置かれている。
(こんなものも無かった筈だけど)
 観葉植物の葉に触れてみる。サラサラといった感触。確かに本物で、目の錯覚ではなさそう。
 横向きに寝ていた身体を反対側に倒すと、ドアが見えた。
(個室みたい)
 どうやら、あたしが眠った後ここに運ばれたらしい。
(昨日は色々あったから、よく憶えてないなぁ)
 霧のかかった記憶の糸を手繰り寄せながら、自分の手を見て――唖然とした。
 手じゃない――翼だ。
 一瞬驚いたけれど、よく考えてみれば当然。だって昨日ワイバーンのメイクをしたんだから。
 驚いたことがきっかけになったのか、だいぶ記憶が戻ってきた。
 お尻の辺りに違和感があるのも――そう、尻尾のせいだ。
(あ、そうだ尻尾!)
 寝返りを打つ時に、衝撃を与えて形をおかしくしちゃった――っていうことはないよね?
 もしくは、尻尾が邪魔だからうつ伏せになって、嘴が取れちゃったとか――。
 慌てて、嘴に手をやる。ちゃんと嘴は曲がりもせずまっすぐついていて、安心する。
(だけど、尻尾はどうなのかな)
 翼や尻尾に気をつけながら、起き上がる。手を後ろへ伸ばして尻尾に触れるけど、長いからよくわからない。
 鏡でもあればいいんだけど、この部屋に鏡は無いから、手で触るしかない。
 シングルベッドの上で立ち上がって、胸から下を動かさずに後ろを振り返る。
 ――やっぱりよくわからない。
 寝っころがってみても、猫のような姿勢になって後ろを振り返ってみても、わからない。
 仕方なくもう一度立ち上がって、振り返る。
 ――見えない。
(もう少しで、見えそうなのになぁ)
 身体を動かして、くるくる回る。
「みなもちゃん、なにやってるの?」
「え?」
 ドアのところに、生徒さんが立っていた。笑いをこらえている。
「あの、いつからここに……」
 あたしの詰まった声に、生徒さんは笑顔で答えた。
「最初から、ずっとよ。尻尾を追いかける動物の真似かと思ったわ」
「どうして声を掛けてくれなかったんです!?」
 声を掛けてくれたら、こんなことしなかったのに。
「だって真剣そうだったから。邪魔しちゃ悪いと思って」
 あたしの顔が瞬時に赤くなる。
 それを見て、生徒さんが吹き出した。



 とにかく、朝食。
 生徒さんがゼリー飲料を持って来てくれていた。
「空腹感が消えるかどうかはわからないけど、栄養はあるから」
 あたしは軽く頷いた後、それを受け取って――…………。
 蓋が、開かない。
 手が翼だからうまく操れない。蓋を回したいのに、翼だけがツルツルとすべるだけ。
 これが開かないことには、飲めないのだけど……。蓋が開けられないなんて、何だか情けなくて悲しい。
 ドアの傍で立っている生徒さんを見上げた。
 生徒さんは少し驚いたような表情であたしを眺めた後、
「瞳が潤んでるわ」
 と呟いて、ゼリー飲料の蓋を開けてくれた。
「小さな女の子を見ている気分になっちゃった」
 あたしはゼリー飲料を再び受け取り、
「いつもだったら開けられるんですけど、今は、その、手が翼になっていますから」
 早口に説明する。
(今日は朝から恥ずかしい思いばっかり……)
 唇――というより嘴に飲み口をあてて、吸った。グレープフルーツの味が口の中に広り、喉に落ちていった。
 瞬間、カシャッという音が聞こえた。
 音はドアの向こうから――あたしがそっちを見ようとすると、一瞬だけ人影と銀色の四角い物が見えて――すぐに生徒さんに遮られた。
 でも、あれは確かに……。
「美味しい?」
「は、はい」
(味わってなんていられないけれど……)
 翼でゼリー飲料を持っているのも難しいような状態で、何とか飲み終えた。
「今日は何をするんですか?」
「特にはないわ。普通に生活してくれればいいの」
 非常に疑わしい。とってもとっても怪しい。
「……本当にそれだけですか?」
「あら、どうしてそんなこと聞くの?」
 生徒さんは笑顔を崩さない。
「さっき、ゼリーを飲んでいるとき、カシャッっていう音が聞こえたんですけど」
「誰かが何か落としたんじゃないかしら」
「音がした方を見ると、人影と銀色のモノが見えました」
「幻覚じゃないかしら」
「……あれは、カメラですよね?」
「……さぁ。私は見なかったから」
 生徒さんは真面目な表情だ。
「本当に知らないわ。他校の人かも……」
「まさか」
 否定はしたものの、生徒さんの顔は真剣で、本当に知らないのかもしれない。
(じゃあ、あれは誰だったんだろう)
 だんだん不安になってきた。
「本当に心当たりはないんですか?」
「ええ」
(まさか、そんなこと)
 生徒さんは何か考えている表情――と、急に思い出したような顔になって、ベッド上に座った。
「みなもちゃん、ちょっと」
 あたしの顔に目一杯近づく。
「もしかして、そのカメラって」
「何です?」
 あたしも生徒さんに近づく。
 数秒の沈黙。
 生徒さんは突然背中の後ろから何かを取り出し、口を開いた。
「こんなのじゃなかった?」
 カシャッ――という音とフラッシュ。
(え?)
 見ると、生徒さんが持っているのは――デジタルカメラ。それを手にして、嬉しそうにしている。
「良かったー。アップの顔も撮りたかったのよ」
 何が何だか……。
「それじゃあ、他校の人の話は?」
「ああ、あれ? 嘘」
 あっけらかんと生徒さんが答える。嘘って、あんな顔していたのに。
「さっきまで真剣な表情だったじゃないですかっ」
「ああ、あれ? 芝居」
「そんなぁ……」
 言葉に詰まる。
「写真が撮りたいなら、そう言ってください!」
「だーめ。それじゃあ、つまらないもの」
 あたしが持っていたゼリー飲料を取り、生徒さんは人差し指を立てた。
「ね?」
 ――「ね?」って言われても……。
 相変わらず、よくわからない。ペースに引き込まれて、戸惑っちゃう。
「そういうところが可愛いのよ」
 生徒さんはそう言うけれど――。
「あたし遊ばれてますよね?」
 精一杯の抗議に、生徒さんは余裕の微笑を返すだけだった。
 あたしの今の表情すら、楽しんでいるように。



 謎の(明らかにシャッターを切る音だけど)カシャカシャといい音を聞きながら、生徒さん曰く「普通の生活」が始まった。
 ――でも、全然普通の生活なんかじゃない。
 この格好で普通の生活なんて、とても望めない。


 例えば、廊下。
 一歩一歩歩くたびに床に尻尾が擦れて、違和感と不安が募る。
(尻尾を傷つけたらどうしよう――)
 どうしても慎重に歩くことになる。時間が掛かって仕様がないくらい。
 それでなくても、視界が狭くて見えにくいのに――。
 と、身体が傾いた。
「きゃっ」
 生徒さんが慌ててあたしの身体を抱くようにして守る。
「ご、ごめんなさい……」
「いいのよ。歩きづらいのね。手を繋いであげるから、ゆっくり安心して歩きましょう」
 生徒さんは優しかった。
(後ろでまたシャッターを切る音がしたけれど)


 それに、ご飯のときも。
 出されたのはグラタン。たぶん、食べやすいのを選んでくれたんだと思う。
 それでも充分に難しくて――まず、フォークやスプーンを持つのが大変。
 翼になっている手には、指先というのが存在しない。どうやって持てばいいのか困ってしまう。
 やっと持てても、うまく口へ運べない。焦ってしまうから、余計に。
 十分ほど格闘した後――生徒さんがあたしの手からフォークを抜き取った。
「はい、あーん」
 え……。
 戸惑う。あーんって……。
「ほら、口開けないと食べられないわよ」
 確かに。でも、それはちょっと、さすがに。
 とは言え――あたしはグラタンを眺める。
(自分ひとりでは食べられそうにないし……)
 覚悟を決めて、口を開けた。
 嘴を通して、チーズの香りが漂う。美味しい。
(この状態での食事は、毎回こうなるのかなぁ……)
 仕方ないことかもしれないけれど――恥ずかしさは拭えそうにない。
 せめて、生徒さんと目を合わさないようにして食べよう。
 

 それから――。
 前回や前々回のバイトの時も辛かった、あれにまた悩まされることに――。
「あの」
「どうしたの?」
「その……えーと、何ていうか」
「みなもちゃん?」
「あの……お手洗いに行きたいんです」
 おずおずと声に出した。
「あっ。そうね」
 生徒さんはあたしと繋いだ手を軽くひいて、
「じゃあ、こっちへ行かないと」
 方向を変えて進んだ。
「はい、ここね」
 女子トイレの前で止まる。
「行ってきます……」
 恥ずかしさから駆け出すように中に入る。
 けれど――。
 例によって使い物にならない翼。
 ――個室のドアが開かない。
 何度やっても、開かない。
(もう……いや……)
 半ば半泣きで女子トイレ前に戻り、生徒さんに頼む。
「お願いです、ドアを開けてください……」
 ――この先は、思い出したくない。どうしても……。
 個室トイレの中で、あたしの半泣きは本当の泣き顔に変わっていった。



 この生活でわかったこと。
『この格好では、殆ど何も出来ない』
 生徒さんは、あたしをからかいながらも手伝ってくれる。それだけが頼り。
 ――あたしが困るたびに、生徒さんはにこやかに笑っていて。
 それは頼もしくもあるけれど――やっぱり恥ずかしいかな。
 そういうこと……かな?


 

 終。