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<東京怪談ノベル(シングル)>


***『レーディング&ドロミー』***

 我は狼の時に生きしモノ。
 我は母なる巨人アングルボダと父なる悪しき神ロキの子――
 アスガルドの軟弱な土よ。
 我をあざ笑った小賢しき神々よ。
 小癪な運命の女神『ノルン』たちよ、忌まわしき隻眼の主神よ。
 黄昏を待て――
 黄昏を――

 ――『神々の黄昏を』

***『帰還』***

 あたしはゆっくりと眼を開いた。
 微かに感じた揺れと、機内アナンスで眠りから覚めたのだ。
 寝覚めは…あまり良くなかった。
 「Ragnarok」。
 あたしは、夢でこの言葉を紡いでいた気がする。
 ―――、
 スチュワーデスの流麗な説明が旅客機内に零れだした。
 すっ、と窓の外へと流れる視線。
 ………そう、
 あたしは、やっと帰って来たのね。
 成田の上空から見下ろす懐かしい夜景。
 街の名は――『東京』。

 雨柳凪砂(うりゅうなぎさ)、色々あったけど、ただいま帰還っ

******

 東京郊外のさる『お屋敷』。
 凪砂は成人してから現在まで、この屋敷に一人暮らしをしている身だった。 もっとも、厳密には少々違う。何より全てのことを凪砂一人でこなすには、些(いささ)か不都合の多すぎる広さ、家政婦や小間使いを雇う必要性も、時には生じたりする。
 今回などの長期の海外旅行がそれに該当した。
 大荷物を抱えて大きな玄関を潜れば、

「おかえりなさいませ、お嬢様」
 と、丁寧極まりない中年女性の声が出迎えてくれる。

 出発前に家の管理を任せた雇いメイドさんである。彼女――もともとは、今は亡き凪砂の両親の下で世話になっていた人らしい。そんな経緯から、凪砂をお嬢様と呼ぶのもある意味不自然ではなく。

「ええ、ただいま戻りました。――あたしの留守中に何かありましたか?」
 凪砂の問いに僅かに小首を傾げて、直ぐにあることを思い出したのか頷き返す。
 頷く相手を確認しつつ、凪砂はそのまま荷物の半分を相手に渡すと、広々とした居間へと移動した。メイドさんも後ろに付き添う。
 
 随分と懐かしい――

 玄関から廊下、続いて居間…と、住み慣れた我が家の匂いに、ふっと自然な笑みが零れる。

「我が家の香り…」
 やっと安堵感が込み上げて来たのだった。

***『荷物の中身は?』***
 
 ぽふっ――
 
 浴室から出て、ドライヤーで長く艶やかな髪を梳かし終えた凪砂、そのまま疲れたように白いシーツに身を投げた。
 実際相当疲れが溜まっているのだ。心にも身体にも。
 よく馴染んだ温かいベッドの感触が、凪砂の身体を柔らかく、労わるように優しく受け止めてくれた。

「あぁ〜気持ち良い〜〜♪」
 枕に顔をうずめてふぅ、と一息。
 ようやく心からの一心地。

「――あ?…そういえば」
 届け物があったのだったわ。

 ソレはあたし宛に送られてきた小包と一通の封筒だった。
 先ほど食事中、雇いメイドさんに訊いた話によると、凪砂が帰ってくる一昨日前に届いたらしい。
 確認すべく、ベットから降りて、直ぐ隣の書斎へと向かった。
 
******

 凪砂は一分も掛からずに例の小包と封筒を抱えて、自室に戻ってきた。

「誰からかしら?」
 封筒、小包と、不思議なことに送り主の名は記されていなかった。

 小首を傾げながらも、凪砂はまず、封筒の方から先に開けることにした。
 机の小引き出しからアンティーク風のペーパーナイフを取り出すと、ゆっくりと慎重に封を剥がしていく。中身はやはり一通の手紙だった。
 
 文字は流麗な英語で綴られており、差出人の名前は……。
 
 ――え?
 この文字は確か、
 ルーン文字。
 しかも綴りは、旅先で嫌と言うほどお目にした。
 北欧神話で唯一、自身のルーンを持つ神の名。

 ど、どういうこと?
 〜〜って、考えていても仕方ないし、とりあえず手紙を読んで見ましょうっ。

「よしっ…ええっと?」
 椅子に座りながらも礼儀正しく姿勢を整えて、自分宛の謎の手紙を読み進めていく。
 それによると、
 驚くべきことに先ず前置きで、欧州旅行の最中に凪砂を見舞った怪異、そのこと如くが克明に記されていた。そしてそれに付け加えて、『首輪』の名がグレイプニルであるということ、自分に憑いた存在がフェンリルの『影』であるらしきこと、半ば予想していた解答が記されていたのだった。

「……………。」
 机に両腕を組み敷いて、複雑な心情を吐露するような長い吐息。
 忘れたいが忘れ難い古城の出来事。
 手紙の送り主――と、考えて、直ぐに脳裏に浮かんだのは、あたしに『首輪』を嵌めた、あの黒衣の青年だった。出来過ぎている…けど。

 チラリと、揺れる黒瞳を小包へと流して。
 再び、文章の続きを追っていく。

 全てを読み終えた凪砂は、
 そっと顔を伏せると、耳まで真っ赤に染め、小言で「嫌…」と紡いだ。

****『二日目〜只今修行中〜?』****

 あれから一夜明けて――
 雨柳家の『お屋敷』、その書斎。
 大人びた黒のブラウスに身を包み、シックな椅子に腰掛けては指先に握るペンを、さらさら〜と、動かす凪砂の姿があった。
 何のことは無い、とある雑誌社から文章依頼を受けて、それを書き綴っているのだ。
 反面彼女の趣味のような仕事。
 その最中、
 
 ――シャラシャラ。

 と、ソレは鳴り響く。
 『鎖』…の奏でる音だった。

「う〜〜〜」
 ペンを置いて思わず唸る。まるで鎖につながれた悲しき狼の心境。
 今の自分にピッタリと当てはまるのでは?
 凪砂――それは、それは、傍目から見ると凄く「危険」な格好だった。

 首輪&手枷&足枷+鎖付き。

 そっち系の趣味の人?――なぞとちょっと所か、思いっきり誤解され兼ねない姿。
 
 実は例の手紙の続き。
 何でも『グレイプニル』だけでは、現在のあたしの暴走を完全には抑えられないらしいのである。またあまりにも不安定な『影』と「あたし」の関係の為に、送られてきたのは制御――というか、修行道具の一式だった。
 
 あの後、残った小包の包装を解くと、現れたのはシンプルな黒い小箱。丁寧にも銀色の小鍵も添え付き。手紙の内容であらかた予想はついていたので、あたしとしてはあまり開けたく無かったが、半ば諦め半分に銀の小鍵で箱を開ける…と、

「……あぅ」
 自然と口元を押さえる片手。
 パタン――
 何事も無かったかのように蓋を閉めて目を閉じるあたし。
 そう――『手枷足枷』と『鎖』が入っていたという次第なのだった。
 
 手紙には御丁寧に道具の名まで明記されていた。それによると手枷足枷は『レーディング』、鎖は『ドロミー』と言うそうである。
 
 そっち系の趣味とは違います、あたしはノーマルですっ!
 そう、心から叫んだ彼女だった。

***『三日目〜結局…?』***
 
 再び清々しい朝が訪れる。
 カーテンをさっと開き、部屋の窓を開けると、窓から射す眩い朝陽。
 思わず「んぅ〜」と背伸びをする、そんな気持ちの良い朝だった。
 凪砂は温もり残すベッドから降りると、ちょっと見でも高価そうな鏡台へ移動し、鏡に映る自身の容姿に「はぅ」と、何ともいえない吐息を漏らした。
 
 向こう側の「あたし」は、長い黒髪に大和撫子を思わせる控えめで落ち着いた雰囲気。これで、細首に巻かれた『グレイプニル』さえなければ…。
『首輪』は既に凪砂の身体の一部分と化している。
 四六時中身に着けていればまあ当然か。

 と、凪砂は化粧台の小脇に置かれている黒小箱を開けた。
 中から例のモノを掴み出す。

 少し不器用に、
 ガチャ、ガチャと。
 健康的で色艶の良い肌は、直ぐに手枷を嵌められ、足枷を装着した。
 そして、

 シャラシャラシャラ――

 と、馬鹿にならない重量を持つ鎖の音。

 あれからもう日課と成りつつある。
 複雑な修行が…。
 年頃の女性が、日々手枷足枷、鎖をジャラジャラの毎日…。正直知人にでも目撃されようものならば、と…考えるだけで恐ろしかったが、悩んだ挙句、仕方がないと割り切っている。どうせ屋敷では一人暮らしだし。

 ただ、相変わらず気は滅入った。
 さすがに常時身につけていなければならない『首輪』とは違い、手枷足枷、鎖等は浴室に入るとき、眠りに着くときは外している。が、気分はまるっきり囚人、もしくはアブノーマルな趣味に目覚めた…あっち側の住人っぽかったし。

「くっ…我慢よ、我慢っ!」
 ともすれば負の感情が暴発しそうで、慌てて心を穏かに…。
 この上、衣服まで「びりびりびり〜」なんて洒落にならないもの。
 何よりこの鎖と枷を使って、『影』を慣らすことが必要らしい。
 慣れさえすれば、自ずと『首輪』のみで暴走を抑えることが出来る…手紙の主はそんなことを書き記していた。

 以降、凪砂は料理のとき、食事のとき、好きな音楽を聴きながら読書するときも、友人知人と長電話をしてしまうときも、お昼寝中も、その他、洗濯時、仕事と…屋敷にいる時間はずっとこの格好で暮すことしている。
 実際この手枷足枷を付けている状態だと、あたしの中に居る『影』も、随分と大人しいのである。

 先ずは慣れから―――
 あたしの修行?は現在進行形。

 色々と始ったばかりなのだから…。

***『〜続く?』***