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<東京怪談ノベル(シングル)>


SFXなワイバーン3〜分析しましょう〜




 あっという間にと言うべきか、やっとというべきか――このバイトも六日目を迎えた。
「本当にあっという間よねぇ」
 と生徒さんは言い、数秒後に吹き出した。
(きっとあたしのことを思い出してるんだろうなぁ)
 羞恥心と諦めの混ざった感情で、あたしは生徒さんを横目で眺める。
 全部思い出すのも難しいくらい、生徒さんはあたしの恥ずかしい姿をいくつも見ている筈だから。もう本当に、いっぱい。
(あぁ……)
 でも、このバイトもあとちょっと。
(せめてこのあとちょっとの間は、あんまり恥ずかしい思いをしないで過ごせますように……)
 そう願った矢先、
「今日は一緒に出かけるからね」
 生徒さんの言葉に、驚かされた。
 出かける? 何処に?
 二、三回まばたきをしたあたしに、生徒さんは「やーねぇ」と呟いた。
「私達がこのまま、みなもちゃんになーんにもしないで終わると思う?」
 ――思わない。全っ然思わない。
「……そうですよね……」
 妙に納得してしまった。
(何をやらされるんだろう)
 想像しただけで、肌を撫でられたような軽いむず痒さを覚えた。妙な気分。
「大丈夫よ、そんなに硬くならないで」
 と言われたけど――。
 生徒さんが大丈夫という言葉を使った時って、いつも変な目にあわされている気がする。そんなことを言われたら、余計に過敏になってしまう。
「何処へ何をしに行くんですか?」
「計測機器のある専門の施設に、新素材の分析をしに行くのよ」
 ――分析……。
 あたしは自分の腕や腿に視線を移す。そう言えば、これは生徒さんにとって、初めて使用する素材だったんだ。
(分析、かぁ)
 どんなことするんだろう。訊いてみようかな。
「あの、」
 と、声を出したものの、
「みなもちゃん動かないで、目を瞑って。メイクを直したいから」
 今は、生徒さんの指示通りに目を瞑る。
 生徒さんはあたしの顎に触れ、下向きだった顔を上向きに変えた。
 あたしは生徒さんの気を散らさないように黙る。
 生徒さんの手の動きは、リズミカルなところがあって、それを感じ取ることに夢中になった。
「もういいわよ」
 と声を掛けられた頃には、もっとメイクの時間が長ければいいのにと思ったくらい。
 前日と同じく生徒さんに手(今は翼と言うべきかも)を繋いでもらった状態で、学校を出た。


 ――着いた場所は、駅。
「電車で行くんですか!?」
 声が上ずる。てっきり車を使うものだと思っていた。
(だって、あたしこんな格好で……)
「大丈夫、大丈夫。駅員には予め了解をとっておいたから」
 ――そういう問題じゃなくて。
「他にも人がいるんですよ!?」
「何かのイベントだと思われるだけよ。別に通報されたりはしないわ」
「そういうことではなくてっ」
 つい大声が出て、我にかえる。そんな声を出したら余計目立ってしまう。
(でも、こんな格好で……)
 これは服みたいだけど、服とは明らかに違うんだから。
 身体が熱くなる。無意識に肩を狭めるようにして、うつむく。
「あのー」
「はいっ」
 掛けられた声に、身体がビクッと震えた。あたしと同い年くらいの少女が立っていた。
「イベントですか?」
「えっ あ、はい」
「そうですかー」
 少女は一通りあたしを眺めてから、返事をした。珍しげな表情。
「何のイベントですか?」
「えっ」
 何の、と訊かれても……。
 少女は尚もあたしを見る。
 ――あたしの顔が赤くなるのが判る。肩は震えだす。立っているのが辛い。
 本当は答えるどころか、今すぐにでも逃げ出してしまいたいのに。あたしはうつむくだけ。
 ――生徒さんが会話に割って入った。
「デパートの屋上で子供向けのショーをやるんです」
「そうなんですかー。子供向けのじゃあ、私の年齢には合わないですねー」
 そんなことを言っている。ものによっては、見に行こうと思っていたらしい。
(助かった……)
 ――とホッとしたのもつかの間、少女は鞄からおもむろに携帯を取り出し、
「じゃあ、記念に写真撮らせて下さーい」
 と携帯をこちらへ向けた。
「いえ、それはちょっと、」
 あたしは思いっきり首を横へ振ろうと――したところを、生徒さんに抱きすくめられた。
「どーぞ、どーぞ。思う存分撮って下さいね」
「そ、そんなぁ」
 不満を漏らしたけれど、少女の耳には届かなかったらしい。
「わぁ、ありがとうございまーす」
 すぐに撮られた。
 少女だけじゃない。同じような人が集まりだして、一斉に写真に撮られた。何枚撮られたのかなんて、考えたくない程に。
「ほら、笑わなきゃダメよ」
 耳元で生徒さんが囁く。
 ――笑うなんて、とても出来ない。
 それどころか、目が潤んできている。
 無理です、と呟いた。
「ダメよ。お仕事しないと」
 ――お仕事。そうだ、今はお仕事中だった。
(おしごと、おしごと、おしごと……)
 暗示をかける。
「みなもちゃんなら出来るわ」
 生徒さんの言葉を飲み込み、目は潤んだままだけれど、出来る限り微笑んだ。


 専門の施設は、白く清潔な壁に囲まれていた。
 ――白衣を着た人たちが忙しなく動いている。
 無駄のない動きに、少々見とれ、同時に居辛さも感じた。
 ――まだ生徒さんが一緒でよかった。一人だったら、心細くて帰りたくなってしまう。
「相変わらず忙しそうねぇ」
 生徒さんはそう言うと、出て行こうとした。
 ――あたしは生徒さんの服の袖をひっぱる。
「帰っちゃうんですか?」
「外で待つだけよ。ここには私がいる必要はないし」
「それはそうですけど――」
 施設内を見渡す。胸の中に広がる疎外感。
「検査中も、ここにいて欲しいです」
 生徒さんは、少し困って
「私が何もしないでここに立ってるのも邪魔だしねぇ」
「それなら、他の方と一緒に調べるのを手伝うとか……」
 ふーん、と生徒さんは言った。
「私がいた方がいいのね?」
「勿論です」
「私がやるなら――やることはたくさんあるから、作業はなるべくはやく行ないたいんだけど、それに対して戸惑ったりはしないわね?」
「はい。頑張ります」
 あたしが頷くのを見て、生徒さんは満足げに笑った。
「その言葉、忘れないわよ」
 生徒さんは、あたしの翼になっている手をぐいぐいと引っ張り、一室に連れ込んだ。
「まずはここからね」
 そこには白衣を着た人たちが待っていた。生徒さんが指示をして、事が進んでいく。元からそういう流れになっていたように、滞りがない。
 あたしは台の上に寝かされた。特別な写真を撮るのだという。細かい所を写すものらしい。
 それを聞いて戸惑ったけれど、生徒さんはあたしの嘴に指をおいて諭すように言った。
「みなもちゃんはいい子だもの、約束を破ったりはしないわよね?」
 ――言い返せない。
 さっきしたばかりの約束をもう後悔しながら、返す。
「はい……」
 生徒さんが言った通り、やることはたくさんあった。
 ――筒のような中に入れられたり、運動させられたり。
 喉が渇いたときに渡された液体は、飲むのに勇気が必要だったし――少々ゼリー状になっているそれは、味がない分感触が際立って、飲みこんでからもずっと口内に残っている気がした。
 その上、後に飲まされた液体は、シーツのようにスルリと喉を通り抜けたけれど、味が顔をしかめる程苦くて、舌の上に味が残った。
(一体何を調べているんだろう)
 わからないけれど、聞かないほうが吉。
 全ての検査を終えたあたしに、生徒さんは笑顔をくれた。
「頑張ったわね」
「はい……」
 褒められているけれど、複雑な気分。
「今日頑張ったついでに、明日も頑張りましょうね」
 ――明日って……。
「明日はお披露目会だからね」
「………………頑張ります…………」
 ――全身の力が抜けていった。
 ――帰りの電車の中、翼でつり革につかまることで力の抜けた身体を支えながら、明日のことを考えた。
(お披露目会って、前回の時にもやったアレのことよね)
 思い出したくないような、想像したくないような。
 生徒さんは気楽で、
「みーなーもちゃんっ」
 あたしが振り向いたところを、写真に撮っていた。



 その翌日。あたしは涙目になっていた。
 ――泣きそう。
 悲しい訳じゃない。
 でも、泣きそう。
「みなもちゃん、こっち見て」
 先生の声がかかる。
 下向き加減の身体を何とか起こし、そっと先生を見る。
 ――目が合う。先生はずっとこちらを見ているのだから。
「先生……」
「何かしら」
「これは見世物ですよね……?」
「そんなことないわ。これは生徒の評価に関わる大事なことよ」
 その割には、視線がまるで――。
 先生があたしの腕――翼の一部に触れる。
「上出来ね」
 そう言って腕を上へ――あたしは、ばんざいの格好をさせられた。
 座っているあたしの足を持ち上げたり、後ろを向くように指示して、尻尾を掴んだり。そうしながら生徒さんにアドバイスをしている。
(ちゃんと見ているんだなぁ……)
 と思っていると、先生はあたしの髪を指でさわって、
「綺麗な髪ねぇ」
「そこはメイクと関係ないです……」
 先生が見ているのはワイバーンじゃなくて、あたしの肌だったりして……。
 翼を交差して、肩に乗せる。
(考えない方がいいよね)
 床を眺めたり、天井を眺め、たまに先生と視線を重ねる。
 そうやって時間を過ごしていく。
「はい。これでお終い」
 先生があたしの背中をポンと叩いた。
 はぁーっと息を大きく吐いた。終わったという感じ。
「みなもちゃん」
 と、先生は掌におさまる程の小瓶を取り出し、あたしに手渡した。
 群青色をした硝子の小瓶。コルクが蓋になっている。
「開けてみて」
 コルクを回しながら引っ張る。キュポンという音がした後、蓋は開いた。
 液体が中で揺れているのが見えた。顔を近づけると、微かに香った。
 人工的な香りではなく、花のような甘さもない。匂いは弱く、意識の根底で香る。
 それが顔を撫でて通り過ぎ、髪に流れ、残る。
「甘くないのに優しい香りでしょう? イメージシリーズでね、これは海底の香り」
 ――海底。
「みなもちゃんにあげる。みなもちゃんって、目と髪が青いでしょう? 似合うんじゃないかしら」
「でも――」
 バイト代はちゃんと貰うのに、これまで貰うのは悪い気がした。
「いいからもらっておいて。これは気持ちを落ち着かせてくれる筈よ」
 先生の表情は柔らかい。
(あたしの心を気遣ってくれたのかな)
 小瓶に蓋をして、翼で包み込む。
 それから、頭をさげてお礼を言った。
「ありがとうございます」
「いいのよ。これは香水じゃないけど、身体に付けてもいいし、部屋に置いて香らせてもいいし、持ち歩いてもいいわ」
「はい」
「で、今度会うときは是非これをもっていてね。落ち着いた気持ちで私と遊びましょうね」
「……………………はい」
 これは、あたしの心を気遣っている――と言っていいのかどうか。


 メイクを落とすのに、大分時間が掛かってしまった。
 生徒さんに駅まで送ってもらい、電車に乗り込む。
 ドア付近で、一人立っていると――窓に映る自分が目に入った。
 胸の音が一回、大きく鳴った。ギクリ、とする。
 それから――笑う。
(いつも通りの自分の顔なのにね)
 ワイバーンの姿に慣れちゃうなんて。
 ――掌の中を覗く。そこには群青色の小瓶がある。
 それを掌で転がしながら、回想する。
(あれはあれで、楽しかったのかもしれないなぁ)
 ゆっくりと、この一週間を惜しむ――電車の中。
 ――駅にはまだ、着きそうにない。




 終。