コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:北の海の海月退治  〜嘘八百屋〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界境線『札幌』
募集予定人数  :1人〜2人

------<オープニング>--------------------------------------

 ‥‥‥‥。
 ‥‥いま、なんと仰いました?
 私の耳がちゃんと聞こえていれば、海月を退治しろ、と聞こえたのですが。
 空耳‥‥ではないのでございますね‥‥。
 三浦さま? いま一度確認いたしますが、ここは雑貨屋であって漁業組合ではありませんよ。
 はあ‥‥全長一五メートルを越える幽霊海月ですか。
 空を飛んだり放射能火炎を吐いたりしますか?
 ジョークでございますよ。
 そんなに怖い顔をなさらないでください。
 しかし、そこまで大きな海月など存在するのですか? 本当に。
 まあ、存在するからこそ、この陋屋までお運びくださったのでしょうけど。
 いずれにしても、たしかに漁業被害が出そうですね。
 そういうことでしたら、及ばずながら協力させていただきます。
 場所は‥‥天売島沖ですか。
 船の手配はそちらにお願いします。私はスクーバの道具を揃えますから。
 ああ、武器も必要になりますね‥‥。
 人員の方は、天売焼尻の海の幸をエサに集めましょう。
 もちろん、その分の経費は自衛隊に請求いたしますね。







※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


------------------------------------------------------------
北の海の海月退治  〜嘘八百屋〜

 世の中は何が起こっても不思議ではない。
 話を聞いたとき、三人が共通に抱いた感想がそれであった。
 シュライン・エマが肩をすくめ、
 巫灰慈が天を仰ぎ、
 光月羽澄が溜息をつく。
 札幌は中央区の一角。うら寂れた雑貨屋である。
「まあ、にわかには信じられないでしょうが」
 苦笑しているのはこの店の主人、嘘八百屋という男だ。
 言ってる当人がこれだから、ばかばかしさの極致である。
 体長一五メートルに及ぶクラゲなど。
「で、それを私たちに退治しろってのね?」
 げっそりと、シュラインが言った。
 どうしてこの北の島には、変な怪物ばかり出現するのだろう。
 重々しく頷く嘘八百屋。
 もちろん、蒼眸の美女の内心の声に対してではなく、口に出された確認事項に対してである。
「ちなみに、どうやって退治するんだ?」
 もっとも質問を発する浄化屋。
「手、しかないわよねぇ」
 応えたのは羽澄だった。
 今回の依頼元は、一応、自衛隊ということになる。
 したがって、武器そのものは豊富なのだ。
 なのだが、クラゲ相手に魚雷を使うというのも、けっこうバカバカしい話だろう。
 そもそも漁業被害が心配されている海域で、あまり重火器を使用するわけにはいかない。
「そりゃそうだが、一五メートルだぜ。一五メートル」
 巫の嘆き。
 それこそ羽澄の一〇倍近い大きさだ。
 こんなのを人力でどうにかできるのだろうか。
「ミッションインポッシブルよね」
 言いつつも、シュラインが陳列棚からブレスレットを取る。
 魔弓シルフィード。
 見た目はブレスレットだが、不可視の矢を放つ不可視の弓である。
「この子、水の中でも使えるわよね? 嘘八百屋さん」
「ええ。それは大丈夫でございます。多少威力は落ちるでしょうが」
「こいつは?」
 巫が掴んでいるのは、愛用の貞秀だ。
「‥‥大丈夫でございます」
 心に涙を隠しながら頷く嘘八百屋。
 妖刀貞秀は、むろん水の中でも使える。飛び道具ではないからだ。
 動きが遅くなる分、斬撃は難しいだろうが、刺突使用には充分たえられる。
 では、どうして泣いているのかというと、
「錆びるんですよね‥‥」
 と、いうわけだ。
 研ぎ直せば良いだけであろうに、嘘八百屋とてしてはなかなか複雑な心境らしい。
 まあ、それが骨董を愛する者のレゾンデートルなのだろう。
「私は武器はいらないから」
 慰めるつもりか、ぽむぽむと羽澄が雑貨屋の肩を叩いた。
 こうなっては、レラ・カムイもオシマイである。


 さて、自衛隊の用意してくれた船は、最新鋭イージス護衛艦、ではなかった。
 天売島沖。
 燦々と輝く太陽。
 どこまでも続く海。
 水平線では空と溶けあっている。
「ゆ〜れ〜る〜 酔〜う〜」
 そして、船上に木霊する巫の声。
 情けないことおびただしいが、やはり八メートルほどしかない漁船では揺れるのはたしかだ。
 護衛艦とでは基本排水量が違いすぎる。
 まして、湾などの穏やかな海ならともかく、天売島沖は一応外海だ。
「うごぉ〜」
「灰慈。うるさい」
 はっきりきっぱり切り捨てるシュライン。
「だらしないわね‥‥」
 羽澄も平然としたものだ。
 さすがに音を扱う能力者ふたりは、三半規管もしっかりしているのだろう。
「双子島かぁ」
 やや唐突に蒼い目の美女が口を開いた。
 視界の隅に二つの島を映しながら。
 天売島、焼尻島。
 それらは、文字通り双子島である。
 しかし、人間の双子がしばしば憎しみあうように、天売と焼尻の姿はかけ離れている。
 ほとんど木々がなく裸島のような天売。
 緑なす楽園のような焼尻。
「天国と地獄みたい」
 羽澄の感想はありふれてはいるが、間違ってはいない。
「そして、その天国と地獄を作ったのも人間なんだけどね」
 手すりにもたれたシュラインが言った。
 ある程度のことは下調べしてある。
 最初はまったく似たような姿をしていた二つの島は、住民によって変貌を遂げていった。
 一方は森林が次々と伐採され、他方は緑化が進められ。
 おそらくこれも、人の業、というものなのだろう。
「楽園を作るのも人間、地獄を作るのも人間」
 歌うように言う羽澄。
 バックグランドミュージックが浄化屋の呻きでは、優美さに問題があった。
「そろそろクラゲの出没海域でございます」
 操舵室から嘘八百屋の声が響く。
「よ‥‥よし‥‥」
 ふらふらと立ちあがる巫。
 なんだか死に際の騎士みたいな雰囲気だ。
「でも、持ってるのはグングニルじゃなくて貞秀だけどね」
 美貌の事務員が笑う。
「なにそれ?」
「ザレゴトよ。気にしないで」
「それより、こんな小舟でホントに勝てるの?」
「べつに船で戦うわけじゃないわよ」
 クラゲは怪獣映画のように触手で船を襲ったりできない。
 海面の上に身体を出すこともできない。
 結局はこっちから潜って戦うしかないのだ。
 有利ともいえるし不利ともともいえる。
「ま、そのための新兵器だけどな」
 巫がバックパックを背負う。
 言葉通り自衛隊の新兵器で、超小型のジェット水流発生装置だ。
 これを使用すれば、海中で三〇ノット近くの速度を得ることができる。
 それでも回遊魚などに比べれば鈍足だが、クラゲよりははるかに速い。
「ソナーに反応がありました。あと五分ほどで接敵します」
 ふたたび嘘八百屋の声。
 三人の表情に緊張が走る。


 大きい。
 傘を広げているとはいえ、全体像が掴めないほどの大きさだ。
 海中。
 人魚のように海原を駆けながら、三人が視線を交わす。
 水の中では音声によるコミュニケーションはできない。
 アイコンタクトとジェスチャーがすべてである。
 通常のダイビングであればホワイトボードを用いることもあるが、さすがに戦闘中に筆談をするほど、巫もシュラインも羽澄も酔狂ではない。
 それにしてもグロテスクな姿だった。
 赤さびのような色の身体。ぬめぬめと動く触手。
 できれば一生、関わり合いになりたくないような物体だ。
 むろん、ここまできてやめるわけにはいかないし、クラゲの方でも彼らを逃がしてくれるつもりはないらしい。
 触手が襲いかかってくる。
 ただのエサとして認識されているのだ。
 三人は思い思いの方向へと回避した。
 そして、散開と攻撃は同時だった。
 シュラインの手から放たれたシルフィードたちが、真空の刃で斬りかかる。
 ジェット水流を全開にした巫が、すれ違いざまに斬撃を放つ。
 羽澄の技が、クラゲを振動させる。
 完璧な連携だった。
 だが、
「ダメだ。全然きいてねぇ」
 失望の表情で首を振る浄化屋。
 だいたいの事象において、身体の大きさはそのまま武器である。
 百獣の王と呼ばれる獅子ですら、象に勝つことは難しい。
 巨大な戦艦に対して、小型の戦闘機一機では太刀打ちできないように。
 では、どうやって戦うか。
 奸智とコンビネーション。それしかなかった。
 人類に備わった、最強の武器である。
「くっ!?」
 身体をひねって、羽澄が触手をかわす。
 なによりもこれが厄介なのだ。
 クラゲの触手には毒胞があるのは有名だ。これほどの大きさのクラゲに毒を打ち込まれたら命に関わるだろう。
「シルフィードっ!」
 シュラインの内心の声に応じて、真空の矢が羽澄に向かった触手を断ち切る。
 軽く頭をさげる少女。
 迂遠なようだが、こうして一本一本処理していくしかあるまい。
 人間たちが思い定め、攻撃に転じる。
 そのとき。
「ばかな‥‥」
「嘘でしょ‥‥」
「常識を破壊してくれるわね‥‥」
 目を疑うような事が起きた。
 切り落とされた触手が再生したのだ。
「大自然の驚異ってやつね」
 精彩を欠いた軽口を内心で放つシュライン。
 じうにも常識の通じない相手のようだ。
「へっ! 再生するより先に全部ぶった切ってやるぜっ!」
 高速で突進する浄化屋。
 信じられない身のこなして攻撃を避けつつ、次々と触手を斬り捨ててゆく。
 粗野なようだが、基本的に巫の考えは正しい。
 手をこまねいて見ているだけでは状況の変化も起きようがない。
 まして、彼らはずっと水中にいるわけにはいかないのだ。
 ボンベの酸素が尽きるより先に、クラゲを倒さなくてはならない。
 無音の悲鳴をあげながら暴れるクラゲ。
「きゃぁっ!?」
 体当たりを受けたシュラインがはじき飛ばされる。
「大丈夫!?」
 支えるように受け止める羽澄。
 水中戦だから、ダメージそのものは大きくはない。
 ただし、巫と女性たちが分断されてしまった。
「どうする?」
「マンガみたいな相手とまともに戦っても勝ち目はないよ」
 目線での問いかけと目線での返答。
 このとき、シュラインの頭脳は慌ただしく回転している。
 現状は不利だ。
 巫が高軌道戦法なんとか互角に戦っているが、相手にたいしてダメージを与えているわけではない。
 いずれは彼も消耗し、致命的な攻撃を受けてしまうだろう。
 そうなる前になんとかしなくてはいけない。
 たとえば、あっと驚くようなアイデアで。
 形の良い顎に手を当てる。
「あの手しかないか‥‥」
 軽く頷き、羽澄へと視線を送った。
 身振りで、クラゲの動きを止めるように指示する。
「何秒も保たないわよ?」
「いいから。五秒も保てばこっちの勝ち。タイミング次第だけどね」
「何をする気?」
「自然の驚異には、やっぱり自然で対抗よ」
 目元をほころばせたシュラインが、ボンベを口から離す。
 同時に、水が振動した。
 それは、はるか遠くまで届く海の歌。
 海豚や鯨たちが交信に使う極低音。
 天売の海で遊ぶ海生哺乳類たちを呼び寄せるローレライの歌声。


 巨大な怪物と戦う巫は、悪戦苦闘の真っ最中だった。
 中世の英雄譚に登場するヒーローのようである。
「でもなぁ。相手がドラゴンとかならともかく、クラゲじゃ絵にならなすぎるぜっ!」
 意味不明な苦情を申し立ててみる。
 むろん、事態の解決には寄与しなかった。
「キリがねーな‥‥」
 斬っても斬っても触手は生えてくる。
 ようするに、このクラゲは突然変異体なのだ。
 充分に予想されていたことではあるが、実際に戦うのは一苦労である。
 と、唐突にクラゲの動きが止まる。
「羽澄の技かっ! だがいま止めてもっ!」
 一瞬で悟った巫が、触手を斬り捨てながら考える。
 極短時間の停止では、クラゲの懐まで飛び込めない。
 突入して、攻撃して、離脱するだけの時間が必要なのだ。
 それは不可能とというものだろう。
 それよりも、いまは一旦後退して作戦を立て直すべきではないか。
 もしかしたら、その契機としての援護攻撃かもしれない。
 やや消極的なことを考えた巫の視界を、なにかが横斬った。
 黒い物体。
 海豚だ。一頭や二頭ではない。
 数十の海豚が、猛然とクラゲに食らいつき、食いちぎってゆく。
「な‥‥っ!?」
 呆然と振り返った巫に、シュラインと羽澄がVサインを見せていた。


  エピローグ

「おこのみっ!?」
「食べ放題!?」
 素っ頓狂な声をあげる巫とシュラインと、厳かに首肯する嘘八百屋。
 焼尻島の寿司屋。
 そこを借り切っての解決祝いである。
 比較的裕福な羽澄は別としても、事務員や浄化屋がカウンターで寿司を食べることなど滅多にない。
 にもかかわらず、お好みで食べ放題とはっ。
「ありがたやありがたや」
 謎の祈りをしている巫。
「おみやもおっけー?」
 ちゃっかりしているシュライン。
 ちなみに彼女はパーティーなどに招かれたときは、ちゃんとタッパウェアを持参するそうである。
「もちろん。チルドで地方発送もいたします。ええ。私のお金ではないですからいくら高くなってもかまいませんよ」
 嘘八百屋がにこにこと応じる。
 隅の方で怒濤の涙を流しているのは三浦陸将補だ。
 まあ、気が済むまで泣かせておいて問題ないだろう。
「食う‥‥食ってやる‥‥この腹が張り裂けようとも‥‥」
「バフンウニ五〇個とか発送してもらってもいいのー?」
「あ、北海シマエビ握ってください」
 それぞれの為人に応じた台詞を放っている。
 後日のことになるが、東京のとある探偵事務所に大量の海産物が届けられた。
 時価にして二〇〇万円相当だったといわれているが、真偽のほどは明らかになっていない。
 ただ、
「魚雷を使った方が安くついたかもしれない‥‥」
 という三浦陸将補の談話が伝えられるだけである。












                         終わり


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)       withシルフィード
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)       with貞秀
1282/ 光月・羽澄    /女  / 18 / 高校生 歌手
  (こうづき・はずみ)


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

お待たせしました。
「北の海のクラゲ退治」お届けいたします。
巨大クラゲはいかがでしたか?
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。


☆お知らせ☆

9月1日(月)の新作アップは、著者、指示都合によりおやすみさせていただきます。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
その代わりといってはなんですが、シチュエーションノベルとシナリオノベルの窓口を9月2日日付変更とともに開けますので、もしよろしければ、ご利用ください。