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★楽しい宝探し★
【オープニング】
「お久しぶりです、草間さん。浅野です。覚えてますか?」
そう言って愛想良く笑うのは黒スーツを着てオシャレな黒縁メガネを掛けた茶髪の若者だった。
「用件は?」
彼の向いに座る草間は、それと真逆の無愛想さで返す。前に一度、この男の依頼を受けた事がある彼は、そのときの事を思い出してわずかに眉間の皺を深くした。
そんな様子に気付いているのかいないのか、浅野は笑顔を崩さず答える。
「<VAGUE・DIAMOND>って知ってます?」
「なんだ、それ。バンド名か何かか?」
聞き覚えのない言葉に草間は的外れな事を言った。浅野は首を振る。
「あー、やっぱりマイナーなんですね。店の名前ですよ。僕の大好きな」
「宇宙人の好きな店…ねぇ」
草間は煙草の煙を吐き出しながら、<自称宇宙人>である浅野を揶揄した。
「本とか雑貨が売ってるんですがね、変な物や古い物が多くて。結構高価な物もテキトーに置かれているようなところです。だからか、この部屋も結構好きなんですよねー」
浅野は部屋の中にある骨董品的な古さの電化製品等を眺めて、悪意の無い顔で言う。
「どういう意味だ」
低い声で答えつつも、先程の揶揄に対する仕返しなのかと思うと複雑な気分になった。
「その店のどこかに、店名の由来でもある<VAGUE・DIAMOND>という宝石があるらしいんです。先代の店長が隠して、『見つけた者にやる』と遺言まで残して。でもあの店はかなり広くて、現店長なんかも狙ってるんで誰か一緒に探してくれないかなぁ、と。あ、僕は見てみたいだけだからお金とかはいらないです。草間さんのツテで誰か誘ってくれると嬉しいんですが…」
浅野は最後に小声で「もちろん見つけた暁には…」と、草間の目を見てにやりと笑う。
草間は少し考え、自分にデメリットが無さそうだと判断すると頷いた。
「ちょっと声を掛けてみるだけだからな」
「さすが草間さん!」
浅野は嬉しそうに言って、興信所から出て行き、草間はその黒い背を見送りながら、どうして今更悪い予感がしてくるのだろう、と自問した。
***
「これで全員ですよね?」
浅野は都内の駅で待ち合わせた男女数人を眺めて言った。草間が集めてくれたメンバーは、どこか楽しげな面持ちをしている。
「一応確認のため自己紹介お願いできますか?」
浅野が言うなり「はーい!」と元気よく手を上げたのは、銀の髪に銀の瞳を持つ可愛らしい少女だった。
「海原みあおだよ。皆で宝探し、頑張ろうね!」
みあおの無邪気な言葉に青年が青い目を細めて笑う。
「俺は御影涼。それにしても宝探しっていい響きだよなぁ…」
「私はお店自体にも興味があるのよ。古い物っていいわよねぇ。私はシュライン・エマ。今日はよろしくね」
彼女は少し大胆な服装も象徴するように、大人らしく余裕の笑みを浮かべて言った。
「私は水上巧です。石のことなら任せて下さい。仕事柄、かなり詳しいですから」
少々日本人離れした容姿の男が自信ありげに言ったところで今回集まった4人の自己紹介が終わった。
「頼もしいですねぇ。あぁ、シュラインさんとみあおさんはともかく、御影さんと水上さんは草間さんに僕の事聞いてますか?」
浅野が訊ねると2人は何がおかしいのか小さく笑う。
「宇宙人、だろ?変わった人だなぁ」
「浅野龍平さんでいいんですよね」
涼の後を巧が笑いをかみ殺すようにして続けた。龍平はそれに、笑顔で補足する。
「えぇ、でも生まれも育ちも日本なんですけどね」
さっきまで居た駅から十数分歩き、路地裏に入った所で4人を先導していた龍平は足を止めた。
「ここなの?」
シュラインが目の前の古びたビルを見て訝しげに訊ねる。白い壁はところどころ茶色く変色し、壁が剥がれて鉄骨がむき出しになっている所すらあった。窓も割れて、誰かが使っているようにはとても見えない。
「僕、廃虚が好きなんですよ。それで、ここに来てみたらビル自体は廃虚だったんですけど…」
「じゃぁお店は地下にあるんだね!」
龍平の言葉をみあおをが楽しそうに引き継いだ。龍平が頷く。
「地下って、なんかトレジャーハントみたいだな」
「面白いですね」
涼と巧も何だか嬉しそうだ。
「じゃ、行きましょうか」
龍平は、元は自動ドアであっただろうガラス戸を平然とこじ開けて中に入って行く。4人もそれに続くが、シュラインだけは「何だか無気味ね…」と呟いていた。
ビルに入ると、さすがに廃虚だけあってうら寂しい雰囲気が漂っていた。昼なのに薄暗い廊下を一番奥まで進むと、地下へ続く階段がある。申し訳程度だが<VAGUE・DIAMOND> と看板も立っているし、階段にはちゃんと明かりが付けられていて足下を心配する必要は無さそうだった。
「ねぇ、お店の天井って高い?」
階段を下りようとする直前に不意にみあおが龍平に訊ねた。
「高さも広さもかなりありますよ。元々ここは何かの倉庫だったらしいし…。でもなんで?」
「広いんならやっぱり上から偵察した方がいいと思って」
みあおは答えるなり青い小鳥に変化してシュラインの肩に飛び乗った。
「その考えはいいですが、店に動物を入れたら見咎められそうですよね?」
巧が言うと、青い小鳥は心なしか胸を反らす。
「大丈夫!見つからないようにするから。見つかっても一回お店から出て人間になって戻ればいいでしょ」
「まぁとにかく下りてみようよ」
早く行きたくて羽をぱたぱたさせている小鳥を横目に、涼は階段を指さした。
「そうですね」
龍平は一言答えてゆっくりと階段を下り始めた。
***
階段は長く、下りた所は龍平が言った通りかなり広かった。小学校の体育館くらいの広さだろうか?床は石のようなコンクリートで、あまり掃除が行き届いていないらしく砂や埃が散らばっている。その上に本や雑貨の詰まった棚や箱が所狭しと並べられ、天井に取り付けられた金網からイカリやカゴもぶら下げられていた。照明はその更に上にあり、ランプの形をした電灯がオレンジ色の光をぼんやりと放っている。
「いらっしゃい」
階段を下りた所からすぐの場所にレジカウンターがあり、そこに座った初老の男が入店した4人(正確には5人だが)に向かって挨拶していた。声は低いが、小柄で笑い皺のある気のよさそうな男だ。
みあおが変化した小鳥はシュラインの肩で上手く店長らしき男からの死角に移動している。そして「何かわかったら報告するね」と囁いて、彼が視線を変えた瞬間飛び立った。
「じゃぁとりあえず私達も別れて動きましょうか?どうせ皆趣向も違うでしょうし…」
シュラインの提案に残りの3人は頷いてそれぞれの方向に歩き出した。
「隠された宝石なんだから、普通の所にはないよなぁ…」
涼はあれこれ考えを巡らせながら歩き、アンティークドールが置いてある場所の前で立ち止まった。人形の装飾品が怪しいと考えたからだ。人形の首飾りや服の装飾品をいじっている内に、彼の特殊能力でもあるテレパシーが発動し始める。人形の残留思念が流れ込んでくるのだ。さすがに少し気味悪くなった涼はその場から離れ、別の場所を探し始めた。
様々な書籍や怪しげな雑貨、食べ物を見ているとついつい当初の目的を忘れて「面白い物を買う」ということに専念してしまう。涼はあちこちにある装飾品やガラス、石などの残留思念を辿りつつ友達に喜ばれそうな妙な物を次々と腕の中におさめていった。
結局宝石らしき物は見つからないまま両手が塞がってしまい、涼はレジへと向かった。近付くにつれ、すでにレジの周りにシュラインとみあおと巧が居ることがわかり、彼らと店長の妙に和やかな会話も聞こえてきた。
「そうそう、たまに桁を間違えてレジに持ってくる人が居るんだよ。あれはちょっと困るねぇ。本気で怒る人もいるから」
そんな話に3人はにこやかに笑っていた。薄暗いこの空間で、レジ周辺はとても和やかな空気が広がっている。
「ちょっと退いて〜」
その後ろから声が掛けられ、3人が避けながら振り向くとそこには涼の姿があった。両手一杯に妙な物を抱えている。それをレジに置いて彼は言った。
「それ、全部でいくらかな?安い物ばっかり選んできたから大した値段にならないと思うんだけど…」
「うわ、すごいたくさんだねぇ」
みあおが商品の山を見て関心している。
「こんな面白いもの売ってる店滅多に来ないだろうしさ。変わった物を買って友達にでも見せようかと。で、いくら?おじさん」
訊かれて、店長は少し躊躇ってから答えた。
「10万2000円です」
「…え?!」
店長の言葉に涼は一瞬にして凍りついた。その後ろでシュラインとみあおが爆笑している。
「幾つか…桁を見間違えて持ってきてしまったみたいですね」
巧に笑いながら言われて、涼は顔を赤らめながら間違えていた物を抜いて会計を済ませた。
「そう言えば、皆見つけられなかったのね」
シュラインの言葉に4人は顔を合わせて自分の探してきた所を報告した。
「…何の話ですか?」
店長がその中に割って入って訊ねる。
「俺達、実はこの店に宝が隠されてるって聞いて探しにきたんだよね。まぁ俺は十分楽しめたけど」
涼がそれに答えると、店長は「あぁ」と言ってにっこり笑った。
「おじさん知ってるの?!」
みあおが訊くと店長はレジカウンターの端にある写真立てを手元に引き寄せた。そこには白髪で髭を生やした老人と、今より少し若い店長が写っている。
「この人は前店長で私の父です。彼はこの店に大切な宝物を置いて行ってくれました…」
4人は息を飲んでその続きを待つ。
「<VAGUE・DIAMOND>…この店の宝はお客さま、人と人との繋がりなんです。大切なのは宝石などではなく人の心…。父は私にそう教えてくれました」
店長は写真立てを愛しげに見やり、また元の場所に戻した。
「いい話だぁ…」
涼が感動し気味に呟く。
「なんか釈然としないけどね」
シュラインも苦笑しつつ納得しかけていた。そこに突然。
「騙されるなぁーっ!!!」
ちょうど地上へ続く階段の辺りからそんな声が響き渡った。
***
「道理でおかしいと思ってましたよ」
現れたのはもちろん龍平だった。彼は眼鏡を光らせながら、他の客にチラチラ見られつつレジカウンターへ歩み寄る。
「店長!あなた明らかにいつもと人格違うじゃないですか…」
困惑する4人を無視して龍平は店長に詰め寄った。店長は彼に半ば引きつった笑みを向ける。
「そんな事はないよ。私はいつも笑顔の店長だよぉ〜」
「なに露骨に目を反らしてんですか!もうバレバレ!!」
店長は今までの温厚そうな表情をかなぐり捨て、逆に龍平に掴み掛かった。
「明らかにアンタが引き連れてきたのが宝石目的の連中だってわかったから、いい話風味に事をまとめようとしたんじゃねーか!悪いかコラァ!!」
「逆ギレですか!逆ギレですね?!」
もう2人の会話の間に、道理というものは存在していない。その光景を半ば呆然と眺めながら巧が言った。
「涼くんが『宝』って言ったのに彼は『宝石』って答えましたからねぇ。店長がその存在を知ってるってことは…」
「あぁ、隠してたのね。なんで私、あんな話に納得しそうになったのかしら…」
「…馬鹿らしい」
シュラインと涼も口々に呟く。そこへみあおが声を上げた。
「結局!宝石はどこにあるんだよっ!!」
一瞬場が静まり返り、店の客も宝石の話は聞き知っていたのか耳をそばだてている。
「あぁ…」
龍平は軽々と店長の腕を振りほどいてポケットに手を突っ込んだ。
「隠し場所は店内じゃなかったんですよねぇ」
『なにーっ?!』
店長以外がその言葉に脱力した。
「このビルの屋上にある貯水タンク下の箱に入ってました」
「アンタもしかして…持ってきたのか?!」
店長がすごい剣幕で再び龍平の襟首を掴んだ。彼が平然と頷いてポケットから取り出した物を見て周囲の客の目の色が変わった。彼の手には大きくて透明な宝石が握られている。
「え…?!うわぁぁぁぁぁ!!!!」
龍平はすぐに取り囲まれて石の争奪戦が始まった。
「た、大変だ…!」
店長は唐突な展開にどう動くべきか迷っている4人と宝石に群がる人々を素通りして地上に続く階段へ向かって走って行く。しかしそこに、黒い影が立ち塞がった。
「しまった…遅かったか!」
失意の店長の一声と共に、事件を収束へ向かわせるべく黒い服の男達が店内へ次々に侵入してきたのだった。
***
事の真相は、こうである。
<VAGUE・DIAMOND>の前店長が、生前に密輸入していた特殊なダイヤモンドを自分の店に隠していた。それを店を継ぐ息子に告げた所、彼はそのダイヤモンドと店を売って金を作り、事業を興そうと企んだ。自分の店を残したかった前店長はダイヤモンドを客に見付からないような場所に隠し、それを動かすと自動的に警察に通報が行くように仕組んだのだ。
宝石が隠されているという情報や、それを現店長が狙っているなどという虚偽の情報が流れたのは前店長にとっても現店長にとっても誤算に他ならない。
龍平が石を動かしてしまったせいでVAGUE=曖昧な存在だったダイヤモンドは失われてしまった。警察に踏み込まれた為店の中は荒れ、その場に居た者はほとんど事情聴取を受ける事となった。
どさくさに紛れてなんとか逃げ切った5人は後でその話を聞いて呆然としたものだ。
その日からあのビルは完全に閉鎖されてしまった。あの店がどうなったのか、誰にも知る術はない。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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1501/水上・巧/男/32/ジュエリーデザイナー
1415/海原・みあお/女/13/小学生
0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
1831/御影・涼/男/19/大学生
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
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■ ライター通信 ■
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何だか、スゴイ話になってしまいました…。いつもながら無理矢理ツイストしまくった展開でごめんなさい。
涼さんは始めましてですね。にも関わらずあまり活躍させられなくてスミマセン…(今回は皆翻弄されてるだけっぽいですが←苦笑。
爽やかな好青年は大好きです(ぇ。 また別の機会にお会いできたら嬉しいです!ではまた☆
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