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<東京怪談ノベル(シングル)>


過激なる美獣の制裁〜最愛の娘の為に

 ――夜祭のあの日。
 娘の手を離してしまったあの瞬間。
 私はまず、自分を呪った。
 目を付けられているのはわかっていたのに。
 注意しながら、歩いていたのに。
 怖がらせないように。
 水時計なんか渡さなければ良かった。
 あれを拾う為に私の手を離した。
 そしてそのまま――最愛の私の娘は姿を消した。
 同時に、私たちを追っていた視線は、消えた。
 それだけですべてがわかった。

 …連れ去られた。
 奴らに。

 夜祭で賑わう人込みの中、海原みたまはひとり、立ち尽くす。
 私ではなく娘に手を出す?
 …ふざけやがって。

 ――不心得者には思い知らせてあげないと。
 殺してあげなきゃ。
 徹底的に。
 再起不能なまでに――悉く潰してやる。
 二度と娘を誘拐しようなどと考えられないように。
 派手に見せしめを。
 …五体満足で死ねると思わないで。

 ごくごく自然に、心に浮かぶ。
 みたまは――激怒していた。

■■■

 電話を掛ける。ダンナさま。
 一度目のコールが鳴り終わる前に即座に相手方は出た。
 みたまは携帯電話に縋るように、指に力を込める。硬質の輝きを放つ外装が、ぎ、と軋む。
 気を抜くと怒りで震えそうになる声。
 けれど一語一語はっきりと、相手に話す。伝える。ダンナさまに。
 …報告と、助力を。

 私たちの娘が攫われました。
 昔、私たちが仕事上潰した組織の生き残り。…そう、最近私を追っていた連中。ダンナさまも知ってましたよね、あの――。
 夜祭でのほんの僅かな隙。
 …ごめんなさい。油断した。手を離してしまった。
 唇を噛み締めての悔恨。
 ――これからすぐに救いに行く。
 黒幕の方は――ダンナさまに任せます。
 完膚無きまでに経済的組織的な――社会的な意味合いの、制裁を。

 私は私に出来る事をしますから。

■■■

 みたまは無論そのまま帰宅する気もなく、娘が攫われたその足で、『とある知り合い』の元に来ていた。
 コンクリート打ちっぱなしの冷たい内装。
 ごみ捨て場から拾ってきたようなスチール製の棚に、小汚い机。他。
 みたまはばん、とその小汚い机に両手を突くと、正面で面食らったように目を瞬かせている胡散臭い男――ここの主に、ずいと詰め寄った。
「こないだの中東でのミッションと同じだけ、見繕って」
 みたまの科白を聞くなり、は? と呆れたような顔をする場の主。
 だがすぐに立ち直りみたまを見る。
 よくよく考えればみたまがここに来る以上、いついかなる時であっても用件は――『それ』だけだ。
 この男はもう長い付き合いになる『調達屋』――否、最早みたまの『武器庫』と言い換えても良い。
「…おいおい、物騒だねえ。今時の日本でその武装かい?」
「これでも押さえたつもりなんだけど。ああ、なるべく殺傷力が高い口径が良いわ。弾も――あるだけ頂戴。あ、リモコン式の爆弾もあるだけ全部お願い」
 あっさりと険呑な事を言い出すみたまに、場の主は思わず仰け反る。
「うあ。…まさか戦争でもおっぱじめようってのかい」
「そうね。戦争ね。…戦争よ。私の娘に手を出すような身の程知らずには徹底的に思い知らせてやらないと駄目だって漸くわかったの。私もまだまだ甘い。甘過ぎたわ。残党が居るなんてね。許さないわ…今度こそひとりも残さない」
 ここではない何処かを凄まじい視線で睨み付けるみたま。
 鮮血が透けたような紅の瞳が、怒りに燃えていた。
「………………みたまの嬢ちゃん?」
「すぐ出るわよね?」
「そりゃな。そう思って嬢ちゃんもわざわざ俺のところに来た訳だろ」
 やや呆然としつつ言い、胡散臭い男は奥のドアに向かう。
 こんなみたまには、逆らわぬが吉、と知っているから。
「…付いて来な」
 ぶっきらぼうに告げた科白に、みたまは艶やかに口端を吊り上げる。
「…ふふ、愛してるわ。ダンナさまと娘の次に」
「そりゃ光栄だ」
 胡散臭い男はおどけたように肩を竦めた。

■■■

 そして各種武器がずらりと並んだ『奥のドア』の向こう側――そこからサブマシンガンにグレネードランチャー等々粗方武装を整え、胡散臭い男の『店』を出ようとしたその時、見計らったように呼び出し音が響き渡る。
 みたまの電話の。
 ガシャリ
 ショットガンを持ち替え、みたまは携帯電話にツーコールで出る。
 相手は、ダンナさま。
 それだけでほっとする。
 が、それどころか。
 ダンナさまは速攻で黒幕の企業と組織を探し出してくれていた。更に、娘が捕らわれているその場所まで。
 …やっぱり頼りになるひと。
 通話を切る直前、送話口に、ちゅ、と口付け、みたまはホルスターの中に電話を落とす。
「ダンナかい?」
「ええ。私の大事なダンナさま。…娘の居場所がわかったの。
 ――これで心置きなく潰しに行けるわ」
 可憐な少女の如く微笑んだ二十二歳の戦う主婦見習いは、その繊手に似合わぬ無骨な鉄の塊を――。
 手馴れた仕草で軽やかに装備した。

■■■

 タタタタタタタタタ

 辺り一帯、タイピングでもするような軽い『音』が響き渡る。
 銃撃音。
 発生源は主にみたまの手許。
 敵方は――反撃の機会はほぼ得られない様子。
 彼らが銃口を向けたその時には、銃爪を引く前に…彼ら自身の腹に風通しの良い穴が空いている。
 みたまの方が各段に早い。
 …彼らが撃つ前に行動を先読みして撃っている。
 容赦無く。


 一刻も早く無事な顔が見たい。
 早く。
 早く。


 思うがみたまは、まだ動いている影がある事に気が付き、冷静に物影でカートリッジを入れ替える。
 よろよろと蠢く気配。
 わざわざ見なくともその程度、察する事が出来る。
 みたまは目を閉じ、微かな音と連中の気配からその数と位置関係、距離を測った。
 そして。
 物影から顔を出し、最後に目視で確認。
 三人。
 躊躇いなく頭を狙った。
 当然の如く『音』を鳴らす。
 水風船の如きそれらはパンパンパンと連続であっさり弾ける。
 その場に、自分以外の動く者が誰一人居なくなったと確認してから――みたまは思い出したようにリモコン式の爆弾を転がしておいた。…これで幾つ目だったっけ? まぁいいわ。強い分には。火力さえあれば問題無いし。
 ぱぱっと考えてから、改めて床を蹴り出す。


 怖い想いはしてないかしら。
 いいえしてない訳は無い。
 お母さんが救い出してあげるから。
 待っててね。
 待ってて。
 お母さんが今、行くから。


 次の場所。ドアを蹴破る。即座に乱射。物影に隠れる残像が幾つか見えた。避け切れなかった数名の身体が着弾で何度かびくびくと跳ねる。奇妙なダンスでも踊るように。暫くふらつくとよろめき倒れる。
 どうやらここに居る連中は――下っ端は下っ端でもさっきよりは骨のありそうな。…とは言ってもみたまにすれば大して変わらない。どちらもただの身の程知らず。彼らより余程強力な敵とは何度も戦ってきた。そもそもここは日本国内。日常的な戦闘屋と言えば良くてヤクザか蛇頭の類。当然の如くぬるま湯な自衛隊や警察の大方な連中は論外。みたまのような『本物』はそうそう簡単に居やしない。
 幼い頃から傭兵として戦場を駆けていたみたまにしてみれば、今ここに居る程度の連中、赤子同然だ。
「っらぁッ」
 気合と共にタタタタタと撃ってくる敵方。
 …何処撃ってるのかしらねえ?
 場所がやや見当違いである。
 みたまは走り出した。ハンドガンで上方、角材の隅、巻いてある紐、数ヶ所をピンポイントで撃つ。角材が崩れた。狙った角度。敵の居た方。
 少しして、がらがらがしゃんがさ、とばかりに重苦しい音と埃が舞った。
 うぎゃああぁあと言う情けない悲鳴。潰されたか。
 …生きている声の種類がひとつである事からして、ここの敵は打ち止めかな。
 みたまはその声の元に足を進めた。

 居たのは瞠目する怯えた男。
「な…なんでもう来やがるんだ…まだ…脅迫の電話も掛けてねえ…のに…ッ」
「残念ね。みなもに手を出した以上、貴方たちと遊んであげるつもりはもう無いの」
 呑気に脅迫電話なんか待ってられるか。
「跡形も無く潰してあげる。組織も、そこに居る人間も、ひとりも残さずに」
 足を角材に挟まれ、床に倒れている男の首を無理矢理持ち上げ、その口内に深くハンドガンの銃口を突っ込む。
「…もう二度と容赦はしないわ」
 耳許に、囁く。
 ぶんぶんと必死で頭を振る怯えた男。
 けれどみたまはそれらを無視し。
 ――きっかり三度、『音』を鳴らした。
 その時には床を這っていたその男の頭、もう原型さえ留めていない。
 みたまは立ち上がると、ハンドガンの銃身から、ぶん、と血を振った。

■■■

 私である証。
 ひとつひとつ刻む。
 同じ空気を吸った事のある者にしかわからぬ仕業で。
 血臭と硝煙の中、泥水の中を這いずり生き抜いてきた――私と言う存在を知る者にだけわかるその『印』を。
 ナイフをくるりと手の中で回したみたまは、次を見る。
 倉庫、ね。
 ここか。
…そうだったわよね、ダンナさま?
 みたまはグレネードランチャーを扉に向けた。
 そして。
 凄絶な破壊音が。
 鉄板がひしゃげる。
 穴も空いた。
 みたまは中を見渡し、即座に最愛の娘の姿を確認。側の男。『音』に慌てる顔。みたまはショットガンを向け、撃発。刹那、狙い過たず、ぱぁん、と真っ赤な中身をぶちまけ首の無い男がそのまま停止した。数秒の後、倒れる。
 それを見て凍り付いたよう動かない、捕らわれたままの娘の姿。
 気付いているのか居ないのか、みたまはそれから近場の連中を掃討し始める。
 パン
 パン――
 パァンッ
 ――パンッ
 景気良く『音』が響き渡る。
 たった今まで生きて動いていた人型が弾け、赤色と肉色の何かがそこかしこに飛び散った。
 どさ、どさ、と落ちるのは原型を留めぬ朱に塗れた肉の塊。

 やがて。

 音が止む。
 唐突に。
 倉庫内に動くものは最早何も見えない。
 耳が痛くなる程の静寂が辺りを包んだ。
 と。

 キィ

 今度は用途通りに扉が開かれる。
 風穴も痛々しいまま。
 そこから、揺れるブロンドの髪――みたまが現れた。
 呆然とへたり込んでいる最愛の娘の元に向かい、すぐに縄を解く。
 そして。

「おかえり――」

 安心させようと。
 …極上の笑顔で、迎えて見せた。
 が。
 みたまの顔を見上げた肝心の彼女の瞳は、何処か呆然としていて。
 視線が逸れたかと思うと、部屋中に塗りたくられた『朱』のペイントと、転がっている多数の肉塊を、瞠目してじーっと見据えている。
 …やば。

 ………………う〜ん。
 あんな目、させちゃった、か。
 私の娘だから…トラウマになったりしないと…大丈夫だと思いたいけど…。
 どうだろう。

 ………………ま、いっか。きっと大丈夫。うん。

【了】