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<東京怪談ノベル(シングル)>


My Sweet home

 今を遡る事10年と少し前、海原みたま(うなばら・みたま)は『普通』の主婦の生活を送っていた。
 ずっとあこがれていた旦那様と娘、『家族』と言う存在とともに幼い頃から夢見ていた普通の平凡なそして平和すぎるほど平和な日常生活。
 そんな1日を過ごしていた。

■■■■

「うぅん」
 目覚ましが鳴っている。その音を手探りで探して……止める。
 それを繰り返す事数回、二桁目の目覚し時計を止めるとすっかり体は蒲団をはみ出してしまう。そこでようやく、はっきりと覚醒する。
 戦場に居た頃はこんなに安心して眠れる事はなかった。それこそ些細な草や葉の揺れる音1つで目を覚ましていたのだ。だからてっきり自分は朝に強いとみたまは思いこんでいたが、どうもそうではないと気づいたのはごく最近のことだ。
 起きあがると、自分の右隣に娘が、その隣にあの人と言う順番に寝ている。こんな風に『川』の字になって眠る事もみたまの夢の1つだった。
 そんな事が夢だったなんて話したのは出会って間もない頃であったのに、あの人はちゃんと覚えていてくれて、娘が生まれた時にはこれでようやく君の夢をまたひとつ叶えてあげられるねと微笑んでくれたあの人を選んだ自分は間違っていなかったと、確信が深まった。
 2人の寝姿にそんな事を想いだしつつ、みたまはよく眠っているのを確認してそぉっと部屋を出る。
 『普通』の主婦は案外忙しい。
 そんな一般常識を知ったのもごく最近だ。
 当然、キスで旦那様の出勤(?)を見送った。午前中は洗濯に掃除。
 ちょっとお昼寝をすると時計はもう3時を指している。
「大変、買い物に行かないと!」
 娘をおぶってみたまは慌てて地元の商店街へ向かう。
 最近のみたまの使命は、晩御飯を作るという事にあった。
 旦那様の社会的な地位その他を考えれば、みたまがやっている食事洗濯家事全般も初体験である子育ても全てハウスキーパーなる職業の人に任せる事は簡単だ。
 けれど旦那様はいつもみたまの『家族』とその家族との『平凡な日常生活』という憧れを叶えると言う事を最優先としてくれる。
 だから、みたまは旦那様の優しさに応えるためにも、娘の面倒を立派にみて尚且つ晩御飯をちゃんと作るという使命を果たさなければいけないのだ。
 毎日娘をおぶって通うようになったみたまはすでに地元の商店街に立派に馴染んでいた。
 八百屋のおかみさん、ベテラン主婦に簡単な料理のレクチャーを受けつつ材料を買い込む。当然、茶案とねぎって値段交渉だって出来るし、おまけだってつけてもらう。
 そして、帰り道にお肉屋さんに寄って晩御飯のためのお肉と揚げたてコロッケを1個購入する。
 ちなみに揚げたてコロッケは道々の買い食い用なのは内緒だけれど。
「ホントにねぇ、偉い子だよあの子は」
「あぁ、みたまちゃんだろう?」
「そうそう、お父さんと歳の離れた妹の面倒をあの子1人で見ているそうじゃないか」
 なんて、商店街の人達の激しい誤解をそのままにみたまは鼻歌交じりに帰宅を急いだ。

「よし、がんばるぞ!」
 みたまは愛用のエプロンを着用してナイフを手に取った。
 戦場ではどんな道具も神業的に使いこなしていたみたまだったが、今までの生活で培ったものとはいえナイフの扱いに長けているというのは主婦業でもかなり役立っているといっても良いかった。なにせ、皮むきもキャベツの千切りもお手のものなのだから。
 ただ問題は途中過程がすばらしくてもあくまで途中過程は途中過程であるということだった。
 途中経過がよいからといって、結果が良いかといえば……
 昔の人は言ったものだ、
『終わり良ければ全て良し』
と。
 見た目、味は置いておくとして晩御飯が出来あがる頃、ピンポーンとチャイムが鳴って、
 ただいまと、旦那様の声がする。
 娘を抱いてみたまはぱたぱたと玄関までお迎えに出る。
「お帰りなさい。ご飯にする? それともお風呂?」
 ご飯にしようかなという旦那様。
 こうして家族3人団欒の晩御飯を食べる事になった。

■■■■

 日本では特に変わりない普通の家庭の普通の生活。
 憧れだった家族の団欒。
 幼い頃からの憧れが叶って嬉しい自分がいるのに、ふとした瞬間、今の生活にどこか馴染みきっていない置いてきぼりにされた自分がいる。
 嬉しいのにこの優しい時間に居心地の悪さを感じてしまう心の置くに仕舞い込まれた自分がひょっこり顔を出すのだ。
 そう遠くない未来、きっとまた以前のような日々に戻るのだろうなという確かな予感があった。
 銃声と硝煙の匂いのが自分にとっての日常で、お日様をいっぱい浴びたふかふかお蒲団に包まれたこの生活が自分にとって非日常であることくらい本当は知っている。
 それでも、この平和な日常が愛しいのも本当の事だった。
 今の生活は仮初めの夢かもしれない。
それでも、いつだって自分が帰る場所、帰れる場所はこの甘い甘い優しい家なのだ――――

Fin