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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


残暑

*オープニング*

 ふと気が付くと見渡すかぎりの花畑に立っていた。空はどこまでも蒼く、そして澄み渡っている。夏も終わろうとしている筈なのに、頬を撫でる風はあくまでも爽やかで。
 ずっと向こうの方には大きな川が流れているらしい。水の音と湿った空気が流れてくる。そこから感じる冷たさや清らかさ等から、その川がどれだけ澄んだ清流なのかがおのずと知れた。
 ああ、ここはなんてイイ所なんだろう。こんな所ならこのままずっと居ても……。
 って、ちょっと待て。これはどう見ても……死後の世界なんじゃないのか!?



 ある日、ゴーストネットに投稿者名が空欄の、とある書き込みがアップされた。

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title:死者や逢いたい人に逢える!
name:
date:2003/08/2X 02:52:48     

 ××公園の端っこに、余り人が寄りつかない場所があります。夏の暑い日の午後二時頃、そこの土の地面に水を撒いて、逢いたい人の事を強く念じます。すると、撒いた水が蒸発して蜃気楼のように揺らめき、そこにその逢いたい人の姿が映し出されるらしいですよ♪しかもその残像は、映っている間は貴方の思いのまま!
 今、生きている人でも死んでしまった人でも大丈夫v
 逢いたいと思うお相手サンが居る人は、ゼヒ試してみてね☆

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 …で、これを試したヤツがどうやらいたらしい。それだけなら別に構わないのだが、問題は生きている人間に逢いたいと願った場合、成功して蜃気楼の中にその姿を見せた相手がどうなったかと言うと……皆、悉く行方不明になっているのだ。

 そんな記事を、この延々と広がる花畑を見ていたら、何となしに思い出した。
 どうでもいいが、戻れるのか、ここから?……どうやって?

*紙とインクの匂いと*

 その日、汐耶は少し残業をしていた。図書館の作業室で、作業台に向かう彼女の前にあるのは古い書物。紙質は和紙、絹糸でかがって閉じてあるその書物の表装は、所々破けては染みが付き、お世辞にも綺麗なものとは言えない。古いだけでなく、数々の人の手を経て来たような感じだ。だからこそ、この本には人の気が宿っていた。それも数え切れない程の人の想い。その為、所謂『曰くつき』の本と言う事でこの図書館へ、ひいては汐耶の元へと運ばれて来たのであった。
 「…さて、さっさと済ませてしまいましょ。今夜はあの本を最後まで読んでしまう予定なんだから……」
 そう呟いて椅子から立ちあがり、何かの気配を細々と発する古書へと手を伸ばす。その瞬間、後ろから何者かに引っ張られるような印象があり、汐耶の身体はそのまま光に包まれて消えてしまったのだ。
 「……ちょ、ちょっと待ってよ!」
 さっさと仕事を終わらせて、私はあの本の続きを―――!
 汐耶の願いは、届かなかったようだ……。

*彷徨う人々*

 「…一体誰が俺を呼んだんだろう」
 春華が、どこかぼんやりした声でそう呟いた。どこまでも青く突き抜けるような空を見上げる。その隣で、凪砂も同じように空を見上げた。
 「本当よね…誰があたしを呼んだのかしらね……」
 例のゴーストネットの書き込みのせいで、死後の世界、或いは現世と常世の狭間に連れてこられた、者達が、延々と続く花畑の中で幾人か合流する事ができ、そして今はこうして当座の目的として川を背にして歩いている最中であった。司録のように、興味からあの手順を試してこちらへと来てしまったのを覗けば、あとの皆はどうやら誰かに逢いたいと恋請われて、その結果としてこちらに連れてこられた者ばかりらしく、その相手に心当たりがさっぱりない面々は、ただひたすら歩く間の暇潰し的に、さっきからこうして首を捻り続けているのであった。
 「んな事、今更あーだこーだゆーてもしゃあないやん。コッチに来てもうた事は確かなんやし。そりゃ、うちも気になる事は気になるんやけどさー」
 つばさが、のんびりした口調で、悩む二人の背中を後ろから軽く叩いた。不意を突かれて前のめりに突っかかった春華が、後ろを振り返って唇を尖らせる。
 「だってさぁ、気になるだろ?俺に、そこまでして逢いたいと願う相手なんてさ…知り合いがいねえ訳じゃねえけど、皆、いつでも逢えるような相手だし…ま、そこまで強く想われてるってのも、満更じゃねえけどさ」
 そう言う春華の横を通り過ぎざま、汐耶がぼそりと呟いていく。
 「……好かれて呼び出されたとは限らないんじゃないかな。寧ろ、心当たりが無いと言う点で、恨まれたうえでの呼び出し…かもしれない」
 「ああ、それは有り得るかもしれませんねぇ…人の想いは、正の感情よりも負の感情の方が相対的に言って強く、そして根が深いですからな」
 汐耶の後に続いて通り過ぎようとした司録が、立ち止まって横にいる春華とつばさへと顔を向ける。にぃっと大きな口の歯を見せ付ける様にして笑った。それを聞いて、つばさも指先を顎に宛って上目で空を見る。
 「…そう言われてみればそうやねぇ……」
 「認めてしまうには、余りに悲しい事実じゃないですか……?」
 しくり、と悲しげな表情をして凪砂が肩を落とした。歩みを止めた汐耶が振り返り、笑いながら手をひらひらと振った。

 「ゴメンナサイね、驚かすつもりはなかったのよ。そう言う可能性もあるかも?ってだけで。いずれにしても、事実がどちらであろうとも、ここから元の世界に戻る手筈を考えないとね」
 「戻るに戻れぬ…って感じですものね。道と言うものが全く見当たりませんし。幾ら綺麗な花畑でも、これだけ続くとさすがにうんざりしますわね」
 言葉どおりに、食傷気味だと言う顔で、凪砂が辺りをぐるりと見渡す。
 「人の身長程度の高さでは、遠くを見渡すのにも限界がありますからな。もう少し、高い位置で風景が見られるのなら……」
 「あ、じゃあちょっと待っててや!」
 司録の言葉に、つばさが立てた人差し指を振りながら笑う。さっと振り上げた片手を勢いよく斜め下へと振り下ろす、その空気の流れが一定方向へと流れれば、そこには微妙に他の空間とはずれた印象で、念能力の壁が横たわって現われた。えい!とそれに飛び乗った後は勢いをつけて駆け昇る。かなり高い位置まで昇った後は、足を止めて壁の一端に爪先立ちをして、手を水平に庇代わりに翳して遠くの方まで視線を巡らせた。
 「どう?何か見えた?」
 下の方で、汐耶の大きな声が聞こえる。ちょっと待って、と手の仕種で示した後、昇った時と同じ勢いで今度は駆け降りてきた。
 「あかんわ、うちの見える範囲では、やっぱり花畑しかあらへんの。もっと高くまで登れれば、また違うもんが見えるんかもしれへんけど…」
 「そか。じゃ次は俺の番だな」
 つばさの溜め息混じりの話を聞いていた春華が、そう言って頷く。ビゥっと風を切る音を響かせて、黒い翼が春華の背中に現われた。それを広げると、風を巻き起こしながらあっという間に高く空へと舞い上がり、先程つばさが昇った高さよりも更に高く、青い空の中で姿を豆粒のようにした。
 「あらら、あっという間に、うちの倍ぐらい高く昇ってったんねー」
 明るい青い色が目に染みるので、皆手で目許に影を作って空を見上げる。一方、空の上の春華はと言うと、風を切りながら凄い速さでこれから皆が向かおうとする方向へと飛び、そして戻ってきては背にして歩いてきた、川の方へと消えていく。そうするうちに戻ってきて、ふわりと最後の浮遊で風を巻き起こしてから地面に足を付けた。
 「…駄目だな、あれだけ高い場所から捜しても、道の一本も見えやしないし、どこまで飛んでも先の風景は変わらない、ずっと向こうは霞が掛かったみたいに花畑がフェイドアウトしてしまうだけだ」
 「メビウスの輪、ですかね。もしかして延々歩き続けたら、ずっと私達が背にして歩いてきた、あの川の向こう側に辿り着くかもしれませんね」
 司録の言葉は冗談では済まなさそうで、皆は軽く眉を顰めた。

 「結局、ここは閉ざされた世界なんだろうね。封印されている、とでも言うか…それなら、無理矢理にでもその封印を破るか、掛けられている術や陣を突破すれば、元の世界に戻れるかも」
 汐耶が、ゴーストネットでの書き込みを思い出して、件の手順を考える。どの要点も、然程術的なものは感じられないが、それらも全ての条件が整えば、何かの魔的効果を生むのかもしれない、と。その話を聞いていた凪砂が、黒い瞳を花畑の遠くへと向けて言う。
 「…或いは、あの書き込み自体、実は正しくなかった…とも考えられますよね。本当に正しい手順で事を行えば、ただ単に影の中に求めた相手の姿を見る事が出来るのに、何かどこかが間違ってた為に、こうして関係者が異空間へ飛ばされてしまった…とか」
 「実際、ここは異空間と言う表現が正しいようですな。死後の世界、或いは狭間であるならば、もう少し霊的な存在が居ても可笑しくはないと思うのですが、それが殆ど感じられない」
 居れば、その魂達の中身から、何をどうすればいいのか分かりそうなもんだったのですがね。そう付け足す司録の、帽子の鍔の奥を覗き込みながら、つばさが言う。
 「だったら、この場所は誰かが意図的に作り出したんかもしれへんっつう可能性もある訳やね。そそ、あのカキコを書いたヒトとか…」
 「ったく、余計な手間と面倒掛けさせやがってよ…逢えたら絶対ブン殴ってやる」
 顰めた眉を引く付かせながら、春華がぶつくさと呟いた。その様子に、汐耶がくすっと小さく笑って、
 「でもこれだけ人数が揃ってて、これだけ歩き回ってて、それでもその当の本人に逢えないって事は、ここではもう逢えないのかもしれない。案外、こうなってしまった事自体、実は本人も計算外だったりして」
 「かもしれないですね…だったら、本当に無理矢理空間を引き裂いて作ってしまっても言いような気もします」
 可愛い顔に似合わず、微妙に物騒な事を提案する凪砂だったが、それに異を唱えるものはその場にはいないようだった。
 「でもどこに穴を開ければいいんだ?どこでもイイって訳じゃねーんだろ?」
 「いや、これだけ広い空間でありながら、風景自体はとても限られたものである事を考えれば、実はスペースとしては限られているのではないかとも考えられます」
 「じゃ、どこに開けてもそんなには変わらないって事だな」
 春華の言葉に、司録が同意をして頷く。
 「それじゃ…とっととこんな場所からじゃオサラバしましょ」
 汐耶がそう言うと、片手を目前へと差し伸べる。汐耶の封印の力が逆流して、何もない空間を破って孔を開けようとする。その時、隣では綺麗な髪を逆立てた形相で獣人化した凪砂が、その鋭く尖ったフェンリルの牙で開いた孔を広げていく。裂け目から筋を描いて光が幾筋も漏れ出始めた。背後ではつばさが、もしもの場合に備えて魔に対抗すべく、退魔の力をその身に溜めた。避けた隙間から吹き込んでくる風は、確かに現世のものであると春華は確信をした。その風には、生きる人々の気配や想いも混じってい、思わず司録に笑みを浮べさせたのであった。
 やがて、差し込む光は強さと量を増し、カッとひときわ大きな光の柱になったと思ったら、皆の身体はそれぞれ光に溶け、そして全てがその白金に紛れてしまったのだった。

*ページを捲り、本を閉じて*

 白金の光が溶けて消え去った時、汐耶は元通りの作業室に居た。目の前には、あの封印すべき古書がひっそりと佇んでいる。漂わせる妖気に似た気配もそのまま、壁掛けの時計を見れば、あの時から然程、時は進んでいないようだった。
 「やはり、あの空間は次元の違うどこかだったのかしらね。…でもまぁいいわ。時間を無駄に過ごしたのでなければ」
 貴重な時間、本を読む喜びに費やす時間が無くならなくて良かったわ。汐耶は笑みを浮べて、改めて作業台の上の古書に視線を向ける。
 「ゴメンナサイね。私、最初はキミの妖力の所為であんな場所へ飛ばされたのかと思ってしまったわ。例え一瞬でも、そしてキミのような曰くつきの本でも、大好きな本達にそんな疑い持っちゃダメね、私も」
 くすっと小さく笑って、改めて汐耶は片手を本の上に掲げる。薄ぼんやりした光が、汐耶の手の平から漏れているように見えるが、その光は万人に見える類いのものではなく。
 「おやすみなさい。これからは、ただの本としてゆっくり眠るのよ」
 汐耶の願いと共に、古書の妖力はその中に封印される。

 さ、今日の仕事はこれで終わり。さっさと帰りましょ。家で、本達が私の帰りを待ってるわ。


おわり。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0441 / 無我・司録 / 男 / 50歳 / 自称・探偵 】
【 1411 / 大曽根・つばさ / 女 / 13歳 / 中学生、退魔師 】
【 1449 / 綾和泉・汐耶 / 女 / 23歳 / 司書 】
【 1847 / 雨柳・凪砂 / 女 / 24歳 / 好事家 】
【 1892 / 伍宮・春華 / 男 / 75歳 / 中学生 】

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせをいたしました、ただいまホラーが書きたいんですキャンペーン中(何)の、ライターの碧川桜です。
 綾和泉・汐耶様、お久し振りです!またお会いする事が出来てとても嬉しいです。
 先も書きましたように、前回のゴーストネットにあげた依頼に続いてホラー調のものが書きたかったのですが、蓋を開けて見ればホラーのホの字もなくて我ながら逆に天晴れではないかと……(凹)そろそろ、自分の得意分野と不得意分野を見極めなければとか思っています(遅)
 それはさておき、意図はともかくも私的には楽しく書かさせて頂きましたので、皆様も少しでも楽しんで頂けたら光栄です。
 それでは、この辺で。またお会い出来る事を心からお祈りしつつ…。