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<東京怪談ノベル(シングル)>


遥か、遥か過去の記憶

 一体ここは何処だろう――いや、何時の時代なのだろうか?
 研ぎ澄まされたように鋭い闇の中。自分の周囲だけが淡い光に包まれている。何が光っているのだろうか、と見れば、小さな蛍のようなものが、周囲に飛び回っていた。
「鬼柳っ、何をボサッとしておるっ!」
 名を呼ばれてハッ、とする。
 そうだ。今はまだ戦いの最中。手にした刃を前に構える。
「行くぞっ!」
 気合の声を上げ、敵に向けて刃を振るう。

 斬。

 血の飛沫が夜闇に舞い散った。
 敵は悲鳴を上げて仰け反る。だが、まだ倒れない。踏み込みが甘かったわけではない。ただ、敵が人間であれば一刀両断にできたであろう。
 だが、違う。
 相手は人間でない。そう――だ。――言葉が明瞭に出ない。正確に何か思い出そうとすると頭痛がする。
 何故、その何かを思い出さなければならないのか――。疑問が次から次へと湧き出る。どうしてなんだ‥‥。
「危ないっ!」
 目前に危険に輝く爪が迫ってくる。寸前で何とか回避したが、頬が熱い。薄皮一枚斬られてしまったようだ。
 今は今、だ。ともかく、この敵を倒さなければ。
「てやぁっ!」
 角がある敵に向けて突進する。己の短く鋭い角と違い、禍々しく捻れた、角。
 人間の負の感情を、魂を喰らいし、存在。そして、己らの倒すべき、敵。
 死と隣り合わせのこの瞬間に、己の魂が歓喜の声を上げる。
「うぉぉぉっ!」
 刃に激しく迸る炎が噴き上がる。焔纏いし刃にて敵を斬り裂く。
 敵は声なき悲鳴を上げ、倒れた。
「ようやく倒せたな‥‥」
 もう二度と動かぬ事を確認し、戦いが終わった事に安堵する。
「あぁ」
 仲間が振り返ったのを見て、己もそちらへと見やった。
 そこには、命が助かった事に喜ぶ母と子の姿があった。何人かの仲間が、傷はないかと母子の心配をしている。己らの到着が間に合わなければ、彼女らの命は足元に転がっている忌々しき敵の糧となっていた。
「鬼柳おにーさま、大丈夫ですか?」
 年幼い少女が己の傷を気にして、心配そうな表情で見上げる。紅の瞳に白い肌。同じように敵を討つが為に生きる者。
 そういえば‥‥腕に鈍い痛みを感じる。何時の間にやられていたのだろうか。己が傷に気づいて腕を見ている事に気づき、少女は手の中に符を生じさせた。
 符から放たれる優しい光が、傷を癒す。
「ありがとうな」
 少女に礼を言い、やんわりと頭を撫でた。
 さて、これからどうしよう。そう思った瞬間――。


 意識が暗転する。


 先程と打って変わって暖かい光に照らされた、昼間。空気は冷たく、遠くに見える山には、うっすらと雪が積もっている。
 吐く息が白い。
 どうやら、今は冬のようだ。
「ここは‥‥?」
 辺りを見回すと敵の気配も緊迫した雰囲気もない。一体どういう事なのだろうか。
「どうしたの? 鬼柳おにーちゃんっ♪」
 ふさふさとした犬のような尻尾のある少年が、顔を覗き込むようにして己に問うた。
 そうだ、今は――。
「蜜柑狩りに来てたんだよな、俺達」
「うん、そうだよ♪ さっき、――を倒したから、この山の蜜柑をぜーんぶ食べられないようになったしねっ」
 まただ。
 今度は彼の言葉が聞こえない。
「行こうっ♪」
 手を引っ張られ、思考が中断する。まぁ、いい。今は楽しむ時だ。まだまだ己らの戦いは続く。
 そう、あの敵を統べる神、――を倒すまでは。その為に己らは遥か遠い未来から来たのだから。
 美味しそうに実った蜜柑をもぎ取る。小さな子供が多いので、高い場所にある蜜柑を代わりに取ってやる。
 そうやって取った蜜柑を一口食べる。数多の戦いで凍てついた心が柔らかくなる程甘く、ほんのりと感傷的になるような酸っぱさ。
 いつまでも、こんな時が過ごせたらいいのに。普通に暮らせる日々が。
 皆で収穫した蜜柑と、持ち込んできた弁当を広げて、昼食にする。和気藹々と楽しい時間は過ぎ去り、帰る時が来た。
 夕日で紅く染まった空を見上げ、ふと、思う。最後の時まで己は生き延びれるのかと。
 帰り際に、蜜柑の木から一枚の葉っぱをもぎ取った。これは記念に枝折にでもしようか――。
「ねぇーっ、早く帰ろうよーっ♪」
「あぁ。里の皆にこの蜜柑を食わせてやりたいからな」
 籠にずっしりと詰まった蜜柑を背に負うと、山を下る。
 そして、周囲の色が夕日の色から漆黒に移り変わった。
 まただ――。


 空は禍々しき色に染まり、戦乱を示す血の匂いを、風が運んできた。


 今度は一体何処なのだろうか。
 遠くに、得体の知れない門のようなものが見えた。開かれた扉の奥には、歪められた空間が広がっていた。
 この門は己らがいる今と、己らが来た遥か先への時代へと繋ぐ、門。
 門から入り、次元の回廊をくぐり抜け、我らは助けに行かねばならない。
 ――誰を?
 思い出せない。一体誰を助けに行こうとしてるのだ。何故、戦っているのだ――。
 護らなければならないから。
 回廊の前に立ちはだかる敵を倒す為、一歩踏み出す。二歩、三歩。そして、走り出す。
「うぉぉぉぉーっ!」
 血風の中を突っ切って、敵に向かって突進する。
 血の匂いが身体中の血液を沸騰させる。
 傷を負い、困難な戦いであっても――戦場(いくさば)は己が立つべき場。この生と死の狭間が望むべき世界。

 けれども――護りたい。普通に過ごす自分がいて、戦いの中に生を置く自分がいる。望むべき世界と望むものが相反する。どうすればいい?
 心を葛藤という名の鎖が締め付ける。
 どうすれば‥‥どうすれば――。


 気づけば、光が満ち溢れていた。


 チュンチュン――。
「朝‥‥か?」
 だるい身体を無理矢理ベッドの上に起こす。
 何か夢を見ていたのだろうか。何だか懐かしくて、そしていて、辛いような。そんな感じがした。
 カーテンを開けると、眩いばかりの光が、薄暗い部屋の中に溢れた。
 学校に行かなければ。
 何だか、そんないつもと変わらぬ気持ちが、新鮮のような。きっと、先程まで見た夢のせいだろう。
 遥か遠く、懐かしい記憶。だが、とても苦しくて、苦しくて。
 小さな幸せを望んでいた。でも、身体を、心を逸らせるものがある。互いに相容れない感情。それが、茨のように魂を削っていく。
 だが、それは昔の事。
 今は、今だ。
 惨めだろうとも、必死にあがいて今を生きよう。どれほど這いずり回っても、傷ついても自分が望むべきものならば――。
「我侭なだけだろうがな」
 我ながら苦笑してしまう。
 だが、そう思えば吹っ切れたような気がした。

 ジャランッ。

 重い鎖から解き放たれたかのように。
「まずいっ! もう、こんな時間かよっ」
 気づけば目覚まし時計の針は、既に自宅を出なければならない時間を示していた。確か、今日は一時限からテストがあったはずだ。
 そう言えば、昨夜は一夜漬けをしようとして、結局諦めて寝入ってしまった。少しでも早く学校に着いて、詰め込めるだけ詰め込まないと。
「まずは目の前のテストが大事だ!」
 素早く着替えて家を出る。
 走っている間に吹きつける風は、秋の訪れを感じさせる匂いがした。