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<東京怪談・PCゲームノベル>


夏の思い出風物詩:旅館編
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「それで?誰も一緒に行ってくれる相手がいないから私を誘ったと?」
この青年は、つくづく懲りるということを知らないか、はたまた無意識を装って誘っているのかと考えて、ケーナズ・ルクセンブルクは後に浮かんだ考えを取り消した。
喉元過ぎれば何とやらというが、渋谷透は、身の危険を感じたこともすっかり忘れて、今やケーナズの所有する二台の車に心を奪われているのだ。アウディとポルシェにぞっこんだから、それらを拝むためにいそいそとケーナズを訪ねてくる。いつか痛い目を見るんじゃないかと、他人事のようにケーナズは危惧していた。
眺めれば、草間の隣では透が期待に満ちた顔をしている。ぽるしぇ……とその口が動いたのを、ケーナズはしっかり見てしまった。深くは考えないほうがお互いのためである。
「それにしても、草間君。私の性癖を知っていてこの話を振ってくるとは、案外人が悪いな」
阿呆は放っておこうと、ケーナズは視線を私立探偵に向けた。矢面に立つのを恐れて新聞の向こうに沈んでいた男は、ちらりと目線だけを上げてケーナズを見る。
「本当は俺が行きたかったんだよな…。嫌なら断ってくれて構わないんだ」
と、その声はちょっと恨みがましい。そんな草間を目を細めて見ていると、自然口元にも笑みが湧いた。そこはかとなく人の嗜虐心を刺激する探偵である。
「まあ、いい」
移動はポルシェだな、と考えながら、ケーナズは優しげな視線を透に向けた。愛しい者に向けるような穏やかな表情の奥で、考えていることはえげつない。あわよくば据え膳を頂いてしまおうじゃないかと思いつつ、ケーナズは透に声を掛けるのだった。
「良かろう、キミがそう言うのなら、一緒に秘湯に行こうじゃないか」

□───山中水族館
青い空がどこまでも続く午前中。
ピンクのアザラシとペンギンと、なぜかキューピー人形の看板を飾った駐車場に、ケーナズの運転するポルシェは乗り付けた。「ペンギン・アザラシ☆ランド」とでかでかと飾られた看板の下の911モデル、カレラ4カブリオレ。ツードアのラグジュアリー・カーは、国産自家用車が連なる駐車場にあって、ひどく不釣合いだ。
残念なことに、道を間違ったわけではなかった。そもそもは、温泉に向かう途中の車道で、透が看板に描かれたピンクのアザラシと運命的な出会いをしたことが発端である。
その看板に、「この先右折」と書いてあったのは、ケーナズもそれとなく視界には入れていた。あくまで、景色の一部分として認識していたに過ぎない。
「行かなきゃ…」と、熱に浮かされたように透が呟いたので、はじめてぎょっとした次第である。届いたせりふに自分の耳を疑って思わず助手席を振り返ると、目を潤ませた透と目が合った。
その瞳にはしっかり「オレをアザラシの所へ連れて行って」と書いてある。
「あのな……チェックインするのが遅くなるだろう。ダメだ」
「ダメくないよ、もしかしたら山の中で生活する新種のアザラシだったらどうするの!幻の生物だったらどうするの!?」
「あるわけないだろう!!」
二度、三度と断ったケーナズだったが、結局、透の泣き落としに負けた。
仕方ないな、とため息をつきつつもウィンカーを出すと、透は小躍りしそうな勢いで喜ぶ。喜ばれて、悪い気はしなかった。ここまで喜んでくれるのなら、寄り道くらいはしてもいいか……と、その時一瞬だけ、ケーナズは鷹揚な気持ちになったものである。その時の判断を、後にどれだけ後悔するかも知らずに……。

「はぁい、モモちゃんはうまくボールをキャッチできるかなぁ〜〜〜?」
飼育係のお姉さんの声がスピーカーから響く。水槽の前にずらりと並んだ子どもたちが固唾を飲んだ。……ケーナズの隣で透も真剣にショーに見入っている。平均年齢は10歳くらいだろうか。渋谷透がその平均を著しく引き上げていることは想像に難くない。
モモちゃんというわりに、黒いてらてらした毛並みのアザラシである。落ち着き無く頭を前後に動かして、飼育係の指示を待っている。タイミングを測って、半ズボンを履いた飼育係の女性が黄色のボールを投げた。
巨体を器用に動かして、「モモちゃん」は飼育係のお姉さんが投げたボールをキャッチする。おおーっ、と歓声と拍手が上がる。子どもたちは大喜びだ。…透も大喜びだ。興奮して手元がおろそかになっているのか、買ってやった缶ジュースが傾いている。中身が零れてTシャツにシミを作ったのを、ケーナズは無言で拭いてやった。他にはなにもすることがない。
「次はモモちゃんにエサをあげまぁす。モモちゃんにエサを上げたい子は手をあげて〜〜」
「はい!」
「……待て!透、待て!」
ハッと気がついた時には遅かった。透の手は高々と空中に上がっている。それはもう、居並ぶ子どもたちの誰よりも早く、誰よりもまっすぐに。ケーナズが止める間もなかった。
「『子』って言っていただろう?お前はもう大人だろうが!」
挙手した透の腕を、ケーナズは慌てて下げさせた。何も大きくなったからと言って、アザラシにエサを上げてはいけない決まりなどない。ないのだが……
「なんで〜〜!楽にさせて!オレは永遠のピーターパンだからいいの!モモちゃんにエサを上げるんだよ……!」
「何が永遠のピーターパンだ!」
透が騒ぐので、逃れようが無い勢いで衆目を浴びた。いい年をした男二人が、アザラシにエサをあげるのあげないのと大声で言い合っていたら、目立たないほうがおかしい。その美貌ゆえ人の注目を浴びるのには慣れているケーナズだったが、こういう注目のされ方をしたのは始めてである。恐ろしく恥ずかしかった。
「お兄ちゃんも元気よく返事してくれましたね〜〜。お兄さんみたいに、モモちゃんにえさをあげたいコは手をたかく上げてくださ〜い」
と、マイクごしの飼育係のお姉さんの声は苦笑している。透を指名しなかったのは、透が年齢制限に引っ掛かったのか、彼を止めるケーナズが憐れになったのか。どちらでもいいが、「こちらにどうぞ」と言われなかったのだけは有難い。透の身柄を捕獲したケーナズは、人々の視線を振り切って出口に向かう。
「ちょ、ちょっとケーナズ。まだペンギンのショーを観てないよ。2時からだよ……!」
「次だ、次。今日はもう帰るぞ!」
「そんな!殺生な!!」
「私にこの場に留まれというほうが、余程殺生だ」
透を引きずるようにして、ケーナズはその場から逃げ出した。

□―――伊香保温泉
紆余曲折ありながらも、ケーナズの運転するポルシェは夕方には目指す旅館に辿り着いた。くねくねとうねる山道を抜けて、砂利道を少し走ったところにある旅館は、町内会主催のくじ引きの景品だけあって、シックである。若者の姿など一つも見当たらない。いるのは腰が曲がったご老人か、口元が梅干状態になった着物姿のおばあさん。年齢層を反映して、旅館は静かで落ち着き払っている。
(寂れているといったほうが正しいが……まあ、こういうのも静かでいいな)
微妙に時期がずれているせいもあるのだろう。到着してすぐに出された夕食を片付け、温泉に行ってみれば、そこは完全な貸切状態だった。
わざと荒く切り出された石を敷き詰めたフロアは、常に給湯される温泉で黒く濡れている。窓からは、秋が近い山並みと蒼穹を一望できた。紅葉の季節になれば、その景観は圧巻だろう。広い浴室には、視界を覆いつくすように湯気が立ち込めている。
「い〜いぃ湯っだっなっ…アハハン」
鼻歌を歌いながら、透はゴキゲンだ。身体を洗うのもそこそこに、彼は温泉を泳ぎまわっている。気分は…アザラシなのだろう、恐らく。さっきオウッと一声啼いていた。
「知っていたか?この温泉は子宝の湯で有名らしい」
「へぇー。知らなかった。男の人にも効くのかなあ」
「旅行するときはせめて、旅先の下調べくらいしたらどうだ?……まあ、我々には縁がない湯……だよな?」
念のため確認してみた。透にそのケがないだろうことは承知しているが、肝心の本人の態度がどうもあやふやなのである。女の子が好きだと言って幸せそうな顔をしているくせに、ケーナズといる時の透も案外幸せそうだ。区別がつかない。返答にはある程度の期待を持って待機したケーナズだったが、透は向けられた言葉の意味も考えず、暢気な顔をしている。
「男同士じゃ子どもはできないねぇー」
「……。それは」
「あ、背中流してやるよ」
どういう意味だ、と聞く前に、突然思い立ったように、透が湯から上がった。頭に乗っけていたタオルを、パンタロン時代のファッションめいて首に巻く。
「バカ、前を隠して腰に巻け」
子どもか、キミは!と叱り飛ばしたが、透は悪びれた風もない。確実に、ケーナズが両刀使いだということを失念している。そっちに気を取られていたので、結局、質問は聞けずじまいである。
「……キミに色気を期待するだけ無駄だということは、私も重々承知しているが」
色気が、ないこともないのだ。だが、見事なまでに肝心なところをハズしている。ハズしているからこそ、今までバージンを奪われることも(恐らく)無く、かろうじて生きてきたのかもしれない。ケーナズが妙な感心をしていると、透はきょとんとした顔をした。
「なんで。オレって色気むんむんじゃない?」
「いやいやいや……」
むんむんと感じるとしたら、それは温泉の湯気である。くらっとくるとしても、それは透のはしゃぎように眩暈を覚えるからであって、色気にヤラれるわけではない。
ちらりと視線を遣った先では、湯の中に戻った透が鼻の下まで湯に使って顔を真っ赤にしていた。
人間というよりサルめいている。
色素が薄いから尚更そう見えるのだ。透の髪の色は、ニホンザルの毛色そのものだった。この姿にクラっときていたら、ゲテモノ呼ばわりされかねない。
「あんまりはしゃぐと湯当たりするぞ。どうなっても私は知らんからな」
この場合、どうにかなったとしても、加害者はケーナズ以外に有り得ないのだが。
言っているそばから、背後でばっしゃんと水をはねあげて、透が倒れる音がした。はしゃぎすぎである。
「やれやれ……」
濡れた髪を掻き上げて、ケーナズは温泉の中に沈没した透を救い出すべく、重い腰を上げるのだった。

いくら身長差も体格差もあるとはいえ、男一人担ぐのは大変だ。素っ裸で透を外に連れ出すわけにも行かず、また浴室には透を寝かせるだけのスペースも無かった。仕方なく、ケーナズは浴衣に袖を通させて、透を部屋まで運んだのである。意識を失った透を、延べられた布団に「寝かせる」というよりは、「放り投げる」ようになってしまったのは、ご愛嬌である。とにかく重かったのだ。
「おい、起きろ」
温泉の湯気で張り付いた髪を掻き上げてやりながら、ケーナズは何度か声を掛ける。真面目に起こそうという意思が感じられたのは初めの呼びかけだけで、その後はかなりおざなりだ。
旅行に行く前までは心に秘めていた、「据え膳」という言葉を思い出したのだ。
改めて考えてみれば、布団に大の字になってケーナズに無防備な寝顔を晒している、透の今の状態こそまな板の上の鯛ではないか。鯛ほど上等じゃないとしても、まな板の上の鮎くらいの価値はある。担いで来る時に手を抜いたせいで、浴衣は着崩れ、上気した白い肌が覗いているのも、いい眺めだ。動いてさえいなければ、透はそれなりに美形なのだ。
「起きないのか」
最後の良心とばかりに透の頬を引っ張っても、むにゃむにゃと眉を寄せるばかりである。大変都合がいい。
「……そうか、わかった」
満足げに、ケーナズは大の字に寝ている青年の体に覆い被さった。火照った顔に顔を寄せると、ふわりと温泉の熱気が頬を暖める。近づけた口元に相手の呼気を感じて、ケーナズは口元に笑みを浮かべた。
「この際だ、好きにさせてもらうぞ」
熱を体に纏ったままの肌に、手のひらを這わせる。ぴくりと身体を震わせて、透が訝しげに眉を寄せた。
「う……ん…」
「透」
耳元で囁きかけると、舌ったらずで意味不明な返事が返ってくる。「アザラシのショーが始まっちゃうよ」と言っていたような気がしなくもないが、むしろこれはあえやかな吐息なのだと、無理やり脳内で変換した。結果オーライだ。
今まで何度か試みた夜這いの中で、今回は自己最高記録更新である。通信簿で喩えるならば、10段階のうち3くらいだろうか。及第と落第の狭間だ。今までは0か1だったから、これでも結構な進歩だと思う。
「楽しませてもらおうか」
この状況に酷く満足したケーナズは、自分が悪人に見えることも気にせずに意地の悪い笑みを浮かべたが……
バチッ!
ヒューズが飛ぶ音がして、部屋の電気が一気に落ちたのはその時だった。通常ではありえない速度で、部屋の温度が下がっていく。空気が揺らいで、あるはずのない三人目の気配が、和室の中に出現した。
「……やっぱりそう来たか」
半ば以上予想していたことだったので、暗がりの中でケーナズは身を起こした。
「妨害が入ると思ったが、お約束のように入ったな」
真っ暗闇に、白くぼんやりとした女性の影が浮かび上がる。透に「憑いて」いた人魂とは違う。この旅館にいる幽霊だろう。表情が肉と一緒にこそげ落ちたような頬をして、落ち窪んだ眼窩から、女は二人を見つめている。
強力なPK能力を持ったケーナズを前に、襲ってくるほどの度胸はないようだったが、生気のない瞳はねっとりと隙を窺っているようだ。隙を見せれば、透を「連れて」いこうとしている。
「……去れ。楽しみを邪魔されてやさしくしてやるほど、私は甘くないぞ」
冷ややかな声で告げると、女の影が揺らぐ。意志のある声は、それだけで虚ろな存在を揺らがせるのだ。
もう一度ケーナズが視線に力を込めて女を睨み付けると、幽霊は、おびえるように揺らいで壁の向こうへ吸い込まれていく。
チカチカと電球が瞬いて、部屋には明かりが戻った。
透は、はだけた浴衣もそのままに、平和な顔をして眠っている。寒かったのか、寝返りを打ってみのむしのように布団に潜り込んだが、あれだけの霊気に当てられながら目を覚ます気配もない。
「やれやれ」
そのうち、気持ちのよさそうな寝息が聞こえてきた。呆れてケーナズは首を振る。気分は殺がれていた。
「怪奇スポットのようなキミの体質を改善しない限り、何をするにも不便だな」
改めて電気を消した部屋の中に、ケーナズのぼやき声だけが闇に漂った。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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→ケーナズ・ルクセンブルク:25・男・製薬会社研究員


NPC
 ・渋谷透:22・男・ニホンザルの色の髪をしているらしい。
      突然思い立ってケーナズの好き嫌い矯正計画を水面下で進行中。

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■         ライター通信          ■
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こんにちは!いつもお世話になっています。ていうか長くなってしまってすいませ・・・(殴)
そこはかとなく何かを目指してみたんですが、努力があまり報われていません。所詮ギャグ体質と思って諦めるべきですか。
ともかくも、いつもカッ飛んでいる渋谷のテンションに付き合っていただいてありがとうございます!(無理やりつき合わせているという噂も)
ポルシェに乗れて渋谷は大喜びでした。
どうでもいいことですが、温泉で浴槽の底に手をついて移動していると、アザラシになった気がしませんか(しません)

とうとう8月も終わってしまいましたねー。
色々お忙しいかと思いますが、これからも気が向いた時に遊んでやってください。では!


在原飛鳥