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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


■細■


■螺旋■

 暗がりで息を殺し、人影が通り過ぎるのを待った。
 血と溶けた雪で濡れて、シャツが張り付く嫌な感覚を背中全体に感じては、眉を潜める。上に羽織ったコートも、血と雪に濡れ、涼の背に質量を増して張り付いていた。
 切れ切れに、早くなっていく呼吸。そして、鼓動が耳奥に響く。
 一つ溜息を吐いて街燈を見上げた。
 煤のような汚れが付いた錆び色の銅傘の下で、ぽつねんと電球が頼りない光を発していた。
「……ぅぁ……っ」
 痛みを堪えて吐き出された息が、凍えそうな冬の澄んだ空気を白く濁らす。
 遠くなる意識を懸命に堪えて空を見上げた。
 降りしきる冬の天の恵みは涼を死と氷の国へと誘い、彼を手に入れるまでは止む事は無いかのように思われた。風に吹かれて雪が涼の周りを弧を描いて降りてくる。
 白い螺旋の動きを涼は眺めていた。

 遠く、かさりと音がした。 
 ぼんやりと周りを見渡して、音のなった方を見る。
 ここまでくれば、死など怖くなかった。
 ただ、あの子を置いていくことだけが心残りなだけで。
 心の中だけで名を呼んで、思いを馳せた。

―― 会いたい……

 不意に涼は笑みを零した。
 まだ自分にそんな余裕があったことに、己を笑わずにはいられなかった。

―― 会いたい……

 思えば切なくなってくる。

―― だったら…戦いになんか行かなければよかったろ?

 弱くなってゆく自分の心を叱咤しながら、涼は緩く首を振った。
 これほど相手が強敵だとは思わなかった。自分が弱いとは思っていなかった。愛刀・黄天を使い切れていない自分が悔しくてたまらない。
 戦いに行くことを理解してくれた人になんと言えばいいのか。
 最近の東京は変だ。
 出てくる魑魅魍魎の害が度を越している。
 実体化は頻繁になり、異空間に繋がる穴が至る所に見つかった。
 修復も中々出来なくなってきている。
 どうにかならないものかと走り回ったものの、今日は自分がこんな怪我をしてしまった。
 待っていてくれているあの子に会えずに、自分は果てようとしている。

「……かつ…あ…き……」
 猫のように大きな瞳を細めて笑う少年の顔を思い出す。
「…かつあ…き……勝明……」
 不意に涙が零れ落ちた。

―― もうだめかもしれない…ごめん……

 雪は涼の命を奪おうと、ゆっくりとその冷たい死の手を涼へと向けてくる。凍えた自分がそれに降りてゆくのを感じた。
 はかなく消えるのを待ちながら、心は愛しい人を思い起こしていた。

―― …あい……た…い……

 雪混じりの風の合間に何かの音が聞こえた。
 無性に気になってそちらへ顔を向ける。今度ははっきりと声として聞こえた。
「ねぇ、誰かそこにいるのー?」

―― …え……?……

「おっかしいなぁ」

―― その声、勝明!?…まさか……

 瞳を閉じた瞬間に足音と声を聞いて、涼は瞳を開いた。
 小道の曲がり角で顔を出して、キョロキョロと辺りを見ている人の顔が見えた。
「……あ……」
 雪の中、遠くで声が聞こえ、自分を見詰める人を涼は見詰め返す。
「りょ…う……?」
「かつあ…き……」
 不意に目頭が熱くなる。
 涼の瞳から涙が溢れた。
 白く凍ってゆくような視界の中に、勝明の赤いマフラーの色が目に染みる。傘を放り出して勝明が走ってくる。黒い髪が雪に濡れて頬に張り付いていた。
 ぎゅっぎゅっと降り積もった牡丹雪を踏みしめて、小走りに近づく勝明の足音を聞きながら、涼は黒く優しい闇に囚われた。


■逢瀬■

「…ん……」
 喉の渇きに、うっすらと目を開けて、定まらない視界に目を凝らして、辺りを窺う。
 うすぼんやりと人の顔が見えて、知った人のものへと変わったかのように見えた。
「…か…つ…あき……」
「涼!!」
 涼の目が覚めれば、必死の表情で覗き込み、安堵の溜息を零す。
「よかった……危なかったんだぞ…お前の身体」
「…え……?」
「馬鹿っ!死にかけてたんだよ」
 雪の中、遠くなった意識はその所為であったのかと思えば、涼は深く溜息をついた。

 柔らかく自分の自我さえも飲み込んでしまうような闇。
 その中にたゆたって、自分は現世の岸にたどり着いた。
 神に感謝すべきか。死出の船の先導者カローンに見捨てられた事を安堵すべきだろうか。
 …いずれにせよ、涼は幸運の持ち主なのだろう。
 背中の傷はまだ痛むが、気になどできようか。
 覗きこむ勝明の瞳を見詰め返して、涼は微笑んだ。

「涼…ヤバイことに首突っ込んでるのか」
「……どうしても…気になることがあるんだ……」
「お前……そんなガラじゃないだろ?」
 心配だとばかりに勝明は表情を曇らせた。
「大丈夫だよ、勝明……ッぅ……」
 ニッコリと笑ってみるが余裕が無い。
 勝明はそんな涼の様子に肩を竦めた。
 立ち上がろうと体を起こしたところ、背に激痛が走って蹲る。
 息を吐いて痛みを逃がそうとするが、鼓動が鳴る度に自分の心音が異様に大きく聞こえ、自分の内側から打ちのめされるように感じた。
 自由にならない自分の体に、心の中で舌打ちする。

「無理するなよ……」
「いや…大丈夫…だから…」
 そういって立ち上がろうとした。
「……う…あぁッ……」
「涼!」
 倒れかけた涼を支えて寝かそうとする。
 それでも涼は起き上がろうとした。
 起き上がろうとする涼の体を押さえつけて、勝明は涼の自由を奪う。
「だめだって……」
「行かせてくれよ……」
「……涼……まだあいつが…あの事件が気になってるのか?」
 考えていた事が当てられてしまって、涼はそっぽを向いた。
 勝明の表情が曇る。
 頬を両手で包んで悲しそうに眉を寄せた。
 近づいた唇が不意に涼の唇に押し付けられる。
 首を振って逃げようにも、背中の灼熱感を感じれば身を竦めてしまい、逃げられるわけが無かった。
「…ぐぅッ!…………」
「ごめ…ん…諦めてよ、涼…」
「はな…せっ……」
「頼むから…行かないで」
 懇願するように言うと、パジャマの裾から手を忍び込ませた。
 真夜中じゅう看病して冷え切った勝明の手の冷たさに、涼は身を竦ませる。あっという間に、胸を飾るそれにたどり着いて、刺激をはじめた。
「ひッ!…勝明っ…やめ……」
「嫌だなんて言わないでよ……俺がどれだけ心配したと思ってるんだよ」
「……っく……」
「涼のどこがいいかなんて、俺が一番良く知ってる……」
 尖ってくるそれをツンッと突いてやる。
 唇を噛んで堪える涼を柔らかい笑みを浮かべて勝明は見た。
 上から押さえつければ、身動きなどできるわけは無い。怪我をしていれば尚の事。
 膝を割って片足を滑り込ませ、膝裏を掴んでしまえば、いくら涼の方が身長が高くても動きを封じてしまえる。
「うぁッ!」
 傷に響いて涼は息を詰めた。
「怪我に触らないようにしてあげるから……」
 優しく耳を嬲るように、勝明は告げる。
「夜はまだ長いんだから……」
「……勝明……」
 荒く息を吐く唇にキスを落とす。

 つかの間の再会と再び来る別れの間で、揺れ動く心と体を繋ぎ留めて置くために。
 勝明はゆっくりと行為をはじめた。

 傷にもしないで、跡が残るように。
 自分だけの跡を残して……

 冬の空を彩る雪が窓を叩き、二人の逢瀬をささめいていた。


 ■END■