|
遥かなる時を越えて
●オープニング
「うーん」
編集部の自分のデスクで、碇麗香が唸っていた。
こうやって唸ってる時は、面倒事かやっかいな仕事を誰にやらせるか迷っている時なので、編集部の誰も近づかない。きっと、まだ残暑残る季節だから暑いとこに行きたくない、というような事なのだろう。
「うーん。栃木の時代劇村に幽霊が出る、という話なんだけど‥‥まだ夏休みで子供連れが多そうだし、まだまだ暑いのよねぇ」
思った通りだ。
夏はオカルトな話題が最も盛んな時期で、編集部内の誰もが忙しい。三下であっても、だ。自分が赴いてもいいのだが、先程言った理由で渋っている。
「情緒はあるんだけどねぇ‥‥」
現れるのは侍の幽霊。服装からして、江戸時代の半ば頃の侍だと思われる。
その侍は日が沈むと時代劇村の中に現れ、恋人を捜し求めて彷徨うという。
「おれん、おれん‥‥」、と。
「時代を超えて、魂だけとなっても、恋人を探す男――ロマンチックよねぇ」
●小柄
栃木の日光にある、時代劇村。
そこは、名通りの場所で、時代劇の映画や番組などで使う為の、家屋や景色が用意されている村である。それだけではもったいない、という事で、観光客を呼び寄せて、一瞬江戸時代に迷い込んだかのように錯覚させる、村。
「時代劇村、ねえ?」
風景は江戸時代のままなのに、服装は現代的なまま。違和感を感じるが、何だか新鮮な雰囲気だな、と思いながら真迫奏子は呟いた。
ふと見渡せば、風景に合わせた者もいる。恐らく店員などのスタッフであろう。レンタルで衣装を貸し出してくれるようだが、今は仕事で来ているのだ。
何かの跡地かと思えば、このようのところとは。だとすれば、幽霊の定義が間違っているような気がする。場所に出る霊――自縛霊――は、その場に何かがあって彷徨い出てくるものだ。
「時代劇村ってことで迷い出てるのなんてのはあんまり無い気もするんだけど」
幽霊が視覚情報に惑わされるというのも、聞かない話だ。まぁ、それはそれとして気になる。
「永い時を経ても色あせない人の想い。それを恐ろしいと思うか、美しいと思うから人それぞれですかねぇ」
いつの間にか隣に男が立っていた。
黒葉闇壱。
「あちきは嫌いじゃないでやんすよ」
長い黒髪を後ろに一くくりにし、眼鏡をかけた男。
「あちきは古道具屋を営んでおりやしてね。こんな店をやっていると色々な道具を見るでやんすよ」
確か、編集部で仕事の内容を聞いた時には、他にもいたのだが。どうしたのだろうか、とは一瞬思ったが気にしない事にした。
「とりあえず、疲れたから、どこかで座らない?」
「そうでやんすね。丁度そこに雰囲気のいい茶屋がありやんすよ」
闇壱が示した先には、テレビの時代劇に出てくるような茶屋があった。出しているものもそれなりで、団子とか茶ぐらいだ。奏子は、何となくそんなのに憧れていたので、喜んで行く事にした。
「愛するがゆえに、恨めしいがゆえに、そんな主人達を見つめてその想いが乗り移った道具達。あちきはそんな道具を目にするとゾクゾクするでやんす」
ほうじ茶を飲んで一息入れる、闇壱。和服姿に落ち着いた雰囲気が、周囲の様子に自然と溶けこんでいた。
「ふぅん。‥‥という事は、今回の事もその道具と同じように、何かの想いがあるモノって事かしら?」
「そうでありんすね」
まぁ、確かにそうなのかもしれない。
ここに来る前に、奏子は色々と調べてきた。
『おれん』というのは人名なのか。まさか、『俺のもの』という意味で訛っているのかと思ったが、違った。図書館やネットで、この地域の事を調べてみると、興味を惹いたものが一つだけ、あった。
十年前、この時代劇村で事件が起きた。
映画の撮影をしていると、侍の幽霊が現れた。勿論、夜の撮影だ。彼は、「おれん、おれん‥‥」と、何かを彷徨っているようで。
原因を調べてみると、俳優の一人が持ってきた小柄――脇差の横に差す、小さな刀――が、原因だったようだ。この小柄に宿った幽霊が、周囲の雰囲気に刺激されたか出てきたらしい。
急遽、法力を持った坊さんを呼び出し、封印してもらった。そして、その小柄はこの時代劇村のセットの中の、ある屋敷の中に置かれてあるらしい。
「‥‥という事なのよね」
その調べた事を闇壱に説明すると、奏子は団子に手をつけた。期待してなかったのだが、意外と美味しかった。
「では、その小柄を見に行きやしょうか」
己が思った通りだ。そのようなものなら、是非とも見てみたい。手にとってみたい。わざわざこんな遠くまで来た甲斐があった、と、闇壱は喜んだ。
「ちょっと‥‥どこにあるかは、わからないのよ?」
「大丈夫ざんしょ。夜になれば、向こうから出てきやんすから」
微笑んで、子供が玩具を待ちどおしに待っているような、如何にも楽しそうな表情であった。
●侍
真夜中になると、人の気配が途絶えた。
「暑っ苦しいぜー」
ぶつくさ文句を言う郡司の姿は、セレスティから借りたスーツ姿。シャツの前をはだけたりと、着る人が違えば、印象も違う、見本だろう。
「ともかく。変な騒動は起こさないでくださいね」
何となく釘を刺す、セレスティ。
「お侍さん、出てきませんね〜」
昼間とは打って変わった呑気な子供の姿の、和美。無邪気にあちらこちらと走り回る。
「そんなに探して彷徨って出てくる程ですから‥‥気づいて欲しいのですかね」
ふと呟く、セレスティ。
ロマンスというより、彼の侍は、何か『おれん』に謝りたい事があるのではないだろうか。もし、そうであるならば‥‥うじうじした侍だな、と、思う。
それにしても、暑い。残暑の蒸し暑さは夜になっても変わらず、吹く風は生暖かい。何だか倒れそうだと、苦笑してしまう、セレスティ。
まぁ、三人でのんびりと奉行所に向かって歩いていると、一組の男女の姿を見かけた。
「あそこにおにーさんと、おねーさんがいます」
「ん? 噂の幽霊か?」
「違うようですね。ちゃんと足があります」
向こうもこちらに気づいたようで、近づいてくると女性が話しかけてきた。
「あら‥‥編集部であった人たちね」
奏子と闇壱。
「何処へ向かっているでありんすか?」
闇壱の問いに、奉行所へ向かっているところだと答える、三人。そこに、件の幽霊が想いを残した小柄があるから、と。
「そうでありんすか‥‥それなら、丁度よかったところでござんすね、奏子さん」
「えぇ、そうね。私達、その小柄を探していたの」
場所がわかっているならば、わざわざ幽霊を探さなくてすみそうだ。ほっと安心する、奏子。無駄に歩き回る必要もないし。
闇壱の方は、と見ると、待ち遠しそうに今にもその奉行所へ向かって走りそうな感じであった。その小柄を見るのが待ち遠しいのであろう。
「じゃぁ、皆さんで一緒に行きましょう」
「そうだぜ。何かあっても、多ければ安心だしなっ」
和美と郡司がそう言い、セレスティも異論はなかった。五人揃って、その奉行所へと向かう。
奉行所についた。建物には鍵がかかっていたが、奏子が簡単に錠前を壊す。
「結構力あるんだな」
「怒らせると、もっと出るわよ?」
郡司と奏子が言った後、一同は静かに奉行所の中へと入る。
静かで、暗くて。一切の灯りがない。電灯のスイッチを闇壱が見つけ、明かりをつけると、牢屋の様子を克明に現した人形などがずらりと並んでいるのが、まず、視界に入った。
「‥‥やっ」
「怖いです〜」
「‥‥男なんだから、怖かねぇやぃっ」
奏子、和美、郡司の三人は脅えた様子を見せるが、闇壱とセレスティは全く動じない。
「人形でありやんすからね。気にしなければいいやんすよ」
「そうですね。別に襲ってくるわけでもないですし」
襲ってきたらどうなるのだろうか。そう思うと尚更怖くなり、ちょっと怖気づいてしまう。
「さて、この奥に小柄がありんすね‥‥おや、どうしやした?」
「な、何でもないわよっ」
闇壱が先導し、奥へと進み歩く。
広い応接間のような畳の部屋に出ると、そこには人がいた。いや、人であったもの。半透明で、後ろの景色が透けて見える。
「おれん‥‥おれん‥‥」
ただ、その男は恋しい人の名を呟くばかり。
その様子にじれったそうに郡司は言う。
「何だよ。どうしてぇんだよ?」
それでも、侍は呟くのみ。
「きっと寂しいんだよね。僕もその気持ち判るから‥‥。でも成仏できるなら、した方がいいと思うよ?」
寂しさを秘めさせた微笑を浮かべ、和美が言った。
自分は、成仏したくても、それは叶わない。
「こんなトコで迷ってたってどうにもならねぇぞ? お前が居るべき場所ってホントにココか?」
「ここかも知れぬ‥‥だが、違うかもしれぬ‥‥」
「そんな姿でココに居たって何も出来ねぇぞ?」
その言葉を聞いて、侍は哀しそうに頭を振った。ここにいても何もできぬのはわかっている。どうしたらいいかがわからぬ。
「‥‥恋人ねぇ、助言できる事もなさそうだけど、聞くくらいなら」
奏子の言葉に、侍は瞳に哀しさを湛えたまま、つらつらと恋人との別れを話す。その話は、セレスティらが調べたのと同じ内容であった。
どうしようか、と、一同は顔を見合わせる。成仏させてやった方がいいのだろうか。
「えっと‥‥僕の鬼の力は魂を砕いちゃうから、皆さん宜しくお願いします」
ぺこりと頭を下げる、和美。最後に「除霊はしないでね?」と、可愛らしく言うと、ちょっと空気が和んだような気がした。
「まぁ、弔いになるかはどうかはわからないけど」
そう一言言って、奏子は「唄の一つも唄いましょうか」と、長唄を唄った。
心を包む優しさが、周りを満たす。哀しげに、だが、愛しげに。恋人達の語りと別れ。そして、再度の邂逅。
「一応商売ものだから安くはないのよ?」
唄い終わると、笑って奏子は言った。己でも満足できる唄だったと確信できる。
だが、侍はそれで尚更恋人の事を思い出したか、泣き続けるだけであった。
「えぇぃっ、じめじめした男ね!」
怒りの余り蹴ろうとする奏子を抑えながら、セレスティも、「同感です」と、頷いた。
「どうでやんしょ、このあちきのところへ来てみては?」
今まで沈黙を守っていた闇壱が、侍に向かって話しかけた。手には小柄。封印され、この部屋に置かれたもの。今は封印の力が弱っている。だからこそ、この幽霊が最近になって出てきたのであろう。
「ここはあんたが知るとこではありやせん。あちきのところなら、もしかしたら‥‥あんたの想い人の想いと廻り合えるかもしれやせんよ」
想いは引き合うもの。
この侍の小柄と、おれんの櫛が出会う事があるのかもしれない。
闇壱は『宵幻堂』という古道具屋の店主だ。そのうち、自分の店にそのような櫛が迷い込む事があるのかもしれない。そう、暗に示した。
「まあ、無理にとは言いやせん。気が向いたらいつでもどうぞ」
「‥‥参ろう」
侍は闇壱の手にした小柄に近づくと、すぅっ、と姿を消した。
「これで、終わりかしら」
奏子は、そう言ったが、これで一段落した、という事はわかった。
二度とこの幽霊がこの時代劇村を騒がせる事はないだろう。何せ、当の幽霊は闇壱が持っている小柄にいるのだから。
「成仏させなかったんだが、それでよかったのか?」
郡司がいまいち納得し難そうな面持ちで呟いた。
「いや、これでいいのでしょう。無理に逝かせる必要はないのですから」
「そうだよね。いつか‥‥きっと再び会う事ができる可能性があるのだから‥‥ね」
セレスティと和美が優しい瞳で、小柄を見つめる。
想いを遂げぬ魂の行く末は悲惨だ。少しでもその想いを遂げさせてあげたい。長い時を経て、辛く過ごした人々を見ているから、その想いは尚更だ。
「じゃぁ、帰りましょうか‥‥って、この時間だと電車はないわよねぇ」
「良かったら、私が泊まっているホテルで、どうでしょうか?」
微笑んで誘うセレスティに、奏子はにっこりと笑って答える。
「そうね。シングルで。勿論、ホテル代は奢ってくれるんでしょ?」
そう奏子が言うと、他の男達も乗り気になって、ホテルに押しかけるのであった。セレスティの奢りで。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1650 / 真迫・奏子 / 女 / 20 / 芸者】
【1764 / 黒葉・闇壱 / 男 / 28 / 古道具屋「宵幻堂」店主】
【1838 / 鬼頭・郡司 / 男 / 15 / 高校生】
【1863 / 安居院・和美 / 男 / 900 / 香人】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
月海です。
毎度お待たせしてばかりで申し訳ありません(汗)。
このシナリオは、久々に分割されたものとなっており、前半が二シーンに分かれております。
他の方のも合わせて読んで頂けると、更に楽しんで頂けるかと。
ご感想・その他ありましたならば、テラコンまたは、クリエイターズルームのファンレターを使って頂けると、ありがたいです。
それでは、またのご参加、お待ちしております。
|
|
|