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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


遥かなる時を越えて

●オープニング
「うーん」
 編集部の自分のデスクで、碇麗香が唸っていた。
 こうやって唸ってる時は、面倒事かやっかいな仕事を誰にやらせるか迷っている時なので、編集部の誰も近づかない。きっと、まだ残暑残る季節だから暑いとこに行きたくない、というような事なのだろう。
「うーん。栃木の時代劇村に幽霊が出る、という話なんだけど‥‥まだ夏休みで子供連れが多そうだし、まだまだ暑いのよねぇ」
 思った通りだ。
 夏はオカルトな話題が最も盛んな時期で、編集部内の誰もが忙しい。三下であっても、だ。自分が赴いてもいいのだが、先程言った理由で渋っている。
「情緒はあるんだけどねぇ‥‥」
 現れるのは侍の幽霊。服装からして、江戸時代の半ば頃の侍だと思われる。
 その侍は日が沈むと時代劇村の中に現れ、恋人を捜し求めて彷徨うという。

「おれん、おれん‥‥」、と。

「時代を超えて、魂だけとなっても、恋人を探す男――ロマンチックよねぇ」

●夕陽
 夕方の時代劇村にリムジンが到着し、颯爽と若い男が降り立った。
 セレスティ・カーニンガム。
 比較的、時間が作りやすい立場なので、東京から優雅にリムジンに乗って来たのだ。無論、強い光と気温の高い場所は苦手なので、前もって予約していたホテルで休んでからだ。
 幽霊の出る出現時間まで間があるようなので、それまで涼しい日陰で休む事にする。時代劇村を見下ろす小高い丘の大きな木の下に座り込み、ステッキを片腕に抱きしめるように持つ。
 時代劇村の風景を眺める。江戸時代の町並み――セットだが――この風景に誘われて侍の幽霊が出たのだろうか。
 侍の幽霊が言う、『おれん』の事について、過去の記録を調べたが、江戸時代に江戸――今の東京で悲運の恋人達の物語の名前としてあるだけだった。
 一介の侍と、富豪商人の娘。互いに愛し合っていたが周囲から反対され、共になる事はなかった。男は少しでも娘に相応しくなろうと、名声を上げる為に旅に出た。だが、決して戻る事はなかった。
 娘は男が二度と戻らぬ事を知り、自ら命を絶った。想いを愛用していた櫛に託して。その櫛の行方は何処にも知れぬ。
 男も小柄を残していったそうだが、その小柄はこの時代劇村の何処かへ封印されてるらしい。
 恐らく、その小柄から彷徨いでてきたのだろう。
「では、その小柄を探すのが一番早いでしょうか‥‥」
 西の空で沈もうとしている太陽が、赤い。まだ眩しくて、直視できないのが残念だ。きっと、この町並みを夕焼けに染める陽は美しかろうに。
「恋人を求めて彷徨う幽霊ですか‥‥」
「幽霊か。面倒この上ない、存在だな」
 前からもたれかかっている樹の後ろに人がいる事は知っていたが、やっとその男が声をかけた。
 安居院和美。
 男はそう名乗った。
 互いに二人の男は似たもの同士ではないか、と、出会ってすぐ感じた。何となく直感だが。
 和美は己が妖の者と自覚していないが、同じ人ではない存在。
「何かわかったのか?」
 先程のセレスティの呟きを聞いての問いだろう。その和美の問いに、セレスティは簡単に自分の調べた事を教えた。
「なるほど。俺が調べたのと変わりないな」
 『おれん』という言葉の意味を時代劇関連で調べてみたら、昔、そのような話を主題にドラマを作ろう、という話があった。結局、立ち消えになっていたが。
 その話には、元になったエピソードがあり、それはセレスティが調べたのと同じ事。
 和美の考えでは、男の相手は不倫相手では、と思ったのだが、似たり寄ったり、というところか。
「しかし江戸か‥‥懐かしいな」
 眼下に見下ろす江戸の町並みの風景を見て、和美は感慨深そうに呟いた。
 その時。
 視界の片隅に何か異様なものを視認してしまった。
「‥‥褌?」
 そこにいたのは、鬼頭郡司。褌一丁でうろうろうろついている。
「あの‥‥そこで何しているのです?」
 セレスティが恐る恐る尋ねると、郡司はにかっと笑って二人に近寄ってきた。
「時代劇村って、すげぇ落ち着くなぁっ!」
 それは答えになってないと思う。
 話を聞くと、二人と同じく、この時代劇村に現れる幽霊を探しに来たそうだ。
「幽霊を探しに来たのはいいんだが‥‥その格好では、ちょっと、なぁ」
「そう、幽霊‥‥。人間ってのは昔から目に見えねぇモンは信じようとしねぇし、そのくせ信じてぇって何処かで思ってたりホント厄介な生きモンだぜ。しかし、そいつ放っとけねぇよな」
 和美の言葉を無視して、独り頷く、郡司。
 どうしようか、放っておくべきか。そうひそひそ声で囁きあう和美とセレスティを尻目に、郡司は二人がいる樹へと触れる。
「――ふぅん、そうかぃ。そういう事なんだな」
 誰かに教えてもらっているように、郡司は独り納得しているようであった。
 樹に語りかけ、語られて。
 まるで、そのようにしているかのようであった――いや、していた。
「キミは‥‥樹と話せるのですね」
 何をしているのかがわかり、納得する、セレスティ。この者も人ではない、存在。そのような力があるのだ、と、わかった。
「おまえらが話してた事も聞いたぜ。小柄を探してんだろ? ほら、あそこに見える屋敷――」
 そう言って、時代劇村の中で最も大きい屋敷を指す、郡司。
「あの奥の部屋に置いてあるそうだぜ」
「あそこだな。ふむ‥‥確か、奉行所のレプリカだったかな」
 和美が教えられた屋敷を見て、ひとりごちる、和美。あの屋敷は当時の拷問の様子を見せる、人形の展示もやっていたような気がする。
「じゃぁ、行こうぜっ♪」
「まぁ、待ちなさい。キミのその姿では‥‥変質者に間違えられる怖れがあります」
 自分のリムジンに戻れば、予備の着替えがあるからそれに着替えるように、と言い聞かせる、セレスティ。確かに、夜と言えども人目につく怖れがある。行動をこのまま共にすれば、面倒事に巻き込まれるのは目に見えていた。
 陽が沈んだ。
 動きやすい時間になった事だし、移動しよう。まずは、郡司を着替えさせてからだが。そう、セレスティが思っていると、異変が起きた。
「‥‥なぁ。なぁなぁなぁっ」
「おや? どうしまし‥‥あっ!」
 二人が見つめる先は、和美がいた場所。そこには、和美の姿はなく、代わりに小さな十歳前後の子供の姿があった。
 ちょこん、と座る少年は自身を和美、と名乗った。
「‥‥そういう事もあるのですね」
「‥‥そうだな」

●侍
 真夜中になると、人の気配が途絶えた。
「暑っ苦しいぜー」
 ぶつくさ文句を言う郡司の姿は、セレスティから借りたスーツ姿。シャツの前をはだけたりと、着る人が違えば、印象も違う、見本だろう。
「ともかく。変な騒動は起こさないでくださいね」
 何となく釘を刺す、セレスティ。
「お侍さん、出てきませんね〜」
 昼間とは打って変わった呑気な子供の姿の、和美。無邪気にあちらこちらと走り回る。
「そんなに探して彷徨って出てくる程ですから‥‥気づいて欲しいのですかね」
 ふと呟く、セレスティ。
 ロマンスというより、彼の侍は、何か『おれん』に謝りたい事があるのではないだろうか。もし、そうであるならば‥‥うじうじした侍だな、と、思う。
 それにしても、暑い。残暑の蒸し暑さは夜になっても変わらず、吹く風は生暖かい。何だか倒れそうだと、苦笑してしまう、セレスティ。
 まぁ、三人でのんびりと奉行所に向かって歩いていると、一組の男女の姿を見かけた。
「あそこにおにーさんと、おねーさんがいます」
「ん? 噂の幽霊か?」
「違うようですね。ちゃんと足があります」
 向こうもこちらに気づいたようで、近づいてくると女性が話しかけてきた。
「あら‥‥編集部であった人たちね」
 奏子と闇壱。
「何処へ向かっているでありんすか?」
 闇壱の問いに、奉行所へ向かっているところだと答える、三人。そこに、件の幽霊が想いを残した小柄があるから、と。
「そうでありんすか‥‥それなら、丁度よかったところでござんすね、奏子さん」
「えぇ、そうね。私達、その小柄を探していたの」
 場所がわかっているならば、わざわざ幽霊を探さなくてすみそうだ。ほっと安心する、奏子。無駄に歩き回る必要もないし。
 闇壱の方は、と見ると、待ち遠しそうに今にもその奉行所へ向かって走りそうな感じであった。その小柄を見るのが待ち遠しいのであろう。
「じゃぁ、皆さんで一緒に行きましょう」
「そうだぜ。何かあっても、多ければ安心だしなっ」
 和美と郡司がそう言い、セレスティも異論はなかった。五人揃って、その奉行所へと向かう。

 奉行所についた。建物には鍵がかかっていたが、奏子が簡単に錠前を壊す。
「結構力あるんだな」
「怒らせると、もっと出るわよ?」
 郡司と奏子が言った後、一同は静かに奉行所の中へと入る。
 静かで、暗くて。一切の灯りがない。電灯のスイッチを闇壱が見つけ、明かりをつけると、牢屋の様子を克明に現した人形などがずらりと並んでいるのが、まず、視界に入った。
「‥‥やっ」
「怖いです〜」
「‥‥男なんだから、怖かねぇやぃっ」
 奏子、和美、郡司の三人は脅えた様子を見せるが、闇壱とセレスティは全く動じない。
「人形でありやんすからね。気にしなければいいやんすよ」
「そうですね。別に襲ってくるわけでもないですし」
 襲ってきたらどうなるのだろうか。そう思うと尚更怖くなり、ちょっと怖気づいてしまう。
「さて、この奥に小柄がありんすね‥‥おや、どうしやした?」
「な、何でもないわよっ」
 闇壱が先導し、奥へと進み歩く。
 広い応接間のような畳の部屋に出ると、そこには人がいた。いや、人であったもの。半透明で、後ろの景色が透けて見える。
「おれん‥‥おれん‥‥」
 ただ、その男は恋しい人の名を呟くばかり。
 その様子にじれったそうに郡司は言う。
「何だよ。どうしてぇんだよ?」
 それでも、侍は呟くのみ。
「きっと寂しいんだよね。僕もその気持ち判るから‥‥。でも成仏できるなら、した方がいいと思うよ?」
 寂しさを秘めさせた微笑を浮かべ、和美が言った。
 自分は、成仏したくても、それは叶わない。
「こんなトコで迷ってたってどうにもならねぇぞ? お前が居るべき場所ってホントにココか?」
「ここかも知れぬ‥‥だが、違うかもしれぬ‥‥」
「そんな姿でココに居たって何も出来ねぇぞ?」
 その言葉を聞いて、侍は哀しそうに頭を振った。ここにいても何もできぬのはわかっている。どうしたらいいかがわからぬ。
「‥‥恋人ねぇ、助言できる事もなさそうだけど、聞くくらいなら」
 奏子の言葉に、侍は瞳に哀しさを湛えたまま、つらつらと恋人との別れを話す。その話は、セレスティらが調べたのと同じ内容であった。
 どうしようか、と、一同は顔を見合わせる。成仏させてやった方がいいのだろうか。
「えっと‥‥僕の鬼の力は魂を砕いちゃうから、皆さん宜しくお願いします」
 ぺこりと頭を下げる、和美。最後に「除霊はしないでね?」と、可愛らしく言うと、ちょっと空気が和んだような気がした。
「まぁ、弔いになるかはどうかはわからないけど」
 そう一言言って、奏子は「唄の一つも唄いましょうか」と、長唄を唄った。
 心を包む優しさが、周りを満たす。哀しげに、だが、愛しげに。恋人達の語りと別れ。そして、再度の邂逅。
「一応商売ものだから安くはないのよ?」
 唄い終わると、笑って奏子は言った。己でも満足できる唄だったと確信できる。
 だが、侍はそれで尚更恋人の事を思い出したか、泣き続けるだけであった。
「えぇぃっ、じめじめした男ね!」
 怒りの余り蹴ろうとする奏子を抑えながら、セレスティも、「同感です」と、頷いた。
「どうでやんしょ、このあちきのところへ来てみては?」
 今まで沈黙を守っていた闇壱が、侍に向かって話しかけた。手には小柄。封印され、この部屋に置かれたもの。今は封印の力が弱っている。だからこそ、この幽霊が最近になって出てきたのであろう。
「ここはあんたが知るとこではありやせん。あちきのところなら、もしかしたら‥‥あんたの想い人の想いと廻り合えるかもしれやせんよ」
 想いは引き合うもの。
 この侍の小柄と、おれんの櫛が出会う事があるのかもしれない。
 闇壱は『宵幻堂』という古道具屋の店主だ。そのうち、自分の店にそのような櫛が迷い込む事があるのかもしれない。そう、暗に示した。
「まあ、無理にとは言いやせん。気が向いたらいつでもどうぞ」
「‥‥参ろう」
 侍は闇壱の手にした小柄に近づくと、すぅっ、と姿を消した。

「これで、終わりかしら」
 奏子は、そう言ったが、これで一段落した、という事はわかった。
 二度とこの幽霊がこの時代劇村を騒がせる事はないだろう。何せ、当の幽霊は闇壱が持っている小柄にいるのだから。
「成仏させなかったんだが、それでよかったのか?」
 郡司がいまいち納得し難そうな面持ちで呟いた。
「いや、これでいいのでしょう。無理に逝かせる必要はないのですから」
「そうだよね。いつか‥‥きっと再び会う事ができる可能性があるのだから‥‥ね」
 セレスティと和美が優しい瞳で、小柄を見つめる。
 想いを遂げぬ魂の行く末は悲惨だ。少しでもその想いを遂げさせてあげたい。長い時を経て、辛く過ごした人々を見ているから、その想いは尚更だ。
「じゃぁ、帰りましょうか‥‥って、この時間だと電車はないわよねぇ」
「良かったら、私が泊まっているホテルで、どうでしょうか?」
 微笑んで誘うセレスティに、奏子はにっこりと笑って答える。
「そうね。シングルで。勿論、ホテル代は奢ってくれるんでしょ?」
 そう奏子が言うと、他の男達も乗り気になって、ホテルに押しかけるのであった。セレスティの奢りで。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1650 / 真迫・奏子 / 女 / 20 / 芸者】
【1764 / 黒葉・闇壱 / 男 / 28 / 古道具屋「宵幻堂」店主】
【1838 / 鬼頭・郡司 / 男 / 15 / 高校生】
【1863 / 安居院・和美 / 男 / 900 / 香人】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】

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■         ライター通信          ■
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 月海です。
 毎度お待たせしてばかりで申し訳ありません(汗)。
 このシナリオは、久々に分割されたものとなっており、前半が二シーンに分かれております。
 他の方のも合わせて読んで頂けると、更に楽しんで頂けるかと。

 ご感想・その他ありましたならば、テラコンまたは、クリエイターズルームのファンレターを使って頂けると、ありがたいです。
 それでは、またのご参加、お待ちしております。