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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


企みに落ちる三下
●有無を言わせぬ
「という訳ぢゃ」
 あやかし荘――窓より夕日差す管理人室。夕日を受ける形となっていた嬉璃は、目の前に座っている三下忠雄をじっと見て言った。
「はい?」
 間の抜けた返事をする三下。どこからどう見ても、何が何だか分からないといった様子である。
「何ぢゃ、分からぬのか?」
「はあ……」
 三下は頭をぽりぽりと掻きながら、言葉を続けた。
「急に呼ばれて、『という訳ぢゃ』とだけ言われても何が何やら……」
「たく……近頃の若い者は、相手の考えを察することも出来ぬというのか。嘆かわしいことぢゃな」
 ふうっと溜息を吐き、やれやれといった表情を見せる嬉璃。というか、普通の人間にそういう芸当は無理だろう……最初っから。
「すみません」
 何故か謝ってしまう三下。
「仕方がない、ちゃんと説明するからよく聞くのぢゃぞ。お主を呼んだのは、落とし物を回収してほしいからぢゃ」
「落とし物ですか?」
「そうぢゃ、金子の入った市松模様の小袋ぢゃ。今日は用事があって、あちこち行ってきたのぢゃ。恐らく、そのどこかで落としてきたと思うのぢゃが……。三下、お主探してきてはくれぬか?」
「は、はあ……。場所が分かってるんでしたら……」
 落とし物を探すくらいなら、と思い引き受ける三下。が、すぐにそれを後悔することになる。
「うむ、場所は分かっておるぞ。今から話すので、覚えるのぢゃぞ」
 と言って、今日行ってきた場所を説明する嬉璃。すると三下の顔色が、みるみるうちに青くなってきた。
「ちょっ、ちょっとその場所は……」
「何ぢゃ? 不都合でもあるのか?」
「それ……全部都内の名だたる心霊スポットじゃないですかっ!!」
 そう、嬉璃が話した場所は全て有名な心霊スポットであったのだ。
「ほう、そうぢゃったか。しかし、知り合いの妖怪たちがそこに住んでおるだけの話ぢゃからなあ」
「すみません。この話はなかったことに……」
 三下はそう言って、この場から逃げ出そうとした。腰を浮かせる三下。
「ふむ、断るか。それならそれで別に構わぬぞ」
 嬉璃に三下を呼び止める様子はない。だが――。
「そうそう……これは独り言ぢゃが。人喰い魔物が出るという場所を、お主の勤め先に教えたらどうなるぢゃろうなあ」
「……ぜひ行かせてください!」
 嬉璃の公然とした脅しに、三下は土下座して屈した。
「うむ、自発的な協力はよいことぢゃ」
 ニヤッと怪し気な笑みを浮かべると、嬉璃は各心霊スポットを訪れた順番を三下に教え、部屋から送り出したのだった。
「まずは成功……ぢゃな」
 三下の足音が遠ざかってゆくのを確認し、嬉璃がぽつりとつぶやいた。
「さて後は桐伯を」
 と言いながら、何気なく手をぽんっと叩いた時だ。不意に声がしたのは。
「ここに」
「!!」
 恐らく――嬉璃が驚いた表情など、そうそう滅多に見られるものではないだろう。その貴重な1回が、今この場で起こった。
 見ればいつの間にか、九尾桐伯が嬉璃の影に重なるように座って待っていたのである。嬉璃が驚くくらいだから、普通の人間だったら悲鳴の1つや2つ上がったに違いない。
「……お、お主いつからそこに居た?」
「三下君がこの部屋に来る少し前からです」
 しれっと答える桐伯。嬉璃が首を傾げた。
「居ったかの……?」
「そんな些細なことより、私たちも行かないと」
「む……そうぢゃな。先回りをするのぢゃ。いざ鎌倉ぢゃ!」
 腰を上げる嬉璃。はてさて、この2人何を考えているのだろう――?

●先回り
 都内某所にある緑の多い某霊園。辺りも暗くなったこの場所に、桐伯と嬉璃の姿があった。
「……桐伯よ」
 若干顔色悪そうに見える嬉璃が、ぼそっと桐伯に話しかけた。
「おや、どうしました?」
「あの運転で、どうして車内が無事ぢゃったんぢゃ?」
「そうですか? いつも通りの走り……ああ、ほんの少し急いだかもしれませんが」
 さらりと答える桐伯を、嬉璃は疑いの目で見ていた。というのも、あやかし荘からここまでの移動が車であったことに理由がある。
 嬉璃は桐伯の運転するコブラに同乗したのだが、その走りっぷりが……さあ、どう説明すれば一番いいだろう。例えるなら『頭文字Q』とでも呼ぶべき勢いで。
「お主が抜いた車、2台ほど後ろで壁に当たっておったぞ」
「でしたね。運転は注意しないといけませんね」
「お主が言うか?」
 呆れ顔の嬉璃。とりあえず、移動時の話はそこで終わった。本題はそれではないのだから。
「もう少ししたら三下も来るぢゃろう。彼奴は徒歩、使っても精々バスや地下鉄くらいぢゃからな」
 辺りをぐるりと見回す嬉璃。桐伯は持ってきていた鋼糸の点検や、準備に余念がなかった。
 2人がわざわざ三下の先回りをしていた理由、それは三下に肝試しをさせるという企みのためであった。
 そもそも、この企みが出てきたのは半年以上前のこと。なかなか実行に移す機会がなかったのだが、秋の彼岸を迎える前にようやくその機会に恵まれたのである。
 無論、落とし物など真っ赤な嘘。ゆえに探すことの出来ない三下は、結果的に全部の心霊スポットを回ることになる訳だ。
「おや……来たみたいですね」
 気配に気付いた桐伯が、嬉璃に言った。たぶん三下が到着したのであろう。さあ、いよいよ本番である。

●哀れな子羊
「参ったなあ……まさか、事故った車に邪魔されてバスが遅れるなんて」
 霊園に足を踏み入れた三下は、周囲をきょろきょろと見回しながらゆっくりと墓石の間を歩いてゆく。
 夜の霊園を歩くのは気持ちのいいものではない。三下みたいな怖がりにはなおさらである。よく見れば腰が少し引けているし、口元もちょっと強張っている。
 それでも一通り落とし物を探さないことには、この霊園を出て次の場所に行くことも出来ない。三下は怖さを堪えつつ、見付かる訳がない落とし物を探し続けた。
 数分経った頃だ。三下の前方に、着物を身にまとった老人らしき者の姿が見えた。頭はつるつるに禿げ上がっていた。
(あ、人が居る……よかったぁ。そうだ、落とし物のこと聞いてみよう)
 少しほっとした三下は、その老人に近寄ってゆくと声をかけた。
「あの、ちょっとお尋ねしますけれど」
 くるっと振り返る老人。その瞬間、霊園に三下の悲鳴が響き渡った。
「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
 何とその老人、顔に目がない。そして両手の手のひらに目がついているのである。
「あれは?」
 隠れて様子を見ていた桐伯は、嬉璃に老人の正体を尋ねた。
「『手の目』ぢゃ。彼奴も気のいい奴での、この話をしたらすぐに協力してくれたのぢゃ」
「……本当にお知り合いが居たんですね」
 苦笑する桐伯。知り合いの妖怪の所を回ってきたという話は嬉璃のでまかせかと思う部分もあったのだが、この分では全部の場所に知り合いの妖怪が居るのであろう。まあ、こういうことも含めて嬉璃の力と言える。
「さて、私も……」
 と言ってどこかへ移動する桐伯。その間にも、三下は悲鳴を上げ続けていた。
「ひっ、ひっ、ひぃぃぃっ!!」
 一目散に老人から逃げ出す三下。次第に距離は開いてゆく。このまま無事逃げおおせるかと思われたその時、ぴたっと三下の身体が止まった。
「え?」
 三下は必死に足を動かした。が、どうにもこうにも空回るだけで、全く前に進むことが出来ない。せっかく開いていた距離が、徐々に縮まってゆく。
 やがて三下の身体が意志に反して、くるっと回れ右をした。ほら、老人はもう目の前に――。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」
 泣き叫ぶ三下。その頭上――張り巡らせた鋼糸の上に立つ桐伯の姿があった。手には何本も鋼糸を持っている。
(こうも動かしやすいとは。さすが三下君、というべきでしょうかね)
 妙なことに感心する桐伯。実は鋼糸による傀儡術に、三下をかけていたのであった。よくよく落ち着いて見れば、三下の身体に何本もの鋼糸が絡み付いていることが分かるはずだ。……パニックに陥っている三下には、決して分からないけれども。
 桐伯はぎりぎりまで操った後、鋼糸から三下を解放したのだった。
「うわあぁぁぁぁぁっ!!」
 逃げ出す三下。桐伯は上空から、嬉璃は木陰からその姿を見ていた。
「さて、次の場所に先回りぢゃ」
「分かりました」
 三下の試練はまだ始まったばかりだった……。

●大成功
 その後、三下は心霊スポットを訪れる度に嬉璃の知り合いである妖怪と、桐伯の傀儡術によって気絶する限界寸前まで恐怖を味わわされた。
 ろくろっ首に、のっぺらぼう、倩々女、エトセトラエトセトラ。三下にしてみたら、さながら妖怪見本市のようなものであった。
 そして夜もとっぷりと更けた頃、三下はよろよろとあやかし荘に戻ってきたのであった。
「た……ただいま帰りました……」
 心身共に疲れ果てていることは一目で分かった。
「おや、何だか疲れているようですね」
「さぞかし長く探してくれたようぢゃなあ」
 そんな三下を何事もなかったかのように、しれっと出迎える桐伯と嬉璃。
「あ……すみません! 結局見付からなくって……」
 何度も何度も頭を下げて謝る三下。見付からないのは当たり前だ。嬉璃が少し申し訳なさそうに言った。
「それなんぢゃがな。実はさっき調べ直したら、部屋の片隅に落ちておったのぢゃ。いや、悪かったの」
「はっ……はあっ!?」
 小袋の実物を見せられ、へなへなとその場に座り込む三下。
「三下よ。お詫びに食事を用意してあるので、たんと食べるのぢゃ」
「いやあ、美味しそうな食事ですね」
 テーブルの上には、太い焼きさんまや肉じゃがなど、美味しそうな和食が並んでいた。
「…………」
 三下は何にも言うことが出来なかった。嬉璃と桐伯は顔を見合わせると、互いにニヤリと笑みを浮かべたのだった。

【了】