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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


空想科学なぼくら


 どうしてこんなことになってしまったのか、混乱状態の頭で必死に考える。
 撮影現場はメチャクチャなことになっていた。
 怪獣が空を飛んでいる。戦闘機がレーザービームを放っている。巨大ロボットが撮影所を跨いで仁王立ちとなり、カラーの爆煙がそこかしこで破裂して、全身タイツの戦闘員があちらこちらから溢れてくる。
 奇声を発する戦闘員に次々と仲間が囚われていき、目の前で怪人が暴れだす。
 救いを求める仲間の悲鳴を背に、青年は走った。
 とにかくこの状況を何とかしてくれるものを探すために。

 空想科学がはびこるこの場所に、正義の味方だけが不在だったのだ。



「助けてくれ、草間の兄さん!まずいんだよ、やばいんだよ、いやほんとマジで!!」
 一方的に窮地をまくし立てる茶髪の青年、渋谷和樹の姿を確認した時、草間は本気で事務所の扉に鍵をかけていなかった己の迂闊さを悔いた。
 この男と関わると精神が消耗する。
 だが、心底疲れた表情を浮かべる草間などまるで目に入っていないのか、渋谷は草間の肩に両手を置いてガクガクと揺らし、
「子供に愛と勇気と夢を振りまく職場を、あんたの力で救ってくれ!」
 日本語は半ば崩壊しているが、彼はとにかく真剣だった。
「俺の仲間が正義の味方を待っている!!マジで!だから助けてくれ!あんたしか思い浮かばなかったんだ!」
「落ち着け。とにかく、落ち着いて順に話せ。俺はお前が何を言っているのかまるで分からん」
 以前にもこんなやり取りがあったような気がしつつ、草間は渋谷を自分から引き剥がし、無理矢理興信所のソファに押し込んだ。
「で、なにがどうなったって?」
「いきなり撮影用のセットが実体化して、怪獣が暴れて、空想科学万歳な事になってんだよ。監督も役者も捕まっちまってるんだ」
 昨日まではごく普通の映画制作会社だった。そして、ごく普通に子供向けの特撮番組の収録を行っていた。
 これがシリーズ最終作ということもあり、スタッフ・キャスト一同、とにかく気合が入りまくっていた。美術道具にも気合が入り、ロケ地にも気合がはいり、プロデューサーはあらゆる場所からあらゆるものを借りてきて、台本に色を組み込んでいった。
 ところが。
 今朝、渋谷が現場入りした時には既に、世界は空想科学によって支配されていたのである。
 先に到着していた他のメンバーのほとんどは、動き出した怪人によって捕虜となってしまったらしい。
「もしかしたら、俺らスタッフが集めた小道具になんかヤバイのが混じってたかもしんねえけど、探したくても悪の組織が大活躍でそれどころじゃないんだって!」
 よく見れば、彼は所々煤けていた。もしかすると、あの特撮に使われる爆発に巻き込まれたりしたのだろうか。
「原因究明してくれ。俺の仲間を助けてくれ。ついでに暴れまわってるあいつらも大人しくさせてくれ。着ぐるみが着ぐるみじゃなくなったら世界はパニックだ!!」
 自分自身もかなりパニックになりながら、必死に懇願する渋谷。
 草間は疲労による頭痛と思しき症状に頭を抱えながら、大きく溜息をひとつ。
 あまり関わりたい事件じゃない。だが、放っておけば事態は洒落にならない方向へ進む危険性を孕んでいる。
「………わかった。正義の味方を何人か募ってやるよ」
 


「うおう!有難う!アンタたちが正義の味方になってくれんだな?よろしく頼む!」
 草間の呼びかけによって興信所に集まった面々に対し、思わず拳を上げて『ひゃっほう』と言わんばかりの勢いで、渋谷は小躍りした。
 シュライン・エマ、藤井百合枝、水上水晶、鳴神時雨の順に、両手を握ってぶんぶんと上下に振り、全身で感謝の意を表明する。
「…………相変わらずね、渋谷くん………」
 事件関係で彼と対面するのは二度目となるシュラインは、少しずつ削られていく自身の神経を思い、ほんのちょっとだけ軽はずみな行動だったのではなかろうかと心の片隅で後悔していた。
「特撮番組って懐かしいじゃない?なれるなら私も正義の味方に挑戦してみたかったのよ」
 オーバーアクションな渋谷を前にしてもまるで臆することなく、くすくすと笑う百合枝。日々某プロバイダーのサポートセンターで働き、顧客達の電話対応に追われる彼女は、ちょっと日本語が不自由なこの青年を前にしても余裕だった。
 翠の色彩を宿した切れ長の瞳が、楽しそうに細められる。
「僕も!僕ね、正義の味方のお手伝いするの。いいことして、飼い主さんになでなでしてもらうの。いっぱいいっぱい頑張るの!!」
 きらきらと瞳を輝かせるのは、上から下まで全てが真っ白な少年、水晶だった。
 一見15歳前後と思われる華奢な容姿に、どう考えても小学校に上がる前のような幼い言動がアンバランスな印象を与える。
 首には月をモチーフとした銀細工がかすかな光を反射していた。
「正義の味方?俺はそんなものではないぞ?」
 歓迎と感謝と喜びに水を差すかのようにあっさりと告げるのは鳴神。
「久しぶりに全力で暴れられると聞いて来たんだ。暴れさせろ」
 がっしりとした筋肉質の体躯は、どこか傭兵か格闘家を思わせる眼光の鋭さとあいまってひどく頼もしい。どちらかといえば、戦隊ヒーローよりも単体ヒーロー、しかもダーティな感じである。
「アクセラレーターにブレイカー、ヒート、キャンセラー……どのアタッチメントも存分に稼動できる。」
 彼は心底楽しそうだった。いっそ禍々しささえ感じさせる程にその目は水晶たちとは別方向できらきらと輝いていた。
 もしかしたら『うっかり街が壊滅してしまうかもしれない』スリルを予感させる言動は、文字通り彼の装備を指している。
 人であって人にあらず。故あって『改造人間』となってしまった彼は、記憶を奪われ、戸籍を奪われ、下手をすると基本的人権すら国家に保証されないかもしれない日々をあやかし荘の無料補修員という形で過ごす青年である。
 シュラインは彼ら一人一人を眺め、軽く溜息をつく。そして、
『こいつらをとにかくどこかへ……』
 既に様々な要因によって精神が力いっぱい磨耗してしまったらしい草間が、机に突っ伏しながら必死に訴えかけている視線に行き当たる。
 そんなかわいそうな所長の意思を汲んだ有能なるボランティア事務員、シュラインはてきぱきと調査員達の誘導に掛かった。
「一刻を争うんですもの。早く現場に向かいましょう?」
 草間の精神がこれ以上荒む前に、彼らを興信所から引っ張り出した。


 現場までは渋谷の乗ってきたロケ用の社用車で向かうこととなる。後部座席にシュラインと百合枝、助手席に水晶が座っていた。
 なお、鳴神は自前の(なにやら沢山カスタムされているっぽい)バイクで併走している。
「渋谷くん、悪いけどまずは事務所で小物リストを見せてもらえるかしら?原因究明の一歩といきましょう?」
 シュラインの頭の中では既に行動予測が立ち上がり、そのプランニングに対して必要な情報を集めることに意識を集中している。
「私は脚本を希望ね。」
 隣から百合枝も声を上げる。
「了解!ばっちり任してくれです!ひゃっほう」
 テンパっている状態から調査員を確保できて多少の余裕も出て来た現在も、彼の日本語は微妙な方向に崩壊したままだった。



「なんだ、これは……」
 鋭い眼光を宿した赤の瞳を訝しげに細め、ノーネクタイのよれた灰色のスーツに身を包む壮年の男…関乃孫六は、ひとり小さく呟いた。
 全身タイツのおかしな戦闘員がどこからともなくわらわらと湧き出ては元気に破戒工作を行っているし、カマキリだのザリガニだのクモだの何だかよく分からないものでデザインされた怪人たちが、よく分からない光線をくり出していた。
 視線をぐるりと360度移動させれば、倉庫の向こう側に仁王立ちしている巨大ロボットの姿も垣間見える。
「こいつは……」
 関乃は腕を組んで、その無茶なシチュエーションを正面から眺める。
 けしてこの光景は特殊撮影技術によってもたらされた状況ではない。ヒトの手によって生み出された架空の『非現実』ではないのだ。
「………随分と気合が入っている………入りすぎか?実に感心すべき心意気じゃないか」
 満足そうに頷く彼は真顔だった。
 ちなみに、彼がこの場所を訪れたのは、偶然と必然の非常に微妙な境目だった。
 長い年月を経た物が稀に魂を宿し『付喪神』となるように、彼もまた、戦場で数多の魂をその身に受けて意思を持ち、かりそめの命を得、人の姿になる術を得た妖刀であった。
 そんな彼が、殺陣師を己の生業と決めこの平和(多分)な日本に留まり続ける理由はただひとつ。無声映画の時代から受け継がれてきた銀幕の総合芸術に惹かれたためだ。
 関乃は映画を愛している。フィルムに焼き付けられたその世界と、そこに傾けられる情熱を愛してやまない。
 それ故に、いまだ関係を持ったことのないこの撮影所の噂を聞いてそれをこの目で見たいという誘惑に駆られた。
「ただ食っちまうのは芸が無い……一仕事するか」
 一見むちゃくちゃに破壊工作を繰り返しているようだが、そこには確かに一本筋を通した目的意識の介在を感じさせるものがある。脚本の存在を匂わせるような展開。
 関乃はスーツのポケットに手を突っ込み、そのまま現場を後にした。



『超速戦隊ギガレンジャー《魔王ダークロードの復活》』の脚本と小物リスト。
 これが今回彼らに与えられた空想世界の全てだった。
 シュラインが非常に真剣な眼差しで小物リストに目を通し、事件の中核となっている小道具の割り出しに専念している横で、鳴神は実に興味深そうに自分とは違うヒーロー達の設定を眺め、百合枝は実に楽しそうに脚本を読み込んでいた。
「復活のオーヴを集めながら、邪教徒たる怪人たちが人間たちのエナジーを集め、儀式を行う…実にオーソドックスね」
 それが、百合枝の率直な感想だった。
 ここは、撮影現場である倉庫群とスタジオが立ち並ぶ敷地のすぐ傍、広大な敷地の一番南端に位置する事務所内である。
 ちなみに、なぜか悪の組織の手は伸びていない。
「そりゃそうですよ。俺らはあくまでも子供達に愛と勇気と希望と夢を提供すんですから。ストーリーはシンプルに、演出は派手に、お約束は徹底する。とにかくそれが基本だかんね!」
 なにやら基本理念を誇らしげに語る渋谷。
「ちなみに今日の撮影は、『5つのオーヴ全てが敵の手に落ち、邪神が復活!』っていうシーンから始まる予定だったりしたんすよ」
 ただし、予定は未定であって決定にあらず。
 水晶は百合枝と一緒になって脚本を覗き込んでいる。
 彼には読めない文字がいくつも散りばめられていたが、そこに込められた想いを感じ取り、胸を高鳴らせる。
「この人たち、変身するの?どんな感じなの?」
「ん?水晶君はテレビで見たことないかしら?正義の味方が悪の組織と戦うのよ。まあ、たまに正義の味方とは言いがたいヒーローもいるんだけど」
 そうして百合枝は、かつて子供時代に見た特撮番組の世界とお約束を水晶に話して聞かせる。
 彼女にとっては昔よく見ていたシリーズであり、懐古的意味合いが強い。(そして、実はけっこう好きだったりもした)
 対して水晶は、初めて目にする世界であり、これから憧憬を以って胸に刻まれていくのかもしれないものだった。
 それを横から補足するのは、現役特撮ファン…もとい現場スタッフの渋谷である。
 水晶は様々なヒーロー達の華麗なる活躍を真剣に聞き入っていた。その表情は夢いっぱい希望いっぱい好奇心いっぱいの子供の顔である。
「そうだわ、渋谷君だっけ?正義の味方のコスチュームってないのかしら?」
 言葉だけの説明ではうまく伝わらないと判断した百合枝が、視線を渋谷へ向ける。自分自身も着てみたいという本音がちょっぴりあったりするがそれはとりあえず横に置く。
「あ、あるっすよ。んじゃ、変身アイテムあれこれが、2階の奥の部屋に避けてあるんで一緒に取り行きますか?」
「はいはい!僕も着てみたい!お手伝いする!」
 勢いよく水晶が手を上げる。
 着ぐるみなどの保管場所はスタジオの方に移動しており、既に占拠もしくは実体化されていたが、正義の味方コスチュームは、雑誌の撮影用にこの場所へ移動されていたらしい。
 もしかして正義の味方不在はこのせいじゃないだろうか?
 そんな考えがシュラインの脳裏を一瞬過ぎる。
 だとしたら、この事件の鍵を握るアイテムの効力範囲、うまく行けばその位置も割り出せるかもしれない。
「渋谷くん、コンテはある?それから、この現場の地図を」
 敵の配置、現場が実体化した正確な範囲指定が欲しい。
「じゃあ、まとめて取りに行ってくるッす」
 にこやかに了解を示す渋谷。百合枝がその後に続き、遅れて水晶が企画会議室を出た。
 そして偶然は起こる。
「え?」
「あ」
 それは実に絶妙なタイミングだった。
 水晶が扉を押し開き、一番手で廊下に出たそのタイミングで、3つ向こう側の扉が同じように開き、中から壮年の男がひとり、姿を現した。
 その手には小型カメラが一台納まっている。
「おじさんも正義の味方のヒト?」
 関乃の出現に水晶の目がきらきらと光る。
「いや、俺はただカメラを借りようと思ったんだが」
「でも、悪いやつとえいって戦うんだよね?」
 小さな手が彼のスーツの裾をはしっと掴み、純真無垢な赤い瞳で関乃をまっすぐに見上げる。
 百合枝が教えてくれたのだ。正義の味方は基本的に単体か5人組のどちらかであると。彼がその最後のメンバーだと確信した。
 決め手は彼の中でひしめく魂と鋼の器。そして自身とはまた異なった魂の有り様を感じたから。 水晶は動物的嗅覚でそれを嗅ぎ取る。
「他の人もいるよ?皆で戦うんだよね?ヒーローは5人揃わないと力を発揮できないって聞いたよ?」
「…………」
 関乃はただひたすら困ったように沈黙する。
 目の前の少年がヒトの姿を借りたヒトではない存在であることを知りながら、その扱いにはかなりの勢いでためらいと困惑があった。
 自分が関わる現場に子役はまずほとんど出てこない。
 この無邪気で純真な子供に対し、状況の説明と自身の目的をいかに分かりやすく説明するか、必死に言葉を探すが、残念ながらそういう引き出しは関乃の中には存在していなかった。
「水晶?どうかした?」
「あ!」
 後を追ったはずの水晶がなかなかやってこないことを訝しんだ百合枝が、奥の部屋から顔を覗かせる。
 そんな彼女に満面の笑みで応える水晶。
「あのね!最後の仲間なの!会ったの!!」
「え?」
「…………仲間、だそうだ……」

 かくして、一般市民であるところの渋谷を交え、シュラインを指揮官とした『調査員改め正義の味方(約1名除く)』6人による作戦会議が執り行われた。

 シュラインの前には、絵コンテ、脚本、小道具リスト、設定資料集が積み上げられており、机には現場の地図が大きく広げられていた。
 それを囲むようにして、全員が額を付き合わせる。各々の行動計画は既に提示されている。後はそれをどう組み立てるかの確認だった。
「……それじゃあ、水晶くんが人質解放を担当。安全な所までの誘導をよろしくね」
「うん!僕、一生懸命頑張ってくる!良かったねって皆で言うの!」
「ならば俺はコイツが基地内部へ潜入するまでの露払いも兼ねてやろう」
 がしがしと水晶の真っ白な髪を掻き撫でつつ、鳴神はシュラインを見る。
 思う存分暴れる気は満々だが、調査員としての役目も(一応)果たす意思である。
「時雨さんはそのまま私たちと祭祀場に向かいましょう?水晶くんと別行動になるけど、おそらく今回の原因となっている小道具はここにあると思うの」
「そうね。脚本を確認したし、スケジュールも確認した。昨日と今日で違うのは……」
「悪の秘密基地中枢に運び込まれた小道具のうちのどれか、よ」
 シュラインと百合枝の間で交わされる頷きと視線。
 司令官役がいるだけで、メンバー内の動きも随分と変わってくる。
 渋谷は満足げにうんうんと頷いていた。傍観者の立場で。思い切り第三者な気持ちで。後は任せたと勝手に大船なんかに乗っていたりした。
 だが、それを許してくれるシュラインではなかったのである。
「渋谷くんは問題の小道具が使われている場所まで私達を案内してちょうだい」
「!!!」
 なんだかとても悲しそうに何事かを訴える目をするが、渋谷のそんな視線をことごとく爽やかに無視する面々。
「じゃあ、渋谷くんにはこのルートで案内してもらうとして……関乃さんはどうされますか?」
「俺はカメラマン兼護衛として兄さんたちの後ろを守らせてもらった方がいいかも知れねえなぁ。」
 関乃が機材置き場から拝借した小型カメラを皆の前に示す。
 映像に収めることで、あの混乱を残しておきたかった。こんな事態を引き起こしたとしても、情熱までは否定したくはない。
「でも、これってどうやって使うんですか?色々ボタンがありますけど」
 素朴な疑問を投げかけるシュライン。
「難しいことを俺に聞くな」
 よく言われている『知っていることと出来る事は違う』という格言。アレはまさしくそのとおりなのだ。
 関乃はこのカメラの存在を知っている。そして映像が撮れることも知っている。だが、実際に稼動させる技術の持ち合わせはなかった。
「ふふ。なんだか本格的ね。5人揃って敵地に乗り込むってシチュエーション、まさに正義の味方って感じで面白いわ」
「俺はそんなつもりはないんだが…まあ、いい。きっちり破壊してやるさ」
 打ち合わせは、渋谷の抗議とか抵抗とかそういうもの一切を取り上げないままに進んで行く。
「………ええ…と」
 最後の一人、水晶に縋るような視線を向けるが、
「一緒に悪いやつと戦おうね!バンザイめでたしめでたしってなって、ほめてもらおうね」
 無邪気で可愛らしい笑顔に止めを刺されただけだった。
 なお、シュラインは調査員同士の連絡用にインカムの使用を上げたが、色々な都合を検討した結果、渋谷と百合枝が運んできた衣装に混じっていた戦士の証『ギガブレス』(おもちゃ屋さんで5色同時発売中)を装備することとなった。
 ちなみにギガブレスの色とそれに対するキャスティングは渋谷の独断と偏見により以下のとおりとなった。

 レッド⇒シュライン・エマ(理由:色々リーダーな感じだから)
 ホワイト⇒藤井百合枝(理由:色々おいしい感じの女性だから)
 グリーン⇒関乃孫六(理由:色々渋い感じだから)
 ブルー⇒鳴神時雨(理由:色々やってくれそうな感じだから)
 イエロー⇒水上水晶(理由:色々マスコットな感じだから)

 百合枝と水晶を覗く三名は少々これの着用に抵抗を感じたようだったが、それはそれ、これはこれということで諦めてもらった。
「さて、頑張りましょ?」
 正義の味方出動である。


 
 空想科学に支配された現場は、やはり相変わらずのステキな混乱っぷりを披露していた。
 太陽がさんさんと輝く青空をプテラノドン風の翼竜怪獣がばさばさと飛び回り、相変わらずどこからともなく沸いてくる全身黒タイツの戦闘員がハンマーのようなもので倉庫の壁や撮影用の車を破壊してまわり、蜘蛛やトカゲやなんだかよく分からないもので合成された怪人たちがこれでもかといわんばかりに威張り散らしながら高笑いしていた。
 そして瓦礫の山の上には、あちこちで起こる爆発の火の粉が降り注ぐ。
「壮観だな。こりゃあ潰し甲斐があるってもんだ……」
「うわぁうわぁ」
 鳴神、水晶は目の当たりにした絶景に思わず溜息のようなものをつき、黙り込む。
 背後では関乃がそんな彼らの姿をカメラに収めていた。
 ちなみに彼のカメラはずっと回り続けている。一時停止もズームを掛けることもアングルを変えて趣向を凝らすことも関乃には不可能だった。
 人にはそれぞれ得手不得手というものがあるのだ。そういうレベルの問題ではないが、まあ、それはそれで何となく味のある画が出来上がるだろう(希望的観測)。
「あら、想像していたよりもずっとすごいじゃない」
 感激に近い声で思わず口元をほころばせる百合枝に対し、
「…………想像していたよりもずっと、ね」
 なんだかどこか遠くへ行きたい気持ちになってしまったシュライン。とりあえず頑張って現実を直視するよう努力してみたりした。出来れば夢であってほしいなと祈りつつ。
 無駄に終わったけれど。
 敵のひとりが、律儀にも正義の味方の存在に気付く。
「貴様ら、一体何をしにきた!?」
「悪の陰謀を打破しによ!」
 颯爽と答える百合枝は既に正義の味方が板についているようだった。
「なんだとぉ?我らが王の復活を邪魔するなぁ」
 怒号とともに戦闘員が押し寄せてくる。
「ふふ。一度やってみたかったのよね」
 片手を軽く振り回すだけで爽やかに地面に叩きつけられる戦闘員達。コンクリートに斜め45度の角度で頭をめり込ませている者だっている。
 一本背負い。大外狩り。巴投げ。面白いように技が次々と決まっていく。ちょっと快感。
「これは、すごいかもしれないわ」
 妙齢の女性としてどうかと思うが、でも楽しいものは仕方がない。
「百合枝さん、何かやっていたの?」
「ん?学生時代に柔道を少々、ね」
 そんな乙女たち2人の会話の間にも、容赦なく攻め込んでくる戦闘員達。
とっさにシュラインが両側から拳を突き出してきた敵の手首を掴み、軽く捻りあげれば、
「あら」
 面白いように腕を軸として一回転する。
 ギガブレスはただの緻密なおもちゃから、本物の戦士の証となっていた。
「実体化の境界線の内側に踏み込んだのね」
 変身を試すつもりはないが、超常現象的な力は確かにこの身体に宿っている。
 ほんの少しだけ、楽しいかもしれないと思ってしまった。

「さてと……ひさびさに手加減なしで行かせてもらおうか」
 鳴神はじりじりと間合いを詰めてくる敵に対し、にやりと不敵な笑みを返す。
 目を閉じて、自身の中から湧き上がる熱に精神を集中。
 変身。
 鳴神の身体を構成する細胞組織が内側から変質する。
 肩から胸、両腕、両足、そして腰を硬質のプロテクターが守り、間隙を埋めるように闇色の特殊スーツが彼の人工皮膚を覆う。
 常人の身体能力を超えた力が膨れ上がり、彼はヒトから異形の戦士へとその身を変える。
 戦闘形態となった鳴神の表情は、どこか甲虫を思わせるマスクに覆われ、伺う事は出来ない。
 ざりっと、地を踏みしめて、構える。
 彼は文字通りの『変身』を水晶の前で示したのだ。
「水晶、貴様は早く人質のところへ行け。ここは俺が引き受けた」
 ヒートと名付けられた高温プラズマの爪、そして、ブレイカーと呼ばれる高周波振動のブレードが唸る。
 鮮やかな一閃。瞬く間に戦闘員達が弾き飛ばされ、燃え上がる。
 人間の3倍の身体能力を持つという設定らしい量産戦闘員も、人間の数十倍に匹敵する野良改造人間の前では赤子も同然。
 かる〜くあしらわれて終わりである。
「すごい」
 百合枝と渋谷が一生懸命伝えようとしていた変身ヒーローの何たるかを、ようやく水晶はこの目で確かめ、すとんと腑に落ちる。
「要塞がある場所はどっちだ!?」
「そこの道をまっすぐ言って『右に曲がれ』ッす」
「この先だ!行け!」
「はい!」
 ぴょこんとひとつお辞儀をすると、小柄な白い少年は、戦闘形態のヒーローが敵を薙ぎ倒し切り開いた道を一直線に駆け抜ける。
 そんな彼の後姿が揺らいだと感じた瞬間、水晶の姿が視界から消える。
「え?」
「あら、かわいいじゃない」
 ふかふか白い小さな生き物がセットの山を飛び越えていく。アレは紛れもなく手のひらサイズの仔ウサギである。
「なるほど。面白いな」
 鳴神に続き、水晶の変身シーンをカメラに収めながら、関乃は感心したように呟く。
「……両手でぎゅっとおにぎりにしてしまいたい衝動に駆られるわ」
 百合枝さん、愛情表現としてそれはどうだろう。
「飼い主という言葉がようやく理解できたって感じね」
 何となく水晶の言動に引っ掛かりを覚えていたシュラインは、その謎が解明されたことに胸がすっとする。
 戦闘中に余所見は厳禁だ。だが、圧倒的な力の差があり、なおかつ暴れ放題の鳴神のおかげで彼女達が敵に危害を加えられることはなかった。

「渋谷くん、前!」
「え、えええっ!?」
 注意を喚起するシュラインの鋭い声に視線を向ければ、7人から10人くらいの黒い戦闘員たちがまとまって襲い掛かってくる。
 だが、渋谷が黒い塊に押し潰されるより早く、関乃が庇うように間に飛び込み、カメラを庇いながら左腕を軽く薙いだ。
「すごい」
 あっという間にまるで木の葉のように簡単に宙へ吹き飛ばされ、どさどさと落ちて積み重なっていく。
「隙ありぃぃっ!もらったぞぉお!」
「お前さんじゃ相手にはならんさ」
 戦闘員を盾にして斧を振り回し、向かってきた怪人は、大振りの一撃を関乃にあっさりとかわされ、その上、自慢の武器すらも叩き落される。
「あんたに宿ったその魂、喰わせて貰う」
 笑みを浮かべるのではない。関乃はただ無表情にそう告げた。
 手刀が空を斬る。
瞬間。
 ごとりと首が落ちる。着ぐるみから実態を得たはずのそれは、魂を食われたことで再びもの言わぬ抜け殻となって崩れ落ちた。
 緊張を保ったまま、関乃は再びカメラを担いで現場を走る。



 敵の要塞もやはり実体化していた。
 機械の基盤と内臓系、有機物と無機物の融合した奇妙な質感が支配する壁。時折生き物のように脈打ち、内部から仄かな光を発する。
 美術部のスタッフが総出でそれはもう気合入れまくりで細部まで作りこんでいたので、臨場感とか質感とかは申し分なかった。
 現実世界に侵食した非現実。
 だが、ただひとつ。スタジオにセットとして組み立てられたが故に、場所によっては途中からすっぱり途切れて鉄筋コンクリートになってしまっているあたりが実に惜しかった。
―――――ガランッ
 内部構造に気を取られた水晶が、うかつにも、近くに転がっていた鉄パイプを思い切り蹴り飛ばして物音を立てる。
「なにやつ!?」
 門番役の一人が物音に反応する。
 鋭く飛んだ声に、思わず水晶の小さな身体がびくりと跳ねる。
 とっさに先程の打ち合わせの際に鳴神が授けてくれた秘伝の技が水晶の口をつく。
「にゃ、にゃぁ」
「なんだ、猫か」
 ………………ちょっとまて。だが、その不自然さを咎め、ツッコミを入れるものは残念ながらここにはいなかった。
 水晶は何とかごまかしきれたことに安堵しながら、再び気を引き締めてそろりそろりと小さな身体で基地の内部への潜入を試みる。
 ちなみに。何故、こんなところに鉄パイプなぞ転がっていたのかを問うてはいけない。そういうものだと理解して頂きたい。



 累々たる着ぐるみの屍を築きながら、悪の本拠地へ突き進む正義の味方(多分)。
 そんな彼らの行く手を阻むように、倉庫と倉庫の間の狭い通路に立ちはだかるのはもしかしたらギリギリでサイの原形を留めた感じの怪人だった。
「で、あいつは何をするの?脚本にはなかったわよね?」
 百合枝が、渋谷の方を振り返る。
「火を吐きます」
「へえ」
「6億8千万度くらいの」
「…………………。」
「……実際に吐かれたらちょっと地球がやばいわね」
「大丈夫!その辺が黒焦げになったり地面が抉れるだけ!そういう設定なんっすから」
 実に清々しい笑顔で保証する渋谷和樹24歳。
 特撮の世界は無茶な設定が溢れている。ソレがまかり通るからこそ空想科学。
「来るわよ!」
「避けてっ!!」
 赤く大きな炎の塊が破裂し、火の粉が降りかかってくる。正直めちゃくちゃ熱い。こんなものに役者は耐えているのかと頭の片隅で思いながら走る。
「うう…監督ってばナパーム好きだから」
 とほほな表情で煤けている渋谷。
「あら、こういう演出って素敵だと思うけど?」
 同じように煤まみれ、粉まみれとなりながらも百合枝は小さく笑みをこぼす。
「とても、綺麗だわ」
 だが、彼女の言葉はけして、爆発しては飛び散る火花に向けられたものではない。
 この場所で彼女だけが見る光景。誰にも明かさないままに来た彼女の能力が見せるのは朱や赤の炎。人の心のカタチ。まさしく情熱の澄んだ色彩だ。
 凍えて無機質な灰色の炎ばかりが弱く儚く映る日常。
 そこから逸脱した世界での思いがけない経験。
 心の存在とは魂の存在に等しい。
 だから。百合枝には怪人たちも、幹部も、そして水晶や鳴神、関乃の炎までも見ることが出来た。
 怪人たちの猛攻を受けながらも、百合枝は生き生きとしていた。

 着々と水晶が先行している秘密基地内部へと突き進んで行く5人。
 セットが組まれているスタジオは想像以上に天井が高い。1階から3階まで吹き抜けな勢いだった。
 悠長に見学している暇はないのだが、思わずそのセットの緻密さに足を止めてしまう。
 だが、そのとき、不意に頭上から超音波が降り注ぐ。
「いうおぁへあぁ〜〜」
 今までどこにいたのだろうか。唐突に奇声を発した鳥型怪人が、特攻とばかりに彼ら目掛けて急降下を開始した。
「!!」
 確か設定ではあの怪人の飛行速度は時速1700kmということになっている。新幹線どころかジャンボジェット機だって目じゃない速さだ。
「来い!」
 それを迎え撃つのは鳴神だった。
 遠隔操作可能なバイクが、彼の窮地の呼びかけに答えるがごとくやってくる。
 それはもう、特撮ならではの美しい連携だった。
 鳴神はバイクに跨ると、アクセルを全開にして、ジェット怪人めがけて跳躍突進。
 限りなく反則に近い数値をたたき出す超高速な代物とガチンコ勝負などして大丈夫だろうか。科学的に言えば当然大惨事もいいところである。大丈夫なわけがない。
 だが、ここは空想科学。ちょっとやそっとの科学的根拠にもとづく批判など吹き飛ばしてしまえばよいのだ。
「くらえ!」
 そして鳴神は吹き飛ばした。
 空中で、鳴神の乗るバイクと鳥型怪人が見事な放物線を描いて激突。
 それにあわせるようにして、なぜか地面から周囲に仕掛けられた火薬が誘爆される。
 ちなみにここで使われたのは、こまかい粉を詰めたセメント袋を主体とした爆発物である。
 細かいちりが四散し、大スケールの爆発を演出してくれる。当然この洗礼を受けたものは余すところなく粉まみれとなる。

 なんだか雰囲気的に満身創痍な感じになりつつ、彼らは台本が示す場所へとひたすらに進んだ。



 苔むしてぬめぬめとした地下へと続く階段。その下に揺れ動く明かりの向こう側には 植物の根をモチーフにした牢獄の柵が見える。
 そこに押し込められているのは渋谷の同僚達で間違いないはずだ。
 仔ウサギモードの手のひらサイズな小さな身体を触手の隙間に潜ませ、水晶は聴覚に全神経を集中させる。
『最後のオーブが見つかったそうだ』
『いよいよ我らが王の復活だな』
『これで世界は我々のものだ』
 普段は奇声しか発しない量産戦闘員達も、画面の向こうにいるちびっ子に状況を分かりやすく説明するためならば、流暢な日本語だって操るのだ。
「めでたしめでたしってなるんだから!そのために頑張るんだから!」
 口の中で小さく小さく水晶は意志を固めるように言葉を紡ぐ。
 彼の中で燃える、ただひとつの色彩は赤。
 途中姿を隠すところはどこにもない。
 どうしようか。
 チャンスを伺う水晶の頭上を不意に横切る黒い影。それはまっすぐ牢版の元へと駆け寄る。
「ギガレンジャーが攻め込んで来た!お前たちもくるんだ」
 カメレオンのような怪人が早口に喚きたてた。
「奴らを叩き潰せ!ダークロード様のご命令だ!!」
「生贄はどうしますか!?」
「奴らはどこにも逃げられん!とにかくお前たちも来い!!」
 実に説明的な台詞の応酬が終わると、門番2人は怪人に後に続いて階段を駆け上がっていった。
 敵は既に復活間近の王への儀式に、そしてそれを邪魔しようとするギガレンジャーに全神経を集中している。
 誰も仔ウサギの侵入には気付かない。
 絶好のチャンスを逃すわけもなく、水晶は後ろ足で地を蹴ると、邪教徒たちの目をかいくぐり、一気に階段を駆け下りて牢屋に滑り込む。
「監督さんたちだよね?助けに来たよ!」
 そう告げた仔ウサギは、一瞬にして像が揺ぎ、美少年へとその姿を変えた。
 目の前の変化。
 だが、それに驚くものはここにはいなかった。
 不可思議な現象に対して、既に十分な洗礼を朝から受けてきたのだ。いまさら、可愛らしい仔ウサギが人間に変わった所で動揺したり説明を求めたりツッコミを入れるものなどいなかった。
 なにより聞くべきことはもっと他にある。
「……ボウズ、どっから来た?」
「渋谷さんに頼まれたの。僕、正義の味方でギガイエローなんだって。これがね、証」
 至極まじめな表情で、水晶は腕を男の目線まで上げてみせる。そこに輝くのは、まさに戦士の証たるギガブレスであった。そこに宿るのは本物の輝きだ。ちゃんと通信も可能。
 一瞬人質内でどよめきが起こる。
 特に美術デザイン担当の坂田さんの目がきらきらと輝いていた。
「ちゃんと5人で来たの。必ずあいつらの野望を打ち砕いてみせるからね!」
 固い決意を表明する彼の目は、正義に燃えていた。
「おじさん達を安全な所に避難させたら僕もいくの。そういうことになってるの」
 ギガブレスを介して、シュラインたち向こう側の戦況も十分に知ることが出来る。
 人質解放の任務を遂行した後、合流することも打ち合わせ済みだ。
 だが、無言のまま水晶の言葉に聞き入っていた男は不意に口を開き、
「ボウズ、俺たちはお前さん達の戦いを見届けたいんだが」
「え?」
 突然の申し出。思いがけない言葉が発せられた。
「俺たちはどうしてもやらなきゃならない。ソレが映画の世界に生きるものの宿命なんだ。俺は監督として、このまま逃げ帰るわけにはいかないんだ」
 少年とおじさんの視線がかわされる。
 沈黙。
 そして水晶はゆっくりと頷きを返した。



 鳴神は腕をキャンセラーに切り替え、力場を召喚。盾となって攻撃を弾き、防御力の低い3人を背に庇う。
 巨大な火柱が立ち上がり、火の粉が降り注いできた。
 敵の要塞は、中枢に近付けば近付くほど、これでれもかといわんばかりに怪人たちが押し寄せてくる。
「お、俺はもうダメだ。アンタたちに構わず先に行く!安全な場所に逃げ込むんだぁ!」
 半泣き状態の渋谷は、立て続けに巻き上がる爆煙の最中でちょっと気持ちがぎりぎりになっていた。
 彼は残念ながらごく普通の青年だ。
 特撮で言うのなら、怪人の襲撃に右往左往する一般人。完全なエキストラ。台詞も『キャー』とか『うわー』がせいぜい。
 間違っても刃向かってはいけないのだ。それはメインゲストの役割である。
「何を言う。兄さんも映画に生きる男ならびしっと決めろ!!」
 関乃はその容姿からは想像できない機敏な動きで攻撃を避けながら(もしかすると20代の渋谷の身体能力を軽く越えているかもしれない)檄を飛ばす。
「むーりーでーすぅ〜〜〜!!!」
 必死に逃げ惑い、祭祀場までの道案内を放棄して戦線離脱を試みる渋谷。かなり必死。
「ならばしかたない。俺を力を貸す!これを持て」
「へ?」
 いきなりカメラを押し付けられる。
 そして。
 関乃の姿が不意に揺らぐのを目の当たりにする。本日3人目の変身。
「……刀?で、どうするんっすか?」
『柄を握れ』
「はあ……」
 上手く状況が飲み込めず、混乱の最中に間抜けた表情で言われるままに手を伸ばす渋谷。
『掴んだな。では行くぞ!!』
「へ?あ?うわうわぁああぁぁあああ〜〜〜〜〜」
 左手にカメラ、右手に柄を握ってしまった渋谷の絶叫(断末魔風味)がいっそ清々しいほどに長く伸びてフェードアウトする。
 彼の意思とは関係なしに、孫六兼元の銘を持つ日本刀は渋谷の身体を引き摺って戦いの最中へと突っ込んでいった。
 伊達に何百年という月日を経て剣の付喪神をやっているわけではない。渋谷の身体を使っての剣捌きは当然のことながら目を見張るほどに見事だった。
「い〜や〜だぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」
 殺陣師としてこの業界に生き、時には敵役として自身がカメラの前に立つ。
 彼は不本意かもしれないが、切りつける角度や、接近とともにないでは再び距離を取るその動きは実に映える画だった。
 渋谷の悲鳴は、編集でカットすれば十分使えそうだった。



 入り組んだ道。いくつもの曲がり角。実体化した悪の秘密基地は想像以上に迷路化していた。
 水晶は、地下から中心部に向けて全力で走り続けていた。
 捕虜となっていたスタッフの皆さんを後ろに引き連れ、怪人や戦闘員達の攻撃をかわし、時にはアクション指導を行っている皆さんとの見事な連携プレイを披露する。
「ウサギのボウズ!次はどっちに進めばいい!?」
「ええとええと、右行ってさらにその奥を左に曲がるの!」
 ギガブレスには通信の他に仲間の居場所を探知してくれる機能までついていたらしく、道案内はこれにお任せであった。
「よおし!お前ら!バシッとケリつけに行くぞぉ!!」
 うおおぉと賛同の雄叫びが上がる。
 何か違う。このノリは何かおかしい。夢と希望と愛と正義を振りまく特撮チームのノリではないような気がしないでもない。
 だが、非常に残念ながら、そもそもの基準を知らない水晶は、これが普通なのだと受け入れ、『なんだかこの人たちは怪人と対峙する時、ちょっと嬉しそう感じがするな』という感想をぼんやり抱くに留まっていた。



 怪人たちを蹴散らし、タイツ戦闘員をボコボコにし、限りなく過剰防衛とかで訴えられそうな勢いで突き進んでいく4人の正義の味方と1人の一般市民。
「ここ!ここっすよ!」
 そして辿り着いたのは、組織の中枢にして、邪心を崇め目覚めを待つ悪しき祭祀場だった。

「われらが同胞よ!今こそ主復活の時が来た!!」
 浪々を歌い上げるがごとくに両手を広げ、司祭をイメージした衣装を纏う邪教徒の最高幹部が声高に宣言する。
 五叉の燭台が左右の端で炎を揺らめかせ、オーヴが祭壇中央に掲げられている。バックには魔法陣と思しき幾何学模様の幕が壁に打ち付けられている。
「さあ、歌え!祈れ!五つのオーブの最後のひとつが手に入った!闇の儀式を執り行うぞ!!」
 コミカルに、かつ冷酷に。二面性を追い求めた末に形成された怪人たちは、歪な笑みを浮かべ、狂気の舞いを踊る。
 オーヴは妖しい光を明滅し、拍動する。
 赤。黄。青。緑。白。
 歓喜の声が洞窟内に満ちて、震える。
 おそらく彼らが言うところの儀式のための生贄は、創造主にして支配者であったはずのこの現場スタッフ達だろう。
「そんなことはさせないわ!」
「何ヤツだ!」
 振り向けば、祭祀上の入り口にずらりと並ぶ5つの影。
 真ん中にいるのはもちろんレッドの称号を受けたシュラインである。
「おのれ、ギガレンジャー!ここまで来おったか!!」
 かくして彼らの最後の戦いの火蓋がきって落とされた。
 混乱に次ぐ混乱。最高のクライマックス。
 特殊攻撃の応酬。飛び散る火花。ぶつかりあう金属音。
 最終決戦の直前に何とか孫六兼元から解放された渋谷は、カメラを回したまま、隅っこで小さく伏せていた。
 頭上を炎のカタマリが過ぎていく。危険極まりない状況である。
 ちなみに日本刀形態から人間へと姿を戻した関乃は、幹部の一人から奪った諸刃のソードを巧みに操り、見事な殺陣を披露している。
 背後から鳴神に斬りかかって来た怪人を、一刀両断。
「やるな」
「おぬしもな」
 にやりと交わされる鳴神と関乃、男2人の視線。
 関乃の口調がなにやら古めかしいものへと変わっているが、誰もそんな細かいことには拘らない。今は敵を倒すのが先決だ。
「ねえ、知ってる?」
 そんな混乱の最中に、ふと何気ない口調でシュラインに話しかける百合枝。
「なに?」
「ここであの最高幹部を倒すと、多分99.9%の確率で巨大化するわよ」
「え?そうなの?」
「お約束に支配されているなら…多分間違いない」
 確信を持って百合枝が頷く。
「………巨大化は、ちょっと厳しいかもしれないわ」
 シュラインはとても遠くを見ながら呟いた。
 それを聞いた鳴神がふと、戦闘の片手間にひとつの提案のようなものを示してみる。
「そんなに面倒なら仕上げはこの重力砲でカタをつけてやろうか?」
「何をするものなの?」
 彼の心で揺らめく炎に不吉な色を見、百合枝は訝しげに鳴神を振り仰いで真意を尋ねる。
「瞬間質量8000Gtの重力場を3n秒程発生させるんだ。まあ、簡単に言えば擬似ブラックホールってやつだな」
 かちゃりと腕をまっすぐに突き出し、祭壇の前まで身を引いている最高幹部に狙いを定める。
 彼は真顔だった。そして本気だった。
 ブラックホール。SF小説に出てくる定番。吸い込まれたら一貫の終わり。時々必殺技にも使われるちょっぴり便利な存在。イメージ映像『黒いぐるぐるした掃除機風味の穴』。
「やめてください!そこでそれはなしですようっ」
 渋谷がいきなり割り込んでくる。それまで一般市民としての己の位置を十分に理解し、鳴神の背後に隠れていたのが。
「ギガキャノンじゃなきゃダメなんです!バシッとドンッと派手に決められた必殺技を決めてくんなきゃダメなんッすよ!自分必殺技はこの見せ場じゃご法度なんです!!」
 ここでも、特撮にはイロイロとお約束があるらしい。
 だが、問題はそこじゃないだろう…
 シュラインは思わず突っ込みを入れたかった。
「すまないが、ただ壊して全て吸い込むってのは勘弁してくれないか?あいつらには魂がある。あいつらを作った奴らの魂もこもってる。勿体ねえだろう?」
 関乃が、やはり微妙にずれた論点で鳴神に待ったをかけた。
「そうだよ!お約束はちゃんと守んなくちゃなんだよ!」
 さらに声が飛び込んでくる。
「水晶くん!?」
 そして少年の背後にずらりと並ぶのは、
「監督!横田さんに菅井さんも!ど、どうしたんっすか!?」
「彼らを安全な場所に誘導するんじゃなかったの、水晶?」
「まだここでの勝負はついておらぬぞ、童子!?」
 様々な声が一斉に重なる。
「責めないでやってくれ。俺たちがこのボウズに頼んだんだ。」
 監督がずいっと前に進み出る。それはまさに全てを背負い、覚悟を決めた漢の表情だった。
「頼む。この始末はギガキャノンでつけてやってくれ」
 深々と頭まで下げる。
「……私達で使えるものなんですか?そもそも今からどの道具を取りに行くには時間が掛かりすぎますけど?」
 百合枝が当然の疑問を口にする。
 今までの戦いの中で、そういった必殺武器のアイテムは入手していない。実体化を果たしているかどうかも怪しかった。
 だが、
「呼んで下さい。そうしたら来ます。そういうことになっているんです」
 渋谷は真顔だった。そして監督もまた真顔だった。ここにいるスタッフの熱い視線が5人に注がれる。
「………やるのか?」
 意思を確認するように関乃が一人一人の顔を見る。
 ブラックホール製造中止には賛同したが、いざ自分が合体技を出すヒーローの一員として数えられると微妙な心境に陥る。
 だが、これほど真摯な姿勢に熱い思いをぶつけられた関乃が、それを無碍に出来るはずがなかった。
「やるしかないんじゃないかしら?後には引けないでしょ?」
 シュラインが肩をすくめる。そろそろいろんなことがどうでも良くなり始めてきたらしい。
「……まあ、俺の技が禁じられた以上、それしかあるまい」
 しぶしぶといった体で鳴神が頷く。メチャクチャ不本意っぽい。
「こういうの、一度は経験しておきたいと思うの」
 くすりと、目を細めて小さく笑う百合枝。
「ならば…」
「ギガキャノン!GO―――っっ!!」
「水晶くん!?」
「―――!」
 仕方ない、そう言おうとした関乃の言葉を遮って、いきなり水晶の声が空高く拳を突き上げる。
 ちなみにこのギガキャノン召喚ポーズは、アクション監督の横田さんが直々に指導。細かいところまで行き届いた配慮です。
 同時にブレスレットから閃光がほとばしり、甲高い金属音にも似た音を細く長く発する。
 そして。
 水晶を始め、『調査員改め正義の味方』全員の手の中に、赤や黄色の極彩色なキャノン砲がずしりと召喚される。
 ひとりが叫べば5人分が勝手に召喚されるシステムなのだろうか。
 どこにそれは仕舞われていたのか、どこからどうやって来たのか、そんな疑問がとりあえず大人たちの頭を過ぎったが、純真たる少年にそんな説明は不要だった。
「行くよ!」
 じゃきんっ。
 なかなか重厚かつ小気味良い装着音が響く。
 ちなみにここまでの一連のやり取りの間、敵の皆さんは一言も口を挟むことなく、大人しく彼らの準備が終わるのを待っていた。
 準備中の正義の味方に対し、たとえどんなに時間が掛かったとしても横槍を入れないのが悪の美学というものだ。別に優しいからというわけではないのであしからず。
「喰らえ!ギガキャノンっ―――――!!」
 5色の光線が空を裂き、一瞬後には、強烈な衝撃波で辺りを震動させる。熱を孕んだ爆風と爆発音。そして、5色に色付けされた煙幕の向こう側に見事な高さのコンクリートと怪人の瓦礫を築き上げる。
 全てを吹き飛ばす威力。当然室内でぶっ飛ばしたらロクにことにはならない。
「さすが、必殺と呼ばれるだけあるわ……」
 だが、この手の武器に反動や周辺への被害は計算されていない。というか、必要ない。
 あれほどの破壊力を持っていながら、標的以外はまったくの無傷であり、それを扱う戦士の身体には一切の負担が掛からないという御都合主義…もとい親切設計が売りなのだ。
 お値段は時価。要・正義の味方免許。威力は一瞬にして敵を粉砕する程。伝説の一品を貴方に。
 そんな宣伝文句がどうでもいい感じで脳内にテロップされる。
「う、うおおおぉぉおあお!」
 必殺技を正面からまともに喰らった最高幹部が、身体のあちこちを吹き飛ばされ、ズタボロになりながらも立ち上がった。
「おのれおのれおのれぇぇぇえぇっっっ!!」
 怒号が響き渡る。
 基地を揺るがす地震。
 繰り返される激震と瓦解するセット。壁や床に亀裂が走り、崩壊寸前まで追い詰められる。
「やっぱり……まずいことになったわね」
 百合枝の予想というか予言というか、そんな感じの言葉どおり、八つ裂きになって爆発したはずの怪人の身体がみるみる寄せ集まり、巨大化をはじめる。
 黒く揺らいだ炎は、高純度の闇を内包する。邪悪なる意思の存在。生み出されたのは確かに空想世界の生物だ。
 だが、小道具として機能する前に、それは巨大な力をこの世界に引き込んだ。
「よくも我らの計画を潰してくれたなぁああぁぁ」
 断末魔にも似た咆哮で、最高幹部がばさばさっとローブを捌く。
「かくなるうえは――――っ」
 全員に緊張が走る。
 かしゃん。
「……………あ」
「…………………え?」
「………………………やっちゃった」
「………………は?」
 これから一番の見せ場となるはずの高まった緊張の中、不意に訪れたなんとも言えない微妙な空気。
 全員の視線が自然と音の発信源へ向けられる。
 不可抗力…いや、悲しい事故でした。ここがその事故現場です。
「…………ごめんなさい」
 ものすごく申し訳なさそうな顔で、渋谷が佇んでいた。彼の足元には木っ端微塵に砕かれたオーブがひとつ。
「なんか、振り向いたときに肘が当たったみたいで………」
 行き場のない熱い闘志。
 空白の時間。
 途切れた緊張。
 事件はいきなりものすごくあっけない形で幕を閉じてしまった。
 あれほどに膨れ上がった全てのものが、彼のちょっとした不注意によって無となった。
 あらゆるものが力を失い、悪の組織はただの着ぐるみへ、戦士の証はただのおもちゃへ、そして脈打つ要塞はただのセットに戻っていく。
 後にはただ、達成感も何もないまま、長い長い沈黙が降りてきた。

「一件落着、なのかしら……」
 
 ポツリと宙に浮くシュラインの言葉。



 瓦礫とスクラップと再起不能な着ぐるみが散乱する撮影現場に、現実の世界が戻ってきた。
 夕日がやけに眩しかった。
 正義の味方たちが立ち去るその後姿をただただ見つめる現場の熱い男達。
 なぜか実体化したまま元に戻らず倉庫を跨いだ状態の巨大ロボットが、なんだかひどく切なげに佇んでいる姿が視界の端に映っているが、とりあえず誰もが見てみぬ振りをする。


 後日、あの混乱の最中にも延々と回され続けていたカメラを渋谷経由で関乃から受け取った製作スタッフは、あの手この手を使ってそれはそれはステキに編集し、資金繰りのために有効活用したという。




END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【1323/鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)/男/32/あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】
【1799/水上・水晶(みなかみ・あきら)/男/1/水上巧の飼いウサギ】
【1873/藤井・百合枝(ふじい・ゆりえ)/女/25/派遣社員】
【1885/関乃・孫六(せきの・まごろく)/男/483/殺陣師】

【NPC/渋谷・和樹(しぶや・かずき)/男/24/映画会社スタッフ】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、こんにちは。特撮をこよなく愛し、日曜朝7時30分から8時30分を人生の潤いとする駆け出しライター・高槻ひかるです☆
 この度は悪ノリ企画…もとい、当依頼にご参加くださり誠に有難うございます!
 大変大っっ変お待たせいたしました!期限ギリギリの本日、『空想科学なぼくら』をお届けいたします。
 さて、普段私が書いているものとはかなり違うノリの今回。参考までに数値でみてみますと、大体『145度程度の急スピン進路変更(当社比)』な勢いです。
 ちなみに目指したのは『どたばたギャグ風な感じ(やや消極的)』です。
 初めての挑戦にかなりドキドキしているのですが、少しでも笑っていただければ幸いです。
 
 なお、今回のシナリオに分岐はありません。


<シュライン・エマPL様
 5度目のご参加、有難うございます!いつもお世話になっております。
 今回もステキなツッコミ属性として、理知的な司令役とともに、レッドの証を腕に力一杯戦っていただきました。
 なんでもありな空想科学の世界で常識人として苦悩する感じが出ていればよいのですが。

 それではまた、別の事件でお会いできますように。