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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


狂いし王の遺言 =序=

■シュライン・エマ編【オープニング】

「――どうかこの事件を、捜査して下さいませんか?」
 草間興信所にやってきた男が差し出したのは、今日の朝刊の切り抜きだった。
「『人気書評家の三清・鳥栖氏(56) 自宅の階段で転落死』?」
 何の変哲もない事故。これは事件ではない。
 煙草を灰皿に押し付けて、武彦は訪問者の真意を問う。
「この事故が、どうかしましたか?」
「私はこの家で働いている者です」
「!」
「私にはこれが、事故とは思えないのですよ」
 奇里(きり)と名乗ったその男の話によると、その家が建てられたのは亡くなった鳥栖が生まれる前なのだという。そして鳥栖はこの56年間、その階段で転んだり落ちたりしたことはなかったそうな。
「それなのに突然こんな事故が……明らかにおかしいでしょう?」
「歳のせいだとは考えられませんか?」
「歳だからこそ、しっかりと手すりを利用していらっしゃいました。それでどうして落ちるんですか」
「………………」
 奇里の言うことが本当なら、確かに少し臭う。
 武彦は完全に煙草の火を消してから。
「いいでしょう。何人か調査に向かわせます。ただし本当に事故であった可能性もありますから」
「わかっています。でも私は、最初から事故と決めつけている警察の捜査には不満なのです。どうか、よろしくお願いします」



■追加情報【『鑑賞城』の住人】

三清・鳥栖(さんきょう・とりす)……当主。56歳。書評家。死亡。
三清・石生(さんきょう・いそ)……鳥栖の妻。53歳。主婦。
三清・白鳥(さんきょう・しらとり)……長女。25歳。OL。
三清・強久(さんきょう・じいく)……長男。24歳。無職。
三清・絵瑠咲(さんきょう・えるざ)……次女。22歳。大学生。
三清・自由都(さんきょう・ふりーと)……次男。20歳。大学生。
影山・中世(かげやま・ちゅうせい)……家政夫。60歳。
奇里(きり)……あんま師。年齢不詳。
松浦・洋(まつうら・よう)……庭師。26歳。



■事前調査【草間興信所内:応接コーナー】

 武彦さんの脇に控えて一緒に話を聞いていた私は、思わず呟いた。
「それってもしかしたら、自殺の可能性もあるわよね……」
「!?」
「シュライン……?」
「あ、ごめんなさい」
 黒い大きめのサングラスで瞳が隠されているものの、依頼人の驚いた表情は十分に読み取れた。私は小さく頭を下げる。
(だって気になったんだもの)
 鳥栖氏の死を、最初から”事故”と決めつけているという警察。そして最初から、”事件”と決めつけているように見える依頼人。
(どっちもどっちじゃないかしら)
 それにこれは、”事件”ではあるかもしれないけれど”他殺”とは限らないはずだ。しかし依頼人は明らかに、”他殺”と読んでいるふうに見えた。
(何か企んでるんじゃないでしょうねぇ)
 少しの疑いを持って、私は依頼人を見つめる。
 安いお給料でそれ以上の働きをしている自負のある私。できるだけ厄介事は避けたいものだ。
 私のそんな空気を読んだのか、武彦さんは苦笑しながら立ち上がった。
「では奇里さん、ここでそのまま少しお待ち下さい。今調査員たちを呼びますから」
「はい、お願いします」
「シュラインは奥へ」
「はーい」
 応接ソファに依頼人を残して、武彦さんのあとをついて奥の部屋へと向かう。
 依頼人に聞こえないようしっかりドアを閉めたのを確認してから、武彦さんは少し呆れたように告げた。
「嫌なら手伝わなくていいんだぞ? 何か引っかかるのか?」
 手には既に煙草が握られている。
「窓、開けてね」
 言いながら私は、口に運ばれたそれにライターで火をつけた。
 私はこのためだけにライターを携帯している。本当はあまり吸ってほしくはないのだが(やはり身体には悪いし)、日頃のヘビースモーカーぶりを嫌というほど見ているため、禁煙をすすめるのが憚られるのだった。
 武彦さんがおとなしく窓を開けたのを見て、私はやっと質問に答える。
「聞いちゃったからには手伝うわよ。だって気になるもの」
 それに鳥栖氏とは、まったく面識がないわけではない。翻訳の仕事をしている私は、一度だけ彼に会ったことがあるのだ。だから私も、真相を知りたいとは思う。
「ただ、あの人の言い方がねー」
 続けた私に、武彦さんは頷いた。
「確かに、警察(ひと)のことは言えないようだがな」
 感じていることは同じようだ。
「まぁその辺は、調べてみればわかるさ。興味を持ちそうなやつ何人かに声をかけてみよう」



 30分後。武彦さんの呼びかけに集まったのは私を抜いて3人。
 依頼人は先ほどと同じ応接ソファの片側に。武彦さんは自分のデスクにおさまっていて、私はその横に立っていた。
 依頼人の向かいのソファに座っているのは、少年と少女。そしてソファの隣には車椅子の青年が控えている。
「――さて、メンバーが揃ったところで紹介しよう。こちらが依頼人の奇里さんだ」
 武彦さんの紹介に、口元だけ微笑んだ奇里さんは軽く頭を下げた。長い黒髪が揺れる。
「そして奇里さん。こちらが今回調査を手伝ってくれるメンバーです。1人ずつ自己紹介を」
「あ、じゃあボクから!」
 張り切っていちばんに名乗りをあげたのは、少年。小柄だがこの金髪なら、人ごみの中に紛れてもすぐに見つけられるだろう。それほど明るい色をしていた。
「ボクは瀬川・蓮(せがわ・れん)っていうんだ♪ ヨロシクね」
 そんな髪とは対照的な、深い闇を称えた瞳で皆を見回す。
 次に口を開いたのは隣の少女――みなもちゃんだ。
「あたしは海原・みなも(うなばら・みなも)です。一生懸命頑張らせていただきますね!」
 みなもちゃんとは既に何度も顔を合わせている仲だ。いつもの制服姿に、青い髪がよく映えている。
(次は私かな?)
 車椅子の青年に視線を向けると、向こうもこちらを窺っていたのか目が合った。
(!)
 にっこりと微笑んで、彼から口を開く。
「私はセレスティ・カーニンガムといいます。よろしければセレスと呼んで下さい。よろしくお願い致します」
 銀の髪が軽く下げられた。ずいぶんと礼儀正しい性質(たち)のようだ。
 そして。
(ずいぶんキレイな人ねぇ)
 女の私でも、彼とはあまり並びたくない。――いや、むしろ女だからこそ?
 セレスさんは車椅子に乗ってはいるが、その手には杖が握られていた。よって完全に歩けないわけではないようだ。
(……と、私の番ね)
「私はシュライン・エマ。どうぞよろしく」

     ★

「――では奇里さん、詳しい話を聞かせていただきますね」
 武彦さんはたまっている自分の用事を片しに出て行ったので、依頼人の隣に座った私がこの場をリードしていく。
「はい。私が答えられることならば、何でもお答えします」
 奇里さんは神妙に頷いた。
「私からよろしいですか?」
 小さく手を上げたセレスさんに、私は頷く。
「奇里さんはこの記事のことを、事故ではなく事件とお考えだというお話ですが……」
 ”この記事の”のところで、視線はテーブル上の新聞を捉える。
「一体どうしてですか? 何か不審に思うことでも?」
「はい――シュラインさんは先ほどもお聞きになったでしょうが、私はどうしても信じられないのです。鳥栖さんが階段から”落ちる”なんて……あっ」
 答えた奇里さんのサングラスの下から、ポロリと何かが落ちた。
「すみません、何度も話していると感情的になってしまって……」
 奇里さんは素早くハンカチを取り出すと、サングラスを少し浮かせて目を抑える。
(そっか……)
 鳥栖さんが亡くなったのは昨日の朝のこと。やっと今それからたった1日ほどが、過ぎたくらいなのだ。
(まだ、感覚が麻痺してるのね)
 奇里さんを疑ってはいたが、こういう場面を見ると納得してしまう。
「――三清・鳥栖氏は56歳。そして56年間、一度もその階段で転んだり落ちたりしたことはなかったそうよ。そして足腰が弱くなってからは必ず手すりを利用していた」
 涙で言葉を継げなくなった奇里さんの代わりに、私が説明する。それを聞いた皆は一同に唸っていた。
「……ねぇ、ホントにそれだけなの? オジサンなんか隠してない?」
 その唸りの理由をあっさり口にしたのは蓮くんだ。
(オジサン……)
 奇里さんの歳は聞いていないが、おそらくまだ20代だろう。オジサンと呼ぶには早すぎるように思えた(まぁ蓮くんくらいの歳の子から見たら20代も後半なればオジサンか……)。
 言われた奇里さんは気にするふうもなく、ハンカチを膝の上に置くと。
「さすが、興信所の調査員ですね。隠しているというか、あまり口にしたくないことは、あります」
 どこか諦めたような口調だった。
「それは……?」
 みなもちゃんの合いの手に、決心するように頷く。
「たとえ事件がいつどんな形で起きたとしても。三清家の者には、誰一人としてアリバイがないのです」
 それはとてもわかりにくい言い回しだった。
「どういう意味ですか?」
「皆さん極度の干渉嫌いなのですよ。常にそれぞれの部屋にこもった生活を続けているのです。だから――」
(全員が容疑者となる)
 そういうことなのね。
「こんなことを訊ねるのは失礼と承知でお訊きしますが、自殺という可能性はないのですか?」
 折りたたんだ杖を手の上でもてあそびながら、口にしたのはセレスさんだ。
「新聞にも書いてありますが、遺書が見つからなかったのです。それに自殺にしては、方法が不確実すぎると。だからこそ警察は事故として捜査しているのですよ」
 それでも可能性は、すべて否定されたわけではないと思う。
「亡くなる前の体調はどうかしら? 何か変わったことを口にしていませんでした?」
 私が詳しく問うと、奇里さんは俯いて首を振った。
「――わかりません。三清の皆さんとは、一日中顔を合わせないことの方が多いのです。逆に言えば、顔を合わせる必要がなかったことこそ、普段どおりと言えます」
「ナルホドね」
 半ば呆れて、私は頷いた。
 眉間に皺をよせて何かを考えていたみなもちゃんが口を開く。
「『三清の皆さんとは』ってことは、三清の方以外とは顔を合わせているんですか?」
「ええ。といっても、私以外に2人しかおりませんが。家政夫の影山・中世さんと、庭師の松浦・洋さんとは毎日お会いしていますよ」



「ねぇ、ちょっと訊いてもいーい?」
 会話が途切れたのを見計らって、蓮くんが声を挟んだ。
「なんでしょう?」
 奇里さんは何を訊かれるのかまったく予想できなかったようで、軽く首を傾げる。
「新聞にね、三清家の人たちの名前が載ってるじゃない? ボク凄く気になってたんだ。『”トリス”タンと”イゾ”ルデ』に『”ジーク””フリート”』。”エルザ”は『ローエングリン』のヒロインの名前だよね? 『白鳥』は……」
「――『白鳥』も『ローエングリン』からですよ。『ローエングリン』は、白鳥(はくちょう)の曳くゴンドラに乗ってやってきた聖杯の騎士・ローエングリンが、弟殺しの嫌疑をかけられたエルザ姫を救うお話ですから」
 スラスラと、奇里さんは応えた。きっとよく訊かれることなのだろう。
「ずいぶんと凝ったお名前ですよね。どなたが考えたんですか?」
 感心しながら問ったみなもちゃんに、苦笑して奇里さんは。
「凝っているというよりも、”無理やり”で”やりすぎ”なカンジですけどね。皆さんの名前をつけたのは、10年前に亡くなった前当主のルート様です。三清家にお嫁に入った石生さんはもちろん偶然ですが」
「ではその方は鳥栖氏の父親に当たる方なんですね。日本人ではないのですか?」
(あ、そういえばそうよね)
 響きがカタカナっぽい名前が多かったので聞き流していたが、普通に考えればセレスさんの疑問はもっともだった。――これにも漢字があったら面白いけれど。
 奇里さんは曖昧に頷いて。
「日本人とドイツ人のハーフなので、半分は日本人なのですけどね。生まれはドイツですが日本で育ったそうです」
 それでネーミングセンスがこんなふうになってしまったんだろうか。
「ルート様は若い頃、ご自分もこの名前でずいぶんと苦労なさったそうです。それでも息子や孫にこんな名前をつけたのは、きっと譲れないものがあったからだと思います」
 まるで私の考えを見透かしたように続けた奇里さん。私は思わず先を問う。
「それは?」
「――ルート様は、ルートヴィヒ2世がお好きだったのですよ」
「狂王といわれた、バイエルン王?」
 以前翻訳した本に、ちらりと出てきた覚えがあった。
「そうです。自分と同じ名前の入っているルートヴィヒ2世に興味を持ち、その生き様に共感を覚え、尊敬していました。それでルートヴィヒ2世が好きだったワーグナーのオペラから息子たちに名前をつけ、あんな酔狂な城を建てたのです」
「酔狂な――城?」
 皆の声がハモった。
「ええ。この現場ですよ。自宅は城の形をしているのです。周辺の人々は『鑑賞城』と呼んでいます」
「へぇ。観る物がいっぱいあるの?」
「いえ、そういう意味ではありませんが……行ってみればわかりますよ。現場の階段も見ていただきたいですし、これから案内させていただけませんか?」



■酔狂な城 酔狂な彼【鑑賞城:応接間】

 それは確かに、”酔狂な”城だった。
(ルート氏を尊敬しているような口振りの奇里さんでさえ)
 そんな言葉を選んだ理由がよくわかった。
 外観は、嫌というほど鑑賞に適した城。
 美しい白壁。あえてシンメトリーに逆らった構造。まさしく中世ヨーロッパを思わせるゴージャスで大胆な城。
 ”お城”の代名詞ともいえる、かの有名なノイシュヴァンシュタインのミニチュアだ。
 そしてその本物を”酔狂に”建てたのは、くだんのルートヴィヒ2世だという。話はここで繋がっている。
 しかし本当の意味で酔狂なのは、ルート氏がそのミニチュアを建てたことではない――。



 広い応接間に通された私たちは、ふかふかのソファに腰かけてキョロキョロと部屋を見回していた。
(何故なら――)
「凄いですねこれは……」
「凄いというか――”酔狂”って言葉がホントぴったりだよ。『鑑賞城』ってこういう意味だったんだ」
「外側を鑑賞するためだけの城、ですね」
 みなもちゃん、蓮くん、セレスさんと続いた言葉に、私も続けた。
「でも信じられないわ……なんで内側はこんなに”普通”なの?!」
 そこは”ただの”応接間だったのだ。
 外観から想像した城の内側とはまったく違う。内側は”民家”でしかなかった。ちょっと上等のソファがあり、窓の位置がやけに低い民家。その一室。
「驚いたでしょう? 内側まで真似する資金がなかったわけではないと聞いておりますけれど……ルート様が何を思ってこんなふうになさったのか、誰にもわからないのですよ」
 お盆を持って応接間へと入ってきた奇里さんは、最初から苦笑していた。
「窓の位置が低いのはどうしてです?」
 気になっていたことを問うと。
「ああ、それは――このお城がノイシュヴァンシュタインの外観を忠実に再現したものだということはおわかりですよね? だからこそ外側と内側では基本的なサイズが違うのですよ」
 運んできた飲み物をテーブルの上に移しながら、奇里さんは説明をしてくれたが。
「んー? それってつまりどういうこと?」
 蓮くんが詳しきを問う。確かにそれはわかりにくかった。
 奇里さんはすべての飲み物を配り終わると、ソファの空いている場所に腰かける。
「例を出しましょうか。たとえば各階に窓のある3階建ての家をそのまま縮小して、2階建ての家と同じ高さにします。するとサイズは2階建てと同じですが、窓の数は3つのままですよね?」
「うん」
「その家の内側に、普通に2階建ての家を建てるとします。すると内側の窓は2つなのに外は3つで、その位置もずれるわけです」
「あ、そっか」
「このお城も同じことで、お城の中に普通の家を建てたようなものなのですよ。ただし内側の壁の窓は、外側の壁の窓と同じ位置にしてあるのです。だからこそずれているのですが、中には足元にあったり危ない場所もありますから、基本的にはどの窓もはめ込み式で開かないようになっています」
(こんなに窓があるのに)
 開かないというのか。
 なんだかそれだけで息の詰まりそうな話だ。
「――もっとも、窓を開けることができたとしても、誰も開けないだろうがな」
「!」
 不意に割りこんできた声に、皆の視線が動く。部屋の入り口一点に集中する。
 そこには、初老の男性が立っていた。
「影山さん……」
 呼んだのは奇里さん。
(この人が影山・中世?)
 歳は確か60――60歳にしては背が高くスラリとしていて、ダンディなオジサマといった感じだ。
「やっと警官やら刑事やらが帰ったと思ったら、今度は女・子供か? 何を考えているんだ奇里」
 こちらへ近づきながら発せられる言葉は、優しそうな瞳とは裏腹に多分の毒を含んでいた。
 奇里さんはサッと立ち上がると。
「すみません。しかし、私は昨日のことが事故だとはまったく思っていないのです。それは影山さんも同じなのではありませんか?」
「むぅ……」
 言葉に詰まった影山さんは私たちの近くまでくると、値踏みをするかのように私たちをじろじろと見回した。
「……この人たちが、真相を明らかにしてくれると?」
「私は信頼しています」
 奇里さんは影山さんを真っ直ぐに見つめて、きっぱりと言い切る。
(その言葉は)
 彼自身真実を知りたいがためにもたらされたものかもしれない。
 そんな奇里さんの様子に面を食らったような顔をした影山さんは、何も言わずに回れ右をして、ドアの方へ引き返していった。
「影山さん?!」
 姿が消える直前に振り返り。
「まだ仕事が残っているんだ。片してからまた来よう。それまで階段でも見ているといい」
「!」
 どうやら”お許し”が出たようだ。
 そのまま部屋を出て行こうとした影山さんだったが、ふと足をとめて再びこちらを見る。
「――そうだ、奇里。朝から客が2人来ているんだ。なんでも鳥栖の”友人”らしい。どこまで親しかったのかは知らないがな。会ったらとりあえず挨拶をしておいてくれ。……家族の代わりにな」
「……わかりました」
(鳥栖氏の友人が2人――ねぇ)
 それはぜひとも会って話を聞きたいものだ。奇里さんも知らなかった鳥栖氏の近頃の様子が知れるかもしれない。
「では階段の方へ行きましょう。今日はもう警察の方も帰ってしまわれたようですから。そこで昨日のことについて詳しく説明しますよ」
 立ち上がったままの奇里さんは、そう告げて私たちを促した。



■横たわるキョウキ【鑑賞城:大階段】

 廊下に出ると、玄関からまっすぐ丸見えだった不思議な壁に向かって歩く。
「あのこちら側に傾いた壁は何なんですか?」
 みなもちゃんの問いに、奇里さんは予想外の言葉を返した。
「あれが階段ですよ」
「えっ」
「階段をのぼっている姿が玄関から丸見えになるのが嫌で、逆の向きに造ったのだそうです」
「――面白いですね」
 セレスさんはそんな言葉を選んだ。本当はこれも”酔狂”だと、言いたかったかもしれない。
 斜めの壁をぐるりと回りこむ。
「!?」
 それは言われたとおり確かに階段であったのだが、予想とは遥かにかけ離れていた。
「なんて長い階段なの……?!」
 階段が続いているのは1階分だけではない。3階までの階段が真っ直ぐに続いていたのだ。そして天井は吹き抜けになっている。
「なんかココだけお城っぽいね」
 立派な手すりに触れながら、蓮くんが呟く。
(ホント、シンデレラでもおりてきそうよ……)
 足元には当然乾いた血だまりが残っていたが、そちらは覚悟をしていた分誰も驚いたり取り乱したりはしなかった。
「――あれ? シュライン?」
「!」
 上から降ってきた聞き憶えのある声。顔をさらに上げると、3階の吹き抜け――階段とは逆側だ――から戒那さんが顔を出しているのが見えた。
「戒那さん? ……あっ、お客さんって戒那さんのことだったの?」
 影山さんの言葉を思い出す。
「まぁね。そっちは? みなもくんもいるってことは、調査を頼まれたのか」
 戒那さんは階段の方に回りこむと、ゆっくりとその足を進めた。その後ろからもう1人ついてくる。
(そういえば2人だって、言ってたわね)
 しかし一緒にいる人物に見覚えはない。
「奇里さん。こちら心理学者の羽柴・戒那(はしば・かいな)さんです」
 血の跡をよけながら階段をおりきった戒那さんを、私は紹介した。もちろん奇里さんにだけでなく全員に紹介したのだが、奇里さんの名を呼ぶことで戒那さんにも奇里さんを紹介したのだ。
「ああ、キミがあんま師の奇里くんか」
 案の定戒那さんは存在だけ知っていたようだ。
 その戒那さんの言葉に、セレスさんが驚いた声をあげる。
「あんま師? ではもしかして……」
 そこで言葉を切った。
 奇里さんの職業は確かに意外で驚いたが、セレスさんが何を続けようとしているのかはまったくわからない。
「どうしたんですか? セレスさん」
 不思議そうに首を傾げるみなもちゃん。
 セレスさんは「はっ」と思いたったように続けた。
「いえ――あとでいいです。今は先に、事件の話を聞きましょう」
「その前に、私の紹介をしてもらえないかな」
 そう続けたのは戒那さんと一緒にいた男性だ。
「お、忘れてた」
「戒那くーん……」
 やけに線の細い男性で、戒那さんよりもむしろ女性的な雰囲気がある。戒那さんが黒いスーツをカッコよく着こなしているから、余計にそれが際立っていた。
「こちら、フリーライターの水守・未散(みずもり・みちる)くんだ」
(ああ、この人が)
 名前は聞いたことがあった。
 戒那さんは続ける。
「彼は鳥栖氏とは昔馴染みでね。俺も彼を通して鳥栖氏と会ったことがあるんだ。それでお悔やみの言葉でも、と思ってきたわけだが……」 
「それはそれは、ありがとうございます。しかし驚きましたでしょう? ルート様がお決めになったしきたりで、葬儀などは一切行わないことになっているのですよ」
(どうりで)
 昨日人が亡くなったというのに、黒いものなど何一つない。おかしいのは時折やってくる警官だけで、他はこの城にとっての日常なのだろう。
「そういえば、ルートさんが亡くなった時鳥栖さんは何もしなかったな。そういうことだったのかー」
「水守くーん……」
 先ほどとは逆に、今度は戒那さんが脱力した声をあげた。水守さんは頭を掻きながら。
「いやぁ、すまないすまない。そうとわかっていたら無理に来ることもなかったね」
「ま、皆がいるってことは何かありそうな感じだから、かえって来てよかったのかもしれないがな」
 戒那さんはにやりと笑った。



「この場所で、鳥栖さんが影山さんに発見されたのは昨日の朝9時頃のこと。死因は頭部を強打したことによる頭蓋内損傷で、全身には無数の骨折と打撲傷があったそうです。死亡推定時刻は午前7時から8時。
 階段には見てのとおり血痕がありますから、上から落ちたことは疑う余地もありません。
 警察は、鳥栖さんから睡眠薬などの痕跡が見られなかったことと、遺書が見つからないこと、そして自殺としては不確実な方法であることから、これは他殺や自殺ではなく、鳥栖さんが階段で足を滑らせた事故の可能性が高いと判断したのです」
 遺体の跡の残る絨毯を皆で囲って、奇里さんの話を聞いていた。
(そう聞くと……)
 やはり警察の判断が正しいように思えてくるけれど。
「でもキミは、それが信じられない?」
 戒那さんが問いかけた言葉に、奇里さんは頷いた。
「認めたくないのです、事故なんて理不尽なものは。そんなものよりなら、自殺の方がまだマシですよ」
(……?)
 事故で何か辛い思いでもしたのだろうか。奇里さんの言葉にはどこか怒りが混じっていた。
「――おい! いつまで”階段端会議”しているつもりだ。こちらは準備ができたぞ」
 不意に聞こえたのは影山さんの声だ。きっと応接間の前から呼んでいるのだろう。
「今戻ります!」
 奇里さんが大声で応え、私たちはぞろぞろと応接間へと戻った。

     ★

 私は何度も階段をのぼりおりしながら、影山さんの証言を思い返していた。
 影山さんが階段下で亡くなっている鳥栖氏を発見した時、玄関のドアは確かにしっかりと施錠されていたという。しかも内側から南京錠で、だ。それは外側から開けることは不可能で、なおかつ城の窓はどれもはめ込み式だということを考えると、この城は完全な密室――いえ、”密城”だったということになる。
 毎夜施錠するのは影山さんの役目で。朝は9時頃に影山さんか庭師の松浦さん、どちらか早い方が開けるそうだ。昨日はたまたま影山さんの方が早かったから、影山さんが死体を発見するはめになった。
 ちなみに鍵の場所はすべての住人が知っているということだから、もしこれが本当に奇里さんの望むように殺人事件であったならば。容疑者の範囲は住人以外にも広がる。共犯の可能性があるからだ。
(でも、なんかねぇ……)
 私には、やっぱり他殺説の方が無理のあるように感じられる。言い方は悪いけれど、殺すなら他にいくらでも方法があると思うからだ。
(ましてや)
 こんな時ですら、自分の部屋から出てこない三清たち。部屋の中で殺して部屋の中に放置しておいたとしても、きっと長いこと気づかれないんじゃないかって思ってしまう。
 ――そう。今日は三清という姓を持つ人物の誰とも会うことができなかった。呼んでも呼んでも部屋から出てこないのだ。それは私たちに対してだけではなく、警察に対してもそうなのだというから驚きだ。
 ちなみに庭師の松浦さんは、今日は実家へ帰って休んでいるらしい。昨日はひたすら警察やマスコミの対応に追われていた彼は、住み込みのアルバイトという立場だそうだ。つまり奇里さんや影山さんほど三清家の人間と関わりがないのだった。
 奇里さんと影山さんはともに、もともと鳥栖氏ではなくルート氏に仕えていたのだそうだ。ルート氏が亡くなってからは、鳥栖氏に仕えているというよりもこの城に仕えているような立場だと、影山さんは笑って話してくれた。
「だからと言って哀しくないわけではない」
 と。
 影山さんの話をひととおり聞き終えた私たちは、その後皆で鳥栖氏の部屋へ入ってみた。
 立派なパソコンがフルセット置いてある以外は、本、本、本。本の山だ。鳥栖氏はその部屋で本を注文し、その部屋でそれを読み、その部屋で書評を書き、パソコンを使って納品していたのだろう。その部屋から一歩も出ることなく仕事していたのだ。
 部屋にはトイレもバスもあり、壁には完全防音加工が施されているという。最早その徹底振りには呆れるしかなかった。
 私は本棚にも目を通してみたが、蔵書のジャンル幅があまりにも広すぎてどれに注目していいのかわからない。
(悪評はほとんど聞かなかったのにね)
 つまり鳥栖氏はすべてのジャンルにおいて、そのジャンルのプロたちを黙らせるような素晴らしい書評を書いていたということだ。
(そりゃあ人気が出るはずだわ)
 結局何の情報も得られず鳥栖氏の部屋をあとにした私たちは、影山さんにお昼をご馳走になった後。午後はバラバラにそれぞれ気になることや場所を捜査してみようということになった。タイムリミットを気にしなくてもいいように、気がすんだら帰っていいことになっている。報告は明日各自で。
 ――そんなわけで、私はこうして階段を調べているのだった。
(階段に何か仕掛けがあるんじゃないかしら?)
 そんなことを考えて。
(だって名前には、意味があったもの)
 そしてこの城にも意味があった。
 ルートヴィヒ2世を尊敬しているから、彼が好きなワーグナーのオペラから名前を取り、彼が建てた城と同じ外観の城を建てた。
(じゃあこの、階段は……?)
 この建物の中にあって、これだけが異質。普通の民家には大よそ存在しないもの。不思議な存在感を放つ、巨大なキョウキ。
 だからこそ思う。
(この階段にも、きっと何か意味があるのよ)
 この階段でなければならなかった理由が。
 そんなことを考えながら、私は何度も広範囲を歩き回って、どこかおかしな音がする場所がないかどうか調べてみた。耳には自信があったから。
 しかし歩いても歩いても響くのは同じ音ばかりで、私はやがて諦めざるを得なくなる。
 3階近くの段差に腰掛け、点々と残る血の跡を眺めた。
(ここを転がり落ちた……)
 無意識にその状況を想像してしまい、少し気持ち悪くなった。
 ため息をひとつ、ついて呟く。
「――帰ろ」
 帰って、今日得た情報を整理してみよう。
(明日のために)
 そう思って玄関に向かい歩き始めた私は、玄関の所で戒那さんと水守さんに会った。戒那さんは得意のサイコメトリーで南京錠を調べていたのだ。
「とりあえず他人が入った形跡のないことは、わかったよ」
 その答えに、納得する。
「じゃあやっぱり、原因は内側にしかないのね」
(家族か、使用人か――階段か)
 どれかしかあり得ない。
(それがわかっただけでも、収穫だわ)
 さぁ、帰って情報をまとめよう。
「私、先に帰るわね。報告は明日各自でって話だから」
「ああ、わかってる」
 神妙に頷いた戒那さんが、ふと心配になった。
「――戒那さん。階段だけは、やめた方がいいわ」
「だが……」
 いずれやらねばならないのは、わかっている。
(でも――)
 想像だけでもこんなに嫌な気分になるのに、実際のそれを見たら……いくら戒那さんでも、耐えられないかもしれない。そんな思いはさせたくない。
「まだだめよ。それは最後の手段だわ。……時間はいくらでもあるんだもの、ゆっくり行きましょう?」
(――そう)
 私たちにタイムリミットはないのだから。



 そう思っていた私が翌日大きく裏切られることを、その時の私はまだ知らなかった……。

■終【狂いし王の遺言 =序=】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

整理番号|PC名         |性別|年齢
  職業|
  0086|シュライン・エマ    |女 |26
    |翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
  1790|瀬川・蓮        |男 |13
    |ストリートキッド(デビルサモナー)
  1252|海原・みなも      |女 |13
    |中学生
  0121|羽柴・戒那       |女 |35
    |大学助教授
  1883|セレスティ・カーニンガム|男 |725
    |財閥総帥・占い師・水霊使い
※NPC:水守・未散(フリーライター。実は超絶若作り(?)の56歳)



■ライター通信【伊塚和水より】

 この度は≪狂いし王の遺言 =序=≫へのご参加ありがとうございました。
 おかげさまで無事1日目の調査を終えることができました。重ねて、ありがとうございます^^
 今回の調査でそれぞれのPC様が入手した情報は、各ノベルを見ていただくか、次回オープニングで確認することができます。物語をより深く楽しんでいただけると思いますので、よろしければご覧下さいませ。
 さてシュライン・エマ様。草間さんの代わりに仕切っていただきありがとうございます(笑)。亡くなったのが書評家ということで、今回は翻訳家なシュラインさんを中心に書いてみました。今後もう少ししっかり能力を発揮できればいいなと思っておりますので、どうぞご期待下さいまし!
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝