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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


狂いし王の遺言 =序=

■海原・みなも編【オープニング】

「――どうかこの事件を、捜査して下さいませんか?」
 草間興信所にやってきた男が差し出したのは、今日の朝刊の切り抜きだった。
「『人気書評家の三清・鳥栖氏(56) 自宅の階段で転落死』?」
 何の変哲もない事故。これは事件ではない。
 煙草を灰皿に押し付けて、武彦は訪問者の真意を問う。
「この事故が、どうかしましたか?」
「私はこの家で働いている者です」
「!」
「私にはこれが、事故とは思えないのですよ」
 奇里(きり)と名乗ったその男の話によると、その家が建てられたのは亡くなった鳥栖が生まれる前なのだという。そして鳥栖はこの56年間、その階段で転んだり落ちたりしたことはなかったそうな。
「それなのに突然こんな事故が……明らかにおかしいでしょう?」
「歳のせいだとは考えられませんか?」
「歳だからこそ、しっかりと手すりを利用していらっしゃいました。それでどうして落ちるんですか」
「………………」
 奇里の言うことが本当なら、確かに少し臭う。
 武彦は完全に煙草の火を消してから。
「いいでしょう。何人か調査に向かわせます。ただし本当に事故であった可能性もありますから」
「わかっています。でも私は、最初から事故と決めつけている警察の捜査には不満なのです。どうか、よろしくお願いします」



■追加情報【『鑑賞城』の住人】

三清・鳥栖(さんきょう・とりす)……当主。56歳。書評家。死亡。
三清・石生(さんきょう・いそ)……鳥栖の妻。53歳。主婦。
三清・白鳥(さんきょう・しらとり)……長女。25歳。OL。
三清・強久(さんきょう・じいく)……長男。24歳。無職。
三清・絵瑠咲(さんきょう・えるざ)……次女。22歳。大学生。
三清・自由都(さんきょう・ふりーと)……次男。20歳。大学生。
影山・中世(かげやま・ちゅうせい)……家政夫。60歳。
奇里(きり)……あんま師。年齢不詳。
松浦・洋(まつうら・よう)……庭師。26歳。



■事前調査【草間興信所内:応接コーナー】

 いつものように草間さんに呼び出されて、あたしは草間興信所へやってきた。
(今回は”事故”の調査かぁ)
 その記事はあたしも読んで知っていた。特に疑問に思うところはなかったのだけれど、事故を認めたくないという依頼人さんの気持ちもわかるので、とりあえずは気のすむまで協力することにする。
 向かいのソファに座っている依頼人さんをチラリと見ると、何故かサングラスの向こう側と目が合ったような気がした。
「――さて、メンバーが揃ったところで紹介しよう。こちらが依頼人の奇里さんだ」
 自分のデスクにおさまっている草間さんが、依頼人――奇里さんを紹介する。奇里さんは口元だけで微笑み、小さく頭を下げた。
「そして奇里さん。こちらが今回調査を手伝ってくれるメンバーです。1人ずつ自己紹介を」
「あ、じゃあボクから!」
 張り切っていちばんに名乗りをあげたのは、あたしの隣に座っている男の子。あたしより小柄だけれど、きっと歳は同じくらいだろう。髪はキレイな金色をしていた。
「ボクは瀬川・蓮(せがわ・れん)っていうんだ♪ ヨロシクね」
 しかしそんな髪とは対照的な、深い闇を称えた瞳で皆を見回す。
 何となく同じソファに座っているあたしに視線が集まったような気がしたので、次はあたしが口を開いた。
「あたしは海原・みなもです。一生懸命頑張らせていただきますね!」
 その次は、ソファの隣に車椅子で座っている男性。
「私はセレスティ・カーニンガムといいます。よろしければセレスと呼んで下さい。よろしくお願い致します」
 にっこりと微笑む。
(男性だけど、ずいぶんキレイな人だな〜)
 銀の髪も青い瞳も。
 何故だかわからないけれど、酷く人を惹きつける要素を持っている。
 最後に、草間さんの隣に立っていたシュラインさんが挨拶をした。
「私はシュライン・エマ。どうぞよろしく」

     ★

「――では奇里さん、詳しい話を聞かせていただきますね」
 草間さんは自分の用事がたまっていると言って出て行ってしまったので、奇里さんの隣に座ったシュラインさんがこの場をリードしていく。
「はい。私が答えられることならば、何でもお答えします」
 奇里さんは神妙に頷いた。
「私からよろしいですか?」
 小さく手を上げたセレスさんに、皆で頷く。
「奇里さんはこの記事のことを、事故ではなく事件とお考えだというお話ですが……」
 ”この記事の”のところで、視線はテーブル上の新聞に注がれていた。
「一体どうしてですか? 何か不審に思うことでも?」
「はい――シュラインさんは先ほどもお聞きになったでしょうが、私はどうしても信じられないのです。鳥栖さんが階段から”落ちる”なんて……あっ」
 答えた奇里さんのサングラスの下から、ポロリと何かが落ちた。
「すみません、何度も話していると感情的になってしまって……」
 奇里さんは素早くハンカチを取り出すと、サングラスを少し浮かせて目を抑える。
(なんだか可哀相……)
 あまりにも突然過ぎた鳥栖さんの死。
 奇里さんはまだ、感情が追いついていないのかもしれない。
 そんな奇里さんの代わりに、事前に話を聞いていたらしいシュラインさんが説明してくれる。
「――三清・鳥栖氏は56歳。そして56年間、一度もその階段で転んだり落ちたりしたことはなかったそうよ。そして足腰が弱くなってからは必ず手すりを利用していた」
(うーん)
 その説明に、思わず皆唸る。
(奇里さんの気持ちはわかる)
 わかるのだけど、それでは理由が足りない気がするのだ。
「……ねぇ、ホントにそれだけなの? オジサンなんか隠してない?」
 その疑問を、あっさり口にしたのは蓮くん。
 すると奇里さんはハンカチを膝の上に置き。
「さすが、興信所の調査員ですね。隠しているというか、あまり口にしたくないことは、あります」
 それはどこか、諦めたような口調だった。
(あまり口にしたくないこと――)
「それは……?」
 あたしが先を訊ねると、奇里さんは何かを決心するように頷く。
「たとえ事件がいつどんな形で起きたとしても。三清家の者には、誰一人としてアリバイがないのです」
(?)
 よくわからない。
「どういう意味ですか?」
 さらに問ったあたしに、奇里さんは少し苦笑して。
「皆さん極度の干渉嫌いなのですよ。常にそれぞれの部屋にこもった生活を続けているのです。だから――」
(全員が容疑者となる?)
 それは確かに、言いにくいことだろう。これまで共に過ごしてきた人を、疑っているということなのだから。
「こんなことを訊ねるのは失礼と承知でお訊きしますが、自殺という可能性はないのですか?」
 折りたたんだ杖を手の上でもてあそびながら、口にしたのはセレスさんだ。
「新聞にも書いてありますが、遺書が見つからなかったのです。それに自殺にしては、方法が不確実すぎると。だからこそ警察は事故として捜査しているのですよ」
 奇里さんの答えに、それでもシュラインさんは可能性を問う。
「亡くなる前の体調はどうかしら? 何か変わったことを口にしていませんでした?」
 途端に奇里さんの表情がさらに曇った。
「――わかりません。三清の皆さんとは、一日中顔を合わせないことの方が多いのです。逆に言えば、顔を合わせる必要がなかったことこそ、普段どおりと言えます」
「ナルホドね」
 半ば呆れた声を出すシュラインさん。
(あれ……?)
 あたしは奇里さんの発言の中に、気になる言葉を見つけた。
「『三清の皆さんとは』ってことは、三清の方以外とは顔を合わせているんですか?」
 あえて断っているのが気になったのだ。
 すると奇里さんは頷き。
「ええ。といっても、私以外に2人しかおりませんが。家政夫の影山・中世さんと、庭師の松浦・洋さんとは毎日お会いしていますよ」



「ねぇ、ちょっと訊いてもいーい?」
 会話が途切れたのを見計らって、蓮くんが声を挟んだ。
「なんでしょう?」
 奇里さんは何を訊かれるのかまったく予想できなかったようで、軽く首を傾げる。
「新聞にね、三清家の人たちの名前が載ってるじゃない? ボク凄く気になってたんだ。『”トリス”タンと”イゾ”ルデ』に『”ジーク””フリート”』。”エルザ”は『ローエングリン』のヒロインの名前だよね? 『白鳥』は……」
「――『白鳥』も『ローエングリン』からですよ。『ローエングリン』は、白鳥(はくちょう)の曳くゴンドラに乗ってやってきた聖杯の騎士・ローエングリンが、弟殺しの嫌疑をかけられたエルザ姫を救うお話ですから」
(わぁ……)
 変わった名前だとは思っていたけれど、そんな元ネタがあったなんて。
 名前の真実と、そしてそれに気づいた蓮くんに感心しながらあたしは問う。
「ずいぶんと凝ったお名前ですよね。どなたが考えたんですか?」
 すると奇里さんは何故か苦笑して。
「凝っているというよりも、”無理やり”で”やりすぎ”なカンジですけどね。皆さんの名前をつけたのは、10年前に亡くなった前当主のルート様です。三清家にお嫁に入った石生さんはもちろん偶然ですが」
「ではその方は鳥栖氏の父親に当たる方なんですね。日本人ではないのですか?」
 セレスさんのその問いには、曖昧に頷いて。
「日本人とドイツ人のハーフなので、半分は日本人なのですけどね。生まれはドイツですが日本で育ったそうです」
(だからこんな名前をつけたの?)
 ドイツを忘れないように?
「ルート様は若い頃、ご自分もこの名前でずいぶんと苦労なさったそうです。それでも息子や孫にこんな名前をつけたのは、きっと譲れないものがあったからだと思います」
「それは?」
 すぐに先を問うシュラインさん。やはり皆名前のことが気になっていたのだ。
 奇里さんはゆっくりと息を吸い、少し意外な答えを告げた。
「――ルート様は、ルートヴィヒ2世がお好きだったのですよ」
「狂王といわれた、バイエルン王?」
 あたしも少しだけ知っている。確かドイツにある有名なお城を建てた人だ。
 奇里さんは頷き。
「そうです。自分と同じ名前の入っているルートヴィヒ2世に興味を持ち、その生き様に共感を覚え、尊敬していました。それでルートヴィヒ2世が好きだったワーグナーのオペラから息子たちに名前をつけ、あんな酔狂な城を建てたのです」
「酔狂な――城?」
 皆の声がハモった。
「ええ。この現場ですよ。自宅は城の形をしているのです。周辺の人々は『鑑賞城』と呼んでいます」
「へぇ。観る物がいっぱいあるの?」
「いえ、そういう意味ではありませんが……行ってみればわかりますよ。現場の階段も見ていただきたいですし、これから案内させていただけませんか?」



■酔狂な城 酔狂な彼【鑑賞城:応接間】

 それは確かに、”酔狂な”城だった。
(ルートさんを尊敬しているような口振りの奇里さんでさえ)
 そんな言葉を選んだ理由がよくわかった。
 外観は、嫌というほど鑑賞に適した城。
 美しい白壁。あえてシンメトリーに逆らった構造。まさしく中世ヨーロッパを思わせるゴージャスで大胆な城。
 あたしが知っていた”あの”お城の、ミニチュアだった。
 そしてその本物を”酔狂に”建てたのは、くだんのルートヴィヒ2世だという。話はここで繋がっている。
 しかし本当の意味で酔狂なのは、ルートさんがそのミニチュアを建てたことではない――。



 広い応接間に通されたあたしたちは、ふかふかのソファに腰かけてキョロキョロと部屋を見回していた。
「凄いですねこれは……」
 あたしは失礼と思いながらも、少しだけ呆れた声をあげる。それに応じるように、蓮くんが口を開いた。
「凄いというか――”酔狂”って言葉がホントぴったりだよ。『鑑賞城』ってこういう意味だったんだ」
「外側を鑑賞するためだけの城、ですね」
 セレスさんの言葉は、まさしくそのとおり。
「でも信じられないわ……なんで内側はこんなに”普通”なの?!」
 その理由を、シュラインさんが口にした。
(そう――)
 そこは”ただの”応接間だったのだ。
 外観から想像した城の内側とはまったく違う。内側は”民家”でしかなかった。ちょっと上等のソファがあり、窓の位置がやけに低い民家。その一室。
「驚いたでしょう? 内側まで真似する資金がなかったわけではないと聞いておりますけれど……ルート様が何を思ってこんなふうになさったのか、誰にもわからないのですよ」
 お盆を持って応接間へと入ってきた奇里さんは、最初から苦笑していた。
「窓の位置が低いのはどうしてです?」
 すかさずシュラインさんが問うと。
「ああ、それは――このお城がノイシュヴァンシュタインの外観を忠実に再現したものだということはおわかりですよね? だからこそ外側と内側では基本的なサイズが違うのですよ」
 運んできた飲み物をテーブルの上に移しながら、奇里さんは説明をしてくれたが。
「んー? それってつまりどういうこと?」
 蓮くんが詳しきを問う。確かにそれはわかりにくかった。
(実はあんまり説明が得意じゃないのかな?)
 さっきも回りくどい説明をしていたし。
 奇里さんはすべての飲み物を配り終わると、ソファの空いている場所に腰かける。
「例を出しましょうか。たとえば各階に窓のある3階建ての家をそのまま縮小して、2階建ての家と同じ高さにします。するとサイズは2階建てと同じですが、窓の数は3つのままですよね?」
「うん」
「その家の内側に、普通に2階建ての家を建てるとします。すると内側の窓は2つなのに外は3つで、その位置もずれるわけです」
「あ、そっか」
(うん、確かにそうなる)
 蓮くんと一緒に、あたしもちゃんと理解できた。
 奇里さんはさらに続ける。
「このお城も同じことで、お城の中に普通の家を建てたようなものなのですよ。ただし内側の壁の窓は、外側の壁の窓と同じ位置にしてあるのです。だからこそずれているのですが、中には足元にあったり危ない場所もありますから、基本的にはどの窓もはめ込み式で開かないようになっています」
(こんなに窓があるのに)
 どれも開かないなんて。
 なんだかそれだけで息の詰まりそうな話だった。
「――もっとも、窓を開けることができたとしても、誰も開けないだろうがな」
「!」
 不意に割りこんできた声に、皆の視線が動く。部屋の入り口一点に集中する。
 そこには、初老の男性が立っていた。
「影山さん……」
 呼んだのは奇里さん。
(この人が影山・中世さん?)
 歳は確か60――60歳にしては背が高くスラリとしていて、ダンディなオジサマといった感じだ。
「やっと警官やら刑事やらが帰ったと思ったら、今度は女・子供か? 何を考えているんだ奇里」
 こちらへ近づきながら発せられる言葉は、優しそうな瞳とは裏腹に多分の毒を含んでいた。
 奇里さんはサッと立ち上がると。
「すみません。しかし、私は昨日のことが事故だとはまったく思っていないのです。それは影山さんも同じなのではありませんか?」
「むぅ……」
 言葉に詰まった影山さんはあたしたちの近くまでくると、値踏みをするかのようにあたしたちをじろじろと見回した。
「……この人たちが、真相を明らかにしてくれると?」
「私は信頼しています」
 奇里さんは影山さんを真っ直ぐに見つめて、きっぱりと言い切る。
(その言葉は)
 奇里さん自身真実を知りたいがためにもたらされたものかもしれない。
 そんな奇里さんの様子に面を食らったような顔をした影山さんは、何も言わずに回れ右をして、ドアの方へ引き返していった。
「影山さん?!」
 姿が消える直前に振り返り。
「まだ仕事が残っているんだ。片してからまた来よう。それまで階段でも見ているといい」
「!」
 どうやら”お許し”が出たようだ。
 そのまま部屋を出て行こうとした影山さんだったけれど、ふと足をとめて再びこちらを見る。
「――そうだ、奇里。朝から客が2人来ているんだ。なんでも鳥栖の”友人”らしい。どこまで親しかったのかは知らないがな。会ったらとりあえず挨拶をしておいてくれ。……家族の代わりにな」
「……わかりました」
(鳥栖さんの友人?)
 もしかしたら何か知っているかも……。
 もし会えたら、話を聞いてみよう。
「では階段の方へ行きましょう。今日はもう警察の方も帰ってしまわれたようですから。そこで昨日のことについて詳しく説明しますよ」
 立ち上がったままの奇里さんは、そう告げてあたしたちを促した。



■横たわるキョウキ【鑑賞城:大階段】

 廊下に出ると、玄関からまっすぐ丸見えだった不思議な壁に向かって歩く。あたしはセレスさんの車椅子を押しながら、応接間に入る時にも気になっていたことを問った。
「あのこちら側に傾いた壁は何なんですか?」
 すると奇里さんは、予想外の言葉を返す。
「あれが階段ですよ」
「えっ」
「階段をのぼっている姿が玄関から丸見えになるのが嫌で、逆の向きに造ったのだそうです」
「――面白いですね」
 セレスさんがそんな感想をもらした。
(うん)
 確かに面白くはある。これも”酔狂”と、言えないこともないけど。
 あたしは何かを期待して、斜めの壁をぐるりと回りこんだ。
「!?」
 それは言われたとおり確かに階段だったのだけど、予想とは遥かにかけ離れ――ある意味期待は、叶えられていた。
「なんて長い階段なの……?!」
 シュラインさんの言葉は、きっとその瞬間の皆の感想を代弁している。
 階段が続いているのは、1階分だけではなかった。3階までの階段が真っ直ぐに続いていたのだ。そして天井は吹き抜けになっている。
「なんかココだけお城っぽいね」
 立派な手すりに触れながら、蓮くんが呟く。
(ホント、お城の”セット”みたい)
 足元には当然乾いた血だまりが残っていたが、そちらは覚悟をしていた分誰も驚いたり取り乱したりはしなかった。
「――あれ? シュライン?」
「!」
 不意に上から降ってきた聞き憶えのある声に、あたしも顔を上げる。すると、3階の吹き抜け――階段とは逆側だ――から戒那さんが顔を出しているのが見えた。
 呼ばれたシュラインさんが反応して。
「戒那さん? ……あっ、お客さんって戒那さんのことだったの?」
 あたしも影山さんの言葉を思い出した。
「まぁね。そっちは? みなもくんもいるってことは、調査を頼まれたのか」
 名前を出されて、ぺこりと首だけでお辞儀した。
 戒那さんは階段の方に回りこむと、ゆっくりとおりてくる。その後ろからもう1人。
(そういえば2人いるって言ってたな)
 しかし後ろの人はあたしの知らない人だ。
「奇里さん。こちら心理学者の羽柴・戒那(はしば・かいな)さんです」
 血の跡をよけながら階段をおりきった戒那さんを、シュラインさんが紹介した。
「ああ、キミがあんま師の奇里くんか」
 戒那さんは奇里さんの存在を知っていたようだ。その戒那さんの言葉に、セレスさんが驚いた声をあげる。
「あんま師? ではもしかして……」
 そこで言葉を切った。
 奇里さんの職業は確かに意外で驚いたけれど、セレスさんが何を続けようとしているのかはまったくわからない。
「どうしたんですか? セレスさん」
(あんま師がどうかしたのかな?)
 声をかけると、セレスさんは「はっ」と思いたったように続けた。
「いえ――あとでいいです。今は先に、事件の話を聞きましょう」
「その前に、私の紹介をしてもらえないかな」
 そう続けたのは、戒那さんと一緒にいた男性だ。
「お、忘れてた」
「戒那くーん……」
 やけに線の細い男性で、戒那さんよりもむしろ女性的な雰囲気がある。戒那さんが黒いスーツをカッコよく着こなしているから、余計にそれが際立っていた。
「こちら、フリーライターの水守・未散(みずもり・みちる)くんだ」
(わー、名前も女の人みたい)
 けれどそれがよく似合っていた。
 戒那さんは続ける。
「彼は鳥栖氏とは昔馴染みでね。俺も彼を通して鳥栖氏と会ったことがあるんだ。それでお悔やみの言葉でも、と思ってきたわけだが……」 
「それはそれは、ありがとうございます。しかし驚きましたでしょう? ルート様がお決めになったしきたりで、葬儀などは一切行わないことになっているのですよ」
(あ、そうなんだ)
 どうりで昨日人が亡くなったというのに、黒いものが1つもないハズだ。おかしいのは時折やってくる警官だけで、他はこの城にとっての日常なんだろう。
「そういえば、ルートさんが亡くなった時鳥栖さんは何もしなかったな。そういうことだったのかー」
「水守くーん……」
 先ほどとは逆に、今度は戒那さんが脱力した声をあげた。水守さんは頭を掻きながら。
「いやぁ、すまないすまない。そうとわかっていたら無理に来ることもなかったね」
「ま、皆がいるってことは何かありそうな感じだから、かえって来てよかったのかもしれないがな」
 戒那さんはにやりと笑った。



「この場所で、鳥栖さんが影山さんに発見されたのは昨日の朝9時頃のこと。死因は頭部を強打したことによる頭蓋内損傷で、全身には無数の骨折と打撲傷があったそうです。死亡推定時刻は午前7時から8時。
 階段には見てのとおり血痕がありますから、上から落ちたことは疑う余地もありません。
 警察は、鳥栖さんから睡眠薬などの痕跡が見られなかったことと、遺書が見つからないこと、そして自殺としては不確実な方法であることから、これは他殺や自殺ではなく、鳥栖さんが階段で足を滑らせた事故の可能性が高いと判断したのです」
 遺体の跡の残る絨毯を皆で囲って、奇里さんの話を聞いていた。
(そう聞くと……)
 やっぱり警察の判断が正しいように思えてくるけれど。
「でもキミは、それが信じられない?」
 戒那さんが問いかけた言葉に、奇里さんは頷いた。
「認めたくないのです、事故なんて理不尽なものは。そんなものよりなら、自殺の方がまだマシですよ」
(事故には誰の意思もないから?)
 けれどあたしは、その考えには賛成できなかった。
(誰の意思もないのは)
 老いによる死と同じだもの。
 あたしはかえってその方が、人間らしいと思ってしまう。
 それは多分。
(あたしが”普通”とは、少し違うから)
「――おい! いつまで”階段端会議”しているつもりだ。こちらは準備ができたぞ」
 不意に聞こえたのは影山さんの声だ。きっと応接間の前から呼んでいるんだろう。
「今戻ります!」
 奇里さんが大声で応え、あたしたちはぞろぞろと応接間へと戻った。



■活字の語る過去【図書館:新聞保管庫】

 あたしは棚から持ってきた新聞の山を1部ずつぺらぺらとめくりながら、午前中に聞いた影山さんの話を思い返していた。
 影山さんが階段下で亡くなっている鳥栖さんを発見した時、玄関のドアは内側から南京錠で閉められていたという。
(それは――)
 もしこの事故が本当に殺人事件だったなら。奇里さんの言うとおり犯人は内側にしかいないことを示していた。
 何故ならあのお城は密室状態であり、もし誰かが城の外からやってきたのだとしても、内側から南京錠を開ける”共犯者”が必要であるからだ。
 そこであたしはこうして外側から、鳥栖さんが”殺されねばならなかった”理由を探ろうとしている。
 影山さんの話を聞いた後、あたしたちは鳥栖さんの部屋へ行ってみた。三清の人たちの部屋は皆3階にあり、鳥栖さんの部屋へ行くついでに他の人の部屋にも声をかけてみたのだけど。誰一人部屋から出てこなかったし、鳥栖さんの部屋からも何も見つからなかった。
(内側からは、きっと探れない)
 そう思ったのだ。
 その後影山さんにお昼をご馳走になったあたしたちは、午後はバラバラにそれぞれ気になることや場所を捜査してみようということになった。報告は明日各自ですることになっている。
(――うーん)
 ここのところの鳥栖さんの書評をチェックしてみたけれど、これと言って恨みをかいそうな表現はない。むしろ干渉嫌いだというのが嘘のように、柔和な言葉遣い。自分が気に入らない所を指摘するにしても、かなりうまいと思わせる言い回しだ。
(これなら人気が出るのも頷けるなぁ)
 そっちの世界にまったくといっていいほど詳しくないあたしでも、そう思った。
 鳥栖さんの死亡に関する記事は、すべて今日の朝刊に集中しているため、ここ(新聞保管庫ね)に入る前に新聞コーナーでチェックして来たけれど、あたしが知らない情報はとりあえずなかった。
(それなら――)
 と、あたしはルートさんの死亡に関する記事を集め始める。
(あの異質なお城)
 そのお城の中に住む、異質な人々。
 内側にいる人でさえ、”酔狂だ”と語った。
 すべての元になっているのがルートさんであるような気がして、ルートさんのことをもっと知りたいと思ったのだった。
(三清の人たちの干渉嫌い)
 それはもしかしたら、その名前のせいでもあるかもしれないと予想する。
 ルートさん自身も苦労したという。
(だって子供は、残酷だもの)
 相手がどんなに気ずつくかも知らずに、思ったことを口にする。三清の人たちは皆、あの変わった名前のせいでいじめられていたのかもしれない。
(もしそうならば)
 ルートさんを恨む気持ちがわからないわけではないんだ。
(ルートさんは一体どんな人だったの?)
 新聞を10年前まで遡ることにする。
 この図書館には新聞記事のキーワード検索もできるデータベースがあるので、作業は意外と簡単だった。
「――え……?」
 検索結果が弾き出した新聞の日付。
(10年前の昨日?!)
 鳥栖さんが亡くなったその日だ。
 あたしはすぐにその日の新聞を探した。
(! あった……)
 一面のトップ記事――ではもちろんない。ローカルな新聞で比較的ひっそりと取り上げられていた。
「『鑑賞城』の三清・ルート氏、階段から転落死……?!」
 なによこれ……と思わずもれる。
 ルートさんが10年前に、昨日の鳥栖さんとまったく同じ死に方をしていた……?
(だから)
 だから事故ではないと、奇里さんは疑っていたの?
 それならば何故、最初に言ってくれなかったのだろうか。
「――あ……」
 少し考えて、思い出した。
『認めたくないのです、事故なんて理不尽なものは。そんなものよりなら、自殺の方がまだマシですよ』
 そう告げた奇里さんの言葉。
 再び新聞に目を落とす。
(ルートさんは……事故死として処理されたのね……)
 誰を責めることもできない、事故として。
 記事を読み進めてみると、やはり状況は今回とほとんど同じだった。
 奇里さんはきっとその時、何も言えなかったのだろう。
(本当に事故なのか)
 当人にしかわからないけれど。
 何も言えず何もできなかったことを、ずっと後悔していたのだろう。
(だから今)
 手を伸ばした。
 けれど今回のことの発端がルートさんにあるんだと思われるのが嫌で、あえてそれを口にはしなかった。
(しなかったけれど、あたしはたどり着いてしまった)
 そしてもう疑えない。
 ぴったり10年の時を経てくり返された現象。
(奇里さんには悪いけれど……)
 関係がないはずがない。
 今回のこと、原因は鳥栖さんではなく、ルートさんにあるんじゃない――?
 あたしの直感がそう告げていた。
 あたしは新聞の日付をさらに遡って、何かルートさんに関する記事がないかどうか探す。
(わ、思ったよりもいっぱいある)
 どうやら干渉嫌いの三清一族の中にあって、ルートさん自身が異質な存在のようだ。干渉嫌いどころか逆に世話好きで、あのお城はなんと、ルートさんに世話をしてもらったおかげで成功した人たちが、ルートさんに感謝をこめて贈った資金により造られたものだという。
 『鑑賞城』が完成した時の記事もちゃんと載っているし、それ以降も何度かインタビューを受けているようで、当時はなかなか有名な観光スポットだったようだ。
 そんな『鑑賞城』が人々の話題から消え去ったのは……
(やっぱり10年前――)
 ルートさんが亡くなると、お城の持ち主は鳥栖さんに移った。そして鳥栖さんはお城を撮ることを一切禁止し、インタビューにもまったく応じなかったのだろう。
(あれ……?)
 じゃあ鳥栖さんが亡くなった今、あのお城は誰のものなんだろう。そしてその他の、ルートさんの”遺産”は……?!
 残していないはずがない。もともとルートさんはお金持ちの家の息子で。だからこそ色んな人のお世話(つまりは援助だ)をすることができたのだ。それに加え寄付された金額も合わせたら、相当なものになるんじゃないだろうか。
「すっかり頭から外れてた……」
 鳥栖さんが自殺か他殺か事故か。そのことばかりにこだわっていたからかもしれない。他の人の口からも一度たりとも”遺産”という言葉が出なかったから、皆そうなんだろう。
(明日話してみようっと)
 あたしは散々広げ散らかした新聞をまとめて、元の場所に戻した。
 そろそろ閉館時間が近いのだ。
(――あ、そうだ)
 帰り際、本を1冊借りてゆく。
『狂王ルートヴィヒ』
 そんなタイトルの本だった。

■終【狂いし王の遺言 =序=】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

整理番号|PC名         |性別|年齢
  職業|
  0086|シュライン・エマ    |女 |26
    |翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
  1790|瀬川・蓮        |男 |13
    |ストリートキッド(デビルサモナー)
  1252|海原・みなも      |女 |13
    |中学生
  0121|羽柴・戒那       |女 |35
    |大学助教授
  1883|セレスティ・カーニンガム|男 |725
    |財閥総帥・占い師・水霊使い
※NPC:水守・未散(フリーライター。実は超絶若作り(?)の56歳)



■ライター通信【伊塚和水より】

 この度は≪狂いし王の遺言 =序=≫へのご参加ありがとうございました。
 おかげさまで無事1日目の調査を終えることができました。重ねて、ありがとうございます^^
 今回の調査でそれぞれのPC様が入手した情報は、各ノベルを見ていただくか、次回オープニングで確認することができます。物語をより深く楽しんでいただけると思いますので、よろしければご覧下さいませ。
 さて海原・みなも様。毎度ご参加ありがとうございます_(_^_)_。いつも細かい所まで調べて下さるのでとても助かっております(笑)。すっかり調べ物スキルが上昇しているようで、答えにたどり着くのもだんだん早くなっております。そして今回は読書まで……速読スキルも上がりそうですね(笑)。次回はもう少し”動”の方を増やせたらいいなと思っております。
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝