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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


狂いし王の遺言 =序=

■羽柴・戒那編【オープニング】

「――どうかこの事件を、捜査して下さいませんか?」
 草間興信所にやってきた男が差し出したのは、今日の朝刊の切り抜きだった。
「『人気書評家の三清・鳥栖氏(56) 自宅の階段で転落死』?」
 何の変哲もない事故。これは事件ではない。
 煙草を灰皿に押し付けて、武彦は訪問者の真意を問う。
「この事故が、どうかしましたか?」
「私はこの家で働いている者です」
「!」
「私にはこれが、事故とは思えないのですよ」
 奇里(きり)と名乗ったその男の話によると、その家が建てられたのは亡くなった鳥栖が生まれる前なのだという。そして鳥栖はこの56年間、その階段で転んだり落ちたりしたことはなかったそうな。
「それなのに突然こんな事故が……明らかにおかしいでしょう?」
「歳のせいだとは考えられませんか?」
「歳だからこそ、しっかりと手すりを利用していらっしゃいました。それでどうして落ちるんですか」
「………………」
 奇里の言うことが本当なら、確かに少し臭う。
 武彦は完全に煙草の火を消してから。
「いいでしょう。何人か調査に向かわせます。ただし本当に事故であった可能性もありますから」
「わかっています。でも私は、最初から事故と決めつけている警察の捜査には不満なのです。どうか、よろしくお願いします」



■追加情報【『鑑賞城』の住人】

三清・鳥栖(さんきょう・とりす)……当主。56歳。書評家。死亡。
三清・石生(さんきょう・いそ)……鳥栖の妻。53歳。主婦。
三清・白鳥(さんきょう・しらとり)……長女。25歳。OL。
三清・強久(さんきょう・じいく)……長男。24歳。無職。
三清・絵瑠咲(さんきょう・えるざ)……次女。22歳。大学生。
三清・自由都(さんきょう・ふりーと)……次男。20歳。大学生。
影山・中世(かげやま・ちゅうせい)……家政夫。60歳。
奇里(きり)……あんま師。年齢不詳。
松浦・洋(まつうら・よう)……庭師。26歳。



■誘う電話【マンション:自室】

 その電話がかかってきたのは、夕方のことだった。
 ケイタイの画面に表示された名前を見て、思わず「珍しいな」と呟く。
「――もしもし?」
『あっ戒那くん? 今ちょっといいかな』
「構わないが」
 電話の主は水守・未散(みずもり・みちる)というフリーライターだ。俺のカウンセリング客の1人で、定期的に会って話を聞いたりしている。
(また何かよからぬことに首を突っ込んでいるんじゃないだろうな……)
 水守はたまに、取材対象に首を突っ込みすぎて、酷く傷ついて帰ってくることがある。俺が初めて水守を診た時も、そんな水守を心配した水守の友だちが無理やり連れてきたのだった。
(そもそも)
 水守の肩書きであるフリーライターの”フリー”は、どこにも所属していないという意味ではない。広く何のジャンルでも書きこなすことができるという意味の”フリー”だ。その分興味の幅は広く深く、ちょっとやそっとの傷ではひかない。
(だから少し心配)
 水守がその時期以外に電話をくれることなどなかったから。
「何か、あったのか?」
『ちょっとね……』
 暗い声。
『戒那くん、三清・鳥栖さんを覚えてる?』
「鳥栖? ――ああ、あのチャットでカウンセリングした人?」
『そう、その人』
 以前水守に頼まれて、カウンセリングをした。どうしても直接は会いたくないというので、チャットを使って。
(さすがの俺も)
 チャットでのカウンセリングは初めての経験だったが、チャットで話す鳥栖は干渉嫌いな部分を除いては立派な知識人といえた。水守も、鳥栖の干渉嫌いを直すためではなく、ただ自分以外の相手とも話して欲しかったから俺を呼んだのだと言っていた。
「その鳥栖が、どうかしたのか?」
(またチャットをしようと言うんだろうか)
 「別に構わない」という返事を用意した俺の耳に、予想外の言葉が流れこんでくる。
『今朝亡くなったんだ』
(別に構わない……わけないっ)
「亡くなった?」
『ああ、階段から落ちたらしい。家政夫が朝亡くなっている鳥栖さんを発見したそうだ』
「…………」
 言葉が出なかった。鳥栖と水守が親しく付き合っていたことを知っているから。
『今日ね、チャットで会う約束をしていたんだ。鳥栖さんが約束を破ったことなんてなかったから心配になって、家の前まで行ってみたら警官やらマスコミやらがいっぱいいてさ』
「――残念だったな」
『うん、ホントにね。あの人は私と似ていたから、私は大好きだったんだけどな。干渉嫌いなんて気にならないほどにね』
(そういえば)
 以前語ってくれたことがある。
 鳥栖も水守と同じように、広く何のジャンルの書評でもこなし、しかもその道のプロをも唸らせるという素晴らしい腕と知識を持っていたそうだ。だからこそ2人の交流には互いに得るものがあり、干渉嫌いの鳥栖でもそれが長く続いていたのだろう。
『それでね、戒那くんに1つお願いがあるんだ』
「え?」
 突然そう振られたので、生返事をしてしまった。
『明日もう一度家に行って、手でも合わせてこようと思うんだけど、ついてきてくれないかな?』
「俺が?」
 意外なお誘いだ。
『うん。私は感情が高ぶると何言うかわからないから……家族の人に何か酷いことを言ってしまうかもしれないでしょ?』
「その場でカウンセリングしろとか言うんじゃないだろうな」
『それもいいけどね(笑)。私にだって見栄はあるから、戒那くんがいたら大丈夫なんじゃないかと思って。何せいつも酷いところばかり見せているから、今日こそはってさ』
「ナルホドね」
 答えながら、俺は明日の予定がどうだったか思い出してみる。
(――うん、何もなかったな)
「OK。いいよ、行こう」
『ありがとう、助かるよ』
「何時頃?」
『色々と気になるから、朝イチで行こうと思ってるんだ。えーと……9時頃迎えに行くよ』
「わかった」
『じゃあ明日、よろしくね』
「ああ」
 通話終了。内容が内容だったせいか、妙に長く感じた。
(色々と気になる、か……)
 何が気になっているのか、訊かなくても大体わかった。
”本当に事故なのか”
”落ちたのか落とされたのか”
 きっと水守はまだ、鳥栖の死を受け入れられていないから。
(信じられないんだ)
 多分その亡き骸を、見るまでは。
 何かを疑うしか、ないんだ。



■2人の関係【水守の車:助手席】

「――最初からそうだけど、戒那くんはあまり訊かないよね」
 ハンドルを握り車を軽快に走らせながら、突然水守がそんなことを言った。
「訊かない? そうか?」
 カウンセリングは訊かなければできない。だから俺はこれまでかなりの数の質問を、水守に浴びせているはずだった。
「訊かないよ。――カウンセリングに必要なこと”以外”はね」
「!」
「私と鳥栖さんが昔馴染みだなんて、本当に信じているの?」
「それは……」
 不自然だと、思ったことはある。2人の年齢があまりにも離れているからだ。そしてその割に、2人は対等な付き合いをしているように見えたから。
 信号の赤に、引っかかる。
 そして俺も、引っかかる。
「――私たちは幼馴染みなんだよ。小中高とずっと一緒だった」
「え――?」
(何を、言っているんだ)
 ずっと一緒ということは、2人の歳が2,3歳しか離れていないということ?
 それとも――
「ここまで言ってもわからないかな。私と鳥栖さんは同い年なんだ」
「…………っ」
 引っかかったままの俺をおいて、車は滑るように走り出す。
「――どう見ても、水守くんは俺よりも下に見えるんだが? 鳥栖氏は――俺が会った時ですら50過ぎだった記憶がある」
 無理やり出した声を、あっさりと肯定される。
「そう、今は56歳。私もね」
「何の、話なんだこれは」
「だから、私がいかに哀しいかってことだよ。だから向こうで、何を言うかわからない」
「あ――」
 知り合いを亡くした哀しみから、幼馴染みを亡くした哀しみへと変わった。確かにそちらの方が、深い……
(だから)
 水守は抑えられない自分を、こんなにも警戒しているのだ。
「ゲネントロピー・ウォーターは、意外と簡単に作れるんだよ。人はただ作り方を知らないだけで」
「? 何だそれは」
 突然登場した妙ちくりんな名前に、俺は首を傾げる。
「若返りの薬だと、思ってくれればいい。ちょっと女性化してる気もしないでもないんだけどね」
 そう言って笑った。
 確かに水守は、初めて会った時からどこか女性的な感じがした。俺が女でありながら男性的な雰囲気を持つように、彼は男でありながら女性的な雰囲気を持っているのだ。自然に。
「見かけが鳥栖さんとあまりにかけ離れていくからさ、直接は会いにくくって。チャットで会うようにしようって言い出したのは私なんだ。その頃まだ、鳥栖さんは干渉嫌いではなかった」
「それって……」
「うん。鳥栖さんがそうなった原因は、私にあるのかもしれない。今となっては、確かめるすべもないけどね」
「…………」
 俺はたった一度だけ、チャットした時のことを思い出す。あの時はちょっとした世間話と、家族の話を少しだけしていた。
『誰も部屋から出ない。我々はそういう病気なんだ』
 鳥栖の妻も子供も、干渉が嫌いなのだと。
(もしも鳥栖の)
 ”発病”の理由が水守にあるとしても、他の家族とはまったく関係がないはずだ。だとしたら水守が鳥栖に関わっていなくたって、鳥栖がそうなった可能性は十分にある。
 そこまで結論を出して、俺はやっと口を開いた。
「水守くんの、せいではないだろう」
「戒那くんならそう言ってくれると思ったよ」
(キミのせいだと)
 指を差して告げたら。
 きっと何も、残らない。



■ファンですから【鑑賞城:応接間】

「――はぁ〜〜。まったく恐ろしい建物だな」
 応接間に通された俺は、家政夫が飲み物を取りに部屋を出て行ったのを確認してから、呆れた声を発した。
「あはは。私は昔から見慣れているから、今さらなんとも思わないんだけど……やっぱり変だよねぇ」
「変すぎる!」
 力をこめてくり返した。
 建物の――”城”の中に入る前までは、正直確かに感心していた。『鑑賞城』と呼ばれる意味が、わかったと思ったから。外観は嫌というほど、鑑賞に適した城なのだ。
 美しい白壁。あえてシンメトリーに逆らった構造。まさしく中世ヨーロッパを思わせるゴージャスで大胆な城。
 ”お城”の代名詞ともいえる、かの有名なノイシュヴァンシュタインのミニチュアだ。
(しかし――しかぁし!)
 中に一歩踏み入れて、唖然とした。
 内側があまりにも、”普通”だったから。
 外側の素晴らしさから内側の素晴らしさを勝手に想像していただけに、大きく裏切られた。
 そして通された応接間も、何の変哲もない”ただの”応接間。普通と違うといえば、ちょっと上等なソファと、やけに低い位置にある窓くらいなものだろう。
「――ずいぶん驚いたようだな」
 戻ってきた家政夫が、何故か嬉しそうに告げた。どこかぶっきらぼうな口調は素のようだ。
「鳥栖氏の父親が建てたんでしたね」
「うん、ルートさんね。あの人はルートヴィヒ2世が大好きだったから」
「!」
 驚いたのは俺ではなく、家政夫だ。
「……ずいぶんと、詳しいようだな」
 じろりと水守を睨んでいる。
 水守は気にしたふうもなく。
「ファンですからね」
 にこりと笑った。そして話を切り替える。
「ところで、お仏壇はどこにあるんですか? 手を合わせに来たんですけど……」
「そんなものはない」
 家政夫はきっぱりと言い切って、空になったお盆を持ち立ち上がった。
「家の中を見たければ、勝手に見ればいい。せいぜい警察の邪魔にならんようにな」
 ふんと笑って、さっさと部屋を出て行く。
「――何か気に触ること言ったか?」
 家政夫の態度が気に入らなくてそんなことを告げると、水守は苦笑した。
「警戒してるんでしょ。私たちが本当に鳥栖さんの”友人”なのか」
 水守はテーブルの上のグラスに手を伸ばして。
「あの人は家政夫の影山・中世さん。ああ見えて60歳だよ」
「60?!」
 それは驚いた。まったくそんなふうには見えなかったから。――いや、水守ほどではないけれど。
「かなり昔からルートさんに仕えてるから、鳥栖さんにとっては彼も幼馴染みみたいなものだったと思う」
「え……ってことは、水守くんのこと」
「覚えてるだろうね。私がそうだとは気づいていないと思うけど。だから彼には名乗らなかったんだ」



「さっき言ってた、ルートヴィヒ2世の話、訊いてもいいか?」
「ああ――」
 俺が振ると、水守は思い出したように喋り始める。
「ルートさんはドイツ人と日本人のハーフでこんな名前なんだけどさ、同じ”ルート”がつくドイツで最も愛されている王様に興味を持ってね。色々と調べていくうちに、彼の生き方や思想に共感して、尊敬して、彼を模倣するようになっていったんだ」
「だから同じように、城を建てたのか」
「見せ掛けだけのね。”完全に真似をするのは冒涜だから、オペラのような城でいいんだ”って、聞いたことがある。その時はずいぶん小さかったから、何を言われているのか全然わからなかったんだけどさ」
 水守は笑った。
 俺もグラスに手を伸ばす。
 ふと。
(――ちょっとやってみるか)
 ちょうど会話も切れたことだし。
 そう思って俺は、右手でグラスを持ちストローで吸いながら、気づかれぬようソファに置いたままの左手に集中した。
  ――サイコメトリー。
 物に残された記憶を、探ってみる。
(………………)
 しばらく見てみた。そこには、日常が映っていた。人が普通に生活していた。応接間というよりは、居間としても使われているようだ。
(あれ……?)
 だがふと、おかしなことに気づく。
(登場人物が少なくないか?)
 先ほどの影山と、サングラスの男、そして若い女。この3人ばかりが見える。――いや、3人しか見えない。
「――水守くん。ここに住んでるのは、家族以外あの影山さんと……?」
「あんま師の奇里くん、庭師の松浦くんだけだったと思うよ」
「へぇ」
 名前だけ聞いたら、きっと奇里の方が女性だと思っただろう。しかし映像から、女性が泥だらけになっているのを見ているので間違わない。あんま師がサングラスの男で、庭師が若い女性だろう。
「うーん……ここでこうして座っていても仕方がないし、鳥栖さんの部屋にでも行ってみる?」
「勝手に見ても平気か?」
「いいと言ったのは影山さんだから、問題ないでしょ」
 いたずらっぽく笑って、水守は立ち上がった。



■揺れる心【鑑賞城:鳥栖の部屋】

「――ホントに、いないんだ」
 ぽつりと、呟いた声が聞こえた。
 鳥栖の部屋に鍵はかかっていなかった。ドアを開いても、入れずにそこに佇む。
「大丈夫か? ……入らない方が、いいんじゃないのか」
 水守の顔を覗き込む。顔色が悪いわけではないのだが、常に精神が不安定なのはよく知っているから。
(泣いたり)
 笑ったり。
 ずいぶんと忙しい性格をしている。
(そのくせいつもは躁の気があるからな)
 それもこれも本当は、来る途中水守が告白した”水”のせいなのかもしれないが。
「いや――大丈夫だよ」
 やっと一歩ずつ踏み出す。
 鳥栖の部屋にはあまり物がなかった。――いや、正しく言うならば、物の種類が少なかった。パソコンと、本。それしかないように見えた。
「ここに座って打ってたんだな」
 パソコン台の前に置いてある椅子に腰かける。その周りには本の山。
「凄い量だ」
「これ全部、鳥栖が書評を書いた本だよ」
「わかるのか?」
「”ファンですからね”」
 同じ言葉をくり返して笑う。
「本当に、ファンだったんだよ。私もあんなふうに、スケールの大きい文章を書きたいと思っていた。どこから見ても隙のないような」
 ギィと、椅子が軋んだ。
「痛かったろうな……」
 辛うじて聞こえるような、小さな声で呟く。
 きっと階段の惨状を、思い出しているのだろう。
 点々と続いている血痕。たどり着いた血だまり。臭いはまだ、残っていた。
(俺は手すりに)
 触れられなかった。
 強い思いが流れてくるような気がして。そんなことはあり得ないのに、怖かった。
 気がつくと、パソコンの黒いディスプレイに、水守の顔が映っていた。その目はまっすぐに俺を見ている。
「――本当に、事故なのかな?」
「キミはどっちの可能性を疑っているんだ?」
(事故じゃなければ)
 自殺か他殺。それしかない。
 反射する水守の顔が、少し笑った。
「どっちも――どれも信じられないから、困ってるんだよ」
 やはり死んだことすら、信じられていないのだ。
「誰の干渉も許さない鳥栖さんなら、自殺をする理由がない。死んだら干渉を拒むことができないから、土足ですべてを踏みにじられるもの」
「他殺は?」
「殺されるなんて最大の干渉、許すと思う?」
 即答した水守。
「あのなぁ……許す許さないの問題じゃないだろ。許さなくても拒めなかったらどうする?」
「違うよ。許さないのは――私だ」
「…………」
 今の水守には、何を言っても無駄な気がした。
(どうしてそこまで)
 鳥栖の死を悼むのか。
 2人の本当の関係がどうだったのか。
(俺にはわからなかったけれど)
 何か少しだけ、羨ましく思った。
「――ん?」
 開け放ったままのドアの向こうから、何か複数の人の声が聞こえた。
(誰か来たのか?)
 警察だろうかと、まだディスプレイを見続けている水守をおいて、部屋の外に出た。
 鳥栖の部屋をはじめ、三清の人たちの部屋は全部3階にあるのだということは、水守から聞いた(水守は鳥栖から聞いたそうだ)。そしてこの3階までの階段は、1階からまっすぐ伸びていて、天井は吹き抜けになっていた。よってその吹き抜けから下を覗くと、2階だけでなく1階の階段下までしっかり見えるのだ。
(どれどれ)
 ひょいと、覗きこむ。
「――あれ? シュライン?」
 案の定1階に何人か見えたのだが、その中に知った顔があったので思わず声をあげた。
「!」
 俺の声に反応して上を見上げたシュライン・エマも、驚いた顔で。
「戒那さん? ……あっ、お客さんって戒那さんのことだったの?」
 きっと影山から聞いたのだろう。
「まぁね。そっちは? みなもくんもいるってことは、調査を頼まれたのか」
 もう1人知った顔を見つけて、俺はそう続けた。
 草間くんの興信所では調査員としてアルバイトを雇うことが多い。海原・みなも(うなばら・みなも)はそれによく参加している少女だ。ちなみにシュラインの方は主に事務のバイトをしているのだが、最近はよく調査員としても借り出されている。他の2人は知らない顔だが、一緒にいるところを見ると彼らもバイトなのだろう。
「戒那くん?」
 呼んだ水守に部屋の外から手招きをして、階段の方へ回りこんだ。血痕をよけながら、1階まで慎重におりてゆく。その後ろを、水守もついてきた。



■横たわるキョウキ【鑑賞城:大階段】

「奇里さん。こちら心理学者の羽柴・戒那さんです」
 シュラインが紹介してくれた。俺はそれが奇里だともちろん知っていたが、あえて知らない振りをして応える。
「ああ、キミがあんま師の奇里くんか」
 するとその俺の言葉に、反応する声があった。
「あんま師? ではもしかして……」
 車椅子の青年は、そこで言葉を切る。
「どうしたんですか? セレスさん」
 不思議そうにみなもが首を傾げると、青年は「はっ」と思いたったように。
「いえ――あとでいいです。今は先に、事件の話を聞きましょう」
「その前に、私の紹介をしてもらえないかな」
 俺の後ろから告げたのは、もちろん水守だ。
「お、忘れてた」
「戒那くーん……」
 「そりゃないよ」と呟く水守に苦笑して、俺はできるだけ短くまとめて紹介した。
「こちら、フリーライターの水守・未散くんだ。彼は鳥栖氏とは昔馴染みでね。俺も彼を通して鳥栖氏と会ったことがあるんだ。それでお悔やみの言葉でも、と思ってきたわけだが……」
 さすがに同級生だとは言えなかった。
 奇里は小さく頭を下げると。
「それはそれは、ありがとうございます。しかし驚きましたでしょう? ルート様がお決めになったしきたりで、葬儀などは一切行わないことになっているのですよ」
(葬儀もない)
 仏壇もない、か。
 花をあげられることですら、嫌なのだろうか。
「そういえば、ルートさんが亡くなった時鳥栖さんは何もしなかったな。そういうことだったのかー」
「水守くーん……」
 もともとそれだけのために来たわけではないが、何だか脱力してしまう。水守は頭を掻くと。
「いやぁ、すまないすまない。そうとわかっていたら無理に来ることもなかったね」
 わざとらしくそんなことを言った。
(そうか)
 原因を疑って来たなんて、思われない方があとあと安全なのは確かだ。
 俺もそれに合わせることにする。
「ま、皆がいるってことは何かありそうな感じだから、かえって来てよかったのかもしれないがな」
 シュラインたちに”協力する”というサインをこめて。



 他の2人――瀬川・蓮(せがわ・れん)とセレスティ・カーニンガムを軽く紹介してもらってから、皆で階段下の乾いた血だまりを囲んでいた。
「この場所で、鳥栖さんが影山さんに発見されたのは昨日の朝9時頃のこと。死因は頭部を強打したことによる頭蓋内損傷で、全身には無数の骨折と打撲傷があったそうです。死亡推定時刻は午前7時から8時。
 階段には見てのとおり血痕がありますから、上から落ちたことは疑う余地もありません。
 警察は、鳥栖さんから睡眠薬などの痕跡が見られなかったことと、遺書が見つからないこと、そして自殺としては不確実な方法であることから、これは他殺や自殺ではなく、鳥栖さんが階段で足を滑らせた事故の可能性が高いと判断したのです」
 説明する奇里の口調には、明らかに警察を疑問視する色が含まれていた。
「でもキミは、それが信じられない?」
 確認するように問うと、奇里は迷いなく頷く。
「認めたくないのです、事故なんて理不尽なものは。そんなものよりなら、自殺の方がまだマシですよ」
(――トラウマか?)
 怒りの混じった声に、奇里の過去を感じた。
「――おい! いつまで”階段端会議”しているつもりだ。こちらは準備ができたぞ」
 不意に聞こえたのは影山の声だ。
(準備……話す準備か)
 弔問に来た俺たちは放置だったのに、調査に来たシュラインたちには協力的なのが、意外な気がした。
(影山も疑っているのか)
 この階段で起きた出来事を。
「今戻ります!」
 奇里が大声で応え、皆はぞろぞろと応接間へと向かう。俺たちも、ついていくことにした。



■確認された言葉【鑑賞城:玄関】

 俺と水守は、玄関に立っていた。
「戒那くん? 帰るの?」
「ちょっと黙っていてくれ」
「はーい」
 帰りたくなさそうな水守を黙らせてから、俺は玄関の鍵――南京錠へと手を伸ばす。
(これを調べれば)
 とりあえずは限定されるのだ。
 犯人が”内側”にしか、存在しないこと。
 先ほど影山が証言した。昨日の朝階段下で亡くなっている鳥栖を発見した時、玄関のドアは内側から南京錠で閉じられていたと。
(この城の窓は、すべてはめ込み式で開かないのだという)
 つまり出入りするためには、このドアを通るしかないのだ。そしてこのドアが南京錠で閉じられている以上、内側からしか開けることができない。
(俺が見ればわかる)
 誰かが他人を入れたのか。
 誰も入れていないのか。
 もし入れていたなら、その人を問いつめればいい。
 誰も入っていなかったら、犯人は内側に完全限定される。
(使用人か家族か……階段か)
 さあ、どっち――?



「浮かない顔だねぇ、戒那くん」
「証言を確認しただけだからな」
 南京錠に触れたのは、2人しかいない。影山と松浦。それがいつからの記憶なのかはわからないが。
 そして。
(それは影山の証言と一致する)
 毎日夜施錠するのは影山で、朝は影山か松浦早く通りかかった方が開錠するのだと言っていた。
「触れたらわかるの? そういうの、サイコメトリーって言うんだっけ」
 水守の言葉を、俺は否定しなかった。
「――ああ」
 それは水守が、俺に秘密を明かしてくれたお礼(?)なのかもしれない。
「何がわかったか、聞いてもいい?」
 ずっとドアの方を向いたままだった俺は、振り返って水守と視線を合わせた。
 拒ませない、真剣な目をしていた。
「この南京錠に触れたのは2人。影山さんと松浦さんだけだ」
「ああ、さっき言ってたもんね。夜鍵を閉めるのは影山さん、朝開けるのは影山さんか松浦さんって」
 だから証言の、確認でしかない。
「そしてもう1つ。この玄関を通ったのは、その2人に奇里さんを合わせた3人だけだ」
「!」
『誰も部屋から出ない。我々はそういう病気なんだ』
 鳥栖が語っていた言葉が、こんな形で証明されるとは思っていなかった。
 さすがに水守も驚いたようで、しばらく言葉を失っていたが。
「――じゃあ、10年以上は遡れないんだ」
 突然そんな言葉を告げた。
「10年?」
「そう。ルートさんが亡くなったのが10年前。鳥栖さんや子供たちが干渉嫌いになったのは、それからなんだよ」
「あ……じゃあ10年より前には普通に出入りがあったわけか」
「そういうこと」
(10年……)
 一口に言っても、永い。
 そんな永い間、本当に一度も外に出なかったというのか。
(耐えられるものなのか?)
 俺なら無理だ、と即答できる。
「――あら、戒那さんも帰るところ?」
「! シュライン……大丈夫か?」
 階段からまっすぐ廊下を歩いてきたシュラインは、どこか青ざめた顔をしていた。
「あは、ちょっと嫌なもの想像しちゃって」
 何を想像したのかは、訊かなくても見当がついた。
「あ、鍵をサイコメトリーしたの?」
「ああ――とりあえず他人が入った形跡のないことは、わかったよ」
「じゃあやっぱり、原因は内側にしかないのね」
 影山の証言から似たようなことを考えていたのだろう。シュラインはため息混じりにそう告げた。それから顔を上げて。
「私、先に帰るわね。報告は明日各自でって話だから」
「ああ、わかってる」
「――戒那さん。階段だけは、やめた方がいいわ」
 心配そうな顔をつくっていた。
「だが……」
 俺も正直あそこを見るのは嫌だが、見ればきっと答えが知れるだろうことはわかる。
(多分)
 見なければいけない。
 しかしシュラインは首を振る。
「まだだめよ。それは最後の手段だわ。……時間はいくらでもあるんだもの、ゆっくり行きましょう?」
「私もそう思うよ」
 シュラインに加勢したのは、意外にも水守だ。いちばん答えを知りたがっているはずの。
「水守くん?」
「そんな直接的なもの、多分鳥栖さんは望まないよ。私も最後でいいと思う。どうしても答えを探せなかったら、見よう。その時は絶対私に教えてほしい」
「――わかった」
 2人の真剣な眼差しに挟まれて、俺は深く頷いた。
(情けないな……)
 心の奥底で、ホッとしている自分がいる。
「戒那くん、私たちも帰ろうか」
 俺が深く考えるのをとめるように、水守が声をかける。
「……そうだな。シュラインも水守くんに送ってもらうといい」
「あ、じゃあお願いします」
「お安いご用ですよ」
 まるで何事もなかったかのように。
 俺たちは城をあとにした。
 様々な想いの渦巻く城を――。

■終【狂いし王の遺言 =序=】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

整理番号|PC名         |性別|年齢
  職業|
  0086|シュライン・エマ    |女 |26
    |翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
  1790|瀬川・蓮        |男 |13
    |ストリートキッド(デビルサモナー)
  1252|海原・みなも      |女 |13
    |中学生
  0121|羽柴・戒那       |女 |35
    |大学助教授
  1883|セレスティ・カーニンガム|男 |725
    |財閥総帥・占い師・水霊使い
※NPC:水守・未散(フリーライター。実は超絶若作り(?)の56歳)



■ライター通信【伊塚和水より】

 この度は≪狂いし王の遺言 =序=≫へのご参加ありがとうございました。
 おかげさまで無事1日目の調査を終えることができました。重ねて、ありがとうございます^^
 今回の調査でそれぞれのPC様が入手した情報は、各ノベルを見ていただくか、次回オープニングで確認することができます。物語をより深く楽しんでいただけると思いますので、よろしければご覧下さいませ。
 さて羽柴・戒那様。毎度ご参加ありがとうございます_(_^_)_。戒那さんのおかげで新しいNPCが誕生しました(笑)。一癖も二癖もありそうな奴ですが、よろしくお付き合い下さいまし。
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝