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<東京怪談ノベル(シングル)>


流転

『フラワーショップ神坐生』
ここにはいつも、様々な人が訪れる。
癒されるために花を買う人、人を癒したいと願い花を選んで欲しいと望む人、――そして思いを告げるべく花を買う人も。
だが、何処の店でも最初と言うものがあるように。
初めから、この店も運気は上々、いつも賑やかに人が訪れていたわけではない。

これは少しばかり、前の話。
神坐生・守矢が東京に来るまえの――過去の話。


***


護りたいものがあった。
今も昔もずっと変わらずに、ただ大事にしたいと願い、それを叶え生活し……一族を支えていきなさいと、先代に呪文の如く言われ続ける言葉も肩に重くのしかかる重圧もその為だけに。
護れるもの、当主と言う言葉で「守護」を実行できる幸福。
このときを思い返せば、違う意味で満たされていたと思える輝ける日々。

………だが。

それらは、ある日の事突如として崩壊される。
守矢自身に非は無く、また周囲に非があったわけでもない。
正しく――青天の霹靂、と言わんばかりの「予想外」の崩壊。

過去にも先にも、これ以上は無いだろうと思うほどの弟達のあまりにも酷い姿に、守矢は眉を顰めるでもなく泣くでもなく、ただその姿を忘れないように記憶した。
何故、この様なことが起きたかは解らない。
大事な「弟」と同じように大切な「従弟」……体、ではなく心を引き裂かれ瞳を虚ろに体は生きるが、精神は何処か遠くに彷徨ったままの二人を忘れないために。
起きた――いや、起きてしまったこの件を自分の記憶にこびりつかせるように。
どれだけ見たくは無いと願ったか知れない。
それでも今ある日々から逃げる事は出来ない――だから。


――何よりも強く揺るがぬ事の無い、強さが欲しいと願った。


「当主」と言う「絶対的な力」ではなく「神坐生・守矢」個人の強さが。
二人を、より強固に……護っていくために。



***


「花って良いと思わない? そこにあるだけ…なのに、人を癒す事が出来るの」

ふたりの人物を見舞うときに、病室に居た看護婦から出た言葉。
守矢は、ふとその言葉を言われた花を見た。

色とりどりに作られた花束は、その花屋それぞれのセンスで作られていて鮮やかだと思うものがあれば、確かに和みを思わせる花束もあり。
少しばかり守矢自身も、日々の看病、一向によくならぬ状態に余裕を無くしかけていた頃だったから、その言葉にゆっくりと頷いた。

「そう、ですね……じっくり見ることも最近は忘れていましたが……」

"綺麗だ"

口元に、意識しないのに微笑が浮かぶ。
――もしかしたら、弟や従弟に必要なのは病院に入り続けている事ではなく。
このように、自然にあるべきもので癒される事ではないか?

此処で、保護するのではなく消えない痛みを引きずりながらも癒せる場所を。

――作ってやるべきだ。

弟には、もう僕しか居ない。
従弟にもこれ以上の精神の負担を抱えさせないためにも。

自分自身が――彼らの居場所を作れるよう。



***

そうして守矢は一つの決意をする。

「――馬鹿な事を! お前以外の誰が一族を率いると言うのだ!」

あまりに広い和室の中に響く予想通りの叱責の声。
目の前の人物が言う言葉さえ、予想通りで苦笑が浮かぶ。けれど、この意思だけは誰にも覆させない。
守矢は前に座る老人の瞳をじっと見据え…口を開いた。
少しばかり、唇が渇いているのかうまい具合に最初の言葉が出ない、けれど。

「もう――決めたんです、お祖父様。僕はこの家の当主の役目を…放棄、します。」

当主には誰でもなれる。言葉を返してしまえば――自分自身でなくとも能力に秀でたものあれば、その人物が役目を受け持てば全て丸く収まるのだと守矢本人も思っている。
なのに、今まで何故当主で居られたか?
きっと目の前の人物はそう、問うだろう。
だが答えは更に明瞭だ、そうでなければ護れないと今まで思っていたのだから。
弟と従弟の件は、守矢本人にも気付かず大きな影響を及ぼしたのである。
ここは一つの分岐点、運命と言う道の分かれ目。
弟達を入院させ、責務を果たし平穏無事な生活を望むか、それとも新しい土地で、全てをまっさらな状態で始めるかの。

老人が息をつく。
溜息、というには寂しすぎる微かな、息。

「――守矢、儂はお前を買い被りすぎたか?」
「…いいえ、お祖父様。貴方はいつも的確に僕を判断してくださった…ただ、それ以上に。僕には護りたいものがある…もう、弟達だけなんです…お祖父様が何時の日か居なくなれば…僕に許されるのは」
「……そうか」
「はい」

その言葉を最後に、長い沈黙が続いた。
お互い、どう言えば傷をつけずに相手に言葉をいえるだろう、と模索しているように。
……ただ、時計だけがゆるりと音を刻んでいく。
一秒一秒が同じではないと時自ら、告げるかのように。

そして――沈黙を破り、先に言葉を紡いだのは、老人だった。

「……いいだろう、行くがいい。だが、あてはあるか?」
「――あるにはあります。東京で花屋をやろうと思います」
「そうか……そう、か……」

言葉は、そこで途切れた。
守矢は席を立ち室内の襖を開け、空を仰ぐ。
晴天の空、ただ輝くばかりの青い空が視界に飛び込む。
どのように辛くとも悩んでも空の色ばかりは変わらない。

だからこそ。

此処から――そう、此処からが全てへの、第一歩だと自分に、教えるかのように。
今までとは違う毎日が東京へ行けば訪れるだろう。
もしかしたら、新しい居場所をと願い移り住むところですら弟や従弟には辛いところかもしれない。

けれど、そこから歩き出していかなければ。
人は同じ場所に留まる事ですら出来ないのだから。



「――誰の為でもない、僕は僕だけの為に」


エゴを通す。
許されるとか許されないかは大した問題ではなく、それもきっとそれぞれが己の戒律の中で決める事。


さあ、行こうか。
荷物は最小限にして、この身のみを新しい土地へ。

そこに必ず。
きっと必ず、居場所を作り上げて見せるから。
順風満帆とは行かずとも。



***


そして、現在(いま)。

守矢は東京で弟達と共に花屋を経営している。
癒しを求める人に癒しとなりうる花を選び、おめでたい事があれば華やかな花を選び……また、別件での悩みあればその悩みを受け持ち……辛い事があったからこそ、乗り越えた今、その人たちに親身になって笑える。
どのような事があっても乗り切れる人の強さを信じるがゆえの、微笑。

こうして守矢と弟達の全ては東京と言う街の中で動き出す。
ゆっくり…ゆっくりと動き出すのを待つかのように、一日一日を過ごし…受けた傷は決して消えない、けれど忘れて生きる事は出来ると信じて。

こうして過ごす日々の中――今日も『フラワーショップ神坐生』に様々な客が訪れる。

秋特有ののんびりとした時間の中、店内へと入る人影に今日届いた花をチェックしながら、守矢はにっこり微笑む。

「――いらっしゃいませ、本日はどの様な物をお求めですか?」



―END―