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<東京怪談ノベル(シングル)>


反省文、想いかえすは『開かずの間』



 人に話を聞かせる才能。これこそがもしかすると、教師としての成績の、出来不出来をわけているのかも知れない。
 ……そりゃあこの先生、悪い人じゃあ、ないんだけどさぁ。
 机の上にぼーっと頬杖を付きながら、廊下側の中央席に座る少年は――伍宮 春華(いつみや はるか)は、そっと溜息を吐かざるを得なかった。
 黒板の上、次々と書き加えられていく白チョークの文字。必死に視線を這わせ、いつ落ちてしまってもおかしくない瞼を必死に見開きながら、時折こくり、と落ちる首をふるりと振ってやる。眠気をそのまま反映したかのような文字でノートを取り、しかし呆然と考えるのは、授業の内容ではなく別の事であった。
 授業は、嫌いではなかった。新しい事を知る楽しさに、むしろ少年は、日々夢中になっていっているほどなのだから。
 しかし、
「こうする事によって、辺DEと底辺BCは平行になりましたね? これが、今日覚えて帰ってほしい事の一つなんですね」
 それでもこの眠気を、どうにも抑える事が、できない。
 教壇の上で熱弁を振るう数学教師と春華の間には、それなりの親交があった。春華も春華で、この教師の事を慕っている。その上春華は、数学――どころか殆どの教科に、嫌悪感を抱いてはいないのだ。全てが全て、新しい世界であり興味の対象。嫌いなのは、間違った日本史を正しい事として教えられる事くらいであった。
 それでも授業に集中できないのは、
 ……つまらない、ってゆーか……退屈、なんだよなぁ。
 淡々としていて、華がない。その証拠に、春華の周囲では、殆ど全員の生徒がノートを見つめたまま、ぴくりとも動こうとはしなかった。
「良いですか、これを中点連結定理、と言うんです――三角形A、B、Cに対してこのように線を引くと、底辺と辺DEが平行になりますね? それから、AB対ADイコール一対二になりますね? 他の所も同様にして……」
 しん、と静まり返った、沈黙の中。さながら自分の世界に浸りこんでいるかのように話を続けている数学教師の声を子守唄に、生徒の意識が又一つ、又一つふっつりと途切れてゆくのをぼんやりと眺めながら、ふ、と春華は、時計へと視線を投げかけた。
 授業開始から、およそ四十五分。
 ああでも、
 もうそろそろ、終わりか――。
 欠伸を噛殺し、軽く背筋を伸ばす。と、その視界に、くしゃくしゃに丸められた、一枚の紙片が入ってきた。授業の開始後すぐに、仲の良い男友達が投げてよこした雑な字の伝言メッセージ。
 ……それにまぁ、楽しいのは、授業だけじゃないからねぇ?
 そこには、紙の内容を思い出し、ほくそえむ春華の姿があった。




 ――昼休み。
「……ね、やっぱりやめようよ? 神様に怒られちゃうよ……」
 言わずと知れた、旺盛な好奇心の持ち主である春華と、その友人――将来の夢は旧教修道士の勤勉な少年と、唯一のとりえは体育のみというサッカー青年とは、職員室の前へとやって来ていた。
「お前なぁ……何のために俺達がこんな所に来てると思うんだ? お前はともあれ、俺達は本当は外で遊んでたいんだからな」
 プリントを抱える弱気な少年に、春華がぐぐいっ、とおっ立てた指先を突きつける。
「とにかく、お前が一役買え」
「そそ、そうすれば俺達は、開かずの間制覇の第一人者となれるんだからな!」
 その後ろから、青年の豪快な言葉が付け加えられた。
 少年は、先生への質問をたっぷりと書き湛えたプリントをぎゅっと抱えなおす。
 ……少年は、ただ純粋に、職員室に授業の質問をしに来ていた。
 しかし、春華と青年とは、それこそ学校の歴史に残りそうな悪戯をする為に、この場所へと来ていた。提案者は、授業中に春華へと手紙をよこした、彼の後ろの大きな青年。
「……でもぉ、」
「さぁ、行くぞ! それじゃあお前は、先生の気をきちんと引いてくれよな♪ それから、お前も」
「おう、春華は小柄だからな〜。きちんと上手くやるんだぞ?」
 それでも渋る少年の背を押し、春華は青年と少年とを、職員室の中へと送り込んだ。
 ちなみに今回の計画は、この学校にある『開かずの間』の鍵をどうにかして盗み出そう、というものであった。トラブルメイカー三人組の中でも、唯一教諭達から勤勉だという評価を受けている少年と、体育の事となると、もっぱら素晴らしいと評判な青年。この二人に、職員室に残っている数少ない教諭の気を引かせ、その隙に春華が鍵を盗み出す、というのが計画の全貌であった。
 そうして暫く、タイミングを見計らい、春華も職員室へとひっそりと足を踏み入れる。
 鍵の場所は、予め調べを入れておいてある。元々の小柄な体型が幸を成したのか、春華は教諭に見つかる事もなく難なく歩みを進め、気がつけば目の前に、ずらりと掛けられた鍵を見る事ができた。理科室の鍵、美術室の鍵、それから――
 お、そう言えばこの学校、音楽室にも怪談話、あったっけ?
 ふと、音楽室の鍵に目が止まる。
 ひょんな切欠で、春華がこの学校へと転校≠オてきてから、まだほんの数ヶ月。春華にとって、文字通り初めて≠フ学校生活は、毎日が発見の連続であった。
『わかった! わかったから! 学校だなっ! わかったから、竜巻は止めろっ?!』
 春華の転校の切欠。それは『天狗』である春華の保護者≠ナもある霊能者に、彼がほんの疑問を投げかけた所にあった。
『あいつ等、何しに行くんだ? 同じ服着て、年も皆近そうだし。毎日のよーに見るよなぁ。歩く方向も一緒……奇妙な感じだ』
『あぁ、君は学校というものを知らないんだね――勉強しに行く所さ。同じ建物の中で、皆で集まって勉強をしに行く所だよ。色々な行事とかもあるけどねぇ。いや、その度に煩くて敵わんけどね』
 霊能者の答えに、気がつけば春華の好奇心は、かきたてられていた。
 ――ちょっと、あの辺に大きな竜巻起こしたら面白いかな、だなんて、呟いてみただけなんだけどなぁ、俺。
 人通りの多い通りを指差し、冗談半ばに呟いてみただけで、霊能者は春華の意思を汲み取り、ご丁寧にも制服まで購入してくれた。
 それからはこうして、悪戯の毎日であった。その好奇心が故に、春華の成績は確かに上位層ではあったものの、教諭の間では、かなりのじゃじゃ馬として目をつけられているうちの一人でもある。
 生徒指導室に呼び出された回数も数知れず。その度に霊能者に、もうこれ以上何もしてくれるなと泣きつかれているのだが、それでも春華の好奇心はとどまる所を決して知らない。
「開かずの間、開かずの間……」
 上から順番に、視線だけで、名前のついていない鍵を中心に探してゆく。
 そうして、暫く。
「……これ、か?」
 呟きと共に、古びた鍵を手に取った。
 名前シールの剥がされた跡が、くっきりと残されていた。暫く使われていなかった事を証明するかのように、鉄臭さがここまで漂ってくる。
 ……きっとこれだよな!
 確信を深め、春華はその場で小さく両拳を握り、気合を入れた。そうして制服のポケットに鍵を隠すと、
 刹那。
「おい、伍宮」
 目の前にあったのは、見知った教師の顔であった。眠たい授業で有名な、あの数学教師の大きな顔が。
 思わずどきりと、肩を震わせる。
「何をやってるんだ」
「……や、やぁ、先生」
「伍宮」
「それじゃあ俺、そろそろ戻るわ――」
「何をやっていたんです?」
 授業時の口調で聞き返され、春華はポケットから取り出した右の手で、ぽりぽりと頬を掻いて見せた。左手でポケット越しに鍵に触れながら、じりじりと距離を置いてゆく。
「いえ、別に何も、」
「お前の何も、は信じられん。まさか、どっかの教室の鍵でも盗んだんじゃあ――」
 さすが鋭いよな……! この先生っ!
 しかし春華は、それを口にも出さず、顔にも出さず、
「まさか、そんな事したって良い事ないだろ? 何か面白い事でもあるって言うんなら、話は別だけど」
「お前にとったら何でも面白いんじゃないのか? ん?また怪談話がどーとかで、まさか、夜の音楽室に侵入しようと考えてるんじゃあ――」
「あるじゃん、そこに。音楽室の鍵。とにかく俺は何も取ってないし、何もしてないって」
「だったらとりあえず、ポケットの中を見せなさい」
「……は?」
「お前の事だ。絶対何かやってるに違いない」
「失礼な! ぷらいばしーってヤツの侵害だろ! 絶対ヤダからな!」
 一回り大きな大人を相手に、春華は戦闘態勢に入る。独特の赤い瞳でじっと教諭を見返しながら、ほんの一秒の隙も与えはしない。
 しかし。
 気がつけば、春華と教諭との周囲に、ばらばらと野次馬が集まり始めていた。
「ポケットの中を見せなさい」
「絶対に嫌だ!」
 答えながらにも、流石の春華も周囲をざっと見回した。職員室の片隅に出来た小さな野次馬の輪の中には、友人達の姿も見て取れた。
 ……良し。
 ふ、と春華は、決意を決める。
 右の手を腰の方へと下ろし、二人にすっと、視線を投げかけた。
「伍宮」
「……いやぁ先生、今日は風が強いから、気をつけた方が良いと思うけど」
「何を突然……!」
 悪戯っぽく、春華が微笑んだ瞬間。
 轟音と共に、窓から強い風が、職員室の中へと向って吹き込んできた。春華は再度視線で友人達を促すと、周囲に飛び散ったプリント類に気を引かれている教諭達の波を縫って駆け出した。
「あ、こら、伍宮、待ちなさい――!」
 しかし、数学教師が気がついた時には、既に時遅し。瞬きの刹那、風の一瞬、その場から、三人の姿は忽然と消えてしまっていたのだから。
「又逃げられたか……! だがしかし……何だ? 今の風は……!」
 勿論教諭が、春華の本当の正体を、つまりは風の原因を、知るはずもない。
 思わずその場に呆然と立ち尽くし、周囲を見回した。
 ――はらり、はらりと地面に落ち始めるプリントは、さながら、狸の変化の木の葉であるかのようだった。




 そうして、放課後。
 三人は、数学教師からの呼び出しを上手く乗り切ると、一階の『開かずの間』の前へとやって来ていた。
「よし、開けるからな」
 いよいよだ――と、躍る心を必死に抑えながら、春華はぱっと、制服のポケットから先ほどの鍵を取り出した。
 ゆっくりと、二人の見守る中、鍵穴にそれを差し込んでやる。
「鍵ってあんまし、使った事ないんだよなぁ」
 何せ、かつて春華が生きていた時代には、鍵は愚か、ドアと言うものすら存在しなかったのだ。後ろの少年の好きなキリスト教とやらも、歴史で習ったイスラム教も、日本にはまだまるで存在しなかった時代。そういう時代に、春華は生きていたのだ。洋服もなければ、学校というものも、存在しなくて当たり前だった。
 それが、今は――
 丁度あの霊能者と出会った頃から、くるりと世界は変貌を見せた。
 毎日が、新しい事との出会いの日々。
「右に回すの、右。押しても開かないって」
「ん、こう、か?」
 言われたとおりに回せば、軽い手ごたえと、古めかしい金属の動く音が聞えて来た。
 確認するかのように友人を見上げると、彼は春華にこくり、と一つ頷いて見せた。
 そのまま。
 春華は勢い良く、開かずの間のドアノブをくるりと捻る。
 誇り臭さと共に開いたドアの中に、ゆるりと三人の姿が消えて行き――
 そうして。
「「「……うわあああああああああああああああああああああああああああああっ?!」」」
 三人の叫び声が、長い廊下を切り裂いた。

 無論、その先での出来事は、誰も知らない。


Finis



☆ Dalla scrivente  ☆ ゜。。°† ゜。。°☆ ゜。。°† ゜。。°☆

 まずはじめに、お疲れ様でございました。
 こんばんは、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。
 今回はご指名の方、本当にありがとうございました。
 まずはじめに、締め切りギリギリの納品となってしまいまして申し訳ございませんでした。大変お待たせ致しました。
 中学校生活との事で、懐かしいなぁ〜、などと思いながら描かせていただきました。授業の方は実際、どんなに興味があるお話でも、教諭の腕次第では眠くなる場合もありますし、実はその逆もあったりします。……あたしが不真面目なだけなのかも知れませんが(滝汗)
 開かずの間、定番なネタではありますけれども、実際あたしの中学校にも、それに似たような場所はあったような気がします。ちなみに今回、中で何があったのか――それは、ご想像にお任せいたします♪
 では、乱文にて失礼致します。又機会がありましたら、是非とも宜しくお願い致します。

09 septiembre 2003
Lina Umizuki