コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


 試写会にご招待

 9月13日。
 第2土曜日にあたる今日は連休の初日とあってか、ここ六本木は多くの人達でにぎわっていた。普段はビジネス街としてサラリーマンで溢れるここも、今日は家族連れやカップルの姿がよく目立つ。
 海原・みあお(うなばら・みあお)は姉である海原・みその(うなばら・みその)と共に六本木の街を散策していた。それというのも、この日、六本木ヒルズの映画館にて「劇場版エターナルヴォイス『風と水の幻想曲(ファンタジア)』」の一般試写会が開催されるからだ。
 スタッフラッシュの際に受け取った招待状を握りしめ、みあおは足取り軽く階段をかけあがっていく。その後をゆっくりとした動作でついていっていくみその。彼女は髪と同化するような漆黒のドレス姿でめかしこんでおり、その愛らしい容貌も愛重なってひときわ皆の注目を浴びていた。
 振り返り、感嘆の声をもらす男性群を不思議に思いながらも、みそのはみあおに時折声をかける。
「あまり急ぐと危ないですわよー」
「はーい、気をつけまーっす」
 ご機嫌の笑顔でみあおは元気よく応えた。その笑顔につられてみそのも柔らかな表情をみせた。
 
「とん、とん、とんっと。到着―!」
 レンガで囲まれた敷地内をぬけて、映画館へと続く少し長い階段を上ると、急に視界が拓かれる。都会の街にそびえ立つ東京タワー。東京の象徴ともいえる赤い塔は、秋空にぽっかりと浮かんでいるような雰囲気を漂わせていた。
 しばし立ち止まり2人は青い空に浮かぶ赤い塔を眺めた。
「お姉ちゃんもこれればよかったのにねー」
「ええ、でもお忙しいようでしたし、仕方ありませんわ」
 新学期を迎え、中間テストや文化祭など学生達はスケジュールが目白押しだ。いつまでも夏休み気分ではいられない。……もっともそれ以外のことが原因で忙しいようでもあったが。
 
 ファンタジーの天才、織倉監督の最期の映画とあって、試写希望の列は1階と2階ロビーをうめ尽くさんばかりの長い列になっていた。もちろんこの場に来ているのは皆、試写会招待に当選した者達ばかりのはずだが、今並んでいる人数では確実に立ち見客が出てしまうだろう。
「ふえ……一杯人がいるなぁ……」
「まだ開場には時間もありますし……暑い最中(さなか)、大変でしょうね」
 長蛇の列を横目に見ながら、2人は映画館の「試写会特別招待客用」の看板のたった入り口へと入っていった。そこは通常プレミアスクリーンと呼ばれる特別な映画会場の閲覧客用の待ち合い室らしい。入り口を入ってすぐの待合室は一面、赤いじゅうたん張りで奥にカウンターバーらしきものが見える。
「ねえねえ、あそこでジュース飲ませてくれるんだって。何か飲もうっか?」
「映画の前に飲んで大丈夫? 途中で席立てないわよ」
「大丈夫だもんっ。みあお、そんなに子供じゃないんだから!」
「そう、なら……頂いておきましょうか?」
 仕方なくみそのはカウンターにいる男性に声をかける。その間、みあおは待合室内を見て回った。
 
 どうやらこの待合室に入れるのは、みあお達と同じような特別招待券を持っている者のみのようだ。
 外に並んでいる一般と違い、すでに座席がきちんと決められているせいだろうか。どの人間もゆったりと時間がくるまでの間を楽しんでいる。
 その中にひときわ目立つ集まりがあるのを見つけた。その中には以前、スタジオでみかけた風貌の人間も何人か見える。恐らく上映の手伝いにきたスタッフ達だろう。
「……もしかして……」
 そそくさと用意しておいたサイン色紙を取り出しながらみあおはいそいそと輪の中にはいっていった。

「こ、こんにちは……」
「こんにちは。あら……もしかしてこの子が噂の可愛い訪問者?」
 口元に赤い紅をくっきりとひいた女性が笑みをもらしながら、向かいの男性に視線を投げる。
「訪問……?」
 きょとんと首をかしげるみあおに、男性は先日の試写会のことだと告げた。
「こちらの人達が今回キャラクターに魂を吹き込んでくれた声優さん達だよ」
「初めまして、みあおちゃん。楽しんでいってね」
 フリルと花柄がたくさん付いた人形のような衣装の女性がにっこりと微笑みかける。
「は、初めまして……! ええと、あの……サインお願い!」
「ええ、構わないけど……もうすぐ舞台の打ち合わせがあるから、その後で良ろしいかしら? 10分ぐらいした後か上映の後に、楽屋のほうへ来て頂ける?」
「うん、わかった!」
 丁度、カウンターに注文を終えたみそのの声が聞こえてきた。そろそろ入場がはじまるらしい。
「さ、早く行かないと迷子になっちゃうよ」
 とん、と背中を押され、みあおは軽く振り返りながらもみそののもとへと駆けていった。
 
************
 
 2人がついた席は指定席専用の座席で、先程注文しておいた飲み物とお菓子が用意されていた。一般座席よりゆったりとしたつくりで、小柄のみあおにとっては少し大きすぎるほどだ。
 2人の座席に挟まれた手すり兼簡易テーブルの上に置かれたお菓子をつまみつつ、落ち着かず時計を何度も見るみあおに、みそのは小首をかしげながら問いかけた。
「どうかしましたの?」
「あのね、いま会議してるからだめだけど、もうちょっとしたらサイン書いてあげるから、楽屋にいらっしゃいって誘われたの!」
「まあ……それはすばらしいことですわね。でも、上映前は色々とお忙しいでしょうし、終わってから御挨拶にいったほうがよろしいと思いますわよ」
 それに1人でうろうろしては迷子になってしまうだろうとみそのは心配げに告げる。見た目よりずっと年月をすごしているみあおだが、みそのからみたら可愛い妹なのである。ここ最近、ぶっそうな事件も増えている。なにかあったときでは遅いのだ。
「……わかった。大人しくしてる……」
 みあおはしょんぼりと林檎ジュースを口に含む。
 優先客が一通り席についてから、一般客も入ってきた。座席はすぐに満席になり、当初の予想通り階段も立ち見客で埋まるほどの人数の来場客となった。すぐに会場は暗くなり、舞台前での挨拶がはじまる。
 人気のある声優陣が揃えられていることでも注目度の高い作品であったため、スポットライトを浴びた声優達が舞台袖から現れるたびに歓声があがる。声優達はにこやかに笑顔で返し、お決まりの挨拶を順に告げた。
 彼らの姿をみて、みそのは小さな声でみあおに問いかけた。
「あの方々、先程おはなしされていたかたではありませんか?」
「うん、そうだよ。一番左のおじさんが券をくれた人なんだ」
「そうでしたの。ちゃんとお礼にいかなくてはなりませんね」
「でも、『映画がおわったら』でしょ?」
 2人は顔を見合わせてくすりと笑う。
 
 みあおは2回目の映画だったが、内容をなんとなく分かっているぶん、さらに深く楽しめ、始終画面に釘付けだった。みそのは夢中になって物語に魅入られているみあおの姿を見つめて優しい笑みを浮かべた。
 
************
 
 映画も終わり、劇場を出ていく人の波がおさまり始めた頃に、2人は舞台裏にある楽屋へと足を運んでいった。途中、警備員に事情を説明しているとスタッフらしき男性が2人の姿を見つけ、すぐさま奥へと案内した。
 事務所を抜け、倉庫のような細い廊下の奥に楽屋はあった。といっても、ここも倉庫のようなもので休憩場として急きょ整えたといった雰囲気がする。
「こんにちはー……」
「お、きたきた。待ってたわよ! ほら、18才未満が入室したら禁煙タイムでしょ!」
 扉に一番近い所に座っていた女性が、煙草をすっていた男性陣にすぐさま止めるよう忠告する。男性陣はしぶしぶと煙草を灰皿に押し付けて奥の流し場へと席を立っていった。
「あの……すぐ失礼致しますので、お気づかいなさらないでください」
「いいのよ、遠慮しなくて。丁度空気の入れ替えをしたかったところだしね」
 女性は艶やかな赤い唇をゆるめ、いたずらっぽく笑う。
「はい。これ、おみやげだよ」
 みあおは手に持っていた紙袋を女性に手渡す。
「ありがとー。甘いもの大好きなのよね、あたし……で。渡すものはそれだけかしら?」
「えっと、こ、これもお願い!」
「はいはい」
 10枚ほどのサイン色紙を受け取ると、女性は輪の中へと戻っていく。入れ違いにスタッフの男性が2人にコーヒーを手渡してきた。
「あいにくコーヒーしかなくってね、なんなら外の自販機で買ってきても良いんだけど……」
「ミシバー、外に買いに行くなら俺にビール買ってきてくれー!」
「私もスタバのキャラメルラテー」
「はいはいはいはーい」
 男性はやれやれといったようすで肩をすくめる。くすりと苦笑いを浮かべながらみそのが言った。
「いろいろと大変ですのね」
「まー、僕は使いっパシりの制作進行だからね。しかたないさ」
 どうやらサイン色紙は声優達はもちろんのこと、各スタッフの手にまで回っているようだ。何人か書き込まれることを予想して10枚もの色紙を手渡したのだが、それでも足りなかったかもしれない。
「はい、お待たせしました」
 戻ってきたサイン色紙には各声優のサインや作画スタッフの落書きがびっしりと描かれていた。その中でも特にきわだっていたのが、作画監督と美術監督との共演、空を飛ぶ主人公「村上明日香」のイラストだった。もちろん2人のサインも描かれている。もしかすると、これだけで一枚の絵画として成立できるかもしれない。
「うわー……ありがとう!」
「いえいえ、どーいたしまして♪ 映画が始まったら皆に宣伝しまくってね」
「うん! まかせてよ!」
「せっかくだから記念写真撮っていかないかい? ちょうどポラロイドが1枚あまってるんだ」
 資料撮影用のカメラなのだろう、かなり本格的なつくりのカメラを手にスタッフの1人が駆け寄ってきた。
「あら、いいわね。そっちのお嬢さんもいらっしゃい、皆で撮りましょ」
 みあおとみそのを最前列に、その後ろに声優陣が集まる形でその場にいたスタッフが並んだ。
「はい、みなさん、チーッズ!」

 結局、映画「エターナルヴォイス」は上映中止になり、その日の約束は果たせなかった。
 が、みあおとみそのにとってその日の試写会は忘れられない日になっただろう。
 
 みあおの部屋に飾られたサイン色紙の中で、少女は今もなお、果てしない空を飛翔している。
 
 文章執筆:谷口舞