コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


嗚呼、萌えの始まり。


「あのぅ…ち、ちゃんと記事になるんでしょうね?」
「なるに決まっておろうっ!私が折角語ってやっているのだから大人しく聞きたまえ山下っ!」
「ううぅ、三下ですぅ」
 狭い部屋の中、其処にいるのはくたびれたスーツ姿に猫背の青年と、がっしりとした逞しい肉体を持つ銀髪の年齢不詳の男。
妙な空気を漂わせている狭い部屋の中で、二人は向かい合いながら薄い座布団の上に座っていた。
だがその表情と態度は全く対照的なものであったけれど。
 相手の言葉を聞き、猫背の青年は、ハァと大きな溜息をつきながら眼鏡に手をあてた。
銀髪の男…海塚要(うみずか・かなめ)は、そんな青年の溜息など全く気にせず、傍らに置いた湯飲みから茶をぐびぐびと飲み干した。
そしてぷはぁ、と親父臭い息を吐き、あぐらをかいた膝をポンと手で叩く。
「ふん。さて、どこまで話したかな?」
 要の問いに、青年…三下忠雄は、左手に握っている小さなメモ帳に目を落とし、
「ええと…確か、『襲ってくる狩人たちを軒並み打ち倒し、世界征服まで後一歩のところ』までですねぇ。つーか…これ、本当の話なんですか?」
 眼鏡の奥から不審な目で要に訴えかける。至極当たり前のその疑問に、要は憮然とした顔で偉そうにふんぞり返りながら、
「当ッたり前のコンコンチキに決まっておるだろうがッ!お前はそんなことだからいつまでも編集長殿にこき使われるのだぞっ!」
「ううぅ、それ関係ないと思いますけどぉ」
 自分にとって一番痛いところを突かれ、ますます背を丸めて三下は嘆いた。
「良いかっ!ここからが一番良いところなのだからな、しっかり聞き取るのだぞ!」
「あー…まだ続くんですね…」
 眼鏡の奥でさめざめと涙を流しながら、三下はメモ帳にペンを落とし、写し取る構えをとる。
 メモを取らずにぼんやりしているとどうなるか、既に学習済みだからだ。
要はそんな三下の様子にうんうん、と満足そうに頷いて、神妙な顔つきで口を開いた。


















 あれは昔々のことじゃった…ワシが現世を恐怖のどん底に陥れてやろうと、颯爽とこの地に降り立った頃…

「あのぅ、何でいきなり『日本昔話』的な口調になってるんですか…。しかもやたらと物騒な」
「喧しい」
「…………あぅ。」

 まぁ、良い。少々のツッコミは許してやろう。私は心が広いからな、海のように!
…なんだ、その目は。何か文句でもあるのか?
 ふん、気になるが放っておこう。話が進まん。
 …それでだな…そう、あれは確か、どこぞの国の教会に乗り込んでいったときのことだ。
迫り来る強敵たちを打ち負かし、私を狙ってくる刺客どもを薙ぎ倒し、少々暇になった私は御身自ら乗り込んでいってやったのだよ。
そしてそこの大司祭は、生意気にもこの私に聖呪文などをかけてきおった!
 無論、この全世界最強の魔王に敵うはずがない!
聖呪文など鼻息であしらい、また一歩最強の漢(おとこ)に近づこうとしたそのとき…

 やつが現れたのだ…!!

「ふんふ〜ん♪ちゃ〜ら〜へっちゃら〜」
「んん?なんだ、この鼻歌は」
 私は大司祭の襟首を掴み、最後の引導を渡してやろうと身構えていた。
そんなところに、遠くから聞きなれない音楽が聞こえてきた。
全く聞いたことのないメロディ、能天気な鼻歌。それに気を取られていると、鼻歌に合わせるように、地を揺るがす足音が響いてきた。
それも一つではない、数え切れないほどの重音だ。
「なんだ…」
 私が眉を潜めているうちに、足音はすぐに近くなり…
    …ドドドドドドドドドッ!!!
「ぐわあぁぁぁぁあああぁぁッ!!!」
 一瞬のうちに、私の真上を牛のひづめたちが通り過ぎていった。
無論その被害は私だけでなく、私が襲撃した教会や司祭どもにも及んでいることは言うに及ばず。
あっという間に、辺りは阿鼻叫喚の図となった。
「ぐ、ぐぐぅ…」
 背中に無数の蹄の跡をつけながら、私は呻いた。
畜生、どこのどいつだ。私を地面に口付けるとはっ!断じて許さん。
即刻ひっとらえて八つ裂きの刑にしてくれるわッ!!
 ガッデム、と叫びながら顔を上げると、前方の牛になにやら人影が見えた。
奴だ。奴に違いない。この魔王、海塚要様を足蹴にした罪は一千メートルの谷底よりも深いぞッ!!
 私はそう言い渡そうと思い、目をこらして前方を見てみた。
先頭の牛に跨っていたのは、黒マントを翻したまだ年若い少年だった。
手を腰にあて、なにやら奇妙なポーズを取りながら笑顔を振り撒いている。
 そして微かに聞こえる少年の声。
「…あれっ?確かこっちの方向に、イイカンジに時代考証間違えやがった変態さんが居るって聞いたのになっ♪」
 ヘンタイ…変態とは一体誰のことだ?
 私が眉を潜めている間に、少年はポン、と手を叩き、
「まあいいやっ♪あそこでぶっ倒れてるオッサンに聞こうっと。さあ、皆!レッツ豪!」
 ゲシッと牛の腹を蹴りつけ、こちらに向かって指を指す。
げ、と思う間もなく、再度私の上を蹄の大群が走り抜けていったのだった…。

 私は薄れゆく意識の中で誓った。
あの黒マントの少年の顔、二度と忘れはしないと。
必ずやひっ捕らえてこの魔王様の真上を牛で通り過ぎたことを後悔させてやるとな…!!




「はぁぁ…壮絶な出会いだったわけですねぇ」
「そうなのだ、壮絶だったのだ」
「はぁ…なるほど…じゃあ僕はこれで」
「おい待てコラマテ何故そこで席を立つ」
「はうぅぅぅ…だってもう話は…」
「まだ済んでない。」




 まあ落ち着いて聞きたまえ。
それからというもの、私はあの黒マントの少年を探して諸国を漫遊していた。
何故か、あの少年を果たさねば最強という名の冠は手に入れられないような気がしていたのだ。
だが私が望むときには決して彼は姿を現さず、来てほしくないと思うときに限って、あの鼻歌が聞こえてくるようになったのだ…!
 そして出会う度に必ず、奴は『変態サン、はっけーんっ♪』と笑顔で指差す始末。
私は変態ではないっ!
私は魔王なのだ!
魔界を統べ、現世に混沌と恐怖を振り撒くべく降臨した魔王なのだ!
 だが何度叫んでも奴は理解する気配を見せず…。


 そして、幾度目かになろうか、或る地でまた私と彼が出会ったとき…。


「ややっ!また会ったネ、変態さんっ♪」
「だーかーら、私は変態などではないっ!」
「やッだもぅ、どこからどうみても変態サンだよっ♪その時代錯誤の言動といい風貌といい、体中から発する電波といい…
僕のセンサーがキミを変態サンだと告げているのさっ♪」
「意味の分からぬことをぬかすなっ!私は魔王だ!魔王、海塚要なのだ!
少年、いざ尋常に…」
 勝負せい、と言いかけた私の口が止まった。
そこで初めて、私は少年の表情が変化するのに気がついた。
変わらぬ笑みを浮かべているものの、その背後からは徒ならぬオーラが立ち上っていた。
「…マオウ?」
「そ、そうだっ!やっと分かった…か?」
 私は恐る恐る言った。少年の目の奥が、冷酷な光を帯びたのを察した。
そして懐からサッと取り出したナイフが、月の光に照らされて鋭く光った。
「ふーん…マオウかぁ…」
 クスクス、と笑いながら大振りのナイフを構える少年。
「マオウってことは…切っても突いてもバッラバラの八つ裂きにしても死なないんだね…っ」
 私は背筋が寒くなるのを感じた。
己以外の者に対して、こんな感情を抱いたのは初めてだった。
 しかし、私は魔王だ。世界征服のためには、ここで退いてなるものか!
そう心の中で叫び、私独自の格闘術の構えを取った。
 少年は、寒気すら感じる笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいてくる。
「永遠に闘争の愉悦が楽しめるなんてっ…うふふふふっ♪」
 
 そして、私は目の前が真っ赤になるのを感じた。







「…ということだ…」
 語り終え、ふぅと息を吐く要。
三下はペンを走らせる手を止め、首をかしげながら、
「…それで、どうなったんですか?」
「負けた。」
 三下の問いにきっぱりと即答する要。
だがキッと顔を上げ、拳を握り締めて天井に向けて叫ぶ。
「だがっ!!あの少年は、色々萌えを知っている僕に敵は居ないよと言っていた…!
つまりは、萌えを理解すればあの少年を倒せるということっ!
なので、現在私は萌え追求のために日々奮闘しているのだっ!!」
「…………!!!」
 いきなり危ない発言を天井に向かって叫ぶ要に、三下はひきつり笑いを浮かべて逃げ出す準備を始めた。
正直言って、これ以上要に付き合っているのは勘弁してほしかったのだ。
 無論、そんな獲物…もとい三下を逃がす要ではない。
三下のスーツをぐいっと掴み、笑顔で凄む。
「だから、お前も手伝え」
「はぁっ!な、何をですかぁっ!?」
「何をって、決まっておろう!それは萌え!この世で最強の武器であり防御っ!」
 そしてもう一度、声高らかに叫ぼうと口を開いたところで、ぴたりと要の身体が硬直した。
「…?」
 眉を潜めた三下の耳にも聞こえてきた、能天気な鼻歌。
身を震わせている要の唸りと共に、三下の耳には、その鼻歌がレクイエムのように聞こえてきたのだった。









 完。