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<東京怪談ノベル(シングル)>


人物鑑定依頼再び〜草間さんって何者ですか?

「…ほぉ」
 探偵の前に並べられたのは要申請特別閲覧図書の閲覧申請書…のコピーと、免許証のコピーのそのまたコピー。
「気のせいだったら良いんですけれど」
 心配げにそれらを持ち込んだ依頼人――綾和泉汐耶は溜息混じりに呟く。
 曰く。
 申請されているのは魔術書であり、諸々の要素から――現時点で申請を却下する事は決定事項との事。
 ならば改めて何を依頼に来たのかと言えば、申請書に付けて出された免許証のコピーに違和感を感じた、との事らしい。
 その記載されている文字に名、そして写真に、どうにも重ならないイメージがあるのだ。何となく座りが悪い。しっくりこない。何処がどう変と具体的には言い切れないが、漠然と変なのだ。
 もしかしたらと汐耶の脳裏に浮かんだのは裏世界にあるような、『架空の戸籍』を使っている可能性。
 今回の草間武彦への依頼は――それらに関する調査。もし汐耶の疑念が当たっていたとしたら、その裏付け。
 …もしここでただ申請却下だけでそれ以上は見逃したなら、同じ人物が別の戸籍を使用して再度、と言う事もあり兼ねない。そしてもし万が一その時に気付けなかったら…今までの警戒がすべて水の泡。
 危ない相手は確認しておいた方が良い。
 違和感ある身分証明を使って来るような輩となれば尚更だ。
「お願いできますか?」
「勿論。れっきとした依頼でしょう。これは。断る理由が無い」
「有難う御座います。で、依頼料の方なんですが…」
「…必要経費別で三万」
「良いんですか?」
「…前に一度それで受けただろ」
 渋い顔で武彦は言う。
 こないだの話からすると、最低でも五万にしたいところだがな。
 そうぼやきつつも、一度三万で受けた以上、今回に限って値上げはフェアじゃないだろう、とぼそり。
「でも今回はひとりですし…前より手間は掛からないかも…」
「三万」
 のらりくらりと告げる汐耶に武彦はきっぱり言い切る。
 …今回ばかりはびた一文、そこから値切らせる気は無いらしい。
「他のところに頼んでも良いんですが…」
「………………構わんさ。どうせ食うや食わずの騒ぎはいつもの事だ…」
 今日は『お目付け役』も席を外している事だしな…などと呟き、ふっ、と俄かに遠い目をしつつ、自虐的な発言をも気にしないハードボイルド志望の探偵一匹。
 やはり依頼人である前に常連組の、ある意味身内であるからこそ出てくる気安さの現れであろうか…。
「…それに他のところに行った方が…恐らく三万より高くつくぞ」
 ちら、と汐耶を見つつ、ついでのように武彦はぽつり。
 …一応、それなりの交渉も考えているらしい。
 汐耶はゆっくり頷いた。
 ――取り敢えず私の依頼で草間興信所相手ならば相場なんだろう、と。
「それもそうかもしれませんね。じゃあ…三万でお願いします」
「…決定だな?」
 武彦は頷き返し、目の前に置かれた各コピーを少し持ち上げると、煙草の灰を灰皿に落としつつ再び目を通す。
「…架空の戸籍、か」
 この感触は…有り得るかもな。と独白しつつ、武彦はぼーっと考え込む。
 と、そこに。
「ああ、それと…もし『その手の戸籍』のリストでも手に入るなら…依頼料にその分上乗せしますけど」
 思い出したよう言いだした汐耶の科白に、武彦は片眉を跳ね上げた。
「…欲しいのか?」
「最近気になる申請が多いですからね。…今回のような事がまた起きたら、厄介ですし。今後の為に」
「…幾ら出す?」
「それは内容によりますよ。…こちらが満足できる程度の物だったら、五十万は考えてます」
「危険手当含め、だな」
 …存在自体がヤバい代物と言えるからな。架空の戸籍のリストとなると。
 言いながらも武彦はあっさりと頷き、小さく笑う。そして提示された申請書その他書類のコピー等の情報を揚々と手に取り、意味ありげに汐耶に翳して見せた。
「…渡したリストの管理は確りしておけよ。外部に漏れたと知れたら、その時点でその戸籍は誰も使わなくなるからな。そして何処からかまた別の戸籍を捻り出してそちらを使う。…そんな世界だ」
 依頼を受けた時点でこんな科白まで。
 その仕草と発言にはどうにも自信が見える。
 …それどころか…リストの話を聞くなり、何やら機嫌が良くなっているのは気のせいか。

■■■

 ――そしてほんの数日後。
 予想外にやたらと早い依頼完了、との電話連絡に、汐耶は目を丸くした。
 空いた時間を見て興信所に赴き、調査結果に簡単に目を通して見たが、当然のように、依頼した申請者の戸籍の出所から…免許証写真の人物の身辺調査結果までぞろっと上がっている。
 そして確りきっぱり『架空の戸籍その他使われたら危ないと見て間違いない戸籍』のリストも汐耶の手許に渡された。ちなみにそのリストの方にもどうやら件の申請者の戸籍がばっちり含まれている。
 更に、そのリストにあるそれ以外の戸籍も…魔術関連のダミーに使われる可能性が高そうだ――と思しきものには、枠外にマークまで付けられている。曰く、戸籍を買っていった相手が、そちら関係の人物らしいと。
 サービスだ、と不敵な笑みでそこまで言われ、ちょっと素直に驚いた。

 やけに詳しい。
 しかも早い。
 更に言うなら依頼を受ける時点でどう言う訳か妙に自信がある様子だった。
 ひょっとすると草間武彦にとっては簡単な依頼だったのか。
 とは言え、普通…こんな伝手は無い…と思う。
 昔の事は知らないが、少なくとも現在は名実共に九割方怪奇探偵だし。
 ………………いったい何処でどうやって調べてきたのだろう?
 汐耶は仕方無さそうに苦笑しつつ、ふぅ、と溜息を吐く。
 いや、間違い無く有難い事は有難いのだが。

 ただ今回は――結局、『負けた』ような気がしてちょっと悔しいのかな?

【了】