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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


無断外泊のつけとその効用

 今時の子供。
 そう言った一種の非難の対象にされる年頃だ中学生というものは。
 が、それは一部エスカレートしてしまったものばかりがクローズアップして言われることであって、大概の中学生は清くまっとうに子供らしく生活している。
「……おかしいですわね」
「おかしいよねえ」
 酷くのんびりした口調で言う海原・みその(うなばら・みその)に、その妹であるところの海原・みあお(うなばら・みあお)がこくりと頷いた。
 みそのにとっては妹、みあおにとっては姉が。
 大概の中学生らしく清く真っ当に生活している家族の一員が帰ってこない。既に時計の針は午後9時を過ぎている。特に塾通いをしてるわけでもない中学生にとってこの帰宅時間の超過はあまり普通ではない。
 尤も極普通でない中学生にしたところであまり普通ではなかっただろうが。
 何しろ彼女等の家族が学校へ行くといって家を出て三日目の午後9時なのだから。
「……お母様に連絡した方が宜しいかしら?」
「…………それはやめた方がいいと思うなみあおは」
 おっとりと言う姉にみあおは『なんでもいいから』とぶんぶん首を振る。
 外見は若干六歳のみあおだが、実際のところは中学生程度の年齢、極普通の判断力程度なら備わっている年頃である。この目の前の天然を通り越しているような姉はかなり別として。
 彼女等の母親は、懸命に母親を務めようとしている。そしてとても強い人だ。
 その母親に連絡を取ったりすれば何が起きるのか、みあおには恐ろしいほどはっきりと想像する事が出来た。
 まず、焦る。そしてパニくり己の常識と良識にしたがって、疑わしい場所という場所を襲撃、下手をすれば東京を火の海にしかねない。
 妹の不安を理解した訳ではなかろうが、みそのは暫し虚空を見つめた後にこくりと頷いた。
「しかたありませんわね。わたくし達で探す事にしましょう」
「うん!」
 みあおは元気に頷いた。



 居場所は割とあっさりと割れた。
 みそのが“流れ”を感じるまでもなく、一本の電話が彼女等の家族の居場所――正確には最後に向かったと思しき場所を教えてくれたのだ。
 廃ビル。
 朽ちかけた灰色の建物は、みそのが感じる限りあまり宜しいものとも思えない。
「……困った方ですわね。あんなところにのこのこと一人で出かけていくなんて」
 少し遠巻きに離れた場所からビルを見つめ、人の目には普通は決して映らないものを眺めつつみそのが呆れたように言った。みあおもそれには同感で、うんうんと頷く。
「なんかいやーな感じだよね」
「それじゃ参りましょう」
「はーい!」
 ピッと手を上げたみあおはそのまま姉に手を引かれ、その廃ビルへと向かった。



「タイトルは『少女の驚愕』ってトコロかなあ?」
「わたくしは『迫り来る恐怖という名の快楽』と言うタイトルをつけたいですわ」
 実に暢気に会話が交わされているがその実大分剃れどころではない事態である。
 その廃ビル。朽ちかけたおどろしい気配を漂わせるビルの中で彼女等の家族はあっさりと見つかった。保護色になってしまっているので遠目からは流石にわかり辛かったが、近寄ってみれば一目瞭然である。
 恐怖に顔を歪ませた石像。にょっきり壁からはえているそれはどこからどう見ても彼女等の家族の顔だった。身につけているものもそれと合致する。
 何処かの前衛芸術家がわざわざ廃ビルをアトリエに選び、わざわざ彼女等の家族をモデルにこんな石像を作った――わけはない。
「まったく迂闊にも程がありますわ。こんな所で石化されてしまうだなんて」
 妹の石像の頬を撫でつつ、みそのは呆れたように呟く。
「ねーねーねー写真撮ろうよ写真! 記念に!」
「あら宜しいですわね」
 みあおの無邪気で残酷な提案に、みそのはあっさり頷いた。
「それじゃ最初おねーちゃんの撮るから次にみあおの撮ってね!」
 背負っていたクマさんリュックからインスタントカメラを取り出し、みあおはぶんぶん手を振る。
 みそのは石像に腕を絡めしな垂れかかると、にっこりと笑んだ。
「いくよー!」
 シャッターの切られる瞬間、みそのがその石像の頬に軽く口付けたのは、まあ多分写真の価値を高めようと言う気遣いであっただろう。
「つぎみあおー!!」
 平和な。
 とても平和でシュールな光景ではあった実に。



 さてとみそのが目を閉じたのは様々な角度から幾度も記念撮影を行ったみあおがすっかり満足したその後の事だった。
「それでは、こんな事になった原因をさぐりましょうか」
 そっと石像に手を触れさせ、みそのは目を閉じた。みそのは“もの”の流れを操る。水を筆頭に、風や大陸対流、龍脈や気、エネルギー、魔力や時間。そこにある悪意もまた然りだ。
 みあおはみそのからそっとはなれた。こうして仕事を始めた姉の邪魔をする気はない。自分もまたもう一人の姉を救うべく行動せねばならない。
「みあおいきまーす!」
 ややトーンを押えた声で言うと、みあおはその背に透き通る羽を現出させた。
 天使の翼。この澱んだ廃ビルを浄化するべく現れたそれは、微かな光を徐々に周囲に浸透させていく。触れたものがそして照らされたものが。光の香りと共に浄化されて行くのだ。
 その双方の動きを、彼女等の家族を石化した何かが、勿論見逃してくれるはずもなかった。
 ギシリと。
 軋んだ音を立ててビル全体が震撼する。
 みそのははっと目を開け、天使化している妹を目で探す。
「おねえちゃん!」
 慌てて飛んできた天使をその腕に抱きしめ、みそのはその音の主をやはりその能力で探す。それは直ぐに見つかった、探すまでもなかったのだ。
 手が、生まれていた。
 無数の手が。
 壁から床から、そして天井から。
 手招きをしながら近寄ってこようとしている。しかしその手はみあおの光を恐れてか、ある一定の距離から近寄ってはこなかった。
 だがこのままでは外には出られない。
「みあおちゃん、少し頑張ってくださいね?」
 みそのはおっとりと微笑み、再び目を閉じる。
 この手。
 手の悪意の大本の流れを辿る。手から壁へ、壁から天上を伝いそれの辿り着いた先は、
「……屋上、ですかしら?」
「じゃあ早くいこ! これ気持ち悪いよう」
「中々肉感的で宜しいと思いますがわたくしは。ですけどどうにかしませんと外にも出られなさそうですし」
 抱き上げた妹を盾に、みそのは屋上へと向かった。
 おっとりとした足取りで、ゆっくりと。



 それはあまりにもはっきりとした悪意の具現だった。
 なにをして怨んでいるのか、最早そのものでさえ理解しては居まい。そういう存在に成り果てていた。
 無数の手を生やしたなんだか良くわからない黒いもやの塊は、二人に向かって手招きを繰り返している。
「もうしわけありませんけれど、消えて頂きませんと、これ以上夕食を無駄にするのはもったいないですし」
 にっこりと微笑むみそのに、みあおもうんっ、とうなづく。
「おかーさんに知られたら……東京壊滅するかもだし」
 それぞれにそれぞれの事情があってこの存在は見過ごせない。
「それでは……」
 みそのは目を閉じ、すっと虚空に手を翳す。そこにある流れるもの、つまり空気がみそのの手の中で刃と化す。
 そしてみあおは背の羽を更に大きく現出させ、みそのの腹に手を回す。
 巫女が天使に抱え上げられ空を舞った。
 無数の手を掻い潜り、少女と幼女はそのもやの中核へと踏み込む。
『合体技:青き波檮(仮)』
 申し合わせていたとしか思えないような(仮)がポイントの必殺技名を愛らしい二組の唇が叫んだ。
 ギイイイイイイイ……
 金の擦れるような音を残して、そのもやは滅した。



「中学生のお小遣いだしねー。無理は言わないけどおかし一杯買ってね☆」
「わたくしは御本を……もう少し自らを高めたいですし『ふら@す書院』なる文庫を買って頂きたいのですけれど」
 そして助け出された家族は写真を盾にとられて脅迫されることとなるのだが、それはまた別の話である。