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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


あの日にかえりたい
●オープニング【0】
件名:未承諾広告※ 戻りたい想い出はありませんか?
本文:
 人間誰しも、想い出をお持ちであるかと思います。
 その中で戻ってみたいと思う想い出はありませんか?
 私たちは夢の中でそれを可能にする薬をご用意いたしました。
 今回だけ特別に1回分・錠剤2粒を5000円でご提供いたします。
 就寝前、戻りたい想い出を強く心に念じて服用することで、貴方はそこに戻ることが可能となるのです。
 
 ある日、こんな内容のメールがパソコンや携帯のメールボックスに届いていた。
 送信者はBON企画となっており、その住所は新宿1丁目。最寄り駅は都営地下鉄だと新宿三丁目、営団地下鉄だと新宿御苑前となるだろうか。
 何とも胡散臭い、けれどもどこか気になるメールだったので、とりあえず瀬名雫に何か知らないか聞いてみることにした。
「あ、うん。それ、うちにも来たよ。あたしも気になったからネットで調べてみたけど、それについての話はなかったと思う。んー、そのまま放置しちゃえば?」
 雫はそう言ったものの、やはり気になって仕方がない。色々な意味で。
 そして――ある者は試すために実際に薬を購入し、またある者は送信者について調べ始めたのである。
 さて……その先に待っている物は何だろうか。

●901号室【1A】
 もう何時間かすれば夕方と呼ばれる頃合の新宿1丁目――近くに小学校があるからだろう、学校帰りの小学生の姿がちらほら見受けられる。
「今日はうちでゲームやろうぜー!」
「待ってよ、けいちゃーん!!」
 ぱたぱたと駆けてゆく小学校低学年くらいの男女児童。その後姿を真名神慶悟はふと立ち止まり、何気なく見つめていた。
 そして思い出したように歩き出し、とあるマンションの前でまた立ち止まった。
「ここだな」
 目の前にあるのは9階建てのマンション、慶悟は地上からそれを見上げた。例のメールの住所は、このマンションを示していたのだ。
 慶悟は中に足を踏み入れると、集合ポストを確認した。901号室、BON企画の名は確かにそこにあった。
「……間違いない」
 BON企画の存在を確かめた慶悟は、再度外へ出た。そのままマンションから少し離れ、電柱の陰へと隠れる。
「式神たち……施設内部を探ってくるがいい」
 と言って、式神を2体ほど放つ慶悟。式神たちは命ぜられるまま、マンションの中へと飛び込んでいった。
 慶悟は懐から取り出した煙草に火をつけ、口から煙を吐き出した。脳裏に高校生くらいの少女の顔が浮かぶ。
「戻りたい過去、か……」
 ぼそっとつぶやく慶悟。例のメールにあった言葉である。それをつぶやいた時の慶悟の目は、一瞬どこか遠くを見ているようだった。
 が、次の瞬間前髪を掻き揚げた時には、もう普段の目に戻っていた。
(……すでになき時を取り戻した所で、夢は夢。現実は変わらない)
 己を戒める慶悟。とは言いつつも、例のメールに書かれていた薬に何がしかの興味を覚えている自己の存在も同時に認識していた。
 その間に、式神たちは目的の部屋へ入り込んでいた。内部は2LDK、リビングは仮眠室を兼ねているのか、隅に毛布が数枚畳んで置かれていた。
 玄関に近い方の部屋にはスチールの机が3つ置かれており、女性2人と男性1人が客からの問い合わせの電話に応対をしていた。
「ええ、はい。副作用は全くございませんので、どうぞご安心ください」
「支払いは銀行振込や郵便振替の他、代引きにも対応しております。その際は手数料が必要となりますのでご注意ください」
 やり取りを聞く限りではごく普通の感じだ。3人ともはきはきと喋っており、好印象すら感じられる。けれど、慶悟には気になることがあった。
「シンプルすぎる……」
 そうなのだ――リビング、台所、そしてこの部屋と式神たちを通じて見ているが、必要最低限の物しか置かれていないように見えるのだ。あるべきはずの物、薬が入っているであろう箱か何かが見当たらないのは変ではないだろうか?
(残る部屋に置いてあるのか?)
 まあ、もう1つの部屋を倉庫代わりにしている可能性はある。慶悟は式神たちを奥の部屋に向かわせた。
 だが、そこは倉庫ではなかった。あるのはノートパソコンが置かれたスチールの机1つと、向かい合わせになったソファ、それとテーブル。
 折しも2人の男が何やら会話をしている最中であった。1人は眼鏡をかけた銀髪のロマンスグレーの紳士風で外国人、もう1人は日本人の青年だった。
「……発送は順調かね」
 銀髪の紳士が流暢な日本語で青年に言った。
「はい。滞りなく行っております。発送数も日に日に増加しています」
「よろしい。ならば、薬の調合もこれからは多くしてゆく必要があるようだ」
 と言うと、銀髪の紳士は鞄の中から箱を取り出した。大きさは、ティッシュペーパーのボックスより少し大きい程度だ。
「今回の分だ」
「分かりました。早速発送の手配を開始します」
 青年は箱を受け取ると、ぺこりと頭を下げた。どうやら中身は件の薬のようだ。
「うむ、頑張ってくれたまえ。本部も君たちの働きを評価するだろう」
「はい!」
 青年は笑顔を見せると、箱を手に部屋から出ていった。銀髪の紳士は一瞬ニヤッと怪し気な笑みを浮かべると、鞄を手に同じく部屋から出ていった。そのまま外へと出てゆくつもりらしい。
(本部?)
 眉をひそめる慶悟。これはまた妙な言葉だ。BON企画の後ろに、どこか別の会社なり団体なりが存在しているということである。
 薬を売って売って売りまくれば、確かに評価してくれるだろう。しかし、それだけではないように慶悟には思われた。銀髪の紳士が見せた、怪し気な笑みが気にかかるのだ。
(本部の場所を探ってみるか……)
 ちょうど銀髪の紳士がマンションから出てくる。尾行すれば本部のある場所へ連れていってくれるかもしれない。
 そういう結論に達した慶悟は、自分の居る方とは反対方向へ歩いていった銀髪の紳士の後をつけていった。式神たちを先行させて――。

●ただいま尾行中【2B】
「真名神くん」
 尾行を続けていた慶悟は、背後から不意に女性に声をかけられた。反射的に懐にあるお札をつかみ、警戒しつつ振り返る慶悟。そこに居たのは……。
「……奇遇だな」
 シュライン・エマが目の前に居た。が、シュラインの表情はやや厳しい。慶悟が奇妙に思っていると、シュラインが話しかけてきた。
「今、尾行中よね」
「ああ、そうだ。10数メートル前を歩いている、銀髪の男だ」
 指で尾行相手を指し示す慶悟。シュラインは目を細め、その男をじっと見つめる。
「やだ……」
 不味いとでも思ったのか、シュラインは眉をひそめた。それを慶悟が見逃すはずがなかった。
「知り合いなのか?」
「知り合いって言うより……因果かも」
 シュラインは深い溜息を吐いた。
「たぶん見失うと、洒落にならないことになると思うわ」
「大丈夫だ。式神たちを張り付かせている。よほどのことがない限り、撒かれる心配はない」
 かくしてシュラインを加え、慶悟の尾行は続くのであった。

●倉庫にて【3G】
 尾行を続けていた真名神慶悟とシュライン・エマは、やがて人気のない倉庫の近くまでやってきていた。辺りにはその倉庫以外、他に建物も見当たらなかった。
「いかにも、という場所か」
 後ろを振り返る慶悟。誰かに尾行されている様子はない。
 シュラインは携帯電話に届いたばかりのメールを確認し終え、やれやれといった表情を浮かべた。
「分析出たわ。大部分はビタミン剤だけど、よく分からない成分が数種類出たって。植物性やら動物性やら……」
 知人に頼んでいた成分分析の結果が、ちょうど今届いたのであった。
「……普通の薬には思えないな」
 そう慶悟が言うと、シュラインも頷いた。そして銀髪の紳士が入った倉庫の前へとやってくる2人。その時だ。
「あら……お2人もここに気付かれたんでsか?」
 可愛らしい少女の声がした。何と、榊船亜真知が倉庫の物陰から顔を出し、手招きをしているではないか。慌てて近付く2人。
「何でここにっ!?」
 とシュラインが聞くと、亜真知はにっこり微笑んで答えた。
「もちろん調べた上でですわ」
「……ま、いいけどね」
 若干呆れた様子のシュライン。すると亜真知が2人に言った。
「先程、銀髪の……ロマンスグレーな方が、入ってゆかれましたけれど」
 どうやら銀髪の紳士は間違いなくここに居るようだ。そこへ雫からのメールが、シュラインの携帯電話に届いた。
「あら、何かしら……」
 メールを読むと、それは薬についての考察概要が記されていた。今、掲示板でセレスティ・カーニンガムやラクス・コスミオンが書いてくれているのだという。
 それによると、薬には睡眠作用があり必ず夢を見させる草と、対象者の心に干渉する黒魔術で補助的に用いる物が含まれているという。
 さらに薬を水に溶かしてみた所、魔法陣の上で何やら念じている黒いローブの者たちの姿が映し出されたとのこと。
「ああ、やっぱり」
 メールの内容を聞き、納得するように頷く亜真知。
「魔法陣……?」
 慶悟が倉庫を見上げた。まさかこの中で……?
「しっ!」
 シュラインが2人に静かにするように言った。パイプか何かの配管の関係なのか、中の声が外に漏れてきていたのだ。それは2人の男の会話であった。
「順調かね」
「はっ。術の方は滞りなく続けられております」
「そうか、それはいいことだ。この作戦の効果が認められし時には、さらに規模を拡大するつもりだ。その方向で本部とは話を続けている。全ては君たちにかかっていることを……忘れないように」
「はっ!」
 会話を聞いたシュラインは、頭を抱え込んでいた。
「予感的中……やっぱり『虚無の境界』だわ」
 『虚無の境界』とは――世界人類の滅亡をはかる狂信的なテロ組織である。心霊的な出来事に深く関わっている者であれば、この名を耳にしないことはまずないと言えよう。
 では、どうしてシュラインが『虚無の境界』と言い切ったのか。それは銀髪の紳士のことを、知っていたに他ならない。
「いい。絶対銀髪の男に触れちゃダメよ」
 極めて真剣な表情で2人に言うシュライン。
「触れずに、か。なら、これしかあるまい」
 慶悟はそう言うと、式神十二神将のうちの数体を召喚し、倉庫の中へと放っていった。上手いやり方である。
 倉庫の中に居た黒いローブの者たちは、あっという間に十二神将たちに捕縛されていった。だが何故か銀髪の紳士だけが見当たらない。
「危ない!」
 突然亜真知が叫び、慶悟とシュラインを激しく押し倒した。固まって後方へ吹っ飛ぶ3人。直後――倉庫の中から爆発が起こったのである。
「爆発に乗じて逃げる気か!」
 慶悟は残りの十二神将たちも召喚すると、燃え上がる倉庫の中へと向かわせた。並行して、捕縛した黒いローブの者たちと中にあった薬を外へと運び出してゆく。
 結局銀髪の紳士は何故か見付からず、残ったのは捕縛した黒いローブの者たちと薬、そして燃え落ちた倉庫だけであった……。

●蛇足【5】
 一連の騒動が解決した数日後、ゴーストネットの掲示板には雫によってまとめの書き込みがされていた。無論、皆から聞いた話をまとめたのだ。
 それによると、今回の騒動を仕組んだのは『虚無の境界』であるということ。例の薬を使って、何か実験をしようとしていたのではないかという話だった。
 BON企画に居た者たちや、真名神慶悟たちが捕まえた者たちは、警察へと突き出されていた。どうも薬事法違反など、いくつか罪状がつくようである。
 で、『BON』の意味だ。これは『虚無の境界』を英語表記し、頭文字を取った物だったのだ。分かってみれば、何とも単純な話であった。
 かくして解決した今回の騒動、しばらくはゴーストネットで話題になっていたが、そのうちに話題に上らないようになっていった。

●想いを振り切るべく【6A】
 慶悟は川沿いの道を歩きながら、煙草を吸おうとしていた。煙草を取り出し、ポケットからライターを取り出そうとする。その拍子に、ポケットから何か紙包みがぽろっと落ちた。
「……そうか、拾ったままで」
 その紙包みは例の薬が入った物。倉庫で回収した時、落ちていたのを拾ってそのままになってしまっていたのだ。
 しばし紙包みを見つめる慶悟。脳裏には今は亡き姉の笑顔が浮かんでいた。
 やがて慶悟は紙包みをぎゅっと握り締めると、川へ向かって思いきり遠くへと投げ付けた。
「これでいい……夢は夢、現実は変わらないのだから」
 そうつぶやいた時の慶悟は、何か吹っ切ったような笑みを浮かべていた――。

【あの日にかえりたい 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0158 / ファルナ・新宮(ふぁるな・しんぐう)
              / 女 / 16 / ゴーレムテイマー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
           / 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】
【 1593 / 榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)
  / 女 / 中学生? / 超高位次元知的生命体・・・神さま!? 】
【 1790 / 瀬川・蓮(せがわ・れん)
     / 男 / 13 / ストリートキッド(デビルサモナー) 】
【 1838 / 鬼頭・郡司(きとう・ぐんじ)
                   / 男 / 15 / 高校生 】
【 1883 / セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)
        / 男 / 青年? / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 1887 / ヘルツァス・アイゼンベルグ(へるつぁす・あいぜんべるぐ)
   / 男 / 20代? / 錬金術師・兼・医師…或いはその逆。 】
【 1963 / ラクス・コスミオン(らくす・こすみおん)
               / 女 / 妙齢? / スフィンクス 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全26場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました、このところの高原にしては珍しい単発依頼をようやく皆様にお届けいたします。体調不良などでご迷惑をおかけしておりますが、完全復調まではもう少しかかるかと思われます。その点、深くお詫びいたします。
・今回のお話なんですが、悪い言い方をしてしまえば『罠』の一言に尽きるかな、と。高原としてはある種賭けでもありましたが……プレイングを読んで、ほっとしました。なお、『虚無の境界』についての説明は『誰もいない街』の方で詳しいかと思われます。
・タイトルはもうお分かりですよね。あの女性有名シンガーソングライターの大御所の方の曲名です。聞きながら書かせていただきました。ただプレイングも重い想いが多かったからでしょうか、執筆中つい泣いてしまいました。
・ちなみに万一全員が無条件に薬を飲むという選択だった場合、高原は迷うことなくバッドエンドを記していたと思います、はい。
・真名神慶悟さん、50度目のご参加ありがとうございます。内部を調べて正解でした。普通に飲んでいたりすると、ちと複雑な想いを抱えるはめになったかもしれず。いや……重い想いでした。
・ここからはちょっと宣伝となりますが、コミネット・eパブリッシングにて『一夏の経験 ―ソーラーメイド さなえさん―』の購入受付が行われております。締切は10日いっぱい、1口300円となっておりますので、ご興味がお有りの方はどうかよろしくお願いいたします。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。