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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


あの日にかえりたい
●オープニング【0】
件名:未承諾広告※ 戻りたい想い出はありませんか?
本文:
 人間誰しも、想い出をお持ちであるかと思います。
 その中で戻ってみたいと思う想い出はありませんか?
 私たちは夢の中でそれを可能にする薬をご用意いたしました。
 今回だけ特別に1回分・錠剤2粒を5000円でご提供いたします。
 就寝前、戻りたい想い出を強く心に念じて服用することで、貴方はそこに戻ることが可能となるのです。
 
 ある日、こんな内容のメールがパソコンや携帯のメールボックスに届いていた。
 送信者はBON企画となっており、その住所は新宿1丁目。最寄り駅は都営地下鉄だと新宿三丁目、営団地下鉄だと新宿御苑前となるだろうか。
 何とも胡散臭い、けれどもどこか気になるメールだったので、とりあえず瀬名雫に何か知らないか聞いてみることにした。
「あ、うん。それ、うちにも来たよ。あたしも気になったからネットで調べてみたけど、それについての話はなかったと思う。んー、そのまま放置しちゃえば?」
 雫はそう言ったものの、やはり気になって仕方がない。色々な意味で。
 そして――ある者は試すために実際に薬を購入し、またある者は送信者について調べ始めたのである。
 さて……その先に待っている物は何だろうか。

●秋空の下で【1C】
 夕方近い、木々がうっそうと生い茂った公園。人気ないその公園のさらに奥、忘れ去られたかのように置かれている錆びたベンチがあった。
 そこに1人の制服姿の少女が腰かけていた。戸隠ソネ子である。だが今日のソネ子は、様子がどことなく変だった。
 ある意味いつも変だと言ってしまえばそれまでだが、今日はそれとは違う。ぼうっとしているというのか……空をじっと見つめているのだ。その手には、紙包みが1つ握られていた。
「……お薬……」
 ソネ子がそうつぶやいて紙包みに目をやろうとしたその時だった。くいっと、頭がまた空の方に向き直った。
「……ダめ……」
 さっきのつぶやきと口調が違う。今のつぶやきの方が、本来のソネ子の口調である。じゃあさっきのつぶやきはいったい?
 それには理由があった。元々ソネ子の存在は、ある少女の想いが核となっている――その少女の名は宗寧子といった。そこに負の感情や他の霊を呑み込んでいったことにより、ソネ子という存在が確立していった訳なのだが……最近はその辺りの事情が変わってきていた。
 生きた人間に触れる機会が多かったためだろうか、最近は時折宗寧子が表に出るようになってきていたのだ。そのため、宗寧子とソネ子との間でせめぎ合いが起こるようになっていた。ちょうど今もそんな状態であった。
 で、今日の場合はさらにややこしくする出来事が。手にしている紙包みだ。正確には紙包みの中に入っている紅い2粒の錠剤――件のメールにあった薬である。
 ソネ子は無意識のうちにこれを購入していたのだ。恐らく宗寧子が表に出ている時に。
 代金は草間興信所で仕事を手伝った時に貰った物があるので十分に払うことが出来る。送り先も興信所にしておけば大丈夫。そういう面では何の問題もなかった。……このこと自体が問題行動だと言えばそれまでだが。
 そうまでして購入したくらいだから、宗寧子にはもちろん帰りたい時があった。それは妹と仲良く話をしていた頃。擦れ違いなど影も形もなかった頃に……。
 演劇部に所属し明るく元気だった宗寧子には、美佳子という妹が居た。中学までずっと一緒に行動するくらい仲のよい妹が。
 けれども姉に対し、無意識にか意識してなのか分からないが、色々な面でコンプレックスを感じていたのだろう。その思いは少しずつ、少しずつ蓄積されてゆき……ある日突然、今までの思いが一気に吐き出された。
 そこから始まってしまった姉妹の擦れ違いはやがて大きくなってゆき、妹が家に居ることすらなくなってしまった。
 妹のことを心配する宗寧子だったが、そこに事故による複数の友人の死や様々なことが連なってしまったのが不幸と言えよう。
 負の感情に支配されている最中に、負の出来事が畳み掛けられるのはとても辛いこと。失意に駆られた宗寧子は……命を絶ってしまったのである。
 宗寧子が表に出るようになってから、時折楽しかった日があったことをぼんやり思い出していた。でもすぐにかき消されてしまう。
 しかし今日は薬が手元にある。これを飲めば楽しかった日に戻れるかもしれない。薬がどんなものであれ、宗寧子はソネ子が邪魔をしても飲むつもりだった。存在に関わる副作用でも察知しなければ。
 結局やや霊的な物を感じた以外に副作用らしきことは感じられず、錠剤は飲み込まれることとなった。
 かくして宗寧子が表に出たソネ子は、眠りの世界に誘われることになったのである。

●姉妹の語らい【3B】
 ソネ子が……いや、宗寧子が次に目覚めた時、そこは見覚えのある場所であった。
「ここ……」
 周囲を見回す宗寧子。そこはごく普通の、女の子が使う部屋。生前の宗寧子が使っていた部屋であった。
 部屋の何から何まで、寸分違わずそのままだった。夢とはいえ、ここまでの再現性は驚きと言えよう。
 机の上の鏡が目についたので、ひょいと覗き込む宗寧子。外見はソネ子のままであったが、その顔色は心なしかいいように思えないこともない。
「……本当に戻ってきたんだ」
 しばしの間、しげしげと部屋を見つめる宗寧子。そしてはたと気付く。部屋が寸分違わないのなら当然……。
 宗寧子は部屋を出ると、まっすぐに居間へ向かった。家の造りもあの頃のまま、慣れた道筋を急ぐ宗寧子。
「美佳子!」
 そして居間に足を踏み入れた時――期待は確信へと変わった。
「どうしたの、宗寧子お姉ちゃん?」
 きょとんとした表情で、妹の美佳子が宗寧子のことを見つめていた。
「本当に美佳子……?」
 念には念を入れて確かめる宗寧子。自然な反応である。
「何言ってるの? 変なお姉ちゃん」
 くすくすと笑う美佳子。その笑顔は、仲のよかった頃のまま。
「美佳子!」
 宗寧子は美佳子に駆け寄ると、ぎゅっと抱き締めた。まるで失われた時間を、懸命に埋めるかのように。
「ちょっと……痛いってば、お姉ちゃん!」
「あ……あは、ごめんね。何だかずっと会っていなかった気がしたから」
「やっぱり変な夢でも見たんでしょ、お姉ちゃん」
 慌てて宗寧子が離れると、また美佳子がくすくすと笑った。
 それから宗寧子は、美佳子と熱心に話を始めた。あれやこれやと延々と、仲良く楽しい時間を過ごしていた。
 そのうちに喉が乾いたのか、美佳子は冷蔵庫から飲み物を取ってくると言って居間を出ていこうとした。
「お姉ちゃんもジュースでいいよね?」
「うん」
 こくっと頷く宗寧子。美佳子は返事を聞くと、台所に向かった。途端に居間がしんと静まり返る。
(よかった……美佳子とこんなに話せて)
 宗寧子はとても満足げな様子だった。そりゃあ夢とはいえ、叶うことはないかと思われていたことが叶ったのであるのだから。
 けれども宗寧子は気付いていなかった。台所に向かった美佳子が、ジュースを用意する傍らで包丁を握っていたことを……。

●大好き【4B】
「……お姉ちゃん」
 居間の入口で宗寧子を呼ぶ声がする。台所から美佳子が戻ってきたのだ。宗寧子が振り返ろうとしたその時――ドスッと床に何かが突き刺さる音が聞こえた。
「くっ!」
 見れば美佳子が腕を噛まれていたのである。それも美佳子自身に。
「逃げて、お姉ちゃん!!」
 叫ぶ美佳子。すると腕を噛まれた方の美佳子の姿がぶれ、全身を黒いローブで覆った者に変わってしまった。
「美佳子!」
 妹が危ない――そう思った宗寧子は髪を黒いローブの者へと巻き付け、一気に締め上げた。
「ぐえっ!!」
 締め上げられてはたまらない、黒いローブの者はすぐさま気絶してしまった。美佳子が宗寧子へと駆け寄ってきた。
「大丈夫、お姉ちゃん!」
 そして宗寧子のことをぎゅっと抱き締める。
「うん……美佳子こそ」
 宗寧子が聞き返すと、美佳子はふるふると頭を振った。
「でもよかった……お姉ちゃんが無事で」
「……心配してくれたの?」
「当たり前じゃない。だってお姉ちゃんのこと、大好きだもん!」
 満面の笑みを浮かべ答える美佳子。刹那、周囲の空間が歪み――暗転した。

 次の瞬間、宗寧子は……いや、ソネ子はあのベンチに座っていた。薬を飲む前と変わらない空が目の前に広がっていた。
「……美佳子……」
 ぽつりとつぶやくソネ子。それはソネ子が発したのか、それとも宗寧子が発したのか分からない。
 ソネ子の脳裏に、美佳子の最後の言葉が残っていた。それは宗寧子が望んでいた言葉だったのか、それとも本当に美佳子が言ってくれた言葉だったのか……判断するのは難しい。
 しかしソネ子の心には、何かしら満ち足りた想いが広がっていた――。

●蛇足【5】
 一連の騒動が解決した数日後、ゴーストネットの掲示板には雫によってまとめの書き込みがされていた。無論、皆から聞いた話をまとめたのだ。
 それによると、今回の騒動を仕組んだのは『虚無の境界』であるということ。例の薬を使って、何か実験をしようとしていたのではないかという話だった。
 BON企画に居た者たちや、真名神慶悟たちが捕まえた者たちは、警察へと突き出されていた。どうも薬事法違反など、いくつか罪状がつくようである。
 で、『BON』の意味だ。これは『虚無の境界』を英語表記し、頭文字を取った物だったのだ。分かってみれば、何とも単純な話であった。
 かくして解決した今回の騒動、しばらくはゴーストネットで話題になっていたが、そのうちに話題に上らないようになっていった。

【あの日にかえりたい 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0158 / ファルナ・新宮(ふぁるな・しんぐう)
              / 女 / 16 / ゴーレムテイマー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
           / 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】
【 1593 / 榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)
  / 女 / 中学生? / 超高位次元知的生命体・・・神さま!? 】
【 1790 / 瀬川・蓮(せがわ・れん)
     / 男 / 13 / ストリートキッド(デビルサモナー) 】
【 1838 / 鬼頭・郡司(きとう・ぐんじ)
                   / 男 / 15 / 高校生 】
【 1883 / セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)
        / 男 / 青年? / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 1887 / ヘルツァス・アイゼンベルグ(へるつぁす・あいぜんべるぐ)
   / 男 / 20代? / 錬金術師・兼・医師…或いはその逆。 】
【 1963 / ラクス・コスミオン(らくす・こすみおん)
               / 女 / 妙齢? / スフィンクス 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全26場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました、このところの高原にしては珍しい単発依頼をようやく皆様にお届けいたします。体調不良などでご迷惑をおかけしておりますが、完全復調まではもう少しかかるかと思われます。その点、深くお詫びいたします。
・今回のお話なんですが、悪い言い方をしてしまえば『罠』の一言に尽きるかな、と。高原としてはある種賭けでもありましたが……プレイングを読んで、ほっとしました。なお、『虚無の境界』についての説明は『誰もいない街』の方で詳しいかと思われます。
・タイトルはもうお分かりですよね。あの女性有名シンガーソングライターの大御所の方の曲名です。聞きながら書かせていただきました。ただプレイングも重い想いが多かったからでしょうか、執筆中つい泣いてしまいました。
・ちなみに万一全員が無条件に薬を飲むという選択だった場合、高原は迷うことなくバッドエンドを記していたと思います、はい。
・戸隠ソネ子さん、15度目のご参加ありがとうございます。想いの部分を読んで、過去のプレイングのことなど含めてなるほどと納得しました。いや……重いですねえ。
・ここからはちょっと宣伝となりますが、コミネット・eパブリッシングにて『一夏の経験 ―ソーラーメイド さなえさん―』の購入受付が行われております。締切は10日いっぱい、1口300円となっておりますので、ご興味がお有りの方はどうかよろしくお願いいたします。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。