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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


あの日にかえりたい
●オープニング【0】
件名:未承諾広告※ 戻りたい想い出はありませんか?
本文:
 人間誰しも、想い出をお持ちであるかと思います。
 その中で戻ってみたいと思う想い出はありませんか?
 私たちは夢の中でそれを可能にする薬をご用意いたしました。
 今回だけ特別に1回分・錠剤2粒を5000円でご提供いたします。
 就寝前、戻りたい想い出を強く心に念じて服用することで、貴方はそこに戻ることが可能となるのです。
 
 ある日、こんな内容のメールがパソコンや携帯のメールボックスに届いていた。
 送信者はBON企画となっており、その住所は新宿1丁目。最寄り駅は都営地下鉄だと新宿三丁目、営団地下鉄だと新宿御苑前となるだろうか。
 何とも胡散臭い、けれどもどこか気になるメールだったので、とりあえず瀬名雫に何か知らないか聞いてみることにした。
「あ、うん。それ、うちにも来たよ。あたしも気になったからネットで調べてみたけど、それについての話はなかったと思う。んー、そのまま放置しちゃえば?」
 雫はそう言ったものの、やはり気になって仕方がない。色々な意味で。
 そして――ある者は試すために実際に薬を購入し、またある者は送信者について調べ始めたのである。
 さて……その先に待っている物は何だろうか。

●誘う『声』【1E】
「ふん、下らないね」
 リビングのソファに寝転んでいた瀬川蓮は携帯電話に届いた件のメールを一瞥して、そうつぶやいた。とあるパトロンの家に転がり込んでいる時のことである。
 リビングには、いやこの家には蓮以外誰も居なかった。この家に住むパトロンが数日留守にするため、その間好きに使っていいと言われていたのだ。1人なので静か過ぎる嫌いはあるが、これはこれで気楽でいいものだった。
「どうせ夢。儚く消えてしまう物さ」
 と言い、起き上がる蓮。そう、メールにはあれこれ都合のいい文句が書かれているが、所詮は夢。目覚めればシャボン玉のごとく消え失せてしまう儚いものだ。
 蓮はソファに深く座り直すと、メールを削除すべく操作しようとした。その時だった。
「……それでは現とはどんな物だ?」
 突如背後から、低い声が聞こえてきたのである。びくりとする蓮。『声』はそんな蓮に構わず、喋り続けた。
「死ねば消えてしまう幻のような物だろう。儚く消えてしまう夢と何の違いがある? それならば、一時の夢でも過去を振り返って何がいけない?」
「そ、それは……」
 答えに詰まる蓮。一理はある。そう簡単に答えられるような事柄でもない。『声』はさらに一言蓮に言葉を投げかけた。
「お前にもあっただろう、幸せな過去が?」
 一瞬『声』は笑ったような気がした。押し殺した……それでいて、人を小馬鹿にしたような笑い声。
「…………」
 蓮は答えなかった。その代わりに、携帯電話を持っていた手の指先が素早く動いた。メールを削除したのかと思えばそうではない。液晶画面には電話番号が表示されていた。メールに書かれていた電話番号が――。
「はい、お電話ありがとうございます。BON企画です」
 携帯電話からはきはきとした女性の声が聞こえてきた。携帯電話を耳に当てる蓮。
「もしもし――」
 何ということか、まるで謎の『声』に押されるように、蓮は薬を代引きで注文してしまったのである。
 蓮は気付いていた……『声』の正体に。恐らくは自分が呼び出している奴らと同種の、それでいて自らの手に負えない奴であると。人はそれを――悪魔と呼ぶ。
 薬は翌日、いとも呆気無く届いた。届いたのは何の変哲もない封筒。開けてみると、注文のお礼の言葉が書かれている1枚の手紙と、紙に包まれた錠剤が入っているだけ。これで5000円だ。
 蓮は冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターのペットボトルを手に、リビングに戻ってきた。そしてソファに腰を降ろすと、紙包みから錠剤を取り出した。紅い錠剤が2粒、これが1回分。
「届いたようだな」
 またあの『声』が背後から聞こえてきた。
「さあ、ためらうことはない。一気に飲み干してしまうがいい」
「…………」
 蓮は言われるまま、紅い錠剤2粒を口の中に放り込んだ。それからミネラルウォーターで胃へと流し込む。
「よしよし……ちゃんと飲んだな」
 満足げな様子の『声』。蓮はそのままごろんとソファに横になった。
「戻りたい時を強く思い浮かべるのだ……強く……深く……ククッ……眠りにつくのだ……ククク……」
 『声』が蓮を眠りの世界へと誘う。戻りたい時のことを強く念じ、まぶたを閉じる蓮。10数秒後、蓮からは静かな寝息が聞こえてきていた――。

●分岐点へ【3C】
 蓮が次に目覚めた時、目の前の光景は一変していた。転がり込んでいたパトロンの家などではない。しかし見覚えのある家――そう、育ての親と一緒に住んでいた頃の家だったのだ。
「驚いたなぁ……」
 まだ半信半疑といった様子の蓮。けれども部屋の様子は、記憶にある光景と寸分違わない。試しに近くにあった座布団に触れてみると、ちゃんと触れている感覚があった。いくら夢であるとはいえ、ここまでの再現性は驚きである。
 そして蓮は鏡台に目をやった。鏡に映っている自らの姿は、薬を飲んだ時のままだった。どうやら姿まであの頃に戻るという訳ではないようだ。
 それでもここまで再現されているのであれば、当然他の物事も再現されているはずであろう。
「!」
 はっとして、部屋を飛び出してゆく蓮。これが本当にあの時であるのなら、玄関には今……。
「出かけちゃダメだ!」
 玄関前の廊下に飛び出ると、蓮は玄関に向かって叫んだ。玄関には靴を履き終え、今から外出しようかといった様子の育ての親が立っていた。
 育ての親はぽかんとして蓮のことを見つめた。出かけるなと突然叫ばれたなら、当たり前の反応だろう。
 本来ならあの時……蓮が気付いた時には、育ての親はもう家を出ていっていた。それが変わってしまった育ての親の人生の分岐点の第1歩、そして離別へと繋がってゆく訳で――。
(けど、夢は夢だし……)
 蓮の心中は半ば諦め気味であった。流れを変えようと試みている自分がここに居るが、それで流れが変えられるかは疑わしい。例え変わったとしてもそれは夢での話、現実が変わる訳ではないのだから。
 しかし、不思議なことが起こった。育ての親はくすっと笑うと、せっかく履いた靴を脱いで玄関を上がってきたのである。
「……出かけないの?」
 一瞬呆気に取られる蓮。育ての親はこくんと頷いて、身振りで部屋に戻るよう蓮に知らせた。
(流れが変わった……?)
 一応育ての親が出かけることは阻止が出来た。問題はここからである。蓮は思案しつつ、育ての親に背を向けて歩き出した。
 だが今の蓮は気付いていなかった。後ろに近付いてきていた育ての親が、ポケットからナイフを取り出して今にも蓮に振り降ろさんとしていたことを……。

●望まぬ展開【4C】
「うわっ!!」
 突然、蓮の身体は強い力で前方にぐいと引き寄せられた。そのため、まさに今振り降ろされた育ての親のナイフは大きく空を切ることになった。
「くそっ!!」
 育ての親の姿は、いつの間にやら全身を黒いローブで覆った者に変わっていた。黒いローブの者は、再度蓮にナイフを振り降ろそうとした。が、その間に立ちはだかる者が居た。育ての親だ。
 育ての親は黒いローブの者の腕を押さえ、取り押さえようと試みている。その最中、ちらっと蓮のことを見た。瞳は『逃げろ』と蓮に訴えていた。
 刹那、周囲の空間が歪み――一気に暗転した。

 次の瞬間、蓮はパトロンの家のソファに寝転がっていた。何もかも薬を飲む前と変わらない現実がそこにあった。
「夢……だよなぁ」
 ソファにゆっくりと上体を起こす蓮。その時だ。またあの『声』が背後から聞こえてきた。
「クッ……口惜しい。邪魔が入るとは……」
 忌々し気な様子の『声』。思うに、この展開は『声』が望む物ではなかったのであろう。
「まあよいわ……いずれまた、現れるとしよう。お前の魂を奪いに、な……ククッ……クククッ……」
 悔し紛れの捨て台詞なのかどうなのか、『声』はその言葉を残して去っていった――。

●蛇足【5】
 一連の騒動が解決した数日後、ゴーストネットの掲示板には雫によってまとめの書き込みがされていた。無論、皆から聞いた話をまとめたのだ。
 それによると、今回の騒動を仕組んだのは『虚無の境界』であるということ。例の薬を使って、何か実験をしようとしていたのではないかという話だった。
 BON企画に居た者たちや、真名神慶悟たちが捕まえた者たちは、警察へと突き出されていた。どうも薬事法違反など、いくつか罪状がつくようである。
 で、『BON』の意味だ。これは『虚無の境界』を英語表記し、頭文字を取った物だったのだ。分かってみれば、何とも単純な話であった。
 かくして解決した今回の騒動、しばらくはゴーストネットで話題になっていたが、そのうちに話題に上らないようになっていった。

【あの日にかえりたい 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0158 / ファルナ・新宮(ふぁるな・しんぐう)
              / 女 / 16 / ゴーレムテイマー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
           / 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】
【 1593 / 榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)
  / 女 / 中学生? / 超高位次元知的生命体・・・神さま!? 】
【 1790 / 瀬川・蓮(せがわ・れん)
     / 男 / 13 / ストリートキッド(デビルサモナー) 】
【 1838 / 鬼頭・郡司(きとう・ぐんじ)
                   / 男 / 15 / 高校生 】
【 1883 / セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)
        / 男 / 青年? / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 1887 / ヘルツァス・アイゼンベルグ(へるつぁす・あいぜんべるぐ)
   / 男 / 20代? / 錬金術師・兼・医師…或いはその逆。 】
【 1963 / ラクス・コスミオン(らくす・こすみおん)
               / 女 / 妙齢? / スフィンクス 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全26場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました、このところの高原にしては珍しい単発依頼をようやく皆様にお届けいたします。体調不良などでご迷惑をおかけしておりますが、完全復調まではもう少しかかるかと思われます。その点、深くお詫びいたします。
・今回のお話なんですが、悪い言い方をしてしまえば『罠』の一言に尽きるかな、と。高原としてはある種賭けでもありましたが……プレイングを読んで、ほっとしました。なお、『虚無の境界』についての説明は『誰もいない街』の方で詳しいかと思われます。
・タイトルはもうお分かりですよね。あの女性有名シンガーソングライターの大御所の方の曲名です。聞きながら書かせていただきました。ただプレイングも重い想いが多かったからでしょうか、執筆中つい泣いてしまいました。
・ちなみに万一全員が無条件に薬を飲むという選択だった場合、高原は迷うことなくバッドエンドを記していたと思います、はい。
・瀬川蓮さん、初めましてですね。悪魔には魅入られたものの、悪魔の思う通りに事は運ばなかった模様です。育ての親の描写など、ちと曖昧な物となってしまいましたが……どの辺りまで描いていいか悩みましたので、本文のように。あと、OMCイラストをイメージの参考とさせていただきました。
・ここからはちょっと宣伝となりますが、コミネット・eパブリッシングにて『一夏の経験 ―ソーラーメイド さなえさん―』の購入受付が行われております。締切は10日いっぱい、1口300円となっておりますので、ご興味がお有りの方はどうかよろしくお願いいたします。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。