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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


あの日にかえりたい
●オープニング【0】
件名:未承諾広告※ 戻りたい想い出はありませんか?
本文:
 人間誰しも、想い出をお持ちであるかと思います。
 その中で戻ってみたいと思う想い出はありませんか?
 私たちは夢の中でそれを可能にする薬をご用意いたしました。
 今回だけ特別に1回分・錠剤2粒を5000円でご提供いたします。
 就寝前、戻りたい想い出を強く心に念じて服用することで、貴方はそこに戻ることが可能となるのです。
 
 ある日、こんな内容のメールがパソコンや携帯のメールボックスに届いていた。
 送信者はBON企画となっており、その住所は新宿1丁目。最寄り駅は都営地下鉄だと新宿三丁目、営団地下鉄だと新宿御苑前となるだろうか。
 何とも胡散臭い、けれどもどこか気になるメールだったので、とりあえず瀬名雫に何か知らないか聞いてみることにした。
「あ、うん。それ、うちにも来たよ。あたしも気になったからネットで調べてみたけど、それについての話はなかったと思う。んー、そのまま放置しちゃえば?」
 雫はそう言ったものの、やはり気になって仕方がない。色々な意味で。
 そして――ある者は試すために実際に薬を購入し、またある者は送信者について調べ始めたのである。
 さて……その先に待っている物は何だろうか。

●寝室にて【1F】
「本当に効果があるんでしょうかねえ〜」
 ほえほえとした笑顔を浮かべ、ファルナ・新宮は目の前に立っているメイドのファルファに話しかけた。
 ファルナは寝室のベッドに腰かけていた。その姿はピンクのネグリジェのみ、後はもう寝るだけといった装いである。まあ世の中にはどこぞの有名ブランドの香水の第5番のみで寝ていた女性も居たくらいだから、このくらい序の口だが。
 そんなファルナの手には、2粒の紅い錠剤が握られていた。これこそが件のメールに書かれていた薬である。
「……分かりかねます、マスター」
 そりゃそうだ。効果があるのかどうか、それをこれから試そうというのだから。
「あ〜、そうですよね〜」
 こくこくと頷くファルナ。その間に、ファルファは水差しからコップに水を注いでいた。やはり薬は水がなければ飲みにくい。
「……戻りたい時を強く思い浮かべるんですよね〜」
 ぼそっとつぶやくファルナの笑顔に、一瞬翳りが浮かんだ。が、すぐに元に戻っていた。
「マスター」
 ファルファが水の注がれたコップを差し出した。受け取るファルナ。
「ありがとうです〜」
「…………」
 ふと見ると、ファルファがじっとファルナの顔を見つめていた。何か言いたそうな雰囲気もあるのだが……さて。
「どうしましたか〜?」
「……いえ。何でもありません」
 ファルナの問いに、静かに答えるファルファ。
「何かあるんじゃないですか〜?」
 今度はファルナがファルファを見つめ返す番だった。しばしの沈黙の後、ファルファが口を開く。
「……マスター、本当に飲まれるのですか」
 と言って、薬に目をやるファルファ。どうやら得体のよく知れない薬をファルナが飲むことに、心配があるようだった。
「大丈夫ですよ〜」
 ファルナが笑顔で答えた。
「でも何か異常があれば、ファルファ起こしてくださいね〜」
 そうファルナが言うと、ファルファはこくんと頷いた。
「じゃあ……」
 ファルナは紅い錠剤2粒を口の中に入れ、コップの水で体内に流し込んだ。小さく溜息を吐いたファルナは、コップをファルファに渡すとベッドに横たわった。
「……おやすみなさい〜……」
 胸の上で両手を組み、すっとまぶたを閉じるファルナ。そして、戻りたい想い出の頃を強く心に思い浮かべる。
(お父様……)
 やがてファルナの精神は、眠りの世界へと誘われていった……ファルファに見守られながら。

●優しき父親【3D】
 次にファルナが目覚めた時、そこは薬を飲む前と全く変わりのない光景が広がっていた。すなわちファルナの寝室である。
「あら〜……?」
 薬の効果はなかったのかと、一瞬思った。けれどもよく見れば、寝室の様子がちょっと違う。捨てたはずの物があるかと思えば、あるはずの物がない。そして何より、ファルファの姿がどこにも見当たらないのだ。
「本当に戻ってきたんでしょうか〜」
 きょろきょろと寝室を見回すファルナ。次第に記憶がはっきりとしてくる。この寝室の状態が、昔の物であることを理解した。
「本当みたいです〜」
 ベッドから降りたファルナは、姿見で自らの姿を映した。そこには何故か普通の衣服姿のファルナが居て、年格好も何ら変わっていなかった。どうも自らの姿まで、その時に戻るという訳ではないようだ。
「……なら」
 ファルナは神妙な表情を見せると、寝室を出て暗い廊下を静かに歩いていった。目指すのは父親の書斎。本当にあの頃に戻っているのなら、父親はまだ書斎で仕事をしているはずであると考えたのだ。
(そしてお父様は……)
 やがてファルナは父親の書斎の前にやってきた。小さく深呼吸をし、軽く扉をノックする。ややあって、中から声が返ってきた。
「開いている。入ってきなさい」
 紛れもなく父親の声だ。意を決して扉を開け、書斎の中へと足を踏み入れるファルナ。すると机に向かっていた父親が、ファルナの方を振り返った。
「おや、ファルナ。どうしたんだい? まだ眠れないのかい」
 父親が優し気な笑顔を浮かべ、ファルナに話しかけてきた。
「お父……様?」
 その笑顔、その声、その姿、どれをとってもあの頃の父親であった。幸せな頃、まだ優しい時の父親。
 けれども俄に信じられないファルナは、確かめるかのように父親を呼んだ。
「何だ何だ、怯えた顔で。また怖い夢でも見たのかい。ほら、こっちにおいで」
 笑顔でファルナを手招きする父親。そして、自らの太ももをぽんぽんと叩いた。ファルナはつつっと父親のそばへ歩いてゆくと、父親の前にちょこんと座り、そっと頭をそこへ乗せた。
「何も怖いことはないよ。眠たくなるまで、そばに居るから」
 父親は優しくファルナの頭を撫でてくれた。こんなこと、何年ぶりに味わうのだろうか。
(お父様……)
 ほっとしたファルナは、そのまま目を閉じた。夢とはいえ、今はとても幸せな気分だった。
 しかし、それは長く続かなかった。
「……おいで、ファルナ」
 腕をつかまれた拍子に、ファルナは目を覚ました。場所は書斎ではなく、別の部屋。椅子に座っていたファルナは、父親に腕をつかまれていた。そしてその装いを見て愕然とした。
「あ……!」
 驚き自らの装いを確かめるファルナ。何ということか、身にまとっているのは誕生日用のドレス。そう、あの運命の誕生日の日にまとっていた……忘れられるはずのないドレス。
 ファルナの脳裏に、あの時のことがぐるぐると渦を巻いてゆく。この後に待っているのは悪夢のような出来事であるのは間違いなかった。
 あの時のファルナはその後に何が待っているのか、全く知らなかった。ゆえに、それなりの悪夢を味わうことになった。けれども今ここに居るファルナは……以降の事柄をも含めて、全て知っている。そのため、また違った形の悪夢になる可能性が非常に高かった。
「いやっ……!」
 父親の言葉を拒むファルナ。あの時も同じ反応を示した。父親の様子に、ただならぬ物を感じ取って。だが結局は無理矢理連れてゆかれて……。
 またあれが繰り返されるのかと、ファルナは怯えた。ところが、事態は意外な方へと転がった。
「そうか」
 何と父親は、あっさりとファルナの腕を放したのである。
「お父様っ?」
「嫌がるファルナを無理矢理連れてゆくのはよくないね。ごめんよ」
 父親はそう言って苦笑した。あの時と流れが変わったのだ。そして父親は、ファルナの後ろへとゆっくりと回り込んだ。
(……よかった……)
 胸を撫で下ろすファルナ。けれど、ほっとしたファルナは気付かなかった。背後に回った父親が、ポケットから革紐を取り出してファルナの首へとかけようとしていたことを……。

●本質はいずこ【4D】
「うわあっ!!」
 突然、背後で父親の叫び声が聞こえた。
「お父様!?」
 振り返るファルナ。するとそこには、2人がかりで羽交い締めにされている父親の姿があった。1人はファルファ、そしてもう1人は……父親であった。
「マスター!」
「娘に……ファルナに何をする!」
 そのうちに、羽交い締めにされている父親の姿がぶれ、全身を黒いローブで覆った者に変わった。
「ファルファ、投げ飛ばして!」
「はい、マスター!」
 ファルナの命令に従い、ファルファは黒いローブの者をぐいとつかみ、壁へと投げ飛ばしたのである。
 その途端、周囲の空間が歪み――一気に暗転した。

 次にファルナが気付いた時、そこは元の寝室であった。着ている物も、ピンクのネグリジェに戻っている。薬を飲む前と何ら変わっていないように思えた。
 しかし決定的に違っていた部分が1つ。いつの間にやら伸ばしていたファルナの手を、ファルファがしっかと握ってくれていたのだ。
「……マスター、お目覚めですか」
「う、うん……」
 ゆっくりと上体を起こすファルナ。そして夢の中のことを思い返した。
(お父様は……)
 最後、父親はファルファとともに自分のことを守ろうとしてくれた。それがファルナの希望だったのか、そうではなかったのか、それは分からない。しかし、父親のことを嫌いになれない自分が居ることは感じていた。
「……マスター?」
「ううん、何でもありません〜」
 心配した様子のファルファに対し、ファルナはふるふると頭を振った。
「寝汗をかいたようなので、シャワーを浴びます〜」
「分かりました。ご用意いたします」
 ベッドを降り歩き出すファルナの前を歩き、シャワールームへと歩いてゆくファルファ。その時のファルナは、どこか寂し気な笑みを浮かべていた。

●蛇足【5】
 一連の騒動が解決した数日後、ゴーストネットの掲示板には雫によってまとめの書き込みがされていた。無論、皆から聞いた話をまとめたのだ。
 それによると、今回の騒動を仕組んだのは『虚無の境界』であるということ。例の薬を使って、何か実験をしようとしていたのではないかという話だった。
 BON企画に居た者たちや、真名神慶悟たちが捕まえた者たちは、警察へと突き出されていた。どうも薬事法違反など、いくつか罪状がつくようである。
 で、『BON』の意味だ。これは『虚無の境界』を英語表記し、頭文字を取った物だったのだ。分かってみれば、何とも単純な話であった。
 かくして解決した今回の騒動、しばらくはゴーストネットで話題になっていたが、そのうちに話題に上らないようになっていった。

【あの日にかえりたい 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0158 / ファルナ・新宮(ふぁるな・しんぐう)
              / 女 / 16 / ゴーレムテイマー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
           / 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】
【 1593 / 榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)
  / 女 / 中学生? / 超高位次元知的生命体・・・神さま!? 】
【 1790 / 瀬川・蓮(せがわ・れん)
     / 男 / 13 / ストリートキッド(デビルサモナー) 】
【 1838 / 鬼頭・郡司(きとう・ぐんじ)
                   / 男 / 15 / 高校生 】
【 1883 / セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)
        / 男 / 青年? / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 1887 / ヘルツァス・アイゼンベルグ(へるつぁす・あいぜんべるぐ)
   / 男 / 20代? / 錬金術師・兼・医師…或いはその逆。 】
【 1963 / ラクス・コスミオン(らくす・こすみおん)
               / 女 / 妙齢? / スフィンクス 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全26場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました、このところの高原にしては珍しい単発依頼をようやく皆様にお届けいたします。体調不良などでご迷惑をおかけしておりますが、完全復調まではもう少しかかるかと思われます。その点、深くお詫びいたします。
・今回のお話なんですが、悪い言い方をしてしまえば『罠』の一言に尽きるかな、と。高原としてはある種賭けでもありましたが……プレイングを読んで、ほっとしました。なお、『虚無の境界』についての説明は『誰もいない街』の方で詳しいかと思われます。
・タイトルはもうお分かりですよね。あの女性有名シンガーソングライターの大御所の方の曲名です。聞きながら書かせていただきました。ただプレイングも重い想いが多かったからでしょうか、執筆中つい泣いてしまいました。
・ちなみに万一全員が無条件に薬を飲むという選択だった場合、高原は迷うことなくバッドエンドを記していたと思います、はい。
・ファルナ・新宮さん、13度目のご参加ありがとうございます。重すぎます、想い。なるほどとは思いましたけれど。結果は本文の通りになりましたが……はてさて、いかがでしょうか。
・ここからはちょっと宣伝となりますが、コミネット・eパブリッシングにて『一夏の経験 ―ソーラーメイド さなえさん―』の購入受付が行われております。締切は10日いっぱい、1口300円となっておりますので、ご興味がお有りの方はどうかよろしくお願いいたします。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。