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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


あの日にかえりたい
●オープニング【0】
件名:未承諾広告※ 戻りたい想い出はありませんか?
本文:
 人間誰しも、想い出をお持ちであるかと思います。
 その中で戻ってみたいと思う想い出はありませんか?
 私たちは夢の中でそれを可能にする薬をご用意いたしました。
 今回だけ特別に1回分・錠剤2粒を5000円でご提供いたします。
 就寝前、戻りたい想い出を強く心に念じて服用することで、貴方はそこに戻ることが可能となるのです。
 
 ある日、こんな内容のメールがパソコンや携帯のメールボックスに届いていた。
 送信者はBON企画となっており、その住所は新宿1丁目。最寄り駅は都営地下鉄だと新宿三丁目、営団地下鉄だと新宿御苑前となるだろうか。
 何とも胡散臭い、けれどもどこか気になるメールだったので、とりあえず瀬名雫に何か知らないか聞いてみることにした。
「あ、うん。それ、うちにも来たよ。あたしも気になったからネットで調べてみたけど、それについての話はなかったと思う。んー、そのまま放置しちゃえば?」
 雫はそう言ったものの、やはり気になって仕方がない。色々な意味で。
 そして――ある者は試すために実際に薬を購入し、またある者は送信者について調べ始めたのである。
 さて……その先に待っている物は何だろうか。

●成分分析を【1G】
 東京郊外のとある屋敷――数ある部屋の中のその1室。所狭しと棚やら床やらに書物が置かれているその部屋に、1人の女性の姿があった。
 髪は長く、紫に近い艶やかな赤色。鮮やかな緑色の瞳で、おとなしそうでやや泣き顔っぽい表情。小麦色の肌は健康そうで、胸元もまずまず。これだけ聞けば、一目会ってみたいと思う男性は山ほど居ることだろう。
 けれどもここに付け加えることがある。まず背中には立派な鷲の翼が生えている。そして何より、彼女の身体はライオンであるということだ。
 顔と胸は女性、身体はライオン、背には鷲の翼。こうくれば、ある有名な像を思い浮かべることだろう。そう、エジプトのピラミッドを護るかのように存在しているスフィンクス像のことを。
 彼女――ラクス・コスミオンはそのスフィンクスの一族の者であった。もっともラクスの場合、正確にはアンドロスフィンクスというのだが。
 ではスフィンクスの一族であるラクスが、どうして日本の東京なんかに居るのか。端的に説明すれば紛失した『本』を探して日本にやってきたのだが、その話は今回は関係が薄いので深い説明はしない。
 ただ『本』を探していると、有象無象とした情報が引っかかってくる訳で。件のメールもその1つであった。
 無論、ラクスの仕事は『本』を取り戻すことであって、薬のことは専門外。けれども何か感じ取ったのだろう、製法が知っているものかどうか確認しておこうと思い立ったのだ。
 となると、当然薬を手に入れなければならなかった訳で――。
(うう……深夜にも人があんなに多いだなんて……東京は怖い所です)
 薬の分析をしながら、ラクスは薬を受け取りに行った時のことを思い返していた。日付的には今日の話になる。
 人が怖いラクスは、深夜人気のないであろう時間帯を狙って、メールにあった住所へ向かった。『薬を売るのは人に限る』ということは1行も書かれてなかったので、直接受け取りに行こうと考えたのだ。
 が、ちょっと考えが甘かった。場所は新宿、世界に名だたる歓楽街である歌舞伎町もそう遠くはない。深夜にも関わらず、人が多かったのだ。
 精神的にダメージを受けつつもBON企画のあるマンションへ辿り着いたラクスは、部屋を訪問した。出てきたのは女性1人、これにはラクスもちょっと安心した。
 女性はラクスの姿に少し驚いたようだったが、薬を受け取りに来たことを告げると、すぐに持ってきてくれた。
 もちろん受け取る際にいくつか質問を投げかけるラクス。正直、人との会話は苦手なのだが……それでも何とかやり遂げたのだった。
 女性が言うことをつらつらと並べてみると、『副作用はない』、『現時点までで、苦情も聞いていない』、『薬には特殊な製法を施している』、『薬は別の所で作っている』……エトセトラ、エトセトラ。当然ながらこれは全て相手の言い分、そのまま素直に信じることは危険である。
 かくして薬を受け取ったラクスは、深夜にも関わらず人の多い街を泣きそうになりながらも抜け、屋敷へと戻ってきたのだった。
 さて、手渡されたのは紙包みに入った紅い錠剤2粒である。そこでラクスは1粒は最悪『図書館』で調べてもらうことにし、残る1粒の成分分析や術法解析を行うことにした。
 錠剤を砕き、せっせと成分分析を行うラクス。錠剤の大部分の成分は、いわゆるビタミン剤と同様であった。これだけ見れば、プラシーボかと思うことだろう。だが知識量の高いラクスは、他の成分にもちゃんと気付いていた。
 1つは睡眠効果のある草を乾燥させて粉末にした物。この草には面白い効能があって、飲んだ者に必ず夢を見させるのだ。
「なるほど。だから夢の中で、なんですね」
 メールに書かれていた文面に納得するラクス。必ず夢を見させるとなれば、どんな夢を見ることになるかは多少なりとも精神力で調整することが出来る。見たい夢を強く念じれば、そりゃあ見ることになるだろう。
「……でも、これは……?」
 首を傾げるラクス。そこまでなら別によかったのかもしれない。けれど、もう1つ気付いた成分が問題だったのだ。
 それは、マンドラゴラの根やイモリの黒焼きなどを乾燥させて粉末にした物。何故こんな物を混ぜているのだろうか?
 その時ふと思い出した。この組み合わせ、ある種の黒魔術で用いられている物であることを。
「確か……心に干渉する黒魔術?」
 その手の本で1度読んだだけ。それでも内容は覚えている。けれどその黒魔術は薬をメインとした物ではなかった。薬は呪法を補助すべく、対象者に飲ませる物であった。
 思案するラクス。夢を見させる物と、心に干渉する黒魔術で用いられる物。2種類同時に含まれた薬の存在は、少なくともラクスは知らなかった。でも――。
「ひょっとして……」
 ある疑念がラクスの中に浮かんだ。夢を見させ、かつ心に干渉するということは、夢に対して干渉することも出来るのではないか、と。
 これからどうすべきか考えたラクスは、ひとまずネットに繋いでみることにした。そしてゴーストネットの掲示板で、同じような事柄に気付いた者の書き込みに気付くのであった。

●考察は続くよ【3F】
 その日のゴーストネットの掲示板は、希に見るハイスピードのやり取りが続くこととなった。ちょっとしたチャット状態であったと言えよう。
 発端はセレスティ・カーニンガムの書き込みである。例の薬の考察を、掲示板に書き込んだのだ。
 要約すると『薬を水に溶かして調べてみた所、魔法陣の上で何やら念じている黒いローブの者たちが見えた』ということである。
 この書き込みが呼び水となって、ぽつぽつと返信がついてゆく。その中にラクス・コスミオンの書き込みもあった。
 ラクスの書き込み曰く、『薬の成分を調べてみた所、ビタミン剤の成分の他に、大きく2種類の成分が含まれていました。1種類は睡眠効果があり必ず夢を見させる草、もう1種類は黒魔術の補助に用いられる物。対象者の心へ干渉する黒魔術です』と。
 こうなると、返信はあれこれと推測した物ばかりとなってくる。例えばセレスティに見えたのは、ラクスが言う所の黒魔術の様子だったのではないか、とか。
 恐らくそれは当たっているのかもしれない。だとすれば辻褄が合うからだ。夢を見させ、黒魔術によりそれに干渉する、と。
 だが目的がいまいちまだよく分からない。邪悪な目的なのは想像付くが、そのことで何を成し遂げるつもりなのか、見えてこないのだ。
 そんな時、管理人たる雫の書き込みがあった。榊船亜真知から聞いたという情報であり、まだきちんと確認は取れていないと前置きしての書き込みは次の通り。『『BON』って、ある団体の頭文字を取った物みたいだって言ってたけど……』と。
 それと同時に、BON企画のメールアドレスが転送メールサービスを使っていることや、一斉配信のシステムを使っているという情報も書き込んでいた。いずれも亜真知から聞いたのだという。
 さて、それからしばしの間、掲示板には『BON』が何の頭文字であるかを考察する書き込みが立て続けにあった。
 第三者が見ていたら『あんたら全員暇人かい!』と突っ込みたくなるほどに、どんどん返信が続いてゆく。まさしくチャット状態となったために、雫が慌てて何度もチャットへ誘導することとなったのは余談である。
 やがてほとんどチャットへと誘導され、掲示板の書き込みが落ち着いた頃、雫による書き込みがあった。
『もうけりがついたって、シュラインさんからメールがあったの!』
 それは喜ばしいことである。けれども、書き込みにはまだ続きがあった。
『例の団体名のこともメールにあったよ。えっとね……』
 次の行に、その団体名は記されていた。知る者ぞ知るその組織の名は『虚無の境界』といった――。

●蛇足【5】
 一連の騒動が解決した数日後、ゴーストネットの掲示板には雫によってまとめの書き込みがされていた。無論、皆から聞いた話をまとめたのだ。
 それによると、今回の騒動を仕組んだのは『虚無の境界』であるということ。例の薬を使って、何か実験をしようとしていたのではないかという話だった。
 BON企画に居た者たちや、真名神慶悟たちが捕まえた者たちは、警察へと突き出されていた。どうも薬事法違反など、いくつか罪状がつくようである。
 で、『BON』の意味だ。これは『虚無の境界』を英語表記し、頭文字を取った物だったのだ。分かってみれば、何とも単純な話であった。
 かくして解決した今回の騒動、しばらくはゴーストネットで話題になっていたが、そのうちに話題に上らないようになっていった。

【あの日にかえりたい 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0158 / ファルナ・新宮(ふぁるな・しんぐう)
              / 女 / 16 / ゴーレムテイマー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
           / 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】
【 1593 / 榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)
  / 女 / 中学生? / 超高位次元知的生命体・・・神さま!? 】
【 1790 / 瀬川・蓮(せがわ・れん)
     / 男 / 13 / ストリートキッド(デビルサモナー) 】
【 1838 / 鬼頭・郡司(きとう・ぐんじ)
                   / 男 / 15 / 高校生 】
【 1883 / セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)
        / 男 / 青年? / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 1887 / ヘルツァス・アイゼンベルグ(へるつぁす・あいぜんべるぐ)
   / 男 / 20代? / 錬金術師・兼・医師…或いはその逆。 】
【 1963 / ラクス・コスミオン(らくす・こすみおん)
               / 女 / 妙齢? / スフィンクス 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全26場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました、このところの高原にしては珍しい単発依頼をようやく皆様にお届けいたします。体調不良などでご迷惑をおかけしておりますが、完全復調まではもう少しかかるかと思われます。その点、深くお詫びいたします。
・今回のお話なんですが、悪い言い方をしてしまえば『罠』の一言に尽きるかな、と。高原としてはある種賭けでもありましたが……プレイングを読んで、ほっとしました。なお、『虚無の境界』についての説明は『誰もいない街』の方で詳しいかと思われます。
・タイトルはもうお分かりですよね。あの女性有名シンガーソングライターの大御所の方の曲名です。聞きながら書かせていただきました。ただプレイングも重い想いが多かったからでしょうか、執筆中つい泣いてしまいました。
・ちなみに万一全員が無条件に薬を飲むという選択だった場合、高原は迷うことなくバッドエンドを記していたと思います、はい。
・ラクス・コスミオンさん、初めましてですね。人が怖いとか、色々とありましたので、とりあえず本文のようにさせていただきました。どうやってキーボードを叩いているのか、ちと不思議ではありますけれど。成分分析は大正解でしたね。あと、OMCイラストをイメージの参考とさせていただきました。
・ここからはちょっと宣伝となりますが、コミネット・eパブリッシングにて『一夏の経験 ―ソーラーメイド さなえさん―』の購入受付が行われております。締切は10日いっぱい、1口300円となっておりますので、ご興味がお有りの方はどうかよろしくお願いいたします。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。