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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


それも、輝ける日々

 昼下がり。
 ちょっとばかり、そんな時間のスーパーにそぐわない服装で火嵩は色々と買い物をしていた。
 いや、一人ならば断じて買い物はしない。
 第一折角の休日なら、ゆっくり休みを取るかナンパにいそしみたい火嵩である。
 では何故、この時刻買い物をしているか?
 それは火嵩の家に居る友人の為の買い物なのだ。

 なんと言っても色々な差し入れをしてくれた友の為にご飯くらいは振舞ってやりたい!と言うのはタテマエで実際は「色々役に立つものありがとうっ」と感涙に咽ぶ火嵩を「んじゃ俺の為に買い物宜しく♪」とケリをくらい追い出された…と言うのが本当のところ、かもしれない。
 が、ここでへこたれないのが火嵩のいいところであり美点である。

「……そういや最近、コンビニ弁当ばっか食べてるって言ってたよなあ……煮物でも作ってやっかな。…ジャガイモの煮っ転がしよりも肉の角煮にして…大根とバラ肉と……酢、家にあったかな……」

 ぶつぶつぶつぶつ。
 既にカゴの中には飲み物やらお菓子やらおつまみ(?)やら一杯だが構わずに尚、カゴへと放り込んで行く。
 実際、作る相手がいれば料理は負担ではない…独り暮らしだし、食べないとくたばるって母親や親戚一同から口すっぱく言われてるし。
 ――無論、くたばると言うのは時に寝食を忘れそうになる火嵩への母や親戚のおっちゃん方の気遣いだったりするのだが。

 ぶつぶつ呟いている火嵩をいぶかしむように、不意にかかる柔らかな声。

「……おや誰かと思えば……、芹沢じゃないか」
「あ? おお、朱姫ちゃん! 此処で逢えるとは正に運――」
 運命だな!と言いたかったのだが何故か言葉に出せず冷や汗がだらだらと流れる火嵩である。
 お、おかしい、いつもならこのくらいの言葉難なく言えるはずなのに!
(ど、どーした、俺っ)
 目の前の少女、矢塚・朱姫は大変な美少女だ。
 ほっそりと均整の取れた体に整った人形の様な顔に映える猫のように気まぐれな金色の瞳。
 知り合い経由で知り合ったのだがあまりに可愛くて狙ってるのは火嵩本人の大きな秘密だったりするのだが。
どうしてか言えない一言で今は悶々と悩んでたりする。

 ――が、その言葉を言わせない雰囲気を発しているのは朱姫の方にあった。

 軽軽しく運命と言う言葉は使うべきじゃない、そう思うからこその無意識の牽制。
 それにもし、運命と言うのであれば――すぐさま解るだろう何かがあるはずだ――とも思う。
 まあ、そう言う事は言ったとしてもせん無きことなので朱姫は気持ちを切り替えるように、にこりと微笑んだ。
「そうだな。此処であえるとは本当に面白いものだな……ところで、そんなに一杯買い込んで…どうしたのだ?」
「んー? 俺のところ、今友人が遊びに来ててさ、それの買出しなんだ」
「ほう……またえらく食べる友人のようだが」
 カゴに「これでもか」と言わんばかりの量を見てあっけにとられる朱姫。
 幾ら食べ盛りとは言え限度があるようにも思うが…ふたりならばもしくは平らげられる量なのかもしれないと思い直す。
「俺も結構量食うからなあ…っと、そろそろ買って帰らないと待ちくたびれてるかもしれないからさ」
「ああ、そうだな。また何処かで」
「おう、今度また皆で遊びに行こうな♪」
「楽しみにしてる」
 お互いそこで別れ、火嵩はレジへと会計に行き朱姫はまた買い物へと戻った。
外はまだあたたかさを伝える太陽が――高いところにある。


***
 
会計を済ませ、やたらと重い荷物を鼻歌交じりで持ちつつ火嵩は友人が待ってるだろう自宅へとテンション高く帰る。
帰ったら、まずどうしようか。
まだゲームに熱中してるだろうけど冷蔵庫に入れてあるブツは夕飯のときにぱーーーっと飲みたいしなあ……やっぱビデオ上映会だろうか。
あれやこれやと色々持ってきてくれたしなあ♪
だがちょっと待て。
……従姉妹が来たら「火嵩、不潔ーーー!!」と問答無用で殴られそうだ。
(…こういうときだよな、鍵を変えたくなるときって)
 未成年の一人暮らしゆえにそれは出来ないと解っているけれど。
……つか、こんなときに従姉妹が来ないのを祈るしか出来ないなのが無茶苦茶悲しい。
プライバシーって何だろう、と思いっきり黄昏たくなる火嵩である。

家にたどり着き何故か鍵のかかっていないドアを開け……友人が居る和室へと歩く。

「ただいまー、色々買ってきたぞ〜? ……んでさぁ……」
 
今からビデオ見ようぜ、ビデオ!と言いかけようとしていた口が、あんぐり開き……。
手の力…もとい腕の力、肩の力まで一気に抜け……。

ぼすっ。

スーパーの袋が素直に畳へ落下し鈍い音を立てる。
和室を開けたら見えたもの――は、友人と従姉妹が揃って後で飲もうな!と約束していた酒を全て飲み……ぐっすり休んでいる光景だったのだ。
――しかも友人は従姉妹に腕枕までしてるし!

(い、いやあ、君たち不潔ーーー!!)

 ちょっと待て、火嵩!と、もし此処に誰かが居たならその叫びに裏拳でツッコミを入れてただろう。
だが生憎と寝ている人物二人と火嵩を除いては誰一人としてなく……「男の友情ってさ、血の濃さってさ………意外と薄いんだねえ…ふ、ふふふ」などと呟いてしまっている。
――実に危険な状態だ。
火嵩はきっと二人を睨み付け――いや、二人はまだ眠っているのだが――財布の残り具合を確認すると一息に家を駆け出した。

「もう友情なんて信じるもんかーーー!!」と言う、「だから待て!」なツッコミ満載どころの台詞だけを残して。




***


 商店街。
 先ほどのスーパーから火嵩とは違う道筋を辿り朱姫はてくてくと歩いていた。
 ……時間が間違えてるわけでは決して無い。
 朱姫は…ちょっと歩くことに対してのんびりなお嬢さんなのだ。

 商店街を抜けると公園があるから荷物を置いてぼんやりするかな、と思ったとき。
 ダッシュで朱姫の前を通り過ぎようとする火嵩が見えた。
 ちなみに。
 火嵩の視力はエスキモーと張り合える視力である。
 通り過ぎようとしたときに火嵩にも呆然とする朱姫が見え、まるで急ブレーキをかける車のように――いや、もしかしたらそれよりももっと凄いかもしれない――勢い良く朱姫の半径3メートル付近ぐらいで、止まった。

「や、やあ朱姫ちゃん…数十分ぶりだねっ!」――ぜーはー、ぜーはー、息切れしつつごく爽やかに言う火嵩。

 朱姫は思わずそれを見て……「芹沢は自動車に良く似ている」と呟きそうになり、本人に言うのはまずいだろう!と口をぐぐっと閉じる。
 自然、口が少しばかりおかしな形になろうとするが、これも強靭な精神力で抑え込むことに成功し、どうにか言葉がゆっくりとではあるが唇へと伝わる。

「ああ、確かにそのくらいかな? どうした…何か買い忘れでもあったのか?」
「いや、そういうわけじゃなく…聞いてくれ、朱姫ちゃん! 俺は哀しいっ!!」
「はぁ? 何が哀しいんだ、何が。…聞くだけ聞こう」
「実は……」

 かくかく、しかじか。
 火嵩は堰を切るかのように語りだす。
 時には熱く、時にはオーバーな動作を付け加えながら自分で見た全てを。
 友情も肉親の情も信じられるもんか――!!等という、まだまだ「マテ!」と言うような言葉を言いながらも。
 朱姫の表情も少しばかり、哀れむような同情するぞ…と言うような表情へ変化してゆき……此処で一つ「よし!」と大きく手を打つ。パン!とあまりに良い音に火嵩の瞳が驚きで少しだけ、大きくなった。

「話を聞くとあまりに哀れだ……友人にさえ従姉妹にさえ裏切られた心中、察して余りある……。そこでだ、良ければ荷物を持ちながら私の家に来ないか? 何のもてなしも出来ないが料理くらいは振舞えるぞ?」
「マジ? 朱姫ちゃんの料理が食えるのなら、たとえ火の中水の中!」
「ふふ、そこまで喜んでもらえると作り甲斐があるな……では行こうか」

 にこり、と花のように朱姫は微笑うと自分の家へと歩き出す。
 火嵩は忠実な犬のように――いや、実際尻尾があったらぱたぱた振っていたかもしれない――朱姫の後ろへついていった、ゆっくりゆっくり、歩幅をあわせて。


***

 ことこと、ことこと。

 鍋が幸福な音を立てている。
 悪くはない匂いが火嵩の待っている部屋まで届いて「俺って幸せモンだなあ♪」等と先ほどの沈んだ志向は何処へやら見ているテレビにあわせ鼻歌を歌っている。
 ゆっくりとした朱姫との歩調も楽しいものだったし、家にまで――神様、これでオチは不幸だとかなんてそゆ事ありませんよねえっ?という考えも頭をよぎらないでもなかったが。

そうして――朱姫の「お待たせ♪」と言う言葉と共に料理が運ばれ――シチュとしてはあまりに完璧な幸福的憧憬。
だが!
火嵩が夢見た淡い夢は料理を見た瞬間、鉄パイプで思いっきり…ええ、そりゃもう突貫工事の音のごとく高速に無茶苦茶に砕かれ、壊された。

…なんなのだろう、これは……この物体は。
ごくり、と。
火嵩の咽喉が大きく鳴った。

「おかわりもあるから遠慮しなくて良いぞ♪」
「お、おかわり? そっか……あるんだ、うれしいなあ……」

 ……棒読みで言葉を呟きながらも火嵩はやはり、これが料理なのだと言うことに対し納得せざるを得なかった。
何せ目の前の朱姫は美味しそうに食べているのだから。
匂いは悪くないのにどう見ても魔女が作るような色合いの物体を見て更に汗がふきだしてゆく。
だが朱姫は食べているし、また「いつ口をつけてくれるのだろう?」と言う期待に満ちたまなざしと花のような笑顔には勝てず、震える手で一口、口に放り込む。

――瞬間。

口の中にさまざまな味が広がった。
 元々の料理の味がどういうものだかわからないがさまざまな調味料が仲良く、意地悪く手をつないでコサックダンスを踊っている――様な錯覚を覚えて手元にある水を一息に飲み干す。
きらきら瞳を輝かせる朱姫と視線がぶつかる。

この瞳に勝てる男が居たら――そいつの心は絶対氷で出来ている、と思うほどの視線。

「どうだ、美味いか? 今日のは意外と美味しく作れたんだ♪」
「――あ、ああ、凄く美味しいよ。朱姫ちゃんって料理上手だよな!」

 マテ火嵩!

この二人を知っている面々なら誰もが口にしただろう一言。
が、誰もそういう人はなく……火嵩はあくまで「気遣ってくれた朱姫を不用意に傷つけない」事に終始、気を使い……朱姫もまた火嵩の「料理上手」と言う言葉に気を良くしてデザートを作りに再び台所へと走っていった。


前途多難、というよりも。
一難去って、また一難……というのが正しいのかもしれないと火嵩は一人、息をつく。


だが、これも――とある一日、記憶へ刻まれる出来事。振り返ればそれさえも――楽しい、日々。



―End―