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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


「命、燃え尽きるまで。」


 「なんじゃこりゃ。うちはカウンセラーの派遣はしてないんだ!」


 昼間の草間興信所に怒りに満ちた声が響き渡る……最後まで読まれることなく投げ捨てられる一枚の依頼書。それを秘書の零が拾い上げて音読し始めた。それを聞きながら腹の底に眠る怒りを煮えたぎらせる草間。

 依頼主は名家として知られる黒崎家に奉公する家政婦の箱田スミ。彼女は最近ようやく二十歳となり、同時に黒崎家の当主となった沙夜子の身を案じていた。先代の当主である実母・優紀子が一族に伝わるという謎の病にかかって半年前に死んだことが始まりだった。娘の沙夜子は唯一の家族である優紀子を亡くし、今も部屋にふさぎ込む日々だという。気弱なままでは母と同じ病にかかってしまうかもしれない。そんな彼女を元気付けてくれないかというのがスミの依頼だ。

 改めて内容を聞かされた草間は話の最中も怒りに任せて文句を並べ立てるが、『謎の病』という言葉で我に返る。それを気に掛けた彼の背中を大きく押したのが、依頼文の最下部を読んだ零の感想だった。

 「へぇ、スミさん本当にお嬢様のことが心配なんですね。こんなに多額の依頼料を用意してるなんて……」

 普通の依頼よりもずっとずっといい金額……そして謎の病。草間の腹は決まった。彼は秘書に号令をかける。

 「この依頼は最優先。是が非でも彼女の元気を取り戻す!」

 自分が依頼を果たすわけでもないのに元気いっぱいの草間。それを横で見ていた零が嬉しそうな表情で彼を見つめていた。彼女の安心はとりあえず保たれた。しかし、ふたりがいくら乗り気でも、誰かがこの依頼を引き受けてくれなければ話は前に進まないのだ。それぞれの期待はそんな不安をすべて忘れさせているようにも見えた……



 「……ということなんですね、今回の依頼。どうですか、引き受けてもらえますか?」


 真っ赤な西日が差し込む草間興信所で頬を赤く染めながら熱っぽく語る零。この時、草間はタバコを切らせたので、近所のコンビニに行っていたので、零が依頼内容の説明をしていた。彼女の目の前にはふたりの子どもが座っていた。零の熱気に押されてか、彼女が依頼の説明をしているときは素直に聞いていた。

 しかし、それが終わると対照的なしぐさを見せた。零から見て左手に座っているのは美しい少年だった。話を飲み込んだ彼は顔色ひとつ変えずにただ頭を掻き始めた。細くしなやかな指を動かすと、金色の髪がわずかに揺れる。
 少年の名は瀬川 蓮という。普通なら彼は中学に通っている年齢だ。しかし、彼は生きている証明となる戸籍を持っていない。社会から姿を消した少年は今、ストリートキッズを束ねるヘッドとして裏社会に存在していた。草間興信所へは特に予告もせず風のように現れるが、今日がその日だった。零が蓮の顔を見ながら指を折っている様子を見る限り、最近は顔を出していなかったのだろう。指の運動はしばらく止みそうになかった。


 「零さぁん……沙夜子さんがかわいそう……」


 零の考えごとは蓮の隣に座る少女の悲しい声にかき消された。彼女は透き通る白い肌をセーラー服が包んでいる。彼女は胸の前で手を組んで今にも泣き出しそうな表情だった。零の話を聞いただけで涙腺が緩んでしまったようだ。


 「そうでしょ、みなもさん。みなもさんもそう思うでしょ!」


 零にみなもと呼ばれた少女は何度も頷いて見せる。メロドラマを見て感動しているような表情がふたつ並んでいるのを見て、蓮は思わず彼女たちから視線を外した。
 セーラー服の少女の名は海原 みなもという。人魚の末裔というだけあって、その美貌はすばらしいものがある。しかし、話に聞き入ってしまっている彼女は涙で顔を濡らしてしまっていた。これでは美人が台無しである。話は盛り上がっているふたりの間で進んでいく。

 「じゃあ、おふたりに行ってもらいましょ……」

 零がそう言いかけた時だった。緑色の髪の青年が興信所のドアを開いて中に入ってきた。


 「今日も元気にがんばろう……っと。零さん、小説のネタない、ネタ。」

 「こんばんわ、雪ノ下さん。あるにはあるんですけど、いつものように、まずは依頼を解決してもらわないと……」

 依頼を探しに来た青年の名は雪ノ下 正風。祖父から教わった気功拳の使い手にして小説家の彼は零の横に座り、さっきまで蓮やみなもが聞いていた話を一から聞いた。すでに話を聞いているふたりはさっきと同じ表情を雪ノ下にも見せた。話を聞き終えた雪ノ下は依頼を受けると思われるふたりにこう切り出す。

 「よし、今回は俺が保護者だな。明日にでも、その病気を治しにいこうじゃないか。」

 「そうですね、明日は日曜日だし……善は急げですよね。蓮さんもそうしましょ。」

 「……うん、わかったよ。」

 依頼に乗り気の雪ノ下とみなもの積極的な発言を気のない返事で答える蓮。彼の心中などお構いなしに明日の予定を立て始める零たち……その日は興信所を解散し、直接黒崎家を訪問することになった。



 その夜、自室で黒崎家を訪問するためのコスプレ衣装を物色しつつ、みなもはインターネットを使って沙夜子の病気の原因を調べていた。彼女は情報検索の知識は持ち合わせていなかったが、時間をかけて調べた。その成果もあって、彼女の苗字である黒崎に関する部分でひとつだけ情報を得ることができた。

 黒崎家の祖先の中に、死刑執行をする役目を負った者がいることがわかった。その頃を境に一族では謎の病が姿を見せ始めたらしい。その病は実際に死刑を執行された者たちによる呪いにも見えるが、原因は定かではない。しかし、みなもは重要な一文を目にする。その病気は一族全員がかかるものではないらしいのだ。彼女はそれを読み、自分でも力になれると確信した。そして彼女は衣装選びに専念し始めたのだった……その作業は夜遅くまで続いた。



 高級住宅街の真ん中に位置する黒崎邸前で落ち合った3人だったが、まず雪ノ下と蓮がみなもの姿に驚いた。彼女は頭からつま先まで黒のメイド服でばっちり決めていたからだ。手にはその衣装に合うバッグもあった。その気合いの入れ方にただ視線を何度も上下させるだけのふたり。


 「やっぱり沙夜子さんやスミさんに失礼のないようにしないといけないですからね。ちょっと衣装にも気を遣ってみました。」


 そう言いながら笑みを浮かべて可愛くその場を一回転するみなも。スカートが風を受けてわずかに揺らめく……それを見た雪ノ下は小さく頷く。そして昨日と大して変わらない服をつまみながら、何度もメイド服を見つめ、困った表情を浮かべていた。

 目のやり場に困ったのか、それとも付き合いきれないと思ったのか。蓮は誰にも断りを入れずに屋敷のインターホンに手を伸ばした。彼はボタンを強く押したが、それを知らせる音がよく聞き取れなかった。それだけ広い屋敷なのだろう。
 黒崎家は周囲に比べると、意外にも地味に見える屋敷だった。彼らが目にしている庭は細かい場所まで管理が行き届いているが、それほど広いという印象は受けない。さらに屋敷の外観を見ても、多くの客を招くように作られた様子はない。あくまで一族の人間が住む目的で建てられたという印象が強い。しかし、名家のプライドを保つには十分の建物だった。それだけの威圧感も同居していた。


 蓮の目の前の扉が開くと、中から小さなおばあさんが白いエプロンを脱ぎながら姿を現した。そして目の前の客人に丁寧にお辞儀をする。それにつられて、3人も会釈する。

 「ここ、沙夜子さんの家だよね。ボクは草間さんのお願いでここに来た瀬川 蓮。こっちのふたりも同じ理由で来たんだ。おばあさんがスミさん?」

 「ええ、左様でございます。零様からお話は聞いております。今日はご多忙のところ、本当にありがとうございます。どうぞ、こちらへ……」


 蓮に対しても大きく身を屈めるスミ。そして3人を沙夜子の待つ部屋へと案内するために扉を大きく開いた。雪ノ下は老婆を助けるべく自ら扉を開き、まるでパーティーにやってきたかのような姿のみなもを屋敷に招き入れる。
 広い廊下を歩く中、みなもは当主である沙夜子の様子を聞き出そうと、ゆっくりとした口調でスミに話しかけた。すると、スミは道の先を見据えながら、静かに話し出した。

 沙夜子がふさぎこんでからすでに一ヶ月が経とうとしていた。彼女は屋敷の外に出ることはほとんどないらしい。一日を読書で過ごしたりするのは当たり前だそうだ。スミは住み込みで働いているが、夜中に物音がするということもない。沙夜子はただ静かに一日を閉じられた空間の中で過ごしているのだ。
 二階に上がる階段にさしかかり、手すりを使ってそれを上ろうとするスミ。雪ノ下とみなもが老婆の細い身体を支える。スミは全員にありがとうございますと礼を述べ、話を続ける。今は沙夜子の身体に大きな変化は起きていないが、今に病気にかかるのではないかと心配だと言うのだ。わずかに鼻をすする老婆に、みなもが同調する。


 「おばあさん……」

 「私の身体を労わって下さる以上に、お嬢様を……お嬢様を元気づけてくださいまし……このまま優紀子様の後を追われるようなことになったら、私は……ううっ。」

 「心配いらないさ、おばあさん。ボクが何とかしてあげる……」


 雪ノ下はスミを慰める蓮の表情を見て驚く。スミに向けられた表情は確かに柔和なものだった。しかし、その言葉を言い終える瞬間、口元がわずかに曲がったのだ。雪ノ下は今まで少年が沙夜子に関する感想を口にしていないことを思い出した。彼の心の中にはなんとも言えない不安が広がっていた……



 二階の長い廊下を歩き、いくつもの扉を通りすぎた。そして突き当たりの扉の前でスミは3人に伝える。

 「ここが……黒崎家ご当主の沙夜子様のお部屋でございます。」

 みなもがその言葉を聞くと小さく頷き、自分に気合いを入れた。扉をゆるく叩くと、スミがそれに続けて話し始めた。

 「お嬢様、ご来客です。私がお呼びいたしました、お話し相手の皆様でございます。」

 「どうぞ、皆さん。開いてますよ。」

 中から通る声で返答があった。スミはゆっくりと中の部屋へと3人を導いた。雪ノ下を先頭に、部屋の中に入っていく。
 部屋の中には大きなベッドや本棚、そして窓が備え付けてあった。沙夜子は読書や勉強に使っていると思われる机の傍に立っていた。彼女は柔和な色の服を着ており、長い髪は上着の半分まできれいに下りていた。まさに美しいという表現がピッタリの女性だった。手には一冊の小説を持っている。

 「お嬢様、こちらが雪ノ下 正風様、瀬川 蓮様、海原 みなも様でございます。どうか私に免じて、皆様方には明るく接して頂きますよう……」

 「スミさん、何を怒ることがあるの。いつも迷惑ばかりかけてごめんなさいね……」

 「は、はい……それでは私は下に戻ります。」

 また悲しさがこみ上げてきたのか、スミは逃げるようにして廊下へと出ていった。老婆が去った後、3人はとりあえず沙夜子の前まで歩いた。その時、雪ノ下は困っていた。スミに『話し相手』と紹介されたはいいが、どう切り出すか悩んでいたのだった。相手も事情を知らずに来たとは思っていないだろうが、あまり突っ込んだ話をするとよくない。そう考えていた。しかし、意外なところに突破口はあった。雪ノ下が彼女の持っている本を見て驚きの声を上げる。

 「あれ、その小説『魔女っ子ノエル』じゃないですか。それ書いてるの俺ですよ。」

 「あっ、本当だわ……実は友達に勧められて読んでるの。とっても楽しいわ。」

 沙夜子が手にしている本の作者を確認すると、驚きの声を上げる。雪ノ下も彼女がまさか読者だとは思わなかったようで、この奇縁に感謝した。それと同時に小説家として、彼女に勇気を与える励まし方をしようと心に決めたのだった。
 彼とほぼ同じ気持ちのみなもは偶然に笑みをこぼす沙夜子に近づいて、自分の気持ちを彼女に伝えた。


 「沙夜子さん……まだ本当に病気じゃないんですよね?」


 みなもが心配そうな声で沙夜子を気遣う。彼女は自分よりも年下の少女の頭をやさしく撫でながらつぶやく。

 「ええ、まだ大丈夫。でも、いつか病気にはなってしまうから……」

 沙夜子の話し方には悲壮感が漂う。それは彼女の心の底にある絶望がそう響かせるのだった。みなもはやさしさよりも悲しさの支配する声を遮って話す。

 「もっと気をしっかり持たないといけません。『病は気から』って言うじゃないですか。絶対にかかるかどうかわからない病気ですし……お母さんが亡くなって急に元気になるのは無理かもしれないですけど、少しずつでもいいですから元気になりましょうよ。」

 冷静になって説得しようと心がけていたみなもだったが、いつのまにか彼女の両手を握り締めていた。それに気づいた彼女は慌てて手を離すが、沙夜子は引っ込めた手を自分の両手で握り返し、無言で何度か頷いた。それを見た蓮が一言発した。


 「大丈夫、みなもの言う通りだよ。病気にならなければいいんだ。」


 安易な同情の言葉にその場にいる全員が反応する。しかし、蓮の言葉を否定する人間はどこにもいない。少年が何の感情も込めずにいい放った言葉は真実だった。

 蓮の心無い言葉を忘れさせるためか、今度は雪ノ下が沙夜子に話しかけた。彼女が手にしていた小説を手にとって、それを見せながら話し始めた。

 「僕の本を読んでくれたならわかると思うけど……主人公のノエルは決して諦めないだろ。だから君も諦めないで欲しいんだ。君が素敵なおばあちゃんになって、僕の本を子どもや孫に読んであげて欲しいな。」

 雪ノ下は笑顔を見せながら話を続ける。

 「気功って知ってるかい。呼吸をすることで自然のパワーをもらって元気なれるんだ。一緒にやってみようよ。」

 雪ノ下は体験したことのない気功に戸惑いを見せている沙夜子を椅子に座らせようとしたその時、またも蓮の言葉がふたりの間に割り込んできた。


 「やっといた方がいいんじゃない。もしかしたら、治るかもしれないよ。気功はたぶん現代医学よりも信用できる。雪ノ下さんの教え方は上手だし、うまくいったら……ね。」


 さっきと同じ調子で話す蓮の言葉を聞いて、目をつぶり耳をふさぐみなも。椅子に手をかけたまま固まってしまった雪ノ下も、蓮が何を意図しているのかがわからなかった。そんな彼らの疑問は言葉として出ることはなかった。

 しかし、椅子に腰掛けた沙夜子はうつむき加減で話し始める。蓮の言葉で自分の置かれた状況を思い出したようだった。その言葉に周囲の気遣いややさしさなど存在しない。自分の首筋に冷たいナイフを突きつけるような、そんな呪いの言葉に聞こえた。

 「そう……私が病気になったら治りはしない。お母様の年でもお婆様の年でも、今の私の年でも関係ないわ。なってしまえば、それでおしまいだもの……皆さんにも私にも余計な期待をかけさせてはいけないわ。」

 「沙夜子さん……もしかして今、どうせ死ぬんだからとか思った?」

 今まで壁際で黙って話を聞いていた蓮が、沙夜子の座る椅子に近づいていった。蓮がはじめて彼女と面を向けて話した瞬間だった。少年の突き刺さる視線に圧倒されたのか、沙夜子は何も答えることができない……それを見た少年は右手の人差し指を上にかざす。


 「どうせ死ぬんだったら、今すぐに殺してあげようか?」


 沙夜子が蓮に振り向いた瞬間、指先から赤い光が放たれる……そして広い部屋の天井から紅蓮の肌を持った悪魔が出現し、机に飛び乗って沙夜子を威嚇した!
 異形の姿をした怪物の出現に命の危険を感じた沙夜子は蓮から離れるように椅子から逃げていく。だが、悪魔は恐るべき早さで彼女の目の前に立ちふさがり、行く手を阻む。あまりの恐怖に身震いする沙夜子……


 「た、助けて……」

 「やめて、蓮くん!!」


 沙夜子の身の危険を察知したみなもは蓮と同じように力を発揮し、水の羽衣を身にまとって彼女の前に立った。雪ノ下は気功の力を発揮することができたが、あえてその場を動こうとはしなかった。ただ、ことの成り行きを見守ろうとした。


 しかし、争いはあっけなく終わる。みなもの姿を見た蓮が悪魔を指差すと、彼は音もなく早々に消えてしまったのだ。あまりのあっけなさにみなもも目を点にする。危険な状態が去ったのを確認すると、全員の視線は蓮に向けられた。心中こそ違えども、表情は一様に不思議そうなものだった。

 「毎日、どれだけの『生きたい』って願う人間が死んでいくと思ってるの? 本当に死にたい訳でもないくせに、そんなこと言うのは周りに同情されたいからなのかな。確かに……同情が欲しい時もあるよね。でもね、そんな風に鬱ぎ込んでるだけじゃ、さっきボクの言ったような薄っぺらな同情しか手に入らないよ。」

 沙夜子に向けられたはずの言葉に全員が聞き入る。みなもは思うところがあってか、沙夜子と同じようにうつむき加減で蓮の話を受け止めていた。蓮は続ける。

 「みなもも雪ノ下さんも依頼だけだったら適当なこと言うよ。ボクだってそうさ、それでお金がもらえるならそうするよ。でもね、みんな話を聞いて助けてあげなきゃって思ったんだ。だから、ここにいる。ちなみにボクはスミさんがかわいそうだと思っただけさ。だから、こうしただけ。自分ひとりで生きていくのが難しいのなら、誰かのために生きようと思ってみたら? そうしたらなかなか死ねなくなるよ。スミさんに心配かけて悪いと思ってるなら、それくらいのことはしなくちゃ。」

 言いたいことを一気に吐き出した蓮はなぜか沙夜子に背を向けた。そして扉に向かって歩き出すと、ふたりに「出直そう」と伝え、そのまま部屋を出てしまう。雪ノ下はそれを見送り、呆然としている沙夜子の肩を叩く。

 「乱暴だったかもしれないけど、彼も俺たちと一緒ですよ。またみんなであなたの元気な姿を見に来ます。その時は、ぜひ呼吸法をマスターして欲しいですね。自然の力は、偉大ですから。」

 そう言うと彼女の返事を待たずに、蓮に続いて部屋を出て行く。そして沙夜子の目の前にいたみなもは水の羽衣を解いて、彼女に励ましの言葉を贈った。

 「私も……また来ます。とにかく、気を強く持って下さい。言いたいこと、全部みんなに言われちゃったから、うまく言葉にできないんですけど……」

 「いいえ、あなたに守られた時、心の底から安心したの。本当にありがとう……また、会いに来てくださいね。必ず元気になりますから。その時も、その可愛い衣装でね。」

 沙夜子の言葉を聞いて、笑顔で返事をしたみなもだった。



 黒崎邸を後にした3人はしばらく黙っていたが、蓮が話を切り出した。

 「あーあ、これじゃ草間さんから依頼料はもらえないかもしれないね。みんな、ごめんね。」

 両手を頭の後ろに当てながら歩く様子はいつもと同じだったが、声はさすがに申し訳なさそうだった。だが、それを誰ひとり責めなかった。みなもも雪ノ下も、蓮のやさしさに気づいていたからだ。そんな中、みなもが寂しそうにつぶやく。

 「蓮くんも雪ノ下さんもいいですよ。沙夜子さん励ましたり、喝を入れたり……私なんか何の役にも立たなかったみたいで……私こそ報酬もらえないかも……」

 バッグを握り締めて、黒いメイド服に似合わない涙を流そうとするみなも。それをせき止めるかのように、蓮が彼女を笑い飛ばす。


 「へぇ、もっと自分に自信を持ってる娘だと思ってたけど、そうでもないんだ。可愛いね。」

 「……へっ?」


 蓮から意外な言葉を投げかけられたみなもは驚く。そんな彼の言葉を雪ノ下が説明する。


 「俺はそのやさしさが沙夜子さんを助けると思ってるよ。今回の仕事は3人でがんばったんだ。もらえる時ももらえない時も、みんな一緒だよ。な、蓮くん?」

 「ボクは自分だけ報酬がもらえるのが一番なんだけどな。」

 「おおっ、言ったな! 一番みんなに迷惑かけたくせに!!」

 「いたたたた……だからこんなに素直に謝ってるじゃないか。」


 雪ノ下が怒って蓮の頭をくしゃくしゃにするのを見て、今度こそふたりに負けないようにがんばるんだと心に誓ったのだった。みなもの頬に輝く涙は、嬉し涙に変わった……


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1252/海原 みなも/女性/13歳/中学生
1790/瀬川 蓮  /男性/13歳/ストリートキッド
0391/雪ノ下 正風/男性/22歳/オカルト作家


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■         ライター通信          ■
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はじめまして、市川 智彦です。
今回まさに初めての『東京怪談』に挑戦させていただきました。
その割には依頼文からは怪談っぽい匂いがしませんね……すみません。

はじめてということで、皆さんのキャラを丁寧に書くことを心がけました。
みなもちゃんは芯の強い部分とコスプレ的な可愛さを前面に押し出しました(笑)。
ほんのちょっと戦うシーンもあり、勇ましいみなもちゃんも書けてよかったです。
非常に短い時間でいろんな表情を見せる彼女ですが、いかがだったでしょうか?

これからも皆さんのキャラを愛しつつ、シナリオを書いていこうと思っています。
まだまだこれからの人間ですが、どうぞよろしくお願いします。