コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ワタシを探して


■オープニング■


 ジリリリリリリリ―――――――
 今時珍しく古めかしい音のする目覚し時計の派手な音で、梁瀬恭子(やなせきょうこ)は目を覚ました。
 今日の講義は午後からだが、その前に雑多な用事があったために適当な時間に目覚ましをかけておいたのだ。
 ベッドから上半身を勢いよく起こした彼女はまだ完全に覚醒していないのか、しばらくその姿勢のままで微動だにしなかった。
 そして、
「……まただ」
と呟くと彼女はこの寝起きの不愉快さに起床早々だというのに眉間に皺を寄せる。
 恭子は特別朝に弱いと言うわけではない。むしろ寝起きは良い方だ。
 それがここ最近、いつもいつも、爽快な気分で朝を迎えた事がない。何かが、心の中で引っかかっているような気分で朝を迎えるのだった。

     ■■■■■

「眠ると忘れてしまうんです」
 そう言った彼女に草間は、
「はぁ……」
と言うしかなかった。
 そんな事をここに相談に来られても困るんですが―――と、彼の目は雄弁に物語っていた。あくまでここは探偵事務所であってよろずごと相談所ではありません、と。
 しかし、うつむいたままの彼女はその表情には気がつかなかったようで話しを続ける。
「眠ると、必ず毎日何かを忘れてしまってるんです。周囲の人の事、家族の事、自分の事……」
 彼女は1冊のノートを差し出した。
「忘れていくと気づいた時から毎日日記をつけることにしたんです。自分自身について、家族のことについて、恋人の事について―――そして、ある日彼女は姿を消してしまったんです……私の中から」
 自分は解離性同一性障害―――いわゆる多重人格者であったのだと彼女は告白した。
 彼女はもう1人の人格・都子(みやこ)とは至極良好な関係で、「梁瀬恭子」という人物を器としたルームメイトのような関係だった。それが、ある日、都子が突然消えてしまたのだ。
「素人の意見ですが、やはり病院に行かれた方がよろしいんじゃないでしょうか?」
 草間の忠告を彼女は首を振ることによって拒否する。
「お願いします。最近、私にそっくりな人を見かけたと言う人が居るんです。だから、それが彼女なのかどうかだけでもいいんですお願いします」
 その熱意に圧されるかたちで草間はその依頼を引き受ける事になってしまった。

■本文■

 いつものように事務所で雑用をこなしながら名ばかりの応接セットで交わされていた際に草間と恭子のやり取りに聞き耳を立てていたシュライン・エマ(しゅらいん・えま)は、
「で、引き受けてしまったわけね」
と、半ば―――というよりむしろ全面的に呆れた顔をして、聞こえないふりを決め込んで煙草を吸っている草間に近づいてそのタバコを取り上げた。
「吸い過ぎよ、武彦さん」
 負い目がありすぎて、草間は反論する事も出来ずに苦虫を噛み潰したような顔をした。
「まぁ、彼女そっくりの人間を探せばそれで気が済むっていうんだからいいんじゃないのか? ウチの優秀かつ豊富な人材に頼ればすぐに見つかるだろう」
 そういう草間の声にはいつも以上に「やる気」と言うものが感じられなかった。
 それもこれも『怪奇探偵』などと揶揄されているせいに違いないと頭から思い込んでいるからだ。しかも、怪奇事件だけならまだしも、今度は本当に存在するのかどうかもわからない消えた人格を探してくれなどと言うのだから非常識も極まれりだろう。
「確かに……姿は多分同じで、性格が違うだけだと思われるので、探し出すのは比較的簡単かと」
 セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)は草間の投げやりともとれる意見に同意を示す。
「日記は預かったんですよね、草間さん? それあれば彼女がいなくなった時期の事が判ると思います。それを元にすれば、その人格が行きそうな場所を推測して探しに出る事は可能だと思いますよ」
とは柚品弧月(ゆしな・こげつ)の発言だ。
 つまり、今回の依頼内容は確かに一般的に見れば非常識極まりないように見えるが、ここ草間興信所で大なり小なりの調査に関わったことがある者ならば調査内容自体が困難であるとは思わないということだ。
 ただそれは、「本当にその別人格が実在するかどうか」そして、「実際に実在したとしたらその居場所を突き止める」という2つの内容だけであるならば、だ。
 心配なのは、もう1つの「恭子と都子の対面」という依頼についてだ。
「もしも、彼女の言う通り別人格の方が“家出”されたのだとしても、実体を持ってというのはおかしい話ですよね。だとしたら、霊体であった都子さんが恭子さんの中に入り込んでいて、元の肉体に戻ったということで恭子さんは最初から解離性同一性障害などではなかったんじゃないでしょうか?」
と、シュラインを手伝ってコーヒーを配りながら海原みなも(うなばら・みなも)が発言した通り、今まで恭子が事実だと思っていた事―――自分の中には「都子」という別人格が存在していたという事自体が事実ではなかった場合、そして事実であったとしても逆に「都子」が「恭子」のことを全く覚えていない場合などイレギュラーな場合どうするかというのが問題となるということだった。
「でもここでこうやって考えていても、何事も原因を確認しない事には解決した事にはなりませんものね」
 ありがとうございます、と、篠宮夜宵(しのみや・やよい)はみなもからコーヒーを受け取りつつそう言った。
「草間さん、梁瀬さんの前歴を調べていただけません? そう言った心理障害には原因があるはず、そのあたりに今回の要因がないともかぎりませんし。私は……梁瀬さんの眠りに付き合ってみたいと思いますの」
 それぞれの意見が出たところで、草間は守崎啓斗(もりさき・けいと)が黙り込んでいた事に気づいた。
「で、啓斗お前はどうする?」
 この場に居るのだから調査に参加する意思はあるのだろうと確認の意味で問い掛ける。
「探すだけじゃなくて、その2人を会わせるまでが今回の依頼なんだな?」
 そう言って啓斗は、しばらく考え込んだ後、
「なぁ? その2人、会わせて本当によい結果が出ると思うか? 都子の事を探すには探すが見つけた場合の判断は俺に任せてもらえないだろうか?」
と続けた。
 啓斗には啓斗なりに引っかかる事があるようだったが、
「見つけた後のことは、そのときに判断しましょう。まずは都子さんを探す事が先決だと思うの。それで良いでしょう、啓斗君?」
シュラインにそう言われて頷いた。

梁瀬恭子。
 23歳。
 某セレクトショップ勤務。
 3歳年上の恋人とは短大時代からの付き合いで最近は時々将来を話し合う事も多くなった。
 基本的にインドア派で休日は彼氏と会う以外は、部屋で本を読んだり映画を見て過ごす事が多い。
 田舎の母親は10年前に交通事故で急逝。
 父親は6年前に10歳年下の女性と再婚。
 高校卒業を期に上京した恭子はあまり実家に帰ることもなく完全に独立した生活を送っているという。最近の彼女を知るのは彼氏と親しい友人が数人というところらしい。
「姉妹もナシか……」
 許可のもと借りていた日記を事務所で読んでシュラインはそう呟いた。
 姉妹がいたのならば、もしかすると、その姉妹が恭子の中の都子が宿るには絶好の条件を満たしているのではないかと考えたからである。しかし、再婚相手と父の間にも子供は無く、彼女の父親も実母も互いに一人っ子であったため歳の近い従姉妹もいないという。
 そういった家族親族関係の書き込みの他は、仕事であったことや彼氏と交わした会話の内容や約束などほぼ日記というよりも手帳に近い書き込みとなっていた。
 それもそのはずだろう、記憶の消失とは「記憶があった」という存在自体を失っているのだ。
 つまり、恭子自身どの記憶が消失してしまったのかそれ自体が判らないのであるから、大事な『忘れてはいけない事』のみを書き記すしか方法が無かったのである。
「都子さんと恭子さんは『器』としての身体以外に記憶も共有していたんでしょうか?」
と、日記をシュラインの隣から覗き込んでいたみなもが不思議そうな顔をする。
「そう、問題はそれね。恭子さんからが失った記憶が都子さんに流れ出してそれをもったまま都子さんが恭子さんから離れたのだとしたら……主人格の交代が起こっているということかもしれないし――――」
 あくまでこの日記は恭子が記憶を留めておくために「自分」を残した日記である。なので、その内容は日記をつけ始めた当初は家族構成や知人友人などの人間関係が主で、途中からは本当に日々の雑多な事になっている為、都子について触れられている部分があまりにも少ない。
「夢は闇の領域……私、今晩恭子さんの夢を覗いてみるつもりです。忘れてしまうという現象が夢の中にあるのならきっと彼女の夢を除くことで何らかの原因のきっかけがつかめるかもしれませんし―――守崎さんお付き合いしていただけます?」
「あぁ」
 啓斗が頷くのを確認してから、
「でも……もう1度詳しく恭子さんにお話を聞く必要がありますわよね」
と夜宵は続ける。
 その夜宵の意見にはシュラインとみなもが、答える。
「そうね。じゃあ、私とみなもちゃんは恭子さんから都子さんとの関係をもう少し詳しく聞いてくるわ」
「それじゃあ、私は梁瀬さんが通っていたという心療科の担当医に話しを聞けるように手配をします」
「医者には守秘義務があるでしょう。そんな事可能なんですか?」
「そこは……蛇の道は蛇といいますから」
 セレスティは弧月の疑問にそう言って嫣然と微笑んだ。

■シュライン&みなも■

「すみません、いきなりお邪魔して」
 シュラインの言葉に恭子は首を横に振る。
「いえ、こちらこそ妙なお願いをしてしまって……。可笑しい事を言う女だと思うでしょう? でも、私も『都子』が居なくなったということもすぐに気づいたわけではないんです」
「というと?」
「なるべく、毎日朝には前の晩に書いた日記を読み直すようにしていたんですけど……ちょうどこの頃、仕事が忙しくて何日か仕事のことばかりが書いてある期間があるでしょう」
 そう言われて、恭子が示した何ページかに3人は目を通す。
 確かに、1週間から10日の間仕事のことばかりが記入されているページが続いていた。
「仕事がひと段落ついた時に読み返したんです、最初から。その時にようやく、『都子』の存在を感じられないことに気が付きました――――」
「あの……普段は主に恭子さんが―――えぇと、表の人格として生活をしていたわけですよね?」
 みなもの問いに、恭子が頷く。
「都子が表に出る事はそんなにありませんでした。いつも都子はあたしの中であたしの生活を見てることが多かったですね。逆に、たまに都子が表に出た時もあたしは眠っているような状態ではなくて、こう、内側から都子の行動を眺めているというか―――なんて説明すれば良いのかしら……」
 自分と都子との奇妙な『共同生活』を説明するのに恭子は上手く表現できなくて口篭もる。
「自分が登場人物となっている夢を見ている感じかしら? ほら、これは夢だと判りながら夢の中で自分を演じている様子を見ているような」
「そう、ですね。ちょうどそんな感じですね。だから、お互いに知らない事なんてないと思ってました」
「恭子さんが自分の中の都子さんに気が付いたのはいつ頃なんですか?」
「多分、中学生の頃……母が亡くなる少し前くらいですね」
 そう言って目を伏せる恭子が一体都子とのどんな記憶に思いを馳せているのか、それを知る術がない2人は恭子のその表情を見つめる事しか出来ない。
「恭子さんが知らない間に……例えば、眠っている間に都子さんが外出された事は?」
「全くないとは言いきれないかもしれませんけど、でもそんなに多くはないと思います」
 よく多重人格の別人格は自分とは全く逆の性格なこともあるらしいが恭子と都子の場合はわりと似た性格で気が合っていたのだと恭子は説明する。
「都子さんはどんな性格だったんでしょうか? 都子さんを探すために少しでも手がかりが欲しいんです」
「そうですね、わりと人見知りですけど外に出掛けるのは好きでよく公園に行ったりしてました。あとは……大のコーヒー党で、特に気に入っていた店がいくつかありましたね。ただ、店名までは……」
 恭子があげた都子に関する情報をシュラインは細かくメモをする。
「その公園や店っていうのは、都子さんらしき人が目撃された場所とは――――」
「……えぇ、そんなに遠くはないと思います」
 シュラインとみなもはいくつかどちらかというと都子がふだん使っていた物と写真を1枚借りて恭子の部屋を後にした。
 部屋を出る時に、シュラインは、
「最後にもうひとつだけ……あなたは記憶を取り戻したいの? それとも、都子さんに戻って欲しいの?」
と、恭子に問い掛けた。
 だが、恭子の口からはっきりとした答えを聞く事は出来なかった。

■夜宵&啓斗■

「で、眠りに付き合うってどうするつもりなんだ? って愚問か」
 啓斗は待ち合わせ場所に、
「こんばんわ」
と、現れた夜宵に問い掛けた。
 その問いかけには答えずに、夜宵は啓斗をある住宅街の中にある小さな公園へ連れて行き、
「あそこが恭子さんの部屋だそうです」
とアパートの一室、明かりのついた窓を指差した。
 窓の明かりが消えるのを見計らって、夜宵は恭子の夢の中に入り込むつもりであった。
 だが、人の夢の中に入り込むという事は精神感応状態になるという事であり、その間夜宵の精神は自分自身の身体を離れる一種の幽体離脱のような状態になる。
 闇を操る能力を持つ夜宵ですらあまりその状態が続くと負担が大きすぎて戻って来れなくなる可能性があるため必ず誰か信頼できる相手が必要となるのである。
 全く無防備になってしまう自分を護り、呼び覚ましてくれる人物が。
 しかも、こんな時間帯に住宅街で女子高生がひとりで居るというのは不自然極まりない。
 だが幸いな事に啓斗と夜宵の2人なら、一見公園でデートしているカップルに見えるというのもその1つであった。
 ボディガードを兼ねて啓斗が付き合わされた理由だった。
 公園に着いて、30分ほどした頃に恭子の部屋の明かりが消えた。
「後30分ほどしたらはじめますわ」
「わかった」
 そして、啓斗の腕時計がちょうど深夜1時を指した時、がくりと夜宵の身体が啓斗に持たれかかってきた。
「行ったみたいだな」
 そう呟いて、啓斗は恭子の部屋の窓を仰ぎ見た。

 淡い靄のかかったような白い空間がそこにはあった。
 そこには同じように白い服を着て白いベッドに眠っている恭子の姿があった。
 ゆっくりとそこに近づいていくともう1人、ベッドサイドに佇む姿が見える。その姿は眠っている恭子そのものに見えた。
――――あれが、都子さんね……
 他人の夢は、覗く事は出来ても干渉する事は出来ないため、夜宵は都子の行動を凝視しする。
 都子は眠る恭子の額に本の束の間、軽く触れた。
 そして、すぐに姿を消してしまった。
 その様子を見ていた夜宵は、やはり、都子は何らかの意思を持って恭子のもとから姿を消したのではという考えを強めた。
 都子が姿を消した次の瞬間、目まぐるしく眠る恭子の周りの空間が色々な景色や人物が浮かび上がっては消え、浮かび上がっては消えていく。
 その内のひとつの場面に夜宵は目を止めた。
―――あれは……
 目を凝らして唇の動きを読もうとしたその時、急に強い力に夜宵は引き寄せられていく。
 
 タイムリミット。

「篠宮、おい、篠宮――――」
 案の定、啓斗が夜宵の肩を揺すっている。
 時計を見ると、すでにあれから1時間近くたっている。
 夜宵は早鐘を打つ心臓を落ち着かせるように何度かゆっくりと深呼吸をした。
「いくつか判った事がありましたわ」
 そう、夜宵は啓斗に告げた。

■セレスティ&弧月■

 セレスティの財閥の根回しにより弧月は恭子が通っていたカウンセラーから恭子の症状についていくつか話を聞く事が出来た。
 それは、弧月の予想とは全く違っており、この調査の根本を考え直すために必要になる重要な話であった。
「どうでしたか?」
 セレスティは戻ってきた弧月にそう訪ねた。
 本来ならば、自らそのカウンセラーに話を聞きにいくべきではあったのだが、手配のほかに自分の財閥の仕事がたてこんでいたためにセレスティは時間の融通が利くという大学生の弧月に恭子が通っていた心療医院へ調査に行ってもらっていたのだった。
「恭子さんは『解離性同一性障害』には当てはまるかどうか判断しかねるというんです」
 その答えにもセレスティは大して驚いた様子もなく話しの先を促す。
 弧月が聞いてきた話によるとこういうことであった。

 まず、解離性同一性障害という症状は精神病というよりも神経症に属するものであり、日本では第一人者という人は居ても専門家が殆どいないという現状であるといい、そのカウンセラーは話しをはじめた。
「一言でいうと、全く異なる人格が同じ体を共有しているというのが解離性同一性障害という病気の特徴なのですが、梁瀬恭子さんの場合は通常記憶の共有がないのという特徴や他の人格の交友が全くなく交換人格の存在自体に気づかないという特徴と大きく外れています。統合失調症―――旧病名でいう精神分裂症とか、境界性人格障害などがあり解離性同一性障害と診断を決定するにはまだ梁瀬さんがこちらで診断を受けている期間が短すぎて断定できないんです」
「では、梁瀬さんは解離性同一性障害でない可能性があると?」
「いえ、違うとは断定できません。基本的に解離性同一性障害というと人格が交代した場合に明らかにその人の雰囲気や目つき、趣味嗜好、筆跡までもが全く主人格とは異なります。それに、特徴のひとつでもある記憶の共有という点に関しても特定不能の解離性障害である場合は記憶の共有や
人格同士の交友もあるといいますから。とにかく、断定するにはまだ判断材料が――――」

「やはり、普通の多重人格ではないという事でしょうね」
「セレスティさんは、気付いていたんですか?」
「伊達に長い時を生きているわけではありませんから。それにしても実に興味深い。だとしたら、彼女……都子嬢はどういった存在であったのか――――」
 とにかく都子嬢を探し出すしかその答えを探り出す方法がないということですね……と、セレスティは小さく呟いた。

     ■■■■■

 都子は思っていた以上にあっさりと発見する事が出来た。
 シュラインたちが恭子から借りてきていた主に都子が日常使用していたと思われる日用品からサイコメトリーで彼女の行き付けの店を読み取った弧月の情報によりその近辺に人を配置した数日後のことだった。
 はじめて都子をその辺りで発見してから、大体2〜3日おきの間隔で都子はその場所に現れた。
 そして、しばらく街中を歩いてからある瞬間に姿を消してしまう。
 都子の姿は恭子の姿そのものにしか見えなかった。
「都子さん? はじめまして、梁瀬恭子さんに頼まれてあなたを探していました。お話を少しお伺いしたいんですけれど――――」
 啓斗はいつものようにその場所に現れた都子にそう話しかけて彼女を草間興信所へと誘った。

 草間興信所の応接室に現れた都子の姿に面々は息を呑んだ。
 外見だけでなく雰囲気もなにもかもまるで恭子そのものであったからだ。
「実はこの度、梁瀬恭子さんからアナタを探して欲しいという依頼を受けました」
 シュラインがそう切り出した。
「都子さん、アナタは産まれて来れなかった恭子さんの双子の片割れ―――間違いありませんね?」
 夜宵が恭子の夢の中で読み取ったのは昔々、幼い頃、恭子すら忘れてしまっていた恭子の母の、
『恭子、あなたにはお母さんのお腹にいた頃は双子だったのよ』
という台詞だった。
 ごく稀に母胎にいた双子の片割れが消えるという現象が過去にも報告されている。
 今の医療技術でもその理由は解明されていない。
「はい」
 都子は頷く。
「夢を通して恭子さんの中から徐々に記憶を消したのもあなたがやったことなのでしょう? 彼女から消した記憶は都子さん……あなた自身に関する事ばかりですね」
 都子の日用品だけでなく、恭子の日記をサイコメトリーして弧月は恭子の失われた記憶が都子との事に関する事が殆どである事に気付いていた。
「あと少し……あと少しで全部忘れられたのに。なのに、恭子ったらこんなこと――――」
「やっぱり、眠るたびに忘れていくというのは自分の事を忘れてくれて事だったんだな」
 啓斗は自分の想像が当たっていた事を確信した。
 俯いた都子はそう言いながら肩を震わせている。
 恭子の為を思い恭子の中から出た彼女もまたとてつもない喪失感に襲われていたのだと、膝を握り締める手のひらに落ちた涙が物語っていた。
「じゃあ、戻りましょう都子さん」
 みなもはそう言って彼女の手を取ろうとしたが、それは叶わなかった。
 こんなにはっきりと見えているのに、都子は決して実体を伴っているわけではなかったからだ。
 みなもの台詞に都子は首を振る。
「そうだよな、いつまでも一緒に……なんて不可能なんだ。例えそれが家族や姉妹であっても」
と、啓斗は都子の変わりに答えた。
「戻る事は簡単なのでしょう。会えば、きっとひとつになることも可能なのでしょう。でも、それを都子嬢は望んでいないそうでしょう? 酷なようですが、いくら記憶は持てても実体を持つことが叶わないなら彼女には二つの選択肢しか残されていません。消えるか、戻るか……ね」
 セレスティの言葉はひどく冷静で残酷なようであるがそれは消せる事が出来ない事実でしかない。

「お願いを聞いていただけませんか?」
 都子はその願いを託して姿を消した。

     ■■■■■

 その後、恭子にされた報告は、都子らしき人の存在は確認できたが全くの他人の空似であったというものだった。
 最後に都子は1度だけ恭子の元に戻り件の日記を手に姿を消した。
 その日記は草間興信所にされた依頼であった。

『あの日記ごと恭子の記憶から綺麗に私を消したいんです』

 都子がその日記と共にどこに消えたのかその行方は誰も知らない――――


Fin


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1252 / 海原みなも / 女 / 13歳 / 中学生】

【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】

【1582 / 柚品弧月 / 男 / 22歳 / 大学生】

【1005 / 篠宮夜宵 / 女 / 17歳 / 高校生】

【0554 / 守崎啓斗 / 男 / 17歳 / 高校生(忍)】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは。遠野藍子です。
 納品が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
 今回久しぶりにギャグでもなく真面目にシリアスっぽいものを書こうと考えた話だったのですが最近ギャグだのラブコメだのに染まりつつあった思考を戻すのにまず時間がかかったりで、毎度の事ながらいっぱいいっぱいです。
 自分も久しぶりのシリアス系ということもあり無い知恵をふりしぼってオープニングを考えた訳ですが、PL様方もかなり今回はどういうプレイングをするか悩まれたと思います。でも、プレイングのおかげでこういう作品に出来あがりました。
 少しでも皆様の印象に残る話になっていればと思います。
 
 また、お会いできる機会を楽しみにしております。
 ありがとうございました。