コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ぺんぺん草も生えぬ大地に川が深紅に染まったあの日

 以前の話。
 あたしが…薄い血筋ながらも『人魚』として覚醒して、暫くした頃の…ある時。

 ――お母さんが「キャンプに行かない? 訓練も兼ねて。ね?」と訊いてきた。

 で。
 あたしは少し考えてから…結局行く事にした。
 訓練も兼ねて、って部分がちょっとは気になったけど、何と言ってもお母さんと一緒に居られる、と言うのは大きかったから。
 キャンプと言うなら家族で?
 と聞いてみたけれど。
 お母さんは「その方が良かった? でも違うの。ごめんね?」と申し訳無さそうに否定して。
 他の同行者が居るんだ、と、内緒話でもするようにこっそりあたしに告げた。

 そして当日。
 同行者――と言う、見るからに…屈強な男の人たち十数人と合流する。
 詳しくは知りませんが…時々見掛けた事があるような雰囲気の。
 えーと。
 …もっとぶっちゃけて言うと、本職は…お母さんと御同業のような人たち。
 傭兵、と言うんでしたっけ?
 その人たちは何やら大きな荷物を、それもたくさん持参していました。
 本当にたくさん。
 それも大きな袋が多い。
 何やら長細い袋もたくさんあって。
 どれもこれも、いまいち用途不明。
 キャンプ用品にしては奇妙な形状のものも含まれているように見えるのは気のせいでしょうか。

 ………………えー、キャンプって、何日泊まるんでしたっけ?

 …幾ら何でも、この荷物は多過ぎないだろうか?
 そう思い、男の人の中のひとりにふと訊いてみたのですけれど、お母さんから聞いてないかい? と苦笑しつつ逆に問い返され、結局話はそこで終わりになりました。
 曰く、みたまさん――あたしのお母さんに聞いてないのなら、悪いけれど俺からは言えない、との事で。

 ――何か変だ、とこの時点で気付くべきだったんだと思います。
 ですがあたしは気付きませんでした。
 キャンプ地だ、と言われたこの『地図に無い島』に渡り、暫く経って…強制的に思い知らされるまで。
 …思えば行き先の島が――地図に載ってないと言うだけでも、充分、変でした。

■■■

 そして。
 気が付くと。
 男の人たちは何やら妙に統率の取れた動きで行動し始めました。
 何事かわからず、きょとん、とした顔のみなもを余所に、てきぱきと。
 …ちなみにその時のあたし――みなもは言うと。
 荷物の移動のついでのように、みなもちゃんはひとまずここに居てね、等々言いつつ、男の人たちの手によって、ひょいひょいとテントからテントへ移動させられる――と言うより軽々持ち上げられては荷物の延長のような扱いを受けていた様子。…但し、『上官であるみたまの娘』であると同時に、みなもには意味が良くわからなかったが『今回の作戦の切り札』との事で、最重要の荷物扱いらしく非常に丁重に扱われてはいた。
 それは…傭兵さんのお仕事にはみなもは完璧に向かないから。
 むしろうろちょろしていたら邪魔になる。
 もひとつ言えばみたまがそこまではやらせない。

 そんな中、何やら荷解きがされている。
 …けれど引っ張り出されたものも、みなもにはいったい何なのかよくわからない。
 取り敢えずキャンプ用品らしからぬ物であるのは確か。
 薄らと火薬の臭いがするような…気もする。
 業務用っぽい無愛想なラベル。
 鉄の塊。
 丈夫そうな布でぐるぐる巻きにされた小さな何か。
 コード。
 機械らしき物体。
 そして。
 …銃?
 さすがにちょっと引きました…。
 そして、たまたま近くに来ていた男の人のひとりを、みなもは不安そうに見上げます。
 と、さすがに困ったようにその男の人はぽりぽりと頭を掻いていました。
「…そろそろ隠しとく方が気の毒かもな。…まだお母さんからは何も?」
 辺りの状況と、自分の問いにこくんと頷いたみなもを交互に見、男の人は重々しく口を開きました。
 ――曰く、これは『キャンプを装った』、とある宗教の――過激派組織強襲壊滅作戦、との事。
 え、とその時点でみなもの頭の中は真っ白になりました。
 が。
 直後に。
 げしっ、とド派手にどつく音。
 次の瞬間には――みなもと話していた男の人が、うっ、と短く唸ったかと思うと…その場に撃沈していました。
「…私の娘怖がらせてタダで済むと思ってないでしょうね?」
 にっこりと微笑んで、その後ろに佇んでいたのは、みたま。
「怖がらせて…って…事ここに至っては状況が良くわかって無い方が不安でしょうよ…てか、だったら何でこの作戦に連れてくるんすかみたまさん…」
「問答無用。余計な事言う口は塞ぐわよ? 永遠に」
 艶やかに微笑んだまますぱっと切り捨てる声に、男の人は降参とばかりに小さくホールドアップ。
 それを見て満足そうに頷いてから、みたまはみなもに視線を移します。
「さあみなも、そろそろ訓練――始めましょうか?」
 そう言われるなり、みなもは――漸く何の為にここに連れて来られたのか、はっきりとわかりました。
 訓練…もそれはあるのでしょうけれど、有態に言って…この男の人の言っていた『作戦』とやらに利用する為、だったのでしょう。
 とは言えそれを言ったら…「どちらにしてもみなもが水を操るって事は結局同じでしょ。だったらむしろ実戦で使った方が慣れるの早いわよ?」とでも、あっけらかんとした答えが帰って来るのは目に見えている。
 お母さんはそう言う人だ。
 まぁ、今ここでその能力を『使ってみる』と言うのは、別に構わないのだけれど。
 あたしを連れてきた本当の理由がそれだと言うのは…お母さんらしいし。
 ただ…出たとこ勝負なのが少し怖いんですが。
 それでも平気な顔をしているのが、どうやらこの作戦の指揮官らしいあたしのお母さん。

■■■

 ――水の中にそっと手を入れた。

 川のほとり。
 人の気配が無い。
 けれどそれは表向き。
 逆に気配が無さ過ぎるのがおかしいとも、言える。
 ひっそりと静かな筈のこの場所。
 同行者の皆さんも、普通に、バーベキューでもしているような…態度は取っている。
 なのに気配が無い。
 他の人どころか、お母さんの気配さえ。

 ――この川から水を取って、辺り一帯、と言うか極力広い範囲に薄ーく水を張り巡らせてみて。途切れないように。

 お母さんはそう言う。

 ――で、もし万が一私たち以外の人間を見かけたら、その水を操って、即、足止め。出来る範囲で。良いわね?

 お母さんはそう言った。

 ――細かい仕事になるから、確り訓練になるわよ?

 …と、微笑む。

 そして今あたしは、言われた通りに水を張り巡らせてみていた。
 が、時々失敗し、薄く張る筈のところに水溜りを作ってしまったりと少々自己嫌悪。
 う〜ん、いまいち上手く行かない。
 気が付けば、晴れているのに、雨上がりのような――と言うよりもう湿地帯のような状況になっている。
 ど、どうしよう。
 思いつつ、お母さんたちを見ると、何故か、良し、とでも言いたげに頷かれる。
 …?
 疑問に思っていると、もう良いわ、こっちにいらっしゃい、とお母さんの声。
 それに導かれ、川の中から手を抜いて立ち上がり、お母さんたちの元へ戻ります――戻ろうとします。
 と。
 足を一歩踏み出そうとした正にその瞬間。

 バチバチバチバチバチッ

 足許、辺り一帯に激しい火花が疾った。
 縦横無尽に。
 ぐぁあと苦鳴がそれ程離れて居ない場所から幾つも。
 あたしは思わず目を瞬かせました。
 気配も何も無かったのに。
 人の声。
 苦鳴と共に、びくんびくんと痙攣する姿が見える。
 皆、一様に似たような装束を身に付けた――武装した一党。
 え、何?
 …感電?
 取り敢えずそんな様子。
 けれど、あたしは何故か大丈夫です。
 …これは…服装のせいでしょうか。
 冷静に考えれば、キャンプにしては妙に重装備な、足許が密閉されてる革の繋ぎに安全靴履かされてました…。
 …それはこの為だったんでしょうか。

 あたしの操った水を伝導体に、何らかの方法で通電させた、と。

 つまりはそう言う事なんでしょう。
 そしてそれが合図だったのか、地を揺るがすような破砕音が何処からとも無く。
 …一瞬、地震かと思いました。
 が、お母さんたちはその時には元居た場所に居ません。
 そんな風に思う間にもがちゃがちゃと金属同士のぶつかり合う音が何処からか。
 続く、タタタタタタタ、とタイプするような軽い音。
 怒号。
 気合いや絶叫。
 そしてまた地響き。
 煙と埃。
 あたしの操ってみせた『水』には…今となっては鮮やかな色が付いて――そんな色の『水』が色濃く混じって――いる様子。
 …唐突にその場に訪れた戦場に、あたしは途方に暮れていました。
 と、当然のようにお母さんがあたしの手を引いて、物影へ導きます。
 そして安心させるよう、にっこりと微笑みました。
 ここから動かない事。すぐ終わるから待ってなさい、と言い聞かせられ、直後に再び――飛び出して行きます。

 ………………後は…まぁ、予想が付くんじゃないかな、と。
 さすがにそろそろ何を言うのも諦めました。あたしも。

■■■

 爆発により――島内の一部にあった豊かな樹林がさくっと削られ痛々しい裸の丘に。
 みなもが『訓練』で使用した川の水が――深い赤色に染まり、それ以外は何事も無かったように流れている。
 …錆とか…だったらまだ平和なんだろうけど当然そんな訳は無く…。
 いや、よくよく見れば何やらあまり正体を確かめたくない『小さな塊』がぷかぷか浮いて流れているような…。

 …お母さん、怖いから。
 今回の事で…お母さんは怒らせたらいけないと、よくよく勉強になりました。

 うーん。
 恐らく今回もお父さんが裏で情報操作しているとは思うけど…。
 それにしても。

 みなもは、はぁ、と思い切り息を吐く。
 と、きょとんとした、可愛らしい赤い瞳がみなもの顔を覗き込んだ。
 …そのルビーのような瞳の持ち主、一応、キャンプのメンバーに偽装した一個小隊を指揮してこの惨状を為した当人です。
「どうしたの?」
 何事も無かったような、素知らぬ風のその顔と声。
 みなもの母親である、みたまの。
 あそこまでに派手にしておいてこの態度とは。
 つまりはあれで普通、と言う事なのでしょう。

 …嘆息したくもなります。はい。

【了】