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あの日にかえりたい
●オープニング【０】
件名：未承諾広告※ 戻りたい想い出はありませんか？
本文：
人間誰しも、想い出をお持ちであるかと思います。
その中で戻ってみたいと思う想い出はありませんか？
私たちは夢の中でそれを可能にする薬をご用意いたしました。
今回だけ特別に１回分・錠剤２粒を５０００円でご提供いたします。
就寝前、戻りたい想い出を強く心に念じて服用することで、貴方はそこに戻ることが可能となるのです。
ある日、こんな内容のメールがパソコンや携帯のメールボックスに届いていた。
送信者はＢＯＮ企画となっており、その住所は新宿１丁目。最寄り駅は都営地下鉄だと新宿三丁目、営団地下鉄だと新宿御苑前となるだろうか。
何とも胡散臭い、けれどもどこか気になるメールだったので、とりあえず瀬名雫に何か知らないか聞いてみることにした。
「あ、うん。それ、うちにも来たよ。あたしも気になったからネットで調べてみたけど、それについての話はなかったと思う。んー、そのまま放置しちゃえば？」
雫はそう言ったものの、やはり気になって仕方がない。色々な意味で。
そして――ある者は試すために実際に薬を購入し、またある者は送信者について調べ始めたのである。
さて……その先に待っている物は何だろうか。
●覚悟を決め【１Ｉ】
「胡散くせぇ薬だな……」
金髪で若干きつい目をした小麦色の肌を持つ少年、鬼頭郡司は右手の親指と人指し指で紅い錠剤をつまみながらつぶやいた。その言葉通り、郡司の目は疑わしい物を見るような目付きであった。
この紅い錠剤こそ、例のメールにあった薬である。普通郵便で今日届いたばかりで、変哲のない封筒の中には注文のお礼の手紙が１枚と、紙包みに入った紅い錠剤２粒が入っているだけだった。拍子抜けするくらいシンプルだった。
「１粒２５００円かよ」
自室のベッドに仰向けに寝転がりながら、ぼやく郡司。計算ではその通り、これが風邪薬か何かだったらぼったくりもいい所である。が、『戻りたい想い出に戻る』という効果が本当であるなら、これでも高くはないと考える者は少なくないのだろう。
極貧である郡司は、雫に薬の代金を立て替えてもらっていた。もっともいつ返すのかは現時点では全くの未定なのだが。それでもゴーストネットの掲示板を見る限り、気になる者は少なくないようなので、調べてみる気になったのだけれども。
「……戻りてぇ想い出、か」
一転神妙な表情を見せる郡司。何やら考えているようにも見える。
「戻れるもんなら……いや、そんでも俺は今を選ぶだろうか……天上界での暮らしを捨てて」
自問自答する郡司。戻りたい想い出が全くないと言えば嘘になってしまうのかもしれない。異種間恋愛、身分の相違、他にも色々なことがあって引き離された風鬼の恋人のこと。それから郡司の今の名をつけてくれ育ててくれた緑仙のこと。『あの時こうしていれば』という後悔、やけに鮮明な笑顔も泣き顔も……浮かんでくる物にはきりがなかった。
「だ〜！！ ウダウダ考えてったってしゃーねぇ！」
郡司はそう叫びながら、がばっと上体を起こした。
「うっし！ 飲んでやろうじゃん！」
下手な考え休むに似たり。薬を飲むことを決意する郡司。飲んで全てがはっきりするのであれば、それで済む話である。
「所詮、夢は夢でしかねぇだろ！ どんなに鮮やかでどんなにキレイでも、生きてるモンに勝てるワケねぇじゃん」
郡司はベッドから降りると、コップに水を汲みに行った。そう、確かに夢は夢。生きている物に勝るのかと問われると『？』であると言わざるを得ない。けれども――。
（『そんでも縋りてぇトキがある』……嫌なトコ突いてきやがる、卑怯な商売だぜ）
夢を見ない存在であれば、こんなことは思わなくて済んだのかもしれない。だがしかし、感情ある者たちだからこそ夢を見る。ゆえに……夢でもいいから、戻りたいと考えてしまうのだろう。
水を汲み、ベッドに戻って腰を降ろす郡司。ぎしっとベッドが軋んだ。そして右手に水の入ったコップを持ち、左手で紅い錠剤２粒を手に取った。
「……飲みゃあいいんだろ」
郡司はまるで誰かに言い聞かせるようにつぶやいた。それからおもむろに薬を口の中に放り込み、一気にコップの水で流し込んだ。
「ふう……」
大きく息を吐き出した郡司は、またベッドに横になった。静かにまぶたを閉じ、戻りたい想い出を強く心に念じる。
やがて――郡司の精神は、夢の世界へと誘われていった。
●火中の栗【３Ｅ】
郡司が目覚めた時、そこはもう人間界の自室ではなかった。とても見覚えある光景が目の前には広がっていた。
「ここは……」
辺りを見回す郡司。郡司が居たのは、様々な木々や植物が生え、色とりどりの花を咲かせている静かで穏やかな場所。そばには枯れることない泉もあった。
（そうだよ、あいつとよく来た場所じゃねぇかよ）
記憶がはっきりとしてきた。ここは人間界ではなく天上界。木々や植物だって、天上界特有の物だ。郡司はよくここを訪れていたのだ――恋人と２人で。
郡司は身を屈めると、手で泉の水を掬った。とても澄んだ泉の水は、快い冷たさであった。
「夢でここまで再現してんのか」
思わず感嘆する郡司。見た目だけでなく、感覚まで再現しているとは……郡司でなくとも驚きだろう。
郡司はふと、泉に映っている自らの姿に気付いた。その姿は薬を飲んだ時と何ら変わってはいない、そのままだ。
「……姿までは再現出来ねぇみたいだな」
郡司は首を傾げた。他が再現出来るのだから、姿くらい簡単だと思うのだが、はて？
「んじゃ、話でも聞いてみっか」
郡司は周囲の植物たちと会話を試みようとした。仕組みはどうあれ、植物たちから話が聞ければ真相解明の役に立つのではと思ったのだ。
ところが――いくら話しかけても、植物たちはうんともすんとも答えてくれない。答えたくないのか、それともこちらの言葉が届いていないのか。
（まさか？）
嫌な予感がした郡司は、雷獣を召喚してみることにした。だがしかし、雷獣は郡司の前に現れない。頭には雷鬼の角も出ることはなく。
「ヤッベェぞ……こりゃあ」
嫌な予感が的中したようだ。力が使えなくなっているのだ。夢の世界だからという考えも出来るが、自らの夢の中で力が使えないのも妙な話である。
（どう考えても、タダの薬ってワケじゃあねぇな）
あの薬のことを訝しむ郡司。とその時、ガサガサッと木々が揺れた。
「誰だ！」
郡司は反射的に叫んでいた。嫌な予感が的中した直後だから、なおさらである。ややあって、木陰から１人の風鬼の女性がやや怯えた表情で姿を見せた。郡司は目を疑った。
「おっ、おま……！」
そこに居たのは郡司の恋人。引き離される前の、それも子供を儲ける前の姿で。郡司が見間違うはずがなかった。
若干戸惑い気味の郡司。すると恋人はとても嬉しそうな表情を見せて、郡司に向かって駆け出してきたのである。郡司は恋人の身体を全身で受け止め、熱き抱擁を交わした。
（まさか本当に会えるとはな）
恋人の熱、肌の感触、そして香りまでも郡司へと伝わってくる。全てが郡司の記憶の中にある通りだった。自然と郡司はまぶたを閉じてしまっていた。
けれども郡司は気付いていなかった。力が使えない状態だったからなのかもしれないが。恋人が郡司の背に回した手に、金色の長く太い針が握られていたことに……。
●髪【４Ｅ】
突然、恋人の身体が郡司から引き離された。それに気付いた郡司が目を開くと、目の前には驚くべき光景が展開されていた。
何ともう１人の恋人が、金色の針を握った恋人につかみかかっているのだから。そのうちに金色の針を握った恋人の姿はぶれ、全身を黒いローブで覆った者に変わった。
そして一斉に植物たちの声が聞こえてきた。
「ニゲロ！」
「アブナイ！」
「ワナ！ ワナ！」
植物たちの声で事態を察した郡司は、恋人に向かって叫んだ。
「離れろ！！」
その途端、黒いローブの者につかみかかっていた恋人がさっと離れた。間髪入れず、雷獣を召喚する郡司。今度はちゃんと雷獣も現れ、頭に角も出現していた。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ！！」
雷獣に襲われ、悶え叫ぶ黒いローブの者。このまま放っておけば、もう方が付くだろう。
「やれやれ……」
一息吐き、郡司は本物の恋人の方へと視線を向けた。恋人はとても嬉しそうに、郡司のことを見つめていた。それから駆け寄ってきて、郡司にぎゅ……っと抱きついた。
その途端、周囲の空間が歪み――一気に暗転した。
次に郡司が気付いた時、そこは自室のベッドの上だった。恋人ももうそばには居ない。郡司ただ１人だけだ。
頭を押さえつつ、ベッドから起き上がる郡司。頭がどことなく重い。
「夢だよな……全部……」
郡司は忌々し気につぶやいた。そして何気なく手を見て驚くことになる。
「えっ……？」
手に１本だけ、自分の物ではない髪の毛がついていたのだ。その色は恋人の物と全く同じで――。
郡司は丁寧にその髪の毛をつまむと、窓の外を見つめてぼそっとつぶやいた。
「忘れるのと前を見て歩くのは違う……よな」
その通り。
●蛇足【５】
一連の騒動が解決した数日後、ゴーストネットの掲示板には雫によってまとめの書き込みがされていた。無論、皆から聞いた話をまとめたのだ。
それによると、今回の騒動を仕組んだのは『虚無の境界』であるということ。例の薬を使って、何か実験をしようとしていたのではないかという話だった。
ＢＯＮ企画に居た者たちや、真名神慶悟たちが捕まえた者たちは、警察へと突き出されていた。どうも薬事法違反など、いくつか罪状がつくようである。
で、『ＢＯＮ』の意味だ。これは『虚無の境界』を英語表記し、頭文字を取った物だったのだ。分かってみれば、何とも単純な話であった。
かくして解決した今回の騒動、しばらくはゴーストネットで話題になっていたが、そのうちに話題に上らないようになっていった。
【あの日にかえりたい 了】
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【 整理番号 ／ ＰＣ名（読み）
／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業 】
【 ００８６ ／ シュライン・エマ（しゅらいん・えま）
／ 女 ／ ２６ ／ 翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員 】
【 ０１５８ ／ ファルナ・新宮（ふぁるな・しんぐう）
／ 女 ／ １６ ／ ゴーレムテイマー 】
【 ０３８９ ／ 真名神・慶悟（まながみ・けいご）
／ 男 ／ ２０ ／ 陰陽師 】
【 ０６４５ ／ 戸隠・ソネ子（とがくし・そねこ）
／ 女 ／ １５ ／ 見た目は都内の女子高生 】
【 １５９３ ／ 榊船・亜真知（さかきぶね・あまち）
／ 女 ／ 中学生？ ／ 超高位次元知的生命体・・・神さま！？ 】
【 １７９０ ／ 瀬川・蓮（せがわ・れん）
／ 男 ／ １３ ／ ストリートキッド（デビルサモナー） 】
【 １８３８ ／ 鬼頭・郡司（きとう・ぐんじ）
／ 男 ／ １５ ／ 高校生 】
【 １８８３ ／ セレスティ・カーニンガム（せれすてぃ・かーにんがむ）
／ 男 ／ 青年？ ／ 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 １８８７ ／ ヘルツァス・アイゼンベルグ（へるつぁす・あいぜんべるぐ）
／ 男 ／ ２０代？ ／ 錬金術師・兼・医師…或いはその逆。 】
【 １９６３ ／ ラクス・コスミオン（らくす・こすみおん）
／ 女 ／ 妙齢？ ／ スフィンクス 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてＰＣを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、１から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は（オープニングを除き）全２６場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました、このところの高原にしては珍しい単発依頼をようやく皆様にお届けいたします。体調不良などでご迷惑をおかけしておりますが、完全復調まではもう少しかかるかと思われます。その点、深くお詫びいたします。
・今回のお話なんですが、悪い言い方をしてしまえば『罠』の一言に尽きるかな、と。高原としてはある種賭けでもありましたが……プレイングを読んで、ほっとしました。なお、『虚無の境界』についての説明は『誰もいない街』の方で詳しいかと思われます。
・タイトルはもうお分かりですよね。あの女性有名シンガーソングライターの大御所の方の曲名です。聞きながら書かせていただきました。ただプレイングも重い想いが多かったからでしょうか、執筆中つい泣いてしまいました。
・ちなみに万一全員が無条件に薬を飲むという選択だった場合、高原は迷うことなくバッドエンドを記していたと思います、はい。
・鬼頭郡司さん、初めましてですね。夢の中で能力を使ってみるというのはいい行動だったと思います。心の準備が出来ましたから。で、あの髪の毛は……はてさて、どうなんでしょう。あと、掲示板アイコンをイメージの参考とさせていただきました。
・ここからはちょっと宣伝となりますが、コミネット・ｅパブリッシングにて『一夏の経験 ―ソーラーメイド さなえさん―』の購入受付が行われております。締切は１０日いっぱい、１口３００円となっておりますので、ご興味がお有りの方はどうかよろしくお願いいたします。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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