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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


わたしがほほえむとき

++オープニング++

草間は2枚の写真を見ていた。
1枚は、都内の某高校の門の前、真新しい制服に身を包んでカメラに笑いかける、普通の少女。
心密かな思い人などでは、決してない。
依頼人の娘であり、草間が引き受けた依頼に関係する少女だ。
そして、もう1枚もまた、依頼人の娘であり、草間が引き受けた依頼に関係する少女。
1枚目とは打って変わって、殆ど白に近い程染め抜いた髪に年齢不相応なけばけばしい化粧を施した少女。
肌を露出させた衣服。マニキュアを施した指に、火のついた煙草を挟み、隣に立つ若い男に視線を向けている。
180度違うが、1枚目も2枚目も同じ少女である。
名前は桧永(ひなが)みさお。
現在17歳の現役高校生、なのだが……。
「最近変な男とつき合ってるみたいでねぇ、心配なんですよ。ごく普通の娘として育てたつもりですから、高望みはしませんけど、ごく普通の幸せな子になって欲しいんですよ」
と、心配するのが依頼人であるみさおの母。
ごく普通の、大人しい我が子がここ数ヶ月で豹変。突然2枚目の写真のような、所謂不良少女風味になってしまったのだと言う。
少女をきっちり更正させて、付きまとっている妙な男と別れさせて欲しいと言うのが依頼内容。
「……と言われてもなぁ……」
相手は女子高生である。
女子高生を更正させるべく付きまとう中年探偵。
妖しい。
妖しすぎる。
つまり、自分では適任ではない。
「よしよし、こう言う依頼は他に回そう」
2枚の写真を机に放り投げて、深く椅子に身を沈める。
「さて、誰に頼もうかな……」


+++++

「……と言う訳なんだ」
話を終えた草間は煙草に火を付ける。
彼の机を囲んで立つのは6人。
海原みなも、シュライン・エマ、真名神慶悟、村上涼、佐和トオル、そして鬼頭郡司。
週の半ばの夕方。
漸く秋らしくなった気持ちの良い気候。
不良少女を更生させるべく呼びつけられた面々だ。
「待てコラおっさん」
少女を更生させるには到底向かない口調で切り出し、涼は突然草間の胸ぐらを掴んだ。
「私を選んだ理由とか言うのをまず聞かせてもらおうじゃないのよ、え?」
言われて草間は返答に詰まる。
何を隠そう、卓上のアドレス帳を適当に捲って選んだのだ。
「確かになんか色々壊すの結構得意だけど!」
「……何だ、自覚はあるのか」
喚く涼にボソリと草間。
「今、何か言った?」
自覚はあっても人に言われると腹が立つものだ。
涼はキッと草間を睨む。
「いや、何も―――で、どうかな。皆、引き受けて貰えるかな?」
「『普通の幸せ』って何かしらね?人によって幸せの物差しなんて違うものでしょうに……。まぁこのままだと健康に悪そう」
と、見終えた写真をみなもに私つつ、シュライン。
どんな状況でも本人が「幸せ」と感じれば幸せなのだ。それを親の望みでどうこう出来る筈がない。……とは思うが、写真のみさおのあまりの豹変振りが少し気になる。
「不良少女ですか、しかも、正統派?の」
みなもは2枚の写真を交互に見つつ口を開く。
「あたしはよくわからないんですけど、恋したらそういうものなんでしょうねぇ。あたしで出来ることは少ないような気がしますけどがんばります」
恋しい相手に夢中になるあまり、我を忘れてしまうと言うやつか。
「えらい変わり様だな」
みなもから写真を受け取って、慶悟。
流石女……と感心するが、女性陣がいるのでそれは口に出さないでおく。
写真に目を通し終えて、隣でやたらはしゃいでいる郡司を見る。
「しっごと、仕事〜。今日も飯が食えるのは素敵な仕事のお陰〜♪」
素敵かどうかは別として、取り敢えず御機嫌。
「飯の種、飯の種♪俺様に任せときゃ万事オッケ!心配ナッシング☆」
ぐっと握った拳を見せて大層頼り甲斐がありそうなのだが……。
問題は、その出で立ちが虎皮の褌一丁と言うところか。
笑って良いものか、何とも言い難い顔で慶悟は写真を回す。
「コイツ?あ?あれ?コイツ鬼じゃん!」
……白に近い髪にけばけばしい化粧、マニキュアではそう見えたとしても仕方がない。
「か〜!人間界で鬼仲間に会うなんて珍しいじゃん!角がねぇトコ見ると雷鬼じゃねぇみてぇだな、ふむ……、風鬼辺りか?」
兎に角GO!と行く気満々であるらしい郡司。
取り敢えずは否定しないでおこう。
「親から見れば俺も妖しい男の同類だと思うけど……」
ひたすらはしゃぐ郡司から写真を半ば奪うように受け取って、トオル。
と、その視線が2枚目でピタリと止まった。
「あれ?この男……」
「あら、知ってるの?」
「ああ……、所謂その筋の若い衆の一人だな……」
シュラインの問いに応えるトオル。
親しくはないが、確かにその顔に見覚えがあると言う。
「相手はその筋の方ですか……」
「ってなると、この豹変振りも納得よね。つーか趣味悪いし頭悪いし」
どうもみさおの出で立ちが気に入らないらしい涼。
鬼仲間を非難された郡司はどうか、と慶悟が見ると、全く聞く耳を持っていない。
「兎に角、コイツの方なら知り合いの幹部連中に言って釘を指して貰うけど……」
問題が一つ。
もし二人が本気だった場合、だ。
「一応、調べてみた方が良いですよね。もし二人が本気なら、無理に引き離すなんて出来ませんし……」
「そうねぇ……、二人に会ってちゃんと話を聞いてみないとねぇ……」
よもやそんな事はまずないだろうと思うのだが。そこはそれ、若い二人の事。
「よし行こう!今すぐ行こう!GO!」
「ちょっと待ってくれ……」
今にも飛び出しそうな郡司を、草間は呼び止めた。
「うん?」
「まさかその格好で行くんじゃないだろうな?良いモノがあるんだ―――ホラ」
と、草間は2つの箱を取り出す。
「ゲ……おっさんこんなモノ何処で手に入れて来たの……?あっやしーぃ!」
みさおの通う某都立校の制服だ。
「あとの四人は我慢してくれ……、流石に年齢に無理があるんだ」
言われるまでもないのだが、言われてしまうと一応腹が立つ。
涼の鉄拳が草間の頬に命中したのは、言うまでもない。


+++++

トオルが知り合いの幹部連中から聞き出したところによると、相手の男の名前は宮尾和真と言うらしい。
現在28歳。みさおが16歳だから年齢差は12。
愛に年齢なんて!と考えれば全く問題ないのだが、二人が本気でなければ問題大あり。
「クスリとかには手を出してないらしいけど、まあそこそこヤバイ事はやってるらしい。女癖は悪くないらしいが―――16歳の子供を誑かしてそう言うのもどうだかな」
草間が用意したワゴン車の中で、6人はみさおが学校から出て来るのを待っている。
その数メートル向こうには車高の低い黒い車が一台。
それが宮尾和真のものだと言う事は確認済みだ。
どうやら、向こうもみさおが出て来るのを待っているらしい。
「あ、生徒が出てきましたね」
と、目の前の高校の制服に身を包んだみなも。
意外と自由な校風らしく、髪を染めた生徒が沢山いるのだが……、
「あ、あれよあれ!目立ってるわー……つーかホント馬鹿っぽいわー……」
前庭の中央当たりを指さす涼。
確かにそこに、白に近い髪に制服と言う何ともミスマッチなみさおの姿があった。
「それじゃ、行きましょ」
シュラインはバッグを肩に掛けて車を降りる。
みなもと涼、同じく制服を纏った郡司が続く。
「雑誌のインタビューとは、考えたな……」
助手席に座った慶悟は4人がごくさり気なくみさおに近付くのを見た。
みさおには、今時の女子高生とか何とか、ベタな企画の取材を装って話を聞くつもりだった。


+++++

「おお、その髪!その爪!まさしく鬼だ。見事な鬼っぷりだな♪何でお前人間界に居んだよ?」
飛びつくような勢いでみさおを呼び止める郡司。
慌ててそれを取り押さえて、シュラインはみさおに笑いかける。
「突然、ごめんなさいね」
郡司をみなもに任せて、バッグからメモ帳を取り出したシュラインは女子高生を対象とした簡単なインタビューを申し込む。
涼はと言うと、とても面倒くさそうな顔でカメラマンに扮していた。
「あたし達もインタビューを受けるんです。ねぇ、一緒にしましょう?」
シュラインと涼を訝しんでいたみさおだったが、同じ学校の制服を纏ったみなもと郡司の存在に少し警戒心を解いたらしい。
「えっと、友達と約束があるから……少しだけなら……」
と、ぎこちない笑みを浮かべて了承した。
「あ、ねーえ、写真も撮らせて貰って良い?掲載されるかどうか分かんないけどー」
もっともらしい涼の科白にも素直に頷く。
「なぁ、何で人間界にいるんだよ?狩りか?知らねぇかもしんねぇけど、ココじゃ狩りはダメなんだぜ?それにアレだ、着るモンにも色々煩くてよぉ、褌で歩いてっと変な野郎に捕まって連れてかれて鬱陶しいぜ?」
みなもの手から逃れた郡司がみさおにすりつきながら先輩面で告げる。
「え?はぁ?」
訳が分からないままに頷いてしまうみさお。
「郷に入れば郷に従えとか言うだろ?人間らしくしねぇと住みにくいぜ?え?礼?礼なんていいって!」
何故か一人照れる郡司に頭を抱えつつ、シュライン達は質問を始めた。


+++++

「……それで、母親なんかいないって言ったのよ……」
取材と銘打った情報収集を終えて車に戻ったシュライン達の報告に慶悟とトオルは首を傾げる。
家の事、学校の事、友人関係、恋愛。
みさおは不良少女と呼ばれる外見とは裏腹に明るく次々質問に答えた。
根は素直な少女なのだろう。
そして、現在付き合っている男性が12歳年上だと聞いてもそれを否定しなかったシュラインと涼に少し心を許したのかも知れない。
今、悩んでいる事、興味のある事などもすらすらと応えた。
そして、親子関係についての質問で、みさおはハッキリと母親はいないと答えた。
「しかし、依頼人は母親だと言わなかったか?」
「それは典型的な反抗期って奴じゃないかな。母子の関係ってのは微妙なんだろう?心の中で殺したい程憎んでいるって場合もあるさ」
「六年前に死んだって言ったのよね」
と、涼が口を開く。
6年前と言えば、みさおは10歳。
「そのことに何かあって、以来家庭内断絶が続いていると言う事でしょうか?」
時にはそんな家庭もあると聞く。否定は出来ない。
「ズリーよなぁ、自分達だけ喋ってさ」
後部座席で、窮屈な制服で不満そうなのは、郡司。
鬼の仲間と信じて止まないみさおと殆ど喋れなかった事が不服らしい。
「まぁまぁ、機会はまたあるわよ」
とシュラインが慌ててフォロー。
いい加減誤解を解くべきではなかろうかと思うのだが、面倒なのかそれもまた良しと思っているのか、誰も何も言わない。
「それで、そっちはどうなの?」
そっちとは勿論、トオルと慶悟の方だ。
「式神を付けて2人の行動を監視していたんだが……」
慶悟の言葉と同時にトオルが盛大な溜息を付く。
「宮尾和真って男は碌でもないって事が判明したよ……」
「ああ、あれは最低最悪だな」
慶悟がみさおの肩に忍ばせた式神が見聞きしたところによると、どうやら本気で恋愛感情を抱いているのはみさおだけ。
和真にとってみさおはと言うと、金ヅルの1人。
「組を抜けて新しい仕事に就くつもりたしいんだけど、その新しい仕事ってのが所謂デート商法なんだ」
「デート商法……?って言うと、アレですか?」
本気でもない相手に恋愛感情を抱かせて価値のない物を高額で買わせると言う。
「宮尾和真はジュエリーデザインを勉強していると偽って自分の作品を桧永みさおに買わせている」
その、自分の作品と言うのも実は嘘で、露天商から安く購入しているのだが。
恋しい男の作った物なら……と巧みな話術に騙されたみさおは自分の僅かな貯金や小遣いをつぎ込み、それでも足りなくなってとうとう売春まがいの事にまで手を出そうとしているらしい。
「うわー……本当にサイテーつーか馬鹿極まれりって感じ……」
涼が呆れるのも無理はない。
無理はないのだが……。
「お、知ってるぞそう言うの!!」
突然、郡司が声を上げる。
「愛は盲目ってんだろ?」
……其の通り。
「みさおさんを説得するしかありませんね」
「ああ、男の方もこっちでちょっと言っておかないとな」
みなもとトオルが揃って溜息を付く。
恋愛の形は確かに様々なのだろうが……母親の心配も頷ける話だ。


+++++

「よう!また会ったな!」
郡司が威勢良く手を振って、制服を脱いだ桧永みさおに近付いた。
学校の中では目立つ派手な出で立ちも、街へ入れば群衆の1人。
みさおの髪も化粧も、時を追う毎にいかがわしさを増す繁華街に良く馴染んでいる。
「え。何でこんなところに?」
みさおの前に立つ4人。みなもと郡司の制服がやたら目立つ。
「実はどうしてもお話しておきたい事があって会いに来たの」
みさおの肩には今も慶悟の放った式神がいて、4人に居場所を教えたのだが、そんな事みさおが知る筈もなく、何故こんなところに居ると知っているのかと、純粋に驚いている。
「あおさー、12歳年上の彼の事なんだけどー」
涼が言った途端、みさおの顔つきが険しくなった。
「宮尾和真さんって、おっしゃるんですよね?その人から買ったジュエリー類なんですけど……」
みなもの言葉に、みさおはハッと胸元のネックレスに触れる。
「それに全く価値がないって事には……気付いていたの?」
貯金や小遣いを叩き、売春紛いの事に手を出してまで買う程の物ではないと、みさおは気付いていたらしい。
シュラインの言葉にゆっくりと頷いて顔を背ける。
「へぇ、首輪なんてしてら。それ、最近の鬼の流行か何か……モガッ」
涼に口を塞がれて、郡司の言葉は中断。
「それさー、価値ないって知っててどうして買うわけ?フツー騙されてるとか何とか、気付かない?」
「でも、私の事好きだって言ったし……」
消え入りそうな声。
「それを、本当の言葉だと信じてるんですか?」
「………………」
「ねぇ、別れなさいなんて言わないつもり。でも、少し考えてみた方が良いんじゃないかしら?」
「何なの?」
シュラインの言葉は決して否定してかかるものではなかったのだが、みさおは気に入らなかったらしい。
「親でもない癖に、私にいちいち指図なんてしないで」
「指図じゃなくて、提案とは受け取って頂けませんか?」
「和真はね、親より近い場所にいるの。価値のない物だって、私の為に作ってくれるなら私、どんな事をしてでも買うつもりです。他に誰が私の為に何かしてくれるって言うのよ?」
言って、みさおは走り去る。
「あっちょっとっ!!」
涼の呼びかけにも応えず。
「なぁ……ここ、鬼が一杯いんなぁ……、あ、アイツ見た事あるような気がするぞ?」
赤く染めた髪を高く立たせた男に近付こうとする郡司を、みなもとシュラインが押さえる。
いい加減、誤解を解いた方が良いのかも知れない。


+++++

「それじゃ、そっちは成功したのね?」
再びワゴン車に戻って、シュライン。
宮尾和真の説得に向かったトオルと慶悟、そしてみさおの説得に向かったシュライン、みなも、涼、郡司の結果報告なのだが。
「知ってて買ってると来たか……」
トオルと慶悟は揃って溜息を付く。
宮尾和真の方は説得に成功したと言うか何と言うか、取り敢えずケリが付いたのだが、問題はみさお。
騙されていると知っていて尚、付き合い続けている少女。
「他に誰が私の為に何かしてくれるって言うのよ……って言ったんです」
みさおの口調を真似るように、みなも。
「母親の事を6年前に死んだと言う事が何か関係しているのか……」
暫し考えて口を開く慶悟。
親が娘の為に興信所の来たと言うのに、それでは拭い切れない何ががあるのか。
「目に見える愛情が欲しいって事かな?いっそこー付き合ってる男捕獲して金属バットとかで『この男の命が惜しかったら更生しろ』とか脅してみるのどーよ?」
涼が言った。実力行使の犯罪だ。
しかし、娘を思う目に見えない愛情だってある。
「そうだ」
ポン、とトオルが手を打つ。
「良い考えがあるんだ……、ちょっと犯罪入るっぽいかも知れないけど……」
と、簡単に提案。
一同は、果たしてそれが上手くいくのかと不安に思いつつ、取り敢えず他に案もないので実行してみようと言う話になった。
そんな中、ただ一人、
「なぁなぁ、アイツも虎皮の褌締めたら似合うと思わねぇ?」
まだ誤解したままの郡司。
「そん、その話はまた後でゆっくり……」
一体何時誤解を解けば良いのだろうか?

+++++

「はぁ……上手くいくんでしょうか……。ちょっと可哀想な気もするんですけど……」
ワゴン車の中で不安そうな声を上げるみなも。
「大丈夫大丈夫!どっきりカメラみたいなもんよ」
「どっきりカメラねぇ……。ま、上手くいく事を祈るしかないわね」
涼の言葉に苦笑しつつ、シュライン。
そして後部座席では、
「はーっ窮屈だったぁーっ」
制服を脱ぎ捨てて虎皮の褌一丁に戻った郡司。
4人はそれぞれ窓の外に視線を注いだ。

窓の外。
雑踏から離れた建設途中のビル。
立ち入り禁止の勝手に外して侵入した内部に、ワゴン車は止まっている。
人気もなく、灯りもなく、外から入る僅かな光で辛うじて視界を保つその中に、慶悟とトオルがやって来た。
2人ではない。
1人の少女を連れて。
少女は突然デートをキャンセルされ連絡の途絶えた男の作るジュエリーを買う為に、犯罪に手を染めようとしている桧永みさお。
ごく自然で、巧みな言葉に従って、3人でここまでやって来た。
暗さと人気のなさに少し怯えたようなみさおを、慶悟とトオルが左右を挟んで歩く。
「連れてきたイミ、分かるよね?」
コンクリートの厚い壁の前で、トオルは立ち止まった。
みさおの戸惑った表情が暗い中でもハッキリと分かる。
「ここなら人も来ないし……声も外まで届かないしな」
わざと低い声で、のんびりと告げる慶悟。
「え、あの……」
話が違う、とみさおの目が語る。
「さぁ……」
そっと、それでいて抗えない強さで、トオルがみさおの腕を握る。
微笑を浮かべて、慶悟が1歩、みさおに近付く。
みさおの顔色がサッと変わった。
「いっいやっ」
トオルの手を振り払おうと必死になって、みさおは腕に力を込める。その目には、確かに恐怖が浮かんでいた。
反対の腕を取る慶悟。そして更に力を込めるトオル。
「助けてっ」
「誰も来ないよ」
「いやっ誰か……!お父さんっ!」
お父さん。
やはり呼ぶのは母親ではなく父親なのか。
しかしこれ以上やっても仕方がない。
互いに目で合図して、慶悟とトオルは手を離した。
ふらつき、壁で背を強かに打つみさお。
「なーんてね!」
まだ恐怖の消えないみさおに、トオルはにこりと微笑んで見せた。
「野蛮な事をしてすばない……、芝居だ」
すまなさそに告げる慶悟。
「え……」
散々怯えさせておいて芝居だと告げられてもすぐに信じられる訳がない。
へなへなと座り込み、怯えた目で2人を見上げる。
「ハイ、御苦労様でした」
ポンポン、と車から降りてシュラインが手を打った。
「こんな事して、ごめんなさい」
「腰抜けた?」
急いで近づき、みさおに手を貸すみなもと涼。
「何だよ弱いなぁおまえ。相手は人間なんだぞ?ガツンとやっちまえば良いのに」
褌一丁で仁王立ちする郡司は取り敢えず置いといて、みなもと涼に手を借りても尚立ち上がれないでいるみさおに、トオルは自分の手も差し出す。
「手荒な事をして、ごめんね」
「綺麗事を言う気はないが、心配してくれる者がいる間が何より華だ。孝行したい時に何とやら、と言うだろう?筋だけは通せ。…事情は様々だろうけどな」漸く立ち上がり、衣服に付いた砂を払うみさおに、慶悟は告げる。
みさおの目にはまだ怯えた色が残っているが、言っている事は理解出来たらしい。
ゆっくり頷いて目の縁に浮かんだ涙を拭う。
「そう、色々あるんでしょうけど、興味の湧いた物への知識を邪魔されず漁れる時期なんだからもっと有効に使ってはどうかなぁ」
「よく分かんないけどさぁ、自分の事、もっと大事にした方が良いんじゃない?」
シュラインと涼の言葉にも、素直に頷く。
「そうですよ。みさおさんの為に興信所にまで頼みに来るお母さんだっているんですから!」
ふと、みさおが涙を拭う手を止める。
そして、バッグから写真を取り出して6人に見せる。
「興信所に行ったって……、もしかして、この人?」
……と訪ねられても、依頼人と直接会っていないので分からない。
しかし、シュラインが頷いた。
「この方よ。私、階段ですれ違ったわ。お母様でしょ?」
シュラインの言葉に頷くみさお。
そして、言った。
「ええ、私の母です……、でも6年前に事故で……」
「え?」
思わず、声を合わせて一同。
「本当に!?」
確かに、みさおの母親は亡くなっていた。
嘘や冗談や確執などではなく。
「お母さん、笑ってる……」
写真の中で微笑む母親を見て、みさおはぽつりと言った。
「私が幸せな時が、お母さんは一番幸せだって、言ってた……」
愛に迷った少女が一人、幸せの形を知った。



end



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0381 / 村上・涼     / 女 / 22 / 学生
1252 / 海原・みなも   / 女 / 13 / 中学生
1838 / 鬼頭・郡司    / 男 / 15 / 高校生
0389 / 真名神・慶悟   / 男 / 20 / 陰陽師
1781 / 佐和・トオル   / 男 / 28 / ホスト

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■         ライター通信          ■
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先日猫を拾って家族が1匹増えました!の佳楽です、こんにちは。
この度はご利用有り難う御座いました。
急に寒くなりましたので、一人で喚いております。
暑さよりは寒さの方が強いのですが、冷えると神経痛が……(吐血)
老体に堪える季節で御座います。
風邪なども流行っているようですので、皆様もお気を付け下さい。
では、また何時か何かでお目に掛かれたら幸せです。