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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


2人、秘密の時間

「お母様、掃除機はどこにありますの?」
「えーと、洗剤はこれでいいのですわよね?」
「きゃっ、お水こぼしちゃいました……」
 わたくしが散々声をあげているのは、やり慣れないことをやっているからです。一方一緒に家事に取り組んでいらっしゃるお母様も家事はやはり苦手のようで。
「掃除機ならその中に入ってるわよ」
「ええ、それでいいはずよ――確か」
「あら、今雑巾を持ってい……うわっ(どてんっ)」
 2人してボロボロになりながらも予定の家事をすべて終えた時には、すっかり疲れきっておりました。
(どうしてこんなことになっているのかと言いますと……)
 わたくしは今日この家で食事をすることになっているのですが、妹たちが出かけているためお母様と2人きりなのです。
 そこで家事の苦手な2人でも協力すれば早く終わるのではないかと頑張ってみたのですが……結果はどうやら変わらないようでした。
 ちゃぶ台に2人もたれかかって。
「あー、やっぱり私家事には向かないわぁ」
「わたくしもです……」
 そろってため息をつきました。
「ご飯作って行ってくれて助かったわね。この後作らなきゃなかったら、私死んでたわ」
 大袈裟に告げるお母様に、わたくしは笑ってしまいます。
「まぁお母様……でも確かに、そうですわね」
 それから2人で台所から食事を運んできて準備をすると、わたくしたちはお話に花を咲かせながら食べました。
 わたくしはもともと少食な方ですからすぐに箸を置くと。
「まあみその、もう食べないの?」
「はい、これで十分ですわ」
「ダメよ、もっと食べなきゃ」
 お母様はそう仰るのですが、わたくしはもうこれ以上は入りません。
 わたくしは軽く首を振り。
「お母様がお食べになって下さい。折角作ってもらったものですから」
「仕方がないわねぇ」
 そう応えるとお母様は、あっという間に残りの分を食べ尽くしてしまいました。
(相変わらず)
 凄いお方です。
 食べ終わって2人でお茶をすすっていると、お母様はわたくしをじっと見つめて、突然こんなことを言い出しました。
「――それにしても、そんなに少食で、どこからソコにいってるのかしら」
「? 何がですか?」
 何の話をしているのかわからずに問うと、お母様はわたくしのすぐ隣へと移動してきました。そして何を思ったか。
「ココのことよ、ココ」
「あ……お母様っ」
 わたくしの胸に触れてきたのです。
「ホント、よく育ってるわよねー」
「は、放して下さい」
「嫌よ。これもスキンシップだもの!」
 そう言って今度は揉んできます。
「お母様!」
 あの方に触れられるのは慣れておりますが、あの方以外に触れられるのは初めてで……わたくしの顔はすっかり赤く染まってしまいました。
 そんなわたくしの様子をなにやら楽しげに見ていたお母様は。
「――ねぇみその。ソッチの話をしない?」
「え?」
 不意に手をとめて、真面目な声を出しました。
(ソッチ……?)
 ソッチというと、アッチでしょうか?
「みそのも興味が、あるわよね?」
 わたくしの予想が間違っていなければ、確かにあります。
(それはわたくしが、最も極めるべきこと)
 そして多分こうして2人でいる時にしか、話せない話題でしょう。
 わたくしはお母様の手を胸に置いたまま……気がつくとしっかり頷いておりました。

     ★

 ソッチの話は大いに盛り上がり、わたくしたちは食べ終えた食事の後片付けもすっかり忘れて話し込んでいました。
 そのうちお母様が独り言のように呟きます。
「――折角だから、この機会に言っておこうかな」
 ここまでの話の流れから、わたくしはその内容に期待してお母様を見つめました。お母様はわたくしが知らないことを、たくさん知っていますから。
 しかし次にお母様が告げたことは。
「私ね、みそのに嘘をついていたの」
(わたくしが――)
 知っていたことでした。
 ですから当然驚きません。
 ただ続きを聞いています。
「本当は私に、学歴なんかないのよ。それどころか人権さえなかった。確かに世界中を飛び回っていたわ――傭兵として、ね」
「そうでしたの……」
 わたくしには、その答えで精一杯でした。
 わたくしが初めてお母様に会った日、お母様がわたくしに語ったお母様の経歴。それが嘘だと気づいていたのは、嘘をつくとその人を取り囲む”流れ”が乱れるからです。ですからわたくしは本当の内容を知らずとも、それが”嘘”だということを知れていました。
(それでも)
 それでもわたくしは尊敬していたのです。
(だって信じられたのですもの)
 それが嘘であるとわかっているわたくしですら、お母様が本当に”そういう”方だと信じられた。それほどお母様は自身で語った偽りの経歴に、近い方だったのです。
(それだけに)
 お母様の本当に経歴には少々興味はありましたが、もちろん直接訊ねることなどできるはずはなく、わたくしはただ尊敬するばかりでした。
(それが――傭兵、だったなんて)
「……大変、でしたのね」
 気がつくとそう、口が動いておりました。
(きっととても、辛かったのだわ)
 傭兵として世界を駆け回っていたというのなら、今この平穏と幸せを掴むのに、一体どれ程の苦労と努力をしてきたのだろう。そう考えると、余計に尊敬の心が湧いてきます。
「ああ、大変だったよ」
「でも今は、幸せですわよね?」
 わたくしが問いますと、お母様はいつもよりもキレイに笑って下さいました。
「ええ、そうね。――怒らないの? みその」
「わたくしには、一体どこに怒るべき所があるのかわかりませんわ」
 惚けたわたくしの答えにお母様はまたクスクスと笑い。
「ありがとう、みその。あんたは自慢の娘だよ」
 それから、お母様はそんな嘘をついた理由を、ポツポツと話し始めました。
「みそのを子供に――って言い出したのはダンナさまでね。あの日突然言われて、みそのを迎えに行ったのよ」
 そのことには、少し驚きました。お母様はまるで何日も前から覚悟をしていたように、とてもあたたかい笑顔で迎えてくれたから。
「でもみそのを見て……情けないけど、怖くなったの。私は一目でみそのに惹かれたから。もしかしたらダンナさまもそうなんじゃないかとか、だからこそ引き取ることにしたんじゃないかとか、思っちゃって」
「!」
 苦笑するお母様。
(だから)
 だからあの時、わたくしを見つめていたのね。
 わたくしは納得しました。そして急に、おかしくなったのです。
「ふふ……うふふふ」
「あーなによ、急に笑い出して」
 少し顔を赤らめているお母様は、自分のことを笑われたのだと思ったのか、またわたくしの胸に触れてきました。
「お母様ぁ〜」
「どうして笑ってるのよ?」
 お母様の手を抑えながら、わたくしは白状します。
「だってお母様、わたくしたち、同じなんですもの」
「同じ?」
「わたくしも、思っていましたの。いつかお母様に、あの方を盗られてしまうんじゃないかって」
「え……?」
「ですから、お母様とあの方が会うことのないようにと、いつも祈っていましたわ」
「…………なんで、そんなこと……」
 わたくしの言葉がよほど意外だったのか、お母様は呆然と呟きました。
(お母様は、全然わかっていらっしゃらないのです)
 ご自分の魅力を。
「だってお母様が、とても素敵なんですもの。接点ができる前から、馬鹿馬鹿しいと思っていても嫉妬してしまいます。でもそれは、それだけあの方を大切に思っているということですわ。お母様だって、お父様を愛していらっしゃるから、わたくしなんかに嫉妬したのでしょう?」
 わたくしはお母様に対する嫉妬に気づいた時、そう思うことで自分の気持ちを落ち着けました。
(だってお母様が嫌いなわけではないのですもの)
 むしろとても尊敬していて。
 だからこんな感情を持っている自分が少し嫌だった。
(けれど――)
 それもあの方を……愛するゆえと思えば、この心も軽くできたのです。
 しばらくボーっと何かを考えていたお母様は、やがてあの時と同じように、わたくしに手を伸ばし、頭に触れました。
「――そうだね。私はみそのも、好きだもんね」
 わたくしの頭を撫でながら、ウィンクを1つ。
 わたくしもとっさに返しました。
「わたくしも、お母様が好きですわ」



 わたくしは感じていました。
 わたくしとお母様の間にある、目には見えない壁。尊敬はしていても、決して超えられない壁。
(けれど同じだった)
 わたくしとお母様は、同じ想いを抱いていたのです。
 それが、わかったから。
(壁は消え去った)
 わたくしたちはここから、新しい関係を築いていけるでしょう。
 共に大切な誰かを、守りながら――。







(了)