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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


月見酒は危険な香り

 ぐっ。二人は互いに親指を立てあい、ひそひそと話す。
「じゃあ、俺こっそり出ていくよ」
 茶色の髪を揺らしながら、守崎・北斗(もりさき ほくと)は青の目を光らせ、にやりと笑った。
「分かった。気を付けるんだぞ」
 金の髪をかきあげながら、真名神・慶悟(まながみ けいご)は黒の目を真っ直ぐに北斗に向けたまま真顔で言った。
「ああ。まあ、ちゃんと寝静まったのを見計らっていくから大丈夫だと思うけど」
「甘いな。お前達は忍者だろう?物音には敏感なんじゃないのか?」
 ふと心配そうな顔つきになる慶悟に、北斗は指を振って否定する。「ちっちっちっ」とご丁寧に舌までつけながら。
「真名神の旦那、大丈夫だって。俺だって忍者だし」
「なるほど、忍び足は得意だと言うわけだな?」
 納得して言う慶悟に、北斗は一瞬笑顔のまま黙ってから「……まあな」とだけ答えた。多少、いやかなり不安は残る。
「……確認して良いか?」
「何?」
「お前も、忍者、なんだよな?」
「勿論」
「忍び足は、得意なんだよな?」
 北斗は一瞬言葉に詰まってから、口を開く。
「そりゃあ、普通の人よりかは得意だけど……」
 もぞもぞ、と喋る北斗に、慶悟は「分かっている」と言わんばかりに頷く。
「確かに、相手はお前よりも一枚上手かもしれんからな」
「……まあね」
 小さく呟く北斗に、慶悟は励ますようにぽん、と背中を軽く叩く。
「そんなに心配することじゃない。ただ、そっと出てくれば良いだけだ」
 途端、北斗の顔がぱあ、と明るくなる。
「そうだよな。うん、そうだもんな」
「そういう事だ。……じゃあ、今夜」
「うん。今夜!」
 二人は再び親指を立て、ぐっと握り締めあった。何かしらの事件を起こす、共犯者のように。

 話のきっかけは、月が綺麗だと言うことだった。ただ、それだけ。
「昨日さ、空を見上げたんだよ。そしたら、月がすげー綺麗でさ」
 偶然、街で慶悟と会った北斗は「せっかくだから」とお茶に誘ったのだ。ただし、慶悟が「今持ち合わせが無くてな」と言った為、公園のベンチで缶ジュースを飲む事となったのだが。その時、北斗は見逃さなかった。慶悟がそっとポケットに新品の煙草の箱を隠す所を。
(まあ、旦那にとっては煙草が大事だからな)
 とりあえず、北斗は苦笑して済ませることにした。缶コーヒーを握り締めたまま、慶悟は空を見上げる。
「そういえば、今夜が満月じゃなかったか?」
「そうなんだ。じゃあ、今夜が一番綺麗なんだな」
 ほお、と感心する北斗に、慶悟は小さく笑う。
「満月の夜に酒を飲むと、妙に酒が旨く感じるんだ」
「え?そうなんだ」
「意外か?」
「うん。……ううん、何となく分かるかも」
 満月の下で、酒を飲む。想像するだけで、それがおいしいものであろうという予想が簡単にたてられる。
「そうだろう?……どうだ?今晩、飲むか?」
 慶悟が何気なく言った途端、北斗の顔がぱあ、と晴れた。
「いいの?ピンチじゃないの?」
 手にしている缶ジュースをみて、北斗は尋ねる。慶悟は苦笑しながら口を開く。
「……まあ、溜め込んでいる奴があるから」
「酒を?」
 こっくりと慶悟は頷いた。どうやら、慶悟は煙草だけではなく酒も生きがいの一つとして確立しているらしい。
「流石は旦那……」
 ぽつり、と北斗は呟く。慶悟は空になってしまったコーヒーの缶を、ゴミ箱めがけてぽーんと放った。
「ストライク!」
 ガシャン、という小気味良い音が公園内に響く。北斗と慶悟は互いに顔を見合わせ、にやりと笑う。
「つまみまでは用意せんぞ?」
「分かってるって。それくらいは用意するよ」
「良し。じゃあ、今晩川原で飲むか」
「川原?」
 不思議そうに首を傾げる北斗に、慶悟はにやりと笑う。
「その方が、月が映えるとは思わないか?」
 夜の闇の中、満月は惜しげもなく月光を降り注ぐ。それが川原であったならば、ゆらゆらと揺れる水面にその月光は反射し、何とも言えぬ世界を作り上げてくれるのであろう。北斗は一瞬目を閉じてその様子を想像し、それから目を開けて慶悟を見る。
「確かに」
「だろう?なに、心配はいらない。最悪結界でも張っておけば周りからは見えないからな」
「不可視の結界?」
「万が一、その場で寝てしまっても恥ずかしい事にはならないぞ」
 慶悟の言葉に納得し、それからふと疑問が生まれる。
「旦那、どうしてそんな事を知ってるんだ?昔、何かあったのかよ?」
「……まあ、な」
 そっと遠くを見つめ、慶悟は煙草をくわえる。そのまま寝てしまい、周りから見られて恥ずかしい思いをしてしまったのであろうか。
「深く聞いたら、まずいかな?」
「あまり、嬉しくは無い」
「……分かった」
 北斗も慶悟に倣い、空になったジュースの缶をぽーんと放つ。がしゃん、と小気味良い音があたりに響く。
「ナイスシュート」
 慶悟が声をかけると、北斗はにやりと笑い返した。
「あのさ、旦那。もしも……もしもなんだけどさ」
 突如北斗は何かを思いついたように口を開く。慶悟は煙草の煙を吐き出しながら「ん?」と尋ねた。
「俺って未成年じゃん?飲酒は禁じられているわけじゃん?」
「……だが、酒は百薬の長だとも言う。少々ならば、大丈夫じゃないのか?」
「そうじゃなくて。……何ていうかな、怒られるというか」
「怒られる?」
「下手すると、追いかけてこられるかも。そしたら、真名神の旦那だけでも逃げてくれよな」
「逃げる?何からだ」
「何って、決まってるじゃん」
 恐る恐る、と言ったように北斗は口を開く。途端、慶悟はぴんと来た。北斗が恐れ、起こられると言うのは恐らく世界で一人しかいないであろう。
「……兄貴か」
「……兄貴だよ」
 慶悟は苦笑する。確かに、北斗と対照的な真面目な兄ならば、飲酒に対して厳しく接するかもしれない。
「ならば、こっそり出てくれば問題ないだろう?」
「こっそり?」
「そうだ。兄貴に悟られぬよう、こっそりと」
 慶悟が言うと、北斗は暫く考えてからにやりと笑った。さも名案だと言わんばかりに。そして親指をぐっと立てる。
「じゃあ、俺こっそり出ていくよ」
 慶悟も親指を立てて返す。こうして、秘密の酒席が決定したのだった。


 夜。慶悟は何となく心配になって北斗の家の近くまで来ていた。酒は重いので、川原に置いて結界を張っておいてある。大切に溜め込んでいた酒だ。取られたら堪ったものではない。
(……大丈夫だろうか?)
 一応、北斗も忍者なのだ。兄に気付かぬように出てこれる……筈だ。
(頑張れよ)
 心の中で応援をし、慶悟は守崎家の玄関を見つめるのだった。
 一方、北斗は隣に寝ている兄がちゃんと眠っているのを確認すると、そっと布団を抜け出した。音を立てぬよう浴衣から服に着替え、こっそり買っておいたつまみを手にする。グシャ、というビニール特有の音がし、はっとして振り返るが兄は寝たままであった。北斗はほっとして、音を立てぬよう玄関から出る。無事に難関を突破したのだ!
「うっしゃ!」
 北斗は思わず拳を握る。
「……何とか、出てこれたみたいだな」
 慶悟は玄関前の北斗に近付き、ぽんと背中を叩いた。北斗は「へへ」と誇らしそうに笑い、歩き始めた。
「まあ、俺もやる時はやるし。……ところで旦那、酒は?」
「川原に置いてある。……重いからな」
「結界を張って?」
「ああ。……よく分かったな」
「分かるって。真名神の旦那が大切な酒を置きっ放しにするのに、取られるような真似をするわけがないじゃないか」
 談笑しながら川原に向かう二人だったが、ふと何かに気付く。気のせいかもしれない……否、気のせいだと思いたい。
「北斗」
「……旦那、気のせいかもしれねぇから」
 それは妙な威圧感だった。こちらを威圧してくるような気配を感じるのだが、何も言っては来ないし姿も見えない。慶悟は一瞬だけ振り返る。が、影のみがちらりと見えただけで、姿は全く見えないのだ。何処にも身を隠せる所など存在していないにも関わらず、だ。
「……ちゃんと出て来れなかったのか?」
 ひそ、と慶悟は呟くように言った。
「……出てきたと思ったんだけど。……よく考えたらさ」
「何だ?」
「兄貴、地獄耳なんだよね」
「地獄耳か……!」
 それは具合が悪い、と言わんばかりに慶悟が唸った。
「でもさ、気のせいかもしれないじゃん?」
「北斗、凄い汗だ」
「これは汗じゃないって。……いや、汗かも」
 北斗が大分混乱してきた。
「川原で合流すれば良かったか?そうしたら、お前がバイクで来れたから追いつかれる事は……」
 そう言う慶悟に、北斗はかぶりを振る。
「バイクなんて勝負にならないって」
「バイクでも駄目なのか」
「駄目だって。……バイクなんて一瞬で追いつかれる」
(それは言いすぎでは……)
 密やかに慶悟は思うが、黙っておく事にした。後ろから来る威圧感は、どうしようもなくこちらを恐怖に陥れるものなのだから。
「……う」
 北斗はそう唸ったかと思うと、突如走り出した。目には涙で溢れている。
(何もかも切れたか)
 一体何が、と問われると困るが、とにかく北斗の何かが切れた。つられて慶悟も思わず走り出してしまった。
「北斗、泣いているのか?」
 一応慶悟が尋ねると、北斗は目から涙を流しながら叫ぶ。
「泣いてない!泣いてないって!」
(説得力の欠片も無い……)
 そう慶悟が思った瞬間、後ろから威圧していた存在も動いた。もの凄いスピードでこちらに向かって走ってくるのだ。
「確かに、バイクなんて一瞬かもしれないな」
「うわあああ」
 慶悟の呟きに、北斗は涙声の混じった声で叫ぶ。そして、はっと何かに気付いてポケットから紙を出して投げた。
「くらえ、スーパーの罠!」
 それは、ただのスーパーのチラシだった。慶悟は首を傾げながら振り向くと、追跡者がその紙に引かれて立ち止まり、ポケットにそっと入れているのが見えた。
「……何故スーパーのチラシを」
「俺が食費を使いまくっているから!」
 何か釈然としない矛盾感を抱え、慶悟は「そうか」とだけ呟いた。追跡者は一瞬の時間だけ足止めできたものの、すぐにまたもの凄いスピードで追いかけてくる。
「だ、旦那ぁ!」
「式神!」
 慶悟は懐から一枚の呪符を取り出し、式神を召喚した。慶悟は式神に変化を命じる。頭が赤く、体の白い茸に。
「旦那、あれに何の意味が……?」
 後ろを振り返りながら言う北斗に、慶悟は何も言わずに首を振った。追跡者は茸を見て、一瞬立ち止まる。ポケットから縄を取り出し、縛りつけようとじりじりと迫っていた。が、縛り付けると元の符に戻ってしまう。がっくりと肩を落とす追跡者。
「……兄貴の意外な一面を見た気がする」
 ぽつり、と北斗は呟いた。が、それも束の間。追跡者は尚もこちらに向かって走り出していた。先程の時間のロスも感じさせない、素早い動きだ。
「……素早いな」
「旦那、感心している場合じゃないって!こ、これでどうだ!」
 北斗は自棄になったようにつまみの中にあった煎餅の、ビニールに入った一枚を取り出して投げた。が、追跡者はそれに一瞬目をくれただけで無視をしてそのまま走ってくる。
「馬鹿な!煎餅だぞ?ビニールに入っているままだから、衛生面も大丈夫なのに!」
「北斗、そういう問題じゃない……というか、普通は落ちたものは食べない」
「衛生面はばっちりだって!」
「……お前、拾い食いはよせよ?」
 慶悟は一応心配そうに言った。そして、もう少しで川原に着くと行った所で、追跡者は北斗の襟首をむんずと捕まえた。
「北斗!」
「旦那、旦那だけでも逃げてくれ!」
 追跡者は北斗を捕らえた後、慶悟に向かってこようとしたが、北斗がそれを阻んでくれたお陰で慶悟は無事に逃げ切ったのだった。
「北斗……お前の犠牲は忘れない」
 ぐ、と涙を堪えたように慶悟は呟く。そしてふと気付く。今の逃亡劇は何処かで見たことは無かったであろうか?
「……チラシ、茸、煎餅……」
 物は違うが、確か逃げる為に三回の時間稼ぎをした話があった。慶悟は暫く考えた後、あっと呟く。
「三枚のお札、か」
 軽くすっきりした所で、慶悟は川原に向かった。結界を解き、酒を持って帰る為に。


「執念って、凄いものだよな」
 何となく目の赤い北斗がぽつりと呟く。再び会った慶悟と北斗は、また同じ公園のベンチで缶ジュースを飲んでいた。
「あの後、どうなったんだ?」
 慶悟が尋ねると、北斗は俯いたまま口を閉ざした。
「深く聞くとまずいか?」
「あまり嬉しくない……」
 北斗はそう呟き、溜息をついた。慶悟は興味をそそられたものの、一応聞かない事にした。いつか落ち着けば、酒の肴にでも話してくれるかもしれない。
「昨日はあんな事になったが、また今度一緒に呑もうな」
「今度?」
「新月なんてどうだ?」
 真っ暗な闇に近い新月。星の光が一番映えている時だという。
「やっぱり、川原で?」
「勿論」
 星の光が、きっときらきらと川の光に反射するから。
「じゃあ、次は新月の夜に」
 ぐっと北斗は親指を立てて笑う。
「ああ。新月の夜に」
 ぐっと慶悟は親指を立てて笑い返す。あとはただ祈るばかりだ。追跡者と化す兄から、上手に三枚の札を使って逃げ切る事ができる事を。

<結局諦める事は無いまま・了>