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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『銀の指輪の物語』
【オープニング】
 銀の指輪のジンクス…それは19歳の誕生日に銀の指輪を彼氏からプレゼントされた少女は幸せになれるというもの…。しかしそれには代償がある。その代償とは、決してプレゼントされた彼氏とは幸せにはなれないというもの…。
 草間興信所に持ち込まれた銀の指輪の物語はしかし、そんな少女が夢見るような甘く切ないジンクスとは関係の無い…いや、それ以上にとても切なく哀しい依頼だった…。

「姉は決してリサイクル品などには手を出さない人でした。だけどなぜかその姉が珍しく19歳の誕生日に彼氏の相場裕樹さんにリクエストしたのが、そのリサイクルショップで売られていた指輪だったんです…。私が姉にどういう風の吹き回しなの?って笑いながら訊いたら、姉はこの指輪に呼ばれたのって、すごく真剣な顔で言って…。それでその時は私は冗談だと思っていたんですが…。でも…」
 彼女は口を両手で覆い隠し、心の奥底から零れ出すような声にならない声で泣き始めた。零はそんな彼女を優しく抱きしめる。
 草間はそんな少女の心に痛い泣き声を聞きながら、自分の手の平の上に目を落とした。
 そこにある銀の指輪。それは少なくとも二人の若者の人生を狂わせた。彼はぞっとしない面持ちで紫煙をただ吐き出す。
 依頼者の姉、勝崎沙希はニュースで流れたとある男の顔を見て、悲鳴をあげながら気絶をし、未だ原因不明の昏睡状態。
 そして彼女にその指輪をプレゼントした彼氏である筒井かずとは行方不明。ただ、最後に彼を見た者の証言によると、彼はその時間にはもう既に昏睡状態であった真っ白なワンピースを着た勝崎沙希と一緒にいたという…。
 ………そう、明らかにこの無機質な冷たさを持つ銀の指輪が原因だ。
 草間は銀の指輪をぎゅっと握り締め、そしてこの依頼を受けることを泣いている依頼者に告げようと口を開いた。

【二通りの使い方】
 夜の帳が降りた街はしかし光と人とで満ち溢れている。
 街に走る道いっぱいに広がった人々。
 その顔はその人の多さの分だけ表情がある。
 …そして俺の目にはそれにプラスしてその人の多さの分だけの色が映る。
「ちょっと、すみません」
 極上のスマイルを浮かべて俺が声をかけたのは楽しそうに笑いながら携帯電話で話しをしていた女性だ。彼女は通話中だったというのに、相手に断りを入れてその電話を切って、俺の言葉に反応する。
「なにかしら?」
「ええ、ちょっとキミとお話をさせてもらいたいな、と想いまして」
 取り交わされる彼女との会話。笑う彼女。笑う…彼女…
 …笑う彼女?  
 いいや、違うよ。彼女は最初から笑ってなんかいなかった。彼女のブランド物のスーツで着飾った細い体を包み込んでいた色は水色。それは自分の存在も生も感じられぬほどに感じている寂しさの色。彼女の心は孤独に震えていたんだ。携帯電話? あんなのはフリさ。大方天気予報に繋いでいたんだろう。
 彼女の心の色は18の頃より夜の世界で培ってきた俺の経験に裏打ちされたトークでみるみる嬉しさと幸福の橙色に変わっていく。
 そして橙色の衣に身を包んだ彼女は満ち足りた笑みを浮かべて、人込みの中へと消えていった。
「来店、お待ちしております」
 俺は電信柱にもたれて、都会の狭い夜空を見上げた。
 見たかった光は見たくない光に邪魔されて、見る事は叶わない。
 小さくため息を吐いて、ノイズ溢れる街を行き交う周りの誰もが顔に仮面を貼り付けた人々を見つめる。
 俺には見える。
 その顔を覆う仮面とは違う本当の心の色が。
 …エンパシー(感情移入能力)。それが俺の能力だ。なぜ、そんな能力が俺にあるのかは知らない。一時期は顔を覆う仮面と心の色との違いに人間不信にも陥ったが、今は上手く共存し、利用もしている。そう、二通りの仕方で。
 一つはホストとして先ほどの彼女とのやり取りのように。
 そしてもう一つの使い方は……
「よう。トオル。精が出るな」
「ぷぅ」
 俺は目の前に立った人物を包み込む心の色を見て、挨拶よりも先に吹き出してしまった。
 そして彼…憂鬱の紫に包み込まれた草間武彦はそんな俺に不服そうに眉間に皺を寄せるが、すぐに肩をすくめて、ため息を吐いた。
「ああ、そうだ。また怪奇がらみの依頼だ。もういい加減慣れてきたが…正直こういうのは俺が目指す探偵業とは違うんだがな」
 俺は肩をすくめると、草間武彦を宥めるように微笑んだ。
「それで今回の依頼はどんな依頼なんですか? 俺に協力できることがあるなら、協力しますよ」
 そう、それが俺のエンパシーのもう一つの使い方だ。

【枯れた花】
 俺は1週間前に凄惨な事故があった現場にいた。
 そこは真っすぐな二車線の広い道路で、見晴らしもいい。通常なら事故などはありえない場所だ。しかし、ここで事故は起こった。
 事故現場に供えられた枯れた花。その枯れた花は深い悲しみを表す白に包み込まれていた。供えられた花が枯れたにもかかわらずにそれを包み込む感情の色は未だ薄れてはいない。
「相場裕樹の家族が供えた花、か…」
 俺は前髪を無造作に掻きあげながら、視線を道路の真ん中にずらした。
 そこにあるのは哀しみ、後悔、未練、戸惑い、疑問、怒り、嫉妬、様々な感情の色が混ざり合った混沌の色。もはやそれが何色であるのかさえ、俺には認識できない。
 そこに残る強すぎる残留思念はエンパシーを持つ俺には強烈すぎた。精神に流れ込んでくるそれにものすごい吐き気を感じた俺は後ずさる。
「これは死んだ相場裕樹と、そして……筒井かずとの残留思念か…」
 俺はズボンのポケットに放り込んでいた物を取り出し、それを乗せた手の平に目を落とした。そこにあるのは銀の指輪だ。これを初めて手に取った時は思わず顔を曇らせてしまった。この指輪にはものすごく強烈な怨念が込められているのだ。そしてそれと同じ物が今ここにある。
 銀の指輪のジンクス…それは何時だったか店に来ていた女子大生の客に聞いた事があった。
「幸せにはなりたいが、相場裕樹から銀の指輪をプレゼントされたら彼とは幸せになれない。だからかねてより自分に片思いをしていた筒井を利用した。でもニュースでは相場の不幸な事故が流れた。利用されたことで腹を立てたのか、元から嫉妬していたのか、ともかく全部筒井の仕組んだことだろう…他人を陥れた代償は大きかっただろうけど」
 そして俺は先ほどからずっと、こちらを見ている気配に目を向けた。
「他人の恋愛沙汰に口を挟むなんて野暮だろうけど、」そう前置きをして、俺は飛びっきりの極上の笑みを浮かべる。ホストとしての営業用スマイルじゃない嘲笑の笑みを。そして俺は続けて、そこにいる気配に言う。「責任が取れないようなら恋愛なんてするものじゃないよ」
 漂う空気がどんどん不穏な物へと変わっていく。空気が孕むのは俺への敵意だ。周りの色は怒りの赤、赤、赤、赤…。
 そして俺はそんな幼い子どもが癇癪を起こしたように敵意を濃密にさせる気配を嘲る。
「なに、本当の事を言われて、怒ったのかい? 勝崎沙希」
 そう、そこにいるのは勝崎沙希だ。つまり魔術師は2人いたんだ。

【2人の魔術師】
 俺は筒井の部屋に来ていた。事故現場や殺人現場などにも加害者・被害者の心の色が残されていて、俺はそれを見るけど、実はまだそんな事故現場や殺人現場の方がある場所に比べれば生易しい。そのある場所とはどこだって? 犯人の部屋さ。犯人の部屋ほどエンパシーを持つ俺にキツイものはない。この部屋も酷いものだ。
「独学で魔術を勉強してたのか…」
 筒井の部屋の本棚には大学の講義で使う本と並んで黒魔術系の本も並んでいた。更にはパソコンのインターネットの履歴を調べてみても、ここ最近彼が通っていたサイトはそういうダーク系のサイトばかりだ。
「ここで魔術を調べたんだな。そして、彼はこの銀の指輪に彼女が自分の物になるように呪をかけた。結果、邪魔者であった相場裕樹はその効力により死んだ。だが、それをニュースで見てしまった勝崎沙希の精神が指輪にかけられていた呪と反応し、同調してしまった。彼女は指輪にかけられた呪の力を寄り代に、呪によって相場裕樹を殺した筒井に、呪を辿り逆に攻撃を開始した。返りの風と呼んでもいいか。どっちにしろ、自業自得だよね。だけどそうも言ってられないか。もしも、筒井を彼女が殺せば、今度は返りの風が彼女に吹く。彼女に会わねばならないようだね」

【代償】
 無機質な空気が漂う病室に置かれたベッドに寝かされた彼女の額を覆う髪をそっと丁寧に掻きあげると、俺は、彼女の額に俺の額を重ね合わせた。
 エンパシー、それは相手の感情を読み取る事ができる能力。つまりは逆に扱ってやれば自分の意志を相手に送り込めるということ……
 俺の意志は真っ白な光に飲み込まれたかと思うと、次の瞬間には、闇よりも昏い色に塗り潰された世界にあった。
 そこに絶えず流れるのは誰かが声を押し殺してすすり泣く声。そして『おまえを許さない。私の愛しい裕樹さんを殺したおまえを許さない』昏い声で紡がれる呪詛…。
 俺はその声を辿る。
 そして筒井に耳元で呪詛を囁く勝崎沙希の前に辿り着く。
「やあ、初めまして、勝崎沙希さん」
「…誰?」
「佐和トオル」
「邪魔を、邪魔をしないで。私はこの男を殺すのぉ。私の大切な裕樹さんを殺したこの男を」
 闇は彼女の口から迸らされた声に震えた。だけど俺は肩をすくめるだけ。
「物事には原因があって、結果がある」
 その言葉に周囲の色が揺らいだ。
「な、何を言っているのぉ?」
 焦りの色。
「相場裕樹に指輪をリクエストしたキミは銀の指輪のジンクスの後半を知らなかった。だけどキミは彼からそれを知らされた。だったら自分にプレゼントしてくれて別に結ばれなくってもいい男にさせればいい。筒井かずとを最初に利用したのはキミだ」
 動揺の色。
「うっるさい。うっるさい。うっるさぁーいぃ。だからってぇ、だからって、裕樹さんを殺す資格がこの男のどこにあるのよぉ?」
「ああ、そうだね。たとえ自分のキミへの恋心を利用された怒りや嫉妬に狂おうとも、彼に相場裕樹を殺す資格は無い。そしてそれはキミも一緒だ」
 混沌としていた色は再び憎悪の黒に変わる。
「ふざけないでぇ。だったら、だったら私のこの感情はどうなるのぉ? 怒りや憎しみ、悲しみ、そしてこの心にとても痛い後悔はぁ?」
 色は無色となる。すべてに絶望している彼女は救いを求めている。
 だけど俺が伝える言葉は救いでは無い。無慈悲な現実だ。
「背負っていくんだね。それがキミの代償だ。筒井かずとの想いを知りながらを自分の幸せのために利用しようとした。それがキミの罰なんだよ。心の罅を抱きながら生きていくのがね」
 無色の世界の中で勝崎沙希は崩れこんだ。
「だったら私はもう死んでしまいたい…」
「ダメだよ。それを抱えて生きていくのがキミの罪だから。そしてキミが死んでしまえばそれはもうそれでお終いだけど、キミがそこから生きる事で変わる物もある。だから生きるんだね」
 そして無色だった世界は罅割れて、粉々に砕け散った。

【エピローグ】
「勝崎沙希は目を覚ましたそうだ」
 草間武彦は依頼書を閉じると、視線を俺に寄越した。
「で、あの指輪はどうしたんだ?」
「捨てましたよ。あれ事態も良い物ではありませんでしたから。転々と持ち主を変える度に想いが宿り…そして今回のような事を引き起こしてしまったんでしょう」
「そうか」
 俺はソファーから立ち上がる。
「じゃあ、俺はこれで失礼します」
「営業か? ご苦労だな。しかしおまえならもう店を開けるだろ?」
「オーナー業より現場で働く方が楽しいんで。やっぱり」


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1781/佐和 トオル/男/28/ホスト

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。初めまして
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
エンパシーの使い手、佐和トオル。ものすごくかっこよいキャラクターなので、僕もカッコよい文体を目指し、彼の魅力を引き出せるようにがんばらせていただきました。
どうでしょう? ご満足していただけましたでしょうか?
もしもご満足していただけたのなら、それは本当に作者冥利に尽きます。
佐和トオルはとても動かしやすかったので、書いていて楽しかったですし、彼の魅力を引き出したいという想いでいっぱいになれて、やりがいのあるお仕事でした。
まだまだ拙い文章ですが、また彼を書かせていただけたら、嬉しいです。その時はどうかよろしくお願いします。
それでは失礼します。