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『銀の指輪の物語』
【オープニング】
銀の指輪のジンクス…それは19歳の誕生日に銀の指輪を彼氏からプレゼントされた少女は幸せになれるというもの…。しかしそれには代償がある。その代償とは、決してプレゼントされた彼氏とは幸せにはなれないというもの…。
草間興信所に持ち込まれた銀の指輪の物語はしかし、そんな少女が夢見るような甘く切ないジンクスとは関係の無い…いや、それ以上にとても切なく哀しい依頼だった…。
「姉は決してリサイクル品などには手を出さない人でした。だけどなぜかその姉が珍しく19歳の誕生日に彼氏の相場裕樹さんにリクエストしたのが、そのリサイクルショップで売られていた指輪だったんです…。私が姉にどういう風の吹き回しなの？って笑いながら訊いたら、姉はこの指輪に呼ばれたのって、すごく真剣な顔で言って…。それでその時は私は冗談だと思っていたんですが…。でも…」
彼女は口を両手で覆い隠し、心の奥底から零れ出すような声にならない声で泣き始めた。零はそんな彼女を優しく抱きしめる。
草間はそんな少女の心に痛い泣き声を聞きながら、自分の手の平の上に目を落とした。
そこにある銀の指輪。それは少なくとも二人の若者の人生を狂わせた。彼はぞっとしない面持ちで紫煙をただ吐き出す。
依頼者の姉、勝崎沙希はニュースで流れたとある男の顔を見て、悲鳴をあげながら気絶をし、未だ原因不明の昏睡状態。
そして彼女にその指輪をプレゼントした彼氏である筒井かずとは行方不明。ただ、最後に彼を見た者の証言によると、彼はその時間にはもう既に昏睡状態であった真っ白なワンピースを着た勝崎沙希と一緒にいたという…。
………そう、明らかにこの無機質な冷たさを持つ銀の指輪が原因だ。
草間は銀の指輪をぎゅっと握り締め、そしてこの依頼を受けることを泣いている依頼者に告げようと口を開いた。
シーンT 草間興信所
御影涼は草間武彦に呼び出されて、探偵業をしている彼の事務所にいた。
「はい、涼さん。アイスコーヒーです」
「ああ、ありがとう」
涼は読んでいた本をソファーの隣に置くと、冷たいグラスを手に取り口をつけた。
「ごめんなさい。大学の方も忙しいでしょうに」
「いや、別段忙しいってわけでもないよ。前期考査中だから部活も無いし、俺はもう後はレポート一つだけだから」
「だったら遠慮無く協力を仰げるな、涼」
会話に割り込んできた声に零は腰に両手を置いて、その声の主、草間を睨めつける。
「今までどこに行っていたんです、草間さん。涼さんをお待たせして」
「資料集めだ」
草間の言葉に苦笑いを浮かべていた涼は、自分の指定席に座った草間に視線を向けて、肩をすくめる。
「もうすっかりとこの手の依頼に手馴れてきたという感じですね、草間さん」
にこりと微笑む涼。その笑みは彼が草間に心を許して全幅の信頼を寄せている証拠だ。
「やれやれだよ。この手の依頼は俺の目指す探偵業とは違うんだがな。しかし、まあしょうがないか。さて、涼、さっそくだがこの銀の指輪を見てくれ」
涼は零から銀の指輪を渡された。
そして草間は涼にその銀の指輪に関わった二人の若者の身に起きた怪現象を説明した。
「どうも時間的なズレがあるな…ニュースに流れた時に現実かずとはいない。その後沙希昏睡。なのに昏睡中の沙希とかずとが目撃されている…それは既に現実体ではないということか？」
「そうだな」
草間が先ほどまで集めていた資料が零によって涼の座るソファーの前に置かれたテーブルに広げられていく。
「筒井かずとが密室のはずの飛行機から突然消失してしまったのが７月１９日の午後７時３２分。そしてそのニュースが流れて、それを目撃した勝崎沙希が原因不明の昏睡状態となったのが日本時刻７月1８日の午後２時３７分。そしてそれより数分後に筒井かずとと勝崎沙希が目撃されている」
「日付変更線を挟んでいるから頭がこんがりそうですけど、確かに筒井さんと勝崎さんが最後に目撃されているのは、飛行機から消失し、原因不明の昏睡状態になってからなんですよね」
零は顎に手をやりながら小首を傾げた。
そんな彼女の隣に座っていた涼はおもむろに立ち上がると、紫煙の帳の向こうにある草間の顔にクールに微笑む。
「これは迅速に行動する必要がありそうだね」
シーンU リサイクルショップ
「ここがその指輪を筒井が買った店だよ」
涼にそう言ったのは相場裕樹であった。
その彼にふむとクールに頷く涼。その涼の美麗な顔は涼しげだ。対して相場の顔には２，３発殴られた痕がある。もちろん、それをやったのは涼だ。そう言うと大抵の人は基本的に穏やかで優しい涼がと驚くかもしれないが、決して彼の人なりは大人しい訳ではなく時には熱く積極的に行動する面もあるのだ。
そんな彼にしてみれば相場裕樹は決して許せる相手ではなかった。
読書家で知識は豊富にあるものの、一部一般地下知識や流行ものの情報を知らぬ彼は、当然銀の指輪のジンクスも知らなかった。それを零に教えられた彼は、自分だったらどうするかを考えた。彼女に指輪をリクエストされた。だけど渡せば自分はその彼女とは結ばれない。だったら…
「他の男にその銀の指輪をプレゼントさせればいい。相場裕樹、あんたは自分の前の彼女の彼氏だった筒井かずとに、彼女がその銀の指輪を欲しがっているという情報を流した。彼がまだ彼女に未練を残している事も、そして彼が留学する事も調べたうえでね。仮にジンクスがただの噂だったとしても、彼は留学してしまう…好都合だよね」
推察でしかない事を口にする涼にしかし、相場は顔を背けた。
「そもそもあんたと勝崎沙希が付き合うようになったのも、あんたが巧妙に筒井かずとを陥れ、そうとも知らない彼女の心の隙間に入り込んでだ。ほんと、大した策士だよ」
嘲笑っているような突き放しているような茶色の前髪の奥で細められた青い瞳とクールな声に、相場は顔を歪ませると、咆えた。
「ああ、そうだ。そうだよ。俺が筒井を騙して、沙希を手に入れたんだ。だからってそれがなんだって言うんだ。あんな冴えない地味な男よりも、あんな綺麗なイイ女は俺みたいなお洒落な男といた方が栄えるってもんだろう。だいたい恋愛なんてもんはそんなものだろうがよぉ。この優男が知った風な口を利きやがってェ」
そして相場は涼に殴りかかった。対して悠然と佇む涼はクールにふんと鼻を鳴らす。
その彼の涼やかな表情が浮かぶ顔に相場のストレートが迫る。だがそれは次の瞬間に虚しく空を切っていた。
「相場裕樹、いい加減学習しないかな」
軽やかなステップで迫り来るストレートを紙一重でかわした涼は、そのまま流れるような動きで、相場の懐に入り、腹部に半回転しての肘打ちを叩き込んだ。
そのダメージに相場は腹部を両手で押さえながら崩れこんで、胃の内容物を吐き出してしまう。
御影涼、その一見優男の彼からは想像もできないが、彼は剣道ならば全国レベルの腕前の持ち主であり、身体能力もご覧の通りに高いのだ。草間などはだから涼の事を『人を外見で判断するなと言う教本のような男だな』などと言う。
「これだけは忘れないでくれるかな。他人を陥れて自分が甘い汁を吸う事だけを考えていると、いつか誰かに足下をすくわれるよ。今回の怪現象はあんたに影響を及ぼさなかったようだが、他人の負の感情を背負い続けていけばいずれ消失するのはあんただ。それをよく覚えておくんだね」
涼が店に入ると、その店には客は誰もいなかった。
薄暗い店の奥に入っていくと、そこには膝に黒猫を乗せた店の主である老婆がいた。
そしてその老婆は涼を絶句させた。彼女は薄く笑いながらこう言ったから。「ああ、やっぱりその指輪はまたここへ戻ってきたんだね」
黒猫は一鳴きして、老婆の膝から飛び降りると、涼の前を横切って、店の隅にある闇へと入り込んでいった。
シーンV ＊＊バレー教室
夜の闇に包まれた教室の壁に貼り付けられた鏡には涼の姿が映っている。
涼は寂しげな眼差しで闇を見ていたが、やがてポケットから取り出した銀の指輪を虚空に放り投げた。
そしてその転瞬、その指輪は宙で停止し、そして驚いた事に銀の指輪の空洞に白い物体が見えたかと思うと、それは急速的に物体化して小さな女性の左薬指となった。ほんの一瞬きの時間で、涼の前に彼と同年代のとても儚げな半透明の女性が出現した。しかしその彼女は涼が映る鏡には映ってはいない。ただ宙に浮く指輪が映るのみだ。
その儚げな彼女は何か物言いたげに涼を見ている。
「俺は御影涼。＊＊＊＊だね？」
半透明な彼女は頷きもしなかったが、その彼女は確かに＊＊＊＊だった。
＊＊＊＊。銀の指輪のジンクスはこの彼女の物語によって生まれたのだ。
彼女は19歳の誕生日に付き合っていた彼氏から銀の指輪をプレゼントされた。
そしてバレリーナを目指していた彼女は彼に銀の指輪をプレゼントされてからというもの踊りが認められて海外留学が決まったりと幸せ続きであった。しかしそれに比例して彼との仲は疎遠になっていた。
そして彼女は最高の幸運を手に入れた代わりに、最愛の彼氏を失ってしまった。
その物語が銀の指輪のジンクスを生んだ。
そしてそのジンクスに憧れる少女達の想いは、＊＊＊＊の想いが宿るこの銀の指輪に集まり、結果この指輪は異界の物となってしまったのだ。
「貴女の事は、リサイクルショップの店主に聞きました。そう、貴女の想いが宿るその銀の指輪はこれまで多くのカップルに今回のような怪現象をもたらしてきた。だけどそれは二人を不幸にする物ではない…」
そう、なぜあのリサイクルショップはそんな曰くありげな銀の指輪を売り続けてきたのか？ そしてなぜ、勝崎沙希はその銀の指輪に呼ばれたというのか？ それはその指輪に宿る彼女の想いが、本当は愛し合う二人を結びつけるものであったからだ。
「そう、貴女は自分が悲しい想いをしたから、だから愛し合うのに結ばれない二人を助けたいがために怪現象を起こしてきた。きっと今は貴女の世界で筒井かずとと勝崎沙希は二人幸せに暮らしているんでしょうね。だけど、それは違う。二人は異界でしか幸せにはなれないのではない。現実世界でも幸せになれる。だから二人を帰してください。そして指輪に宿る貴女の想いは俺が救います」
涼は体の前で両手を合わせて、剣をイメージする。そうすれば彼の手には…
「正神丙霊刀・黄天」
涼は具現化させた正神丙霊刀・黄天を高く振り上げた。
「俺がこの正神丙霊刀・黄天で『廻る貴女の想い』を浄化します」
ラストシーン
「彼女は私たちを救おうとしてくれたんです。私とかずとさんはお互いに想いあいながらも様々な勘違いから別れてしまいました。だけど私たちは彼女に導かれた銀の指輪の世界で再び想いを通じ合わせることができたんです…」彼女はでも、と哀しげに笑って薄い手の平の上にある真っ二つにされた銀の指輪に目を落として、沈んだ声で続けた。「でも、もうダメですよね。現実世界に戻った私たちはジンクス通りに……」
開けられた窓の隙間から涼しい風が入ってくる。その風に額の上で踊る茶色の前髪を掻きあげながら、涼は青い瞳をやわらかに細めた。
「ジンクスなんてものは必ずじゃないよ。いいジンクスはともかく、悪いジンクスは破ってしまえば消すことはできるんだ。大切なのは貴女の心さ。貴女はどうしたいんだい？」
涼はそう言うと、ドアを開いた。そこには筒井かずとが立っていた。その彼を見た勝崎沙希はぽろぽろと涙を零し、そして筒井かずとは花束を持った手をあげて、「見舞いに来た」と告げて…
涼はそっと病室を出て、静かにドアを閉めた。
「二人の方向性、決まったかな？」
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
１８３１／御影 涼／男／１９／大学生
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。初めまして。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
『正神丙霊刀・黄天』のカッコ良さとその特性、そして涼の魅力である優しさと熱さとを引き出せるような物語を書きたいと想い、
こういうお話にさせていただきました。
どうでしょうか？ 満足していただけたでしょうか？
もしも満足していただけたなら、作者冥利に尽きます。
僕も涼のようなキャラは大好きです。そして『正神丙霊刀・黄天』カッコいいですよね。
だから涼の優しさと熱さ、そして『正神丙霊刀・黄天』を書けるラストはとても楽しく書けました。
もしもまたご縁がありましたら、どうぞ僕に涼と『正神丙霊刀・黄天』を書かせてください。まだまだ拙い文章しか書けませんが、その時は誠心誠意がんばらせていただきます。
それでは本当にありがとうございました。
失礼します。
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