コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『銀の指輪の物語』
【オープニング】
 銀の指輪のジンクス…それは19歳の誕生日に銀の指輪を彼氏からプレゼントされた少女は幸せになれるというもの…。しかしそれには代償がある。その代償とは、決してプレゼントされた彼氏とは幸せにはなれないというもの…。
 草間興信所に持ち込まれた銀の指輪の物語はしかし、そんな少女が夢見るような甘く切ないジンクスとは関係の無い…いや、それ以上にとても切なく哀しい依頼だった…。

「姉は決してリサイクル品などには手を出さない人でした。だけどなぜかその姉が珍しく19歳の誕生日に彼氏の相場裕樹さんにリクエストしたのが、そのリサイクルショップで売られていた指輪だったんです…。私が姉にどういう風の吹き回しなの?って笑いながら訊いたら、姉はこの指輪に呼ばれたのって、すごく真剣な顔で言って…。それでその時は私は冗談だと思っていたんですが…。でも…」
 彼女は口を両手で覆い隠し、心の奥底から零れ出すような声にならない声で泣き始めた。零はそんな彼女を優しく抱きしめる。
 草間はそんな少女の心に痛い泣き声を聞きながら、自分の手の平の上に目を落とした。
 そこにある銀の指輪。それは少なくとも二人の若者の人生を狂わせた。彼はぞっとしない面持ちで紫煙をただ吐き出す。
 依頼者の姉、勝崎沙希はニュースで流れたとある男の顔を見て、悲鳴をあげながら気絶をし、未だ原因不明の昏睡状態。
 そして彼女にその指輪をプレゼントした彼氏である筒井かずとは行方不明。ただ、最後に彼を見た者の証言によると、彼はその時間にはもう既に昏睡状態であった真っ白なワンピースを着た勝崎沙希と一緒にいたという…。
 ………そう、明らかにこの無機質な冷たさを持つ銀の指輪が原因だ。
 草間は銀の指輪をぎゅっと握り締め、そしてこの依頼を受けることを泣いている依頼者に告げようと口を開いた。

【疑問】
 本人はハードボイルドな探偵を目指しているがなぜか怪奇探偵と呼ばれるまでに集まってくる怪奇絡みの依頼。デスクの上に置かれた灰皿にマルボロの山を築き上げた怪奇探偵の所に持ち込まれた依頼はまた例によってそんな怪奇絡みの依頼だった。その依頼達成の協力を求められたあたしは紫煙の帳の向こうにある草間さんの顔に頷く。
「その依頼の背景がよくわからないのですけど何とかしてあげたいと思います」
「そうか。助かるよ」
「ただ、沙希さんが指輪をリクエストしたのが相場さんで、送ったのが筒井さんとはどういうことなのでしょうか?」
 あたしは小首を傾げる。いわゆる三角関係という奴で、それで生じたズレなのだろうか?
「それに沙希さんが気を失った時に流れていたニュースに出ていた男の人というのも気になりますね。まずはその人を確認しましょうか?」
 多分その男の人がキーなのだと想う。だから最悪、チャンネルや日時から新聞や情報誌を確認し、それが誰なのかを確認せねばならないかもしれない…。
「とにかくあたし、依頼者の妹さんに会ってみますね」

【秘めたる想い】
 天井も床も、壁も真っ白な…清潔感溢れるだけど無機質な印象しか受けない病院の廊下。だけどそこにいる人々は元気だ。廊下を走り回ってでっぷりとした婦長さんに怒られる入院患者の子どもたち。元気が余って他の入院患者の世話を焼くおばさん、友達と休憩コーナーでだべっている同年代の子。そんな光景を見ながら、あたしは勝崎沙希さんの病室の前に着き、彼女の病室のドアをノックした。
「はい。…えっと、どなた…かしら?」
 空いたドアのスペースから覗いた顔はしかし蒼白で、とても疲れきっていた。
「あの、あたし…」
「いいの、お母さん。その娘は私とお姉ちゃんの友達だから」
 病室のドアが開けられる。母親の隣に立ってドアを開けてくれた依頼者、勝崎沙織さんとあたしは顔を合わせた。
「さあ、みなもさん、中に入って」
 あたしは促されるままに病室に入り、そしてベッドに横たわる勝崎沙希さんの姿にショックを受けた。沙希さんはただ白い病院のベッドの上に寝かされていた。右腕に点滴を繋がれてただ寝かされていた。よくドラマや漫画などで描写されているような機械類に繋がれているわけではない。そう、だからこそあたしはショックを受けたのだ。ここに来るまでに元気に回復しつつある他の入院患者さんの姿を見ていたから…。
「その、お花…」抑揚の無い一定のトーンで紡がれた声。
「え、あ、はい。すみません。沙希さんにと想って…」
「…ありがとう」
 お母さんは疲れきった顔にだけど笑みを浮かべると、渡したお花と花瓶を持って病室を出て行った。
 病室には、あたし、沙希さん、沙織さん、そして相場裕樹さん。
 あの後に草間さんに話を聞きたいからと連絡を取ってもらい、沙織さんと相場さんが一緒にいるなら好都合だとここに来たのだが、あたしはなんだかとても無神経な事をしてしまったようで、罪悪感に囚われた。
「あの、みなもさん…」
「はい」
「草間さんから事情は聞いてます。それで訊きたいことって…」
 あたしは二人にこの事件のおそらくはキーであるはずの男の人の事を訊いた。そしてその答えは予想外の物であった。
「それが…その人、ショップのオーナーさんなんです…」
 絶句したあたしが相場さんを見ると、彼も頷いた。
「そうなんだ。沙織ちゃんから沙希が倒れた時の状況を聞いて、それで調べたんだが、ニュースに流れていたのは確かにその銀の指輪が売られていた店のオーナーだったんだ」
「しかもオーナーさんは家に来ようとしていたみたいで…」
 あたしは顎に手をやりながら、小首を傾げる。状況がまた複雑になってきた。しかもそれを解くためのパズルのピースはもう無い。残りのピースだけでパズルを完成させるしかないようだ。そう想いながらあたしは残りのピースをもらうべく相場さんを見た。
 なぜ、指輪をリクエストされたのが相場さんで、プレゼントしたのが筒井さんなんですか? というもう一つの疑問をあたしが口にすると、相場さんは苦い表情をした。沙織さんも目を伏せる。
「筒井さんは姉と私の幼馴染で、相場さんとは親友なの」
「そして筒井は沙希がずっと好きだったんだ。だけど沙希は筒井の事を兄のようにしか想ってはいなくって。銀の指輪を彼がプレゼントしたのも実はそこにあるんだよ」
「それはどういう事ですか?」
「沙希は筒井の恋心は知らないで、色々と俺との事とかも彼に話をしていたんだ。当然、俺に銀の指輪をリクエストした事も話した。そして俺も筒井が沙希に恋心を抱いているなんて知らなくって、それで筒井に、銀の指輪のジンクスを教えられて、それで筒井がだから沙希が幸せに、俺たち二人が幸福になれるように兄として自分が沙希に彼女が欲しがった銀の指輪をプレゼントするって…。俺は知らなかったから…沙織ちゃんに聞くまで、筒井の沙希への恋心なんて…。残酷だよな、本当に俺は…」

【敵意】
 病院を出ると、世界はもうすっかりと夜だった。
 小高い丘の上に建てられた病院から丘の下に広がる光を眺めるあたしは、お母さんの笑った顔を思い浮かべる。丘の下に広がる光は優しい家庭の光。愛の光。
「救ってあげたい。沙希さんも沙織さんも、お母さんも。みんな…」
 そう呟いた瞬間、あたしの耳に…いや、脳裏に昏く冷たい声が響いた。『邪魔はさせない』
「な、なに、この声?」
 そして、激しい狼狽に襲われるあたしの視界に飛び込んできたのは激しい光。暴力的なクラクション。
「車?」
 そう、車があたしに突っ込んでくる。脳裏に蘇るのは相場さんが聞かせてくれたオーナーさんの最後。彼は交通事故だった。しかもその車には運転手はいなかったって…
「運転手がいない。それにこの殺意ぃ」
 車を包み込むのはあたしへの殺意。
 前は暴走車。そして背後は海。そう、海だ。だからあたしは迷わずに柵を飛び越えて、夜の海に舞った。そしてそのあたしめがけて車が弾丸のように襲いかかってきて…

【解放】
 夜空に輝くのは春夏秋冬すべての星座。
 そして鋭すぎる下弦の月。
 世界に奏でられるは波の調べ。
 果たしてここは…
「見つけました。筒井かずとさん」
 虚ろな目であたしを見る彼の後ろに向かって、海水から上半身だけを出したあたしは言う。
「あなたは二つの間違いを起こした」
 あたしがそう口にした瞬間、周りに漂う気配がざわめいた。
「一つは海の近くであたしを襲撃したこと。もしも街中だったら、海に逃げ込む事ができなかったならあたしは指輪を買い戻そうとしていたリサイクルショップのオーナーさんのように銀の指輪に宿ったあなたに殺されていたでしょうね」
 そしてその転瞬、砂浜に座る筒井さんと沙希さんの後ろに男の影が現れる。
『なぜ、僕の事がわかった』
 脳裏に響く思念。あたしはくすっと笑って、人差し指と中指を立てる。
「二つ目の間違いはあたしを攻撃したこと。そう、その時にあたしは感じた。無人の車を暴走させたあなたの存在を。そして理解した。行方不明となった筒井さんと、沙希さんの心がどこにいるのかを。そう、二人はこの指輪に宿る銀の指輪のジンクスに泣いたあなたの思念が作り出した指輪の中の異界にいた」
 それを理解したあたしは彼が異界から攻撃してきた時に出来た道を利用して、この異界に進入した。同時に穏便にするつもりの交渉が決裂した時に、百パーセントの力が出せるようにとこの異界を海に作り変えて。
「あなたは筒井さんの心の隙間に入り込んで、自分の果たせなかった想いを…見た夢を叶えようとした。だけど…」
 あたしは心の奥底から切なる声で訴える。
「だけどこんなのは違う。こんな沙希さんの想いを無視して異界に沙希さんの心を囚えただけの状況の果てにいったいどんな幸せがあるというの。これでどうやったら沙希さんは、筒井さんやあなたは幸せになれるの?」
 あたしの声に筒井さんがぴくりと動く。
「ねえ、筒井さん。あなたは沙希さんが好きなのでしょう。だったらその想いが彼女に届かないのは確かに哀しいけど、だけどそれでも彼女の心の兄として彼女を支えるのも一つの愛の形なんじゃないんですか? 沙希さんが好きなら、彼女の心を解放してあげてください」
 あたしの訴えに筒井さんは涙を流し始めた。
 そして彼の後ろにいる気配がざわめきだす。
『余計な邪魔をするなぁー』
 たゆたう怒りは強力な思念派となり、あたしを襲う。
「こんな物ぉ」
 あたしは触れる海水を感じながら、イメージする。そうすれば海水はあたしのイメージ通りにあたしを包み込む半球形の防護壁に。
『に、人魚だと?』
「あたしは自分の想いに固執するあなたに同情も同調もしません。二人を返してもらいます」
 そしてあたしは彼に向かって、人魚の力を発動させた。

【ラスト】
「救いは彼女が何も覚えていなかった事だよ」
 筒井さんはぼそりと言った。
「これからどうするつもりなんですか?」
「うん。沙希ちゃんの前から姿を消そうと思う。それが彼女の心の兄になりきれなかった僕の贖罪の方法だから…」
 沙希さんがいる病室を見上げながら、訥々とそう切ない声で語った彼に、あたしは顔を横に振った。
「ダメです。それは贖罪ではありません。逃げですよ。甘えですよ。筒井さんがやる事は彼女から逃げずに見守り続けることです。大切なのは距離ですよ。今の筒井さんと沙希さんの間にある距離を大切にしてあげてください。大丈夫。筒井さん、今は自分を休めて。そうすればいつか羽ばたけますから」
 笑うあたしに筒井さんも小さく微笑んだ。
「君は本当に大した娘だね」
「あたし? あたしはただのコスプレバイト少女ですよ」
 そしてあたしと筒井さんは潮風に優しく包まれながらまた病室を見上げた。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1252/海原 みなも/女/13/中学生

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちは。初めまして。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
みなもさんの優しさ、真面目さ、そして彼女の中にある人魚の力というたくさんの彼女の魅力を引き出せるようにと、こういうお話にさせていただきました。
どうでしょうか? ご満足していただけましたでしょうか?
みなもさんはとてもかわいく魅力的なので、書いていて大変楽しかったです。
彼女の純粋さと優しさが現せるように書きたいと想いました。
そして彼女の一番の魅力である人魚の姿。これも出す事ができて、よかったと想います。まあ、彼女にはそのせいで少々危険な目にあってもらいましたが…。(滝汗)
また本当に男の子なら誰もが彼女にしてみたいと想うような純粋で優しいみなもさんを書けたらいいと想います。
もしも、ご縁がありましたら、どうぞその時はまた彼女を書かせてください。
誠心誠意書かせていただきますから。
それでは本当にありがとうございました。
失礼します。