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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


種子

 季節と供に夢見る子供、適度な太陽、調度いい雨、偶然に吹く優しい風、そんなそれらに囲まれて、目覚めた時には、
 もう一度、夢見る子供。
 ―――嗚呼それは永遠でしょう、絶え間なく続くように、私達は。
 なのに、
 理から外れるから、だから、
 私達は。


◇◆◇


 ふうよるどうと風が吹く夜である。普通風音の擬音語となるとぴゅーとかゴーッとかだが、その日の夜はふうよるどうであった。生暖かい、怪談を語る為のような風である。否応にも肌の感覚に触ってきて。
 だが彼女は戸惑わずに受け入れる。ゆったりと、目を閉じて、風の流れを聞いている。
 それが妹の為だから――
「みあお」
 彼女は呟いたそっと、そうすれば、「どうしたのお姉ちゃん?」聞く位置は、

 地上より、月に僅か近い、低空。
 妹の青い羽根を借りて。

「いえ、辛くは無いかと思いまして」
「大丈夫だよお姉ちゃん、みあおは力持ちだもん」
 そう、青い翼を生やした少女は言ったけれど、人一人背負っても楽に飛べるのは筋力じゃなく、風、森羅万象の流れを司る姉のおかげ。
 純真な青は柔らかな風に素直で、ぐんぐんと目的地へと近づいていく。こんな真夜中年端もいかない妹を駆り出さねばならなくなった所以、
 もう一人の妹。
「手間のかかる事」
 毎度毎度の後始末に、みそのは溜息を吐く。


◇◆◇


 陰湿で全てを閉ざす闇中。一応は頬をなでるような月光が差し込んでいるが、彼女はその明かりを使う事無く、みあおの手を繋いで、目的へと近づいていく。
 流れを読む巫女には造作無い。世界を支配する大気の流れと、彼女自身が放つ霊気を辿れば、最後には妹の元へと、ほら、
「お、」驚愕はみあお、「お姉ちゃん」
 目を見開き震える妹に、対極的、姉は冷静。いや、諦めか。
「全く」
 みそのは溜息を吐いた。さっきよりも深く、深く。
 一般見解から言えばこの反応は正しくなく、前者が通常の反応であろう。
 人が、樹になってるのだ。
 叫びながら。
 人型をした異形の木が二つ――片割れは彼女の友達だろう―――恐怖に分類出来るだろう。爪先まで樹木と化している彼女の姿は。嘆きすら枯れた、木の姿は。普通なら熱くない汗を一つは流す所、だが、「お、お姉ちゃぁん……」ぎゅうっと手の繋がりを体の密着にせばめるみあおと違って、みそのは、「みあお」
 ―――記念撮影しますわよ
 ぽけっとからかめらを取り出して。
 呆気に取られる妹に、みそのも、僅かに呆気に取られ。「どうしたのですかみあお?」
「え、え、あの」当然の疑問、「なんでそんな事」
「折角ですから」
 みそのらしい答えは、普通の答えとはずれている。彼女の妹であるみあおはその事を力無く笑いながら思い出して、そして、
 みあおも普通の答えとはずれていて、
「じゃあ撮るよお姉ちゃん」
「はい、ちーず」
「それみあおのセリフ〜」
 とかなんとか場の雰囲気に全くあってねぇほのぼのとした二人のやりとり。三姉妹の中でつっこみ役がいない現状が、東京怪談を大阪漫談に変えたりで。繰り広げられるのはコメディタッチ。
 だけれども、
 ふうよるどう、風が吹く。刹那。

 二人の足元が根に変わる。

「………え」
 みあお、一音を漏らした、その喉から次に、
「きゃあぁぁっぁぁっぁっ!?」
 絶叫―――襟を掴んだ魔の手から、足掻きもがく声。
 だけど無駄、妨げられない進行、そうしてる間に爪は蕾、手の平は葉、腕は枝、
 胴は、
 、
 幹――
「おねーちゃん!おねーちゃんっ!」
 自分が異質へと転じる恐怖、意識すら己から零れそうな危機、に、縋り付く声、助けて、おねーちゃん、
 姉は、
 
 静かに。

 樹と、成った。
 みあおと、供に。
 妹と、同じように。

 それは夢見る子供。
 永久に。


◇◆◇

 けれど、
(仕方ありませんね)
 やがて子供は、

 ――炎が異形の樹を包む

 夢破れ。

◇◆◇


 火、である。
 人が手にした、最初の明かりである。
 けれどもその火は違っていた。
 樹木、枝と枝が擦り合う事、その流れを加速させて生み出した火は、我が身と、妹達と、その友達から、樹を剥がしたその炎は、
 この世界の法則に当てはまらない。つまり、
「異界の炎」
 巫女は、そっと微笑んだ。
「貴方達は、」彼らに、「旅人ですね」
 異世界の、住人に。
 それの形は人である、けして我等と変わらない。
 だけどそれはずれている、けして我等と同じで無く。
 さもなければ、
 泣かないだろう。
「……駄目、だよ」
 泣いているのだ。
「泣いちゃ、駄目だよ」
 みあおが、心優しい青い天使が、泣いていても、泣いているのだ。
 泣かないだろう。
 我等にとって忌むべき樹が燃える事に。
 ―――、
 種なる子が、死んだ事に。

 その流れは、
 異世界の物であっても、
 等しく、感じられた。

 だから、みその、
 幸せを運ぶ青い鳥の為にも、「忘れる事すら、出来なかった空間」
 静かに、静かに指し示す。「約束の大地と、貴方達は呼ぶ」
 種子が眠り、そして目覚める寝床。「ここよりちょっとだけ、優れた世界」
 少しだけ。「貴方達に」良い場所。
 みそのが空を仰げば。

 一瞬である。
 みあおの翼が覚醒して、
 その翼から欠片である羽根が零れ、
 旅人達の手元に、それぞれの種子に付き、

 誘いの風が吹いたのは。
 その風に彼らが乗っていったのは。
 夜の果樹園、月の光に煌く羽根を、負った子供が、吹雪のように、
 舞い、踊り、そして、
 新しい場所へと、
 向かっていったのは。

 ……そして全てが過ぎ去るのは。
 みそのが妹とその友達を、焼けなかった大地に寝かせながら、溜息を吐いたのは。
 ―――、
 みあおが、いっぱいの笑顔を浮かべたのは、
 ふうよるどうという風が止み、新しい風が生まれた時である。