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狂いし王の遺言 ＝転＝
■セレスティ・カーニンガム編【オープニング】
「――草間さん……新聞と一緒にこんなのが入ってましたよ？」
玄関に新聞を取りに行った零が、そんなことを言いながら戻ってきたのは、奇里が訪れた次の日の朝だった。
「何だ？ ――ちらしか？」
武彦は零からそれを受け取ると、ためらいなく開いてみる。
┏━━━━━━━━┓
┃□□□□□□□□┃
┃□□□も屋□□□┃
┃□□□□□□□□┃
┗━━━━━━━━┛
「”も屋”？ 何だこれは……」
白い紙に、たったそれだけが書かれていた。
そこへけたたましい電話のベルがなる。
――リリリリリリ……
いまだ黒電話なだけあって、音量調節ができないのだった。
「はいはいっ、何なんだこんな朝っぱらから」
武彦はそう文句を呟いてから受話器を取る。
『――草間さんですか?!』
名乗る前に訊いてきた声は、昨日聞いたばかりの――奇里のものだ。
「そうですが……」
『また人が亡くなりました！ 今度は白鳥さんですっ』
「な……っ」
『それも一昨日とまったく同じ場所で――!!』
■追加情報【『鑑賞城』に関わる人々】
■三清・ルート(さんきょう・るーと)……元当主。享年80歳。投資家。10年前に死亡。
■三清・鳥栖(さんきょう・とりす)……現当主。56歳。人気書評家。２日前に死亡。
■三清・石生(さんきょう・いそ)……鳥栖の妻。53歳。主婦。
■三清・白鳥(さんきょう・しらとり)……長女。25歳。ＯＬ。今朝死体が発見された。
■三清・強久(さんきょう・じいく)……長男。24歳。無職。
■三清・絵瑠咲(さんきょう・えるざ)……次女。22歳。大学生。
■三清・自由都(さんきょう・ふりーと)……次男。20歳。大学生。
■(三清・)奇里(さんきょう・きり)……年齢不詳。全盲のあんま師。ルートの養子。
■影山・中世(かげやま・ちゅうせい)……60歳。家政夫。もとはルートに仕えていた。
■松浦・洋(まつうら・よう)……26歳。庭師。住み込みアルバイターの女性。
■水守・未散(みずもり・みちる)……56歳。フリーライター。鳥栖の友人。外見は20代。
■集められた情報【草間興信所内：応接コーナー】
昨日のメンバーは、既にそろっている。それでも誰も口を開かないのは――開けないのは、あまりにも予想外な出来事が起こってしまったからだろう。
「――やはり奇里さんは夕方にならないと来れそうにないらしい」
受話器を置いた草間さんが口を開くと、やっと時間が流れ始めた。
「仕方ないわよね。こんなことが続けて起きたら、警察だってさすがに疑うだろうし……」
いつものように草間さんの隣に控えている、シュライン・エマさんが応える。
すると草間さんは、どこかいい憎そうに間を置いた後。
「確かに警察は疑っているようだ。――ただし、鳥栖氏の事件が事故で、今回の白鳥さんの事件はそれを模倣した殺人だと」
「！」
「えー、ちょっと待ってよ。どうしてどっちも殺人だって疑わないの？」
私の気持ちを代弁するように声をあげたのは、瀬川・蓮(せがわ・れん)くんだ。そしてその続きを、私は既に考えていた。
「おそらく――」
皆の視線が私に移動する気配。
「”事故ではない”という証拠がまったく出ないからではないでしょうか？ 逆に今回の死はタイミング的に見ても明らかに不自然なんです。そんな１日２日前に人が亡くなっている階段で、気をつけないなどということはまずないでしょう？」
（極たまにしか）
部屋から出ることがないのならなおさら。
すると頷きながらも、蓮くんの向かいに座っている海原・みなも(うなばら・みなも)さんが口を開いた。
「タイミングで言うなら、やっぱり鳥栖さんも不自然なんですよ」
その言葉だけでは、まだわからない。
「海原？ 何か知ってるのか？」
草間さんが促すと、みなもさんは小さく頷いて。
「昨日鑑賞城から戻った後、図書館で調べてみたんです。三清・鳥栖さんが亡くなった２日前は――三清・ルートさんが死んでからちょうど10年目の日だったんですよ」
「?!」
思わず息を呑んだ。
（タイミングは）
完璧に計られていたのか。
さらにみなもさんの情報は続く。
「しかもルートさんの死因……今回とまったく同じ階段からの転落死なんです」
（繋がりはない）
そんなことは、あり得ない。
この事件はそこまで来てしまったのだ。
「それは、事故として片付けられたのか？」
草間さんの問いに、再びみなもさんは頷いた。
（――ならば、どうして）
どうして奇里さんは、そのことを隠していたのだろう。奇里さんが草間興信所を訪れたきっかけは、おそらくみなもさんの言うとおりタイミングの問題であったはずだ。先にそのことを知れていたら、私たちも違った角度から捜査できたかもしれないのに。
（今日の死を）
防げたかもしれないのに……？
「ねぇ……それってさ、ルートサンの事件が本当は殺人で、その殺人者を告発するために誰かが見立て殺人をしてる――なんてことは考えられる？」
（！）
そんな蓮くんの言葉に、私は愕然とした。
（そうだ……）
それもありうる。
前者が奇里さんならば、奇里さんは告発されないために犯人を見つけなければならない。しかし逆に過去の事件を探られるのは困るから、言わなかったと考えられる。
逆に後者が奇里さんだったら――昨日本人も言っていたとおり、おかしなことになる。私たちに調査を依頼する理由がないからだ。
（奇里さんの言葉を疑わないわけではないが……）
嫌になるほど、筋はとおっていた。
草間さんは煙草を掴もうとしていた手をとめると。
「ありえそうで嫌な話だな。――それにしても瀬川、”見立て殺人”なんてよく知ってるな」
「へへ。”パパ”がミステリ好きでね〜」
「なるほど」
たまにこちらが驚くほど賢い発言をするのも、その”パパ”のおかげなのだろうか。
みなもさんの情報は、まだ終わらない。
「――あのお城は、ルートさんが援助をしたおかげで成功した人々が、ルートさんに感謝をこめて贈った資金によって造られたものだそうです。ルートさんは他の三清の方々と違って、大の干渉好きだったみたいですよ」
少し意外な感じがしたが、子供であった奇里さんを引きとっている事実を考えれば頷ける。
他の皆も思い当たるふしがあるようで。
「え……ああでも、確かに皆ルート氏を尊敬しているような口振りだったわね。あの人たちみたいに干渉嫌いだったら、あんなふうには思われないはずだわ」
「あの人たち」の所に呆れたような響きを含んで、シュラインさんが告げた。
みなもさんの情報はどうやらこれで終わりのようだった。それを悟った私は、早く自分の持っている情報を伝えたいと思い、一つの提案をする。
「ではこのまま昨日の情報を発表し合いましょうか？ どうやら今日は、私たちがお城へ向かっても入れそうにありませんし」
皆が頷いてくれたのが、空気の揺れでわかった。
「だろうな。今日は明日に向けて情報を整理しておくのがいいだろう」
草間さんの賛成を得て、私は早速口を開く。
「私は昨日、奇里さんとちょっと話をしたんです。それで――奇里さんは戸籍上、三清家の一員ということを聞きました。ルート氏が養子にしたようで」
「！」
どうやら事前に影山さんから聞いていたという人はいないようだった。
私は続ける。
「奇里さんは幼い頃に捨てられて孤児院で育ったそうですが、そこをルート氏に拾われたのだと言っていました。……ただし、拾われる以前のことは何も憶えていないそうです」
「記憶喪失ってこと？」
やや重苦しさをまとった蓮くんに、私は頷いた。
「そして拾われる以前から――彼は視力を失くしています」
「…………え？」
一瞬、部屋の時間がとまった気がした。
（やはり）
誰も気づいていない。
彼は自然すぎるほど自然だったから。
「じゃあここに来た時も……？」
「そう、もちろん見えていませんでした。私が階段のところで言いかけたのは、実はそのことなんですよ」
「信じられん」と、草間さんが続ける。
「よくわかったねぇ」
半分呆れたような声で、蓮くんが告げた。からくりは簡単だったら、私は笑って。
「私も視力が弱いですからね。お互い気配を探り合っている気配でわかったんですよ」
「じゃあ私からは、戒那さんに貰った情報を」
シュラインさんはそう前置きした。戒那さんというのは、昨日たまたま鑑賞城で一緒になった羽柴・戒那(はしば・かいな)さんのことだ。
「戒那さんが例の南京錠をサイコメトリーしていたの。それによると、やっぱり他人がお城に入った形跡はないみたい」
（サイコメトリー……モノの記憶を読む能力か）
その力があるのなら、心理学者としても１ランク上なのだろう。
そしてそんな彼女でも、三清の人々には手を焼いている。
（けれど原因は、内側にしかないのだと）
彼女自身が証明した。
「やはりこの事件に、”他人”は関わっていない、か……」
草間さんは煙草を口に運ぶと、そう呟いた。
「瀬川は？ 何か情報はあるか？」
そしてまだそれを披露していない蓮くんに振ると、蓮くんの周りの空気がまた変わった。
「うん……実はボク、昨日絵瑠咲サンを見たんだ」
「え?!」
「どこで？」
みなもさんが身を乗り出す。
「庭に出てね、窓がホントにちゃんと全部閉まってるか、ペットに調べさせてたらさ。３階の窓際に女の人が立ってたの」
（ペットが何か）
という問題なんかよりも、もっと訊きたいことがあった。
「よく絵瑠咲さんだとわかりましたね」
同じ階には絵瑠咲さんの他に、白鳥さんも石生さんもいたはずだ。たとえ部屋の位置を聞いていたとしても、中から見るのと外から見るのではわけが違う。
すると蓮くんは。
「ああ……その時影山サンが一緒にいたから。――そういえば、影山サンが面白いこと言ってたよ。三清の人たちは干渉”される”のは嫌だけど、干渉”する”のは構わないんだって」
「！ そうだわ……じゃなかったら、食事を作ることも頼むはずないものね」
相変わらず、シュラインさんは納得が早い。
「それで、絵瑠咲さんは何か反応したんですか？」
みなもさんの問いに、金色が広がった。きっと下を向いたのだろう。
「見てたら、何か呟いて、部屋の奥へ戻っちゃったよ。それから部屋の前で待ってみたけど、出てこなかったんだ……」
「なんて言ってたかわかるか？」
草間さんの促しに、蓮くんはそれでも小さく頷いた。
「自分は永遠に”子供”だって……」
（それは――）
永遠に”責任”を、逃れられるということだろうか。部屋に閉じこもり、すべてから自分を鎖して。
（でもそれならば）
そんなふうに語りかけることもない？
「――また謎が増えたわね……」
シュラインさんの呟きは、私たち全員の本心だった。
■ルートを生みし者【セレスの屋敷：書斎】
「凄いですねぇ……」
屋敷の中に足を踏み入れると、辺りを見回したみなもさんがしみじみと告げた。私はそれがなんだかおかしくて。
「あのお城ほどでは、ありませんけれどね」
少し笑いながら応える。
（あの鑑賞城ほど）
酔狂ではない。
それに納得しかけたみなもさんはふと気づいたように。
「――比べる対象が間違ってませんか？」
「おや、いいことを言いますね」
長い廊下を歩きながら、２人して笑った。
昨日得た情報をまとめた後、私たちは二手に分かれることとなり、鑑賞城のことを調べようと思っていた私にみなもさんがついてきたのだった。
ちなみに他の２人は、入れなくても話だけ聞ければいいと、果敢にも城へと向かっている。
「こちらへどうぞ。本来ならば応接間へ通すべきですが、”調べる”にはこちらの方が向いていますから」
私はみなもさんを自分の書斎へと通した。
「凄い量の本！ これ全部読んだんですか？」
「普段はここで本を読んだりネットをしたりするだけの生活ですからね。自然と増えてしまったんですよ。――あ、今椅子を持ってこさせますね。それまであの椅子に座っていて下さい」
私がいつも腰かけている、机の前にある椅子を指差す。
「私はちょっと飲み物を取ってきます」
「え?!」
そのまま部屋を出て行こうとした私は、思わず苦笑した。みなもさんが驚いた理由を悟ったからだ。
「お客さんが来た時くらいは、自分でお出ししたいですからね」
（できることをやっておかないと）
そのうち身体が鈍って動かなくなるような気がして。足をうまく使えない私は、余計にそう思うのだった。
部屋を出ると、厨房へ向かいながら途中使用人の部屋へ寄って、書斎に椅子を１脚持っていくように頼んだ。厨房でグラスに冷たいお茶を注いでもらい、お盆に載せて来た道を戻る。
書斎に着くと、先ほど椅子を持っていくように頼んだ使用人が、何故か困り顔で立っていた。奥に目を向ける。
（おや）
みなもさんが机をじっと見つめている。使用人の存在には気づいていないようだった。
（もしかしたら）
出がけに聞かされた、”も屋”のことを考えているのかもしれない。
「――ずいぶんと考えこんでいるようですね」
「え？ あ……」
わざとはっきり聞こえるよう発音した。顔を上げたみなもさんは、やっと使用人の存在に気づく。
「あの、どうぞこちらの椅子におかけ下さい」
「あ、ありがとうございますっ。ごめんなさい、考えごとしてて……」
みなもさんは椅子から立ち上がると、やっと役目を終えた使用人から折り畳み式の椅子を受け取った。
「では、わたくしはこれで」
「ああ、ありがとう」
使用人は部屋を出て行き、空間は区切られる。
私はお盆を机の上に置くといつものように、車椅子から肘掛け椅子に座り替えた。
「長時間座る時は、やはり普通の椅子の方が楽なんでね」
どんなに高級な車椅子でも、やはり”椅子”の柔らかさには敵わない。
「我が財閥はリンスターといって、本拠地はアイルランドにあるんです。距離的にはドイツと近いでしょう？」
机上のノートパソコンを操作しながら、私はみなもさんに話を振った。みなもさんはちゃんとアイルランドの位置を知っていたようで。
「そうですね。……でも、近いと何かあるんですか？」
いい質問を返してくる。
（確かに）
オンライン上では、オフラインでの距離など関係ない。この中ですべてを知ろうとするならば。しかし私が今欲しいのは、情報よりも繋がりだ。
（嘘でもいい）
リアルなきっかけが、欲しいのだ。
「それだけ調べやすいということです、色々な意味でね。――さて、今調べようとしているのはあのお城の設計者ですよね。その人と繋がりがあるのは、おそらくルート氏だけのはずですから、私はドイツからルート氏を追ってみようと思っているんですよ」
「ドイツから？」
「遠回りをした方が”信頼”されますからね」
繋いだ糸を辿って、できるだけ近い場所で接触をはかる。それが信頼を得るためのコツなのだった。
私はまず手繰り寄せるための糸を、探し始める。
（ルート氏の痕跡）
一体どんな家柄で、どこにいたのか。オンライン上だけではなく、向こうにいる人たちにも手伝ってもらっている。
意外にもそれは、あっさりと掴むことができた。
（――！ ローゼンシュタインだって……?!）
キーを打つ手をとめる。
「――さすがにルート氏は、向こうでも有名人なようですね。正しくは、ルート氏ではなくルート氏の両親が、ですが」
「とてもお金持ちなんですよね？」
「お金持ちというか……ちょっと次元が違う感じです。ルート氏の母親、ｖｏｎだったんです」
（ここまでとは）
私も思っていなかった。
「――ふぉん？」
明らかにただオウム返したみなもさんに少し笑って。
「貴族のことですよ。脈々と受け継がれている王家の血筋――お城の１つや２つ、持っていて当たり前というレベルなんです」
「ひゃ〜〜」
だからこそあんな外見の城を造ることに、何のためらいもなかったのだろう。
「そんな家柄のお嬢さんが、当時ではまだ珍しい国際結婚ですから、それはそれはもめたのでしょう。有名人、というのはそういう意味です」
「なるほどー。じゃあルートさんが日本にやってきたのはどうしてなんですか？」
みなもさんの問いに、私は情報の先を読みすすめる。――少し、辛いことが書いてあった。
「ルート氏が３歳の時に、母親が死んだようです。それでルート氏の父親はルート氏を連れて日本へと戻った……実はルート氏の父親も、良家の――しかも一人息子だったんですよ」
「え……じゃあ」
「そう。お相手が亡くなったのをいいことに、”連れ戻された”のが正解です。それからルート氏がドイツへ戻ることはなかったようですから、ずっと日本にいたのでしょう」
「…………」
血筋を絶やさないことは、そんなにも大事なことなのだろうか。同じ血でなければ、同じモノを守り通せないのだろうか。
（既に700年以上生きている）
私にとっては。
それはとても滑稽なことのように思えた。
（！）
不意にメールの着信ランプが点灯する。疑うまでもなく、それは新しい情報のメールだった。
「――お、どうやら目的のものに、たどり着いたようですよ」
「え、もう?!」
返信を打ちながら。
「向こうでは何人もの方に動いていただいてますからね」
■鑑賞城を造りし者【セレスの屋敷：応接間】
「すみませんね、わざわざご足労いただいて」
「いやいや、構わんよ。事件のことはわしも知っている。こっちにまで警察が来てうるさかったんじゃ。こちらこそ、避難場所を提供してくれて助かるよ」
男性はそう言って笑うと、みなもさんの向かいのソファに腰かけた。
鑑賞城の設計者であるこの男性に約束を取り付けた私たちは、応接間へと移動して待っていたのだった。
「私がセレスティ・カーニンガムです。こちらは一緒に捜査をしている海原・みなもさん」
一緒に紹介すると、みなもさんは小さく頭を下げた。
男性はそれに応えるよう口を開く。
「わしは一級建築士の東・寅之進(あずま・とらのしん)じゃ。もうとっくに引退しちまってるがな」
そう笑ってから。
「お主の所、ローゼンシュタインと繋がりがあったと聞いておるが？」
鋭い視線を感じて、私はそれを和らげるように用意していたセリフを吐く。
「ええ、アイルランドに本拠地を置く財閥で、リンスターというんです。大公家の皆さんとはよくお付き合いさせていただいておりました」
もちろんすべて嘘だ。だが名門貴族にあたるローゼンシュタインならば、どこぞの財閥と繋がりがあってもおかしくはない。
（それに――）
東さんがそれほどドイツでのルート氏の家族のことに、詳しいとは思えなかった。
「ふむ……」
案の定納得したように唸る。チャンスとばかりに、今度は私が質問を投げた。
「東さんは、ルート氏とどんな関係だったんですか？」
「ああ……わしの親父が三清の所の親父と仲が良くてな。それで単に昔から知り合いだったというだけの話なんじゃが」
「鑑賞城を設計したのは、ルートさんに頼まれて？」
みなもさんが挟んだ言葉に、東さんは頷いた。
「頼まれたというか、ルート自身が描いた設計図を渡されてな。構造上おかしい部分や危険な部分があったら書き換えてくれという話じゃった」
「ではあの階段は？」
間をおかず、私は核心に迫ろうとする。
「最初から描かれていたのじゃよ。サイズは多少違ったがの。ヤツがどうしても造りたいと言うから、せめてのぼりやすい階段に設計し直したんじゃ。君たちは知らぬかもしれんが、家庭内で起きる事故の半分は階段での転倒なんじゃ。そういうこともあって、階段には特に気を遣った」
わざとらしいくらい、あの階段の安全性をアピールした。
「あの階段に、”理由”はないということですか？」
同じことを感じたのか、みなもさんが問う。そしてそれを、肯定する頷き。
「大方気でも触れたとか、そんな所じゃないかね。10年前会った時には既に、ヤツらはどこか変じゃったよ。ルートには悪いがね」
「！」
それは意外な言葉だった。
「10年前に会っているんですか？ ……ルート氏の子供たちと」
自然と声が緊張してしまった。
逆に東さんは、私たちがそれを知らなかったことが意外だったようで。
「そうじゃよ？ 10年前に城の中身の改築を行ったんじゃ。今風に言えば”りふぉーむ”というヤツじゃな。――ああ、そうだ。言われていた設計図も持ってきたぞ」
東さんはどこからか(どこだ？)、筒状に丸めていた紙を取り出した。受け取ったみなもさんはそれを素早くテーブルの上に広げる。
（ずいぶん細かいな）
私は指の腹でインクを追って、図面の全体像を掴もうとした。
「リフォームって、どこを直したんですか？」
おそらく私がそれを終えるのを待つために、みなもさんは質問を振ってくれたのだろう。
「３階の６部屋に完全防音加工をし、さらにそれぞれの部屋に風呂とトイレをつけたんじゃ。鳥栖に頼まれてな」
「え?! それって最初からあったんじゃなかったんですか？」
新たな情報は、次々にもたらされる。
「まさか。普通個人の部屋には、そんなもの必要ないじゃろう？」
「確かに……」
アパートでもマンションでもないのだ、多くても１階に１つ、バスやトイレがあればいい。それに防音加工も、音楽を嗜んでいるという人以外には、あまり必要ではないだろう。
（……おや？）
私の指先が、情報との矛盾点を見つける。
「――待って下さい。先ほど３階の”６部屋”と言いましたよね？」
（矛盾？）
――いや、どちらかと言えば、疑問だ。
「どうして１室だけ、リフォームしなかったんですか？」
私が読み取った部屋の数は、３階に７部屋。
「え？」
私のその問いに、訊き返したのはみなもさんだった。私は昨日３階にあがっていないのでわからないが、何かあったのだろうか？
答える東さんの声は、やはり意外に満ちていた。
「そこはルートの部屋じゃよ。亡くなった人間の部屋を加工しても仕方あるまい？ 部屋が足りないわけではないしの」
■鎖された部屋【鑑賞城：ルートの部屋前】
翌日、私たちは４人で鑑賞城へと向かった。まず確かめたいのは白鳥さんの部屋よりも。
（隠された、ルート氏の部屋）
その中がどうなっているのか、気になるのだ。
城にはまだ多くの警察官が残っていたが、奇里さんの計らいで中に入れてもらえることになった。「邪魔をしないように」と、釘だけはしっかりとさされたが。
私たちは応接間にも寄らず、まっすぐに階段を目指す。階段のまっすぐ先を目指す。
（設計図で見たあの場所）
きっとこの下からでも、タペストリーは見えているのだろう。それがなければドアが。
今日は私も一緒にあがることにした。自分でちゃんとその事実を確かめたかったからだ。
車椅子から降りて、杖と手すりを使い懸命に足を動かす。残された車椅子を上まで運んでくれているのは影山さんだった。
動かしにくそうな足を踏ん張りながら、私は思ったことを口にする。
「確かに――私でものぼりやすいです。１段の高さと幅が、よく計算されているようで」
設計上のミスはないと、東さんは自信を持って告げていた。私は自分でこの階段を使用してみて初めて、その自信の理由を知ったのだ。
影山さん以外の全員が３階にたどり着くと、シュラインさんと蓮くんが両端に置いてある観葉植物をどけた。私とみなもさんは間へと進み、みなもさんがやけに大きなタペストリーを捲りあげる。その後ろから。
「！ 本当にあった……！」
丸いノブのドアが現れた。
私はゆっくりと手を伸ばし、触れる。至近距離でみなもさんと顔を見合わせて、頷いた。その手をゆっくりと回し――
「…………」
私は自分の意思ではなく、動きをとめた。
「？ どうしたんですか？」
ノブから手を放し、みなもさんの問いには答えず。車椅子を引きずりながらやっと上まであがってきた影山さんを振り返った。
「……ふぅ、１人で大丈夫だとは言ったが、思ったよりも重いな」
「影山さん。この部屋の鍵はありますか？」
ドアには鍵がかかっていたのだ。
「なんだ、お前たちもこの部屋を調べに来たのか」
「”も”って……？」
蓮くんが鋭く問うと、影山さんは。
「昨日あの……鳥栖の知人だという２人組みも、その部屋を調べていたぞ」
「あら、戒那さんたち？」
頷く影山さんに、私はもう一度問った。
「それで、鍵は何処にあるのですか？」
「鍵？ そのドアの鍵は内側からしかしめれんし開けられんが？」
「え……」
「なんだ？ 閉まってるのか?!」
それ以上反応できなかった私を押しのけて、影山さんがノブを握った。
――ガチャ ガチャ ガチャ
やはり回らない。
「そんな……!?」
珍しく酷くうろたえている影山さんに、冷静なシュラインさんの声が飛ぶ。
「どうにかして破れませんか？」
「――そうだな。斧を持ってこさせよう。身体でドアを破るのは危険だ」
その声に冷静さを取り戻して、影山さんは松浦さんの名を呼びながら階段を駆け下りていった。
影山さんが危険だと言ったのは、ドアと階段の距離が近いからだろう。下手をすれば体当たりした反動で落ちかねない。
影山さんが戻ってくるのを待つ間に、私は車椅子へと腰かけた。
「これってさ……この部屋の中に、人がいるってことなんだよね？」
ズバリ口にした蓮くんの言葉に、皆緊張を隠せない。
「そう、なりますよね」
みなもさんが発した声も、どこか乾いていた。
やがて１階からバタバタと足音が聞こえる。それは１つや２つではない。
「！ 戒那さんと水守さん……」
誰かが呼んだので、２人もやってきたのだと悟る。
「ルート氏の部屋に鍵がかかってるって?!」
さすがの戒那さんも相当驚いたようで、３階にたどり着くなりノブに手をかけた。
「……！ どうして……昨日は鍵なんて……」
「さがってくれ。これでドアを破る」
影山さんが前へ出ると、皆少しずつドアから離れた。タペストリーは邪魔なので取り払ってしまう。
影山さんは意を決したように、大きく斧を振り下ろした。その音につられるように、下から数人の警官も何事かと顔を出す。
何度か斧を振り下ろすと、ノブの脇に小さな穴ができた。影山さんは斧を誰か――顔ぶれからいくとおそらく松浦さん――に手渡すと、その穴から手を差し入れ、鍵を外そうと試みる。
――カチリ
簡単に、鍵の外れる音がした。
穴から手を抜いて、今度は外側からノブを握る。
「気をつけた方がいい。誰かがいるかもしれない」
戒那さんの忠告に、影山さんは無言で頷いた。
少し軋んだ音を立てて、ドアは開かれる。
■残されたもの【鑑賞城：ルートの部屋】
足を踏み入れたルート氏の部屋は、私たちが唯一見ることのできた”三清”の――鳥栖さんの部屋とはまったく異なっていた。
（ただ同じように）
誰もいなかったけれど。
「ルートさんが干渉嫌いじゃなかったって、部屋を見れば丸わかりですね」
みなもさんの発した言葉に、私は頷いて応える。
「応接用のソファとテーブル……それに来客を楽しませるための装飾品の数々。まるでどこかの社長室のようですね」
「……そっか、この部屋は防音加工されてないんだ。だからドアに簡単に穴開けられたんだねー」
キョロキョロと部屋を見回していた蓮くんが、そう納得した。
物珍しそうに部屋を眺める私たちとは対照的に、戒那さんと水守さんは、部屋の奥にある立派な机の上を眺めているようだ。先ほどから一歩も、動いていないように見える。
そんな２人の様子に、最初に気づいたのは影山さんだった。
「どうした？」
少し机に近づいて見ると、机の上に何かが置かれている輪郭はわかった。
戒那さんがゆっくりと唇を動かす。
「――昨日はこんな本、なかったんだ」
「?!」
（本、か）
水守さんがそれを手にとると、ぺらぺらとページをめくる音がした。そして何か白いものが、ひらりと落ちる。
「！」
まるでそこだけスローモーションのように、ゆっくりと、ゆっくりと。
その紙に何かが書いてあったのだろうか。
水守さんの手から、本が落ちる音がした。
「ど、どうして……?!」
水守さんが何に驚いているのか、私たちにはわからなかった。しかし戒那さんの気配は、水守さんと同じものだ。
そして影山さんに告げる。
「奇里くんを……呼んできていただけませんか？」
「何故だ？ その紙と関係があるのか？」
「”Ｈｏｒｔ(ホルト)が欲しければ Ｎｉｂｅｌｕｎｇｅｎ(ニーベルンゲン)を倒せ”――これはルート氏が亡くなった際に”三清”にのみ明かされた、ルート氏の遺言です」
「な……っ」
（ルート氏の遺言？）
しかし遺言にしては、意味がわからない。だからこそ奇里さんに訊いてみようと言うのだろう。
「しかも清城(きよしろ)弁護士の話によれば、遺言の公開は口頭でのみ行われた。よってこの紙を、誰かが持っているはずはないんだ」
「！ ということは、その紙は……」
合いの手を入れたのは私。戒那さんは多分、頷いたのだろう。
「昨日見たルート氏の筆跡と、まったく同じように見えるよ」
奇里さんは既に、沈んだ気配をまとっていた。来る途中に影山さんから話を聞いたのだろう。
「奇里ちゃん大丈夫？」
松浦さんの心配そうな声が聞こえた。
「奇里くん、これはルート氏の筆跡に間違いないね？」
戒那さんが先ほどの紙を渡した。返事に時間がかかっているのは――読み取るのに時間がかかっているのは、おそらく私と同じ方法を使っているからだろう。
「――間違いありません。そしてこの内容も……遺言のままです」
「！」
「影山くんは？」
少しの間を置いて、それでも答える。
「筆跡は、ルート様と酷似しているようだ」
「では奇里くんに訊こう。この遺言の意味は、一体なんなんだ？」
皆の視線が奇里さんに移った。奇里さんは既に、いつもの冷静さを失っていた。
「知りませんよ！ それを聞いた時、私だって困惑したほどです。知りたいならば他の三清に訊いて下さい！ 皆に三清であることを隠していた私は１人だけ別の日に聞きました。その遺言を聞いた時彼らがどんな反応をしたのか私は知らない。けれど自分の反応はよく知っている！ 清城さんに訊いてみればいいでしょう?!」
「落ち着け、奇里！」
影山さんが宥めるように声をかけた。
しかし戒那さんは、彼をさらに煽る。
「訊いたよ。キミは困惑したはずがない。何故ならそのフレーズを、既に知っていたはずだから」
「?!」
「説明されたのでは？ 事前にルート氏から」
「違う！ それはルート様の口癖だったのですっ。だから私たちは全員知っていた!!」
「それは嘘だ」
「な……っ」
冷たく遮った戒那さんの気配が、少し怖い。
「キミは知りませんでしたよね？ 影山くん」
（そうだ）
同じようにルート氏に仕えていたという影山さんは、そのフレーズを聞いた時何の反応も示さなかった。
「――ああ。私は聞いたことがない」
案の定影山さんは頷いた。
「ちょっと影やんっ」
「でも今は……それ以上の追及を許してくれないか。奇里を休ませたい」
しかし続けた言葉は、奇里さんを疑うものではなかった。
「影山さん……」
「お前も冷静になれ。私とお前では、最初から立場が違うのだから」
「――すみません」
そうして２人は、部屋を出て行った。
「いいの？ 戒那くん」
「仕方ないだろ。ああ言われて続けるわけにはいかない」
水守さんの言葉に、戒那さんはため息をつきながら返した。
「それに、逃げられるわけじゃないものね」
シュラインさんが付け足す。
（そう）
きっと逃げられない。
この城からも。ルート氏からも。
だからこそあの人たちは、皆ここに残っているのだ。
★
「――ところで、紙が挟まってたのは何の本なの？」
気まずい雰囲気を払拭するように問ったのは蓮くん。一度は床に落とした本をいつの間に拾ったのか、水守さんがタイトルを読み上げた。
「ええと……『狂王ルートヴィヒ』。ルートヴィヒ２世に関する本ですね」
すると。
「あら、あたしその本読みましたよ」
「えぇ?!」
驚いたことに、みなもさんがそんなことを口にした。
「一昨日図書館で借りたんです。今回のこと、ルートヴィヒ２世と関わりがあるから、何か役に立つかなーと思って」
「――で、役に立った？」
シュラインさんに問われて、みなもさんは困ったような気配をつくる。
「うーん……実際のところよくわからないんですけど、何故ルートさんがルートヴィヒ２世を好きになったのか、わかるような気がしました」
「へぇ。２人は似ていたの？」
問ったのは戒那さんだ。
「そうなんです！ ルートさんは小さい頃に母親を亡くしていて、日本人だった父親について日本に戻って来てからは、本当に窮屈な生活を送っていたようなんです。家はドイツ人と結婚し子供までもうけた父親を恥ずかしく思っていたし、ルートさんもその対象だった。でも子供はルートさんしかいず、後継ぎは自然ルートさんということになって……ルートさんは自由を封じられていながら様々な教育を受けることになったんです」
「そっか。王様の息子――王子なら、最初から自由なんてないし、無理やり教育もさせられるよね」
蓮くんが同情した声で告げた。
「そう。でもルートヴィヒ２世は、芸術と――ワーグナーと出会うことでそれを乗り越えていった。戦争を嫌い、それはもうやりすぎなくらい芸術の振興に力を注いだんです。国庫のお金を使い切ってしまうほど」
「――それっていい話なの？」
呆れたように口を挟んだのは、残って話を聞いていた松浦さんだ。
私も昨日あれから少しドイツのことについて調べていたので、口を挟むことにする。
「そうやって造った数々の城も劇場も、今ではドイツの観光産業を支える大きな目玉になっているんですよ。それらは現在のドイツに、莫大な収益をもたらしている」
「だからこそ今もなお、ドイツの人々に愛されているんです。ルートさんはきっと幼い頃の境遇を重ねて、自分もそんな存在になれたらと思ったんじゃないでしょうか」
みなもさんがそう終えた頃。
「――なんだ、まだここにいたのか」
不意にドアから影山さんが顔を出した。奇里さんをおいて１人で戻ってきたようだ。
「白鳥の部屋を見るなら見れるが……どうする？」
「もちろん見ますよ」
答えたのはシュラインさんだ。
そうしてぞろぞろと、ルートさんの部屋を出る。
「――あれ？ この鍵……」
ドアを通る時、蓮くんのそんな声があがった。
「ああ、だから中に人がいなくても鍵をかけれたんだ」
「？」
どうやら蓮くんは、誰もいない部屋にかけられていた鍵の謎を解いたらしい。
「きっとこれを押すと、ノブが回らなくなるんだよ。それでそのまま部屋の外に出てドアを閉めれば、さっきの状況になるよね？」
「それが正解だ、ボウ――蓮。以前は鍵などつけていなかったのだが、亡くなる直前にルート様の希望で私が取り付けた鍵だ。取り付けたと言ってもノブ自体を取り替えただけだがな」
■絶え間なく襲う謎【鑑賞城：白鳥の部屋】
白鳥さんの部屋の色は、鳥栖さんの部屋の色と酷似していた。つまりその部屋を構成している物がほとんど同じなのだ。
「やっぱりＳＯＨＯ系の本が多いわね」
本棚を眺めていたのだろう、シュラインさんが呟いた。
「こういう本って、全部ネット通販なんですか？」
みなもさんが訊ねると、影山さんは。
「まぁ大体はそうだが、たまに頼まれて私が買いに行くこともある」
「――そういえば」
白鳥さんのパソコンの方にいる水守さんが、思い出したように口を開いた。
「鳥栖さんのパソコンの中身って、警察が持っていったままでしたよね？ 何か残っていたんですか？」
問われて影山さんも、思い出したようだ。
「ああ……いや、中身はまっさらだったそうだ」
「まっさら？」
「私はパソコンに詳しくないのでな。よくわからないのだが、何も残っていなかったと。白鳥のパソコンも同様で、だからそれの中身はそのままだぞ」
「！」
言われて水守さんが、パソコンの電源を入れた音がした。「ブン」と、立ち上がる気配が揺れる。もどかしい数秒間が過ぎ、彼が目にしたものは――
「……ご丁寧に再セットアップされてる……」
つまりは何も、残っていないのだ。
（まさか奪われた？）
「目的は情報だったんでしょうか……」
思わず呟く。
次から次と、変わってゆく状況。
「鳥栖氏のパソコンも再セットアップされていたというわけか」
「でも……再セットアップって簡単に言うけど、あれって結構面倒な作業よね。もし情報を奪ったのだとしても、わざわざそんなことするかしら」
戒那さんにシュラインさんが続けた。確かに再セットアップは、時間がかかるし何かと面倒だ。
「……自殺をする人って、自分の身の周りを片付けたりしますよね……」
「！」
みなもさんの発言に、息を呑む。
（そう）
誰かがそれをしたと考えるよりも、自分でやったのだと考えた方がしっくりくる。
静寂が部屋を包んだ。――それを、戒那さんが破る。
「サイコメトリー、してみるか」
そうして手を、パソコンに翳した。
彼女の視界が消え、何かが彼女を包む。
やがて手を離した戒那さんは、長い息を１つ吐いた。
「――このパソコンに触ったのは、おそらく白鳥しかいないだろう」
「じゃあ！」
「だがこうも考えられる。２人のパソコンが同時期に厄介なウィルスに感染したため、再セットアップせざるを得なかった」
「あ……っ」
「なにやら慌てていた様子が見えたから、こちらの方が信憑性が高いように思う」
それはある意味、初めてもたらされた答えだった。
■絶対に解けない【鑑賞城：応接間】
応接間へ行くと、先ほどよりもずいぶんと落ち着いた感じの奇里さんが待っていた。
私たちを前に、もう一度同じ言葉をくり返す。
「私は――本当に知りません。あのフレーズがルート様の口癖であったということは本当なのです。おそらくルート様は、”三清”の前でだけそれを口にしていたのでしょう」
「だがそれは、口癖とは言わないだろう？ それがもし本当であるのなら、ルート氏はあえてそれを”聞かせている”ように思える。キミたちだけに」
戒那さんの言葉は、相変わらず揺るぎなかった。
「ですが――」
「その人の言ってることは本当よ」
「?!」
不意に聞いたことのない声が割りこむ。まるで影山さんが現れた時のように、皆の視線が動くのを感じた。私も声のする方へと、視線をよせる。
それは女性のものだった。
「わたしにはわかるもの。本当よ」
もう一度くり返す。
「絵瑠咲……?!」
名を呼んだのは影山さんだ。
（絵瑠咲さんがここへ？）
どうせならもっと近くへ……そう望むが、絵瑠咲さんはそこから動かなかった。声だけが届く。
「でもあなたたちには、絶対わからないわね」
クスクスと笑う。
「絶対に解けないわ」
そこからはとまらなかった。
「真実を知っても、絶対に解けない」
「この事件の犯人は、ルートヴィヒ２世よ」
「彼が殺している」
「おじい様も、お父様も、皆」
「皆同じなんだもの」
「同じ場所を目指しているから」
「誰も逆らえないのよ」
「――あ」
「喋らないで！」
声を発しようとしたシュラインさんを、蓮くんが言葉でとめた。
「問いかけちゃダメだよ。問われるのを待たなきゃ」
その言葉に、「干渉するのは構わない」と言っていたのを思い出す。
すると絵瑠咲さんは――多分にこりと笑った。
「ねぇ蓮くん。今度ゆっくりとお話をしましょう？ 明日――いえ、明後日がいいわ。また来てね？」
蓮くんの名前を知っていたのか、絵瑠咲さんがそんなことを告げた。蓮くんは頷き。
「わかったよ」
返事だけ返す。
「子供同士、話をしましょう」
子供とは思えない声で、蓮くんを誘う。
「ずっと子供でいたいと、願う者同士、ね」
そう言い残すと、絵瑠咲さんの気配が消えた。戸口から離れたのだろう。
「絵瑠咲さん！」
水守さんが部屋の外まで追っていく。けれどすぐに諦めて戻ってきた。
「自分の部屋に戻ったみたい」
「――蓮くんを誘うために来たのかしら」
シュラインさんの言葉に、蓮くんがピクリと震える。
（蓮くん……？）
蓮くんの気配が、なにかおかしい。しかし私以外はそれに気づかないようで。
「明後日、ね。何が起こるんだ？ ３日前に死んで昨日死んで、もし明日また人が死ぬなら……その後、ということになるが」
戒那さんの言葉に、影山さんがキッと顔を上げた。
「物騒なことを言わないでもらおう。今夜は警察も何人か残ることになっている」
「それなら安心ですね」
みなもさんが胸を撫で下ろしたように告げる。
その間にも、蓮くんは沈んだままだ。
「……蓮くん？ どうしたんですか？」
私が心配して声をかけると。
「――多分」
蓮くんはゆっくりと口を開く。
「あの人は……人の心が読めるよ」
■終【狂いし王の遺言 ＝転＝】
■登場人物【この物語に登場した人物の一覧：先着順】
番号｜ＰＣ名 ｜属｜年齢
職業｜
1252｜海原・みなも ｜女｜13
｜中学生
1883｜セレスティ・カーニンガム｜男｜725
｜財閥総帥・占い師・水霊使い
1790｜瀬川・蓮 ｜男｜13
｜ストリートキッド(デビルサモナー)
0086｜シュライン・エマ ｜女｜26
｜翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト
0121｜羽柴・戒那 ｜女｜35
｜大学助教授
※ＮＰＣ：水守・未散（フリーライター。実は超絶若作り(？)の56歳）
■ライター通信【伊塚和水より】
この度は≪狂いし王の遺言 ＝転＝≫へのご参加ありがとうございました。
やっとこさ無事に２日目・３日目の捜査を終えることができました。重ねて、ありがとうございます＾＾
今回の調査でそれぞれのＰＣ様が入手した情報は、各ノベルを見ていただくか、次回オープニングで確認することができます。物語をより深く楽しんでいただけると思いますので、よろしければご覧下さいませ。
さてセレスティ・カーニンガム様。オススメに沿ったプレイング(笑)、本当にありがとうございました。おかげさまで今回いちばんよく反映できたのではないかと思います。権力も遺憾なく発揮させていただきましたしね(笑)。
それでは、またお会いできることを願って……。
伊塚和水 拝
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