コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


狂いし王の遺言 =転=

■瀬川・蓮編【オープニング】

「――草間さん……新聞と一緒にこんなのが入ってましたよ?」
 玄関に新聞を取りに行った零が、そんなことを言いながら戻ってきたのは、奇里が訪れた次の日の朝だった。
「何だ? ――ちらしか?」
 武彦は零からそれを受け取ると、ためらいなく開いてみる。
   ┏━━━━━━━━┓
   ┃□□□□□□□□┃
   ┃□□□も屋□□□┃
   ┃□□□□□□□□┃
   ┗━━━━━━━━┛
「”も屋”? 何だこれは……」
 白い紙に、たったそれだけが書かれていた。
 そこへけたたましい電話のベルがなる。
  ――リリリリリリ……
 いまだ黒電話なだけあって、音量調節ができないのだった。
「はいはいっ、何なんだこんな朝っぱらから」
 武彦はそう文句を呟いてから受話器を取る。
『――草間さんですか?!』
 名乗る前に訊いてきた声は、昨日聞いたばかりの――奇里のものだ。
「そうですが……」
『また人が亡くなりました! 今度は白鳥さんですっ』
「な……っ」
『それも一昨日とまったく同じ場所で――!!』



■追加情報【『鑑賞城』に関わる人々】

■三清・ルート(さんきょう・るーと)……元当主。享年80歳。投資家。10年前に死亡。
■三清・鳥栖(さんきょう・とりす)……現当主。56歳。人気書評家。2日前に死亡。
■三清・石生(さんきょう・いそ)……鳥栖の妻。53歳。主婦。
■三清・白鳥(さんきょう・しらとり)……長女。25歳。OL。今朝死体が発見された。
■三清・強久(さんきょう・じいく)……長男。24歳。無職。
■三清・絵瑠咲(さんきょう・えるざ)……次女。22歳。大学生。
■三清・自由都(さんきょう・ふりーと)……次男。20歳。大学生。
■(三清・)奇里(さんきょう・きり)……年齢不詳。全盲のあんま師。ルートの養子。
■影山・中世(かげやま・ちゅうせい)……60歳。家政夫。もとはルートに仕えていた。
■松浦・洋(まつうら・よう)……26歳。庭師。住み込みアルバイターの女性。
■水守・未散(みずもり・みちる)……56歳。フリーライター。鳥栖の友人。外見は20代。



■集められた情報【草間興信所内:応接コーナー】

 昨日のメンバーは、既にそろっている。それでも誰も口を開かないのは――開けないのは、あまりにも予想外な出来事が起こってしまったからだろう。
「――やはり奇里さんは夕方にならないと来れそうにないらしい」
 受話器を置いた草間サンが口を開くと、やっと時間が流れ始めた。
「仕方ないわよね。こんなことが続けて起きたら、警察だってさすがに疑うだろうし……」
 いつものように、草間サンの傍に控えたシュライン・エマサンが応える。すると草間サンは渋い顔をして頷いた後。
「確かに警察は疑っているようだ。――ただし、鳥栖氏の事件が事故で、今回の白鳥さんの事件はそれを模倣した殺人だと」
「!」
 それは少し意外だった。
「えー、ちょっと待ってよ。どうしてどっちも殺人だって疑わないの?」
(怪しいのはどっちも同じじゃないか)
 昨日と同じ場所に腰かけている、ボクは声をあげた。
「おそらく――」
 喋りだしたセレスティ・カーニンガムサンの方へ、視点が移った。
「”事故ではない”という証拠がまったく出ないからではないでしょうか? 逆に今回の死はタイミング的に見ても明らかに不自然なんです。そんな1日2日前に人が亡くなっている階段で、気をつけないなどということはまずないでしょう?」
(それはそーだ)
 事故は同じ悲劇を繰り返さないために起こるものだから。
 しかしその発言に、納得しない声があがる。
「タイミングで言うなら、やっぱり鳥栖さんも不自然なんですよ」
 発したのは、ボクの向かいに座っている海原・みなも(うなばら・みなも)クンだ。
「海原? 何か知ってるのか?」
 草間サンに促されて、みなもクンはおそらく昨日調べてきたのだろうことを披露した。
「昨日鑑賞城から戻った後、図書館で調べてみたんです。三清・鳥栖さんが亡くなった2日前は――三清・ルートさんが死んでからちょうど10年目の日だったんですよ」
「?!」
(10年前に亡くなったんだって)
 奇里サンも言っていたけど、それが本当にぴったり10年前だったなんて、誰が想像しただろう。
「しかもルートさんの死因……今回とまったく同じ階段からの転落死なんです」
(確実に)
 この2つの事件は、繋がりがあるんだ。
「それは、事故として片付けられたのか?」
 草間サンの問いに、みなもクンは頷いた。
(事故として、片付けられた事件)
 そして今回、まったく同じように片付けられようとしたのを、とめたのは奇里サンだ。
(以前何も言えなかったことを後悔して?)
 ――いや、多分それでは”つまらない”。大人ならきっと。
「ねぇ……それってさ、ルートサンの事件が本当は殺人で、その殺人者を告発するために誰かが見立て殺人をしてる――なんてことは考えられる?」
 それくらいのことは考えるだろうと、口にした。
 草間サンは煙草を掴もうとしていた手をとめると。
「ありえそうで嫌な話だな。――それにしても瀬川、”見立て殺人”なんてよく知ってるな」
「へへ。”パパ”がミステリ好きでね〜」
 だからボクは、そういう仮想が多々あることを知っている。そして現実は、それよりももっと酷いものだということも。
「なるほど」
 草間サンは小さく笑った。
「――あのお城は、ルートさんが援助をしたおかげで成功した人々が、ルートさんに感謝をこめて贈った資金によって造られたものだそうです。ルートさんは他の三清の方々と違って、大の干渉好きだったみたいですよ」
 みなもクンの情報はまだ続く。
「え……ああでも、確かに皆ルート氏を尊敬しているような口振りだったわね。あの人たちみたいに干渉嫌いだったら、あんなふうには思われないはずだわ」
 「あの人たち」の所に呆れたような響きを含んで、シュラインサンが告げた。
「ではこのまま昨日の情報を発表し合いましょうか? どうやら今日は、私たちがお城へ向かっても入れそうにありませんし」
 セレスサンの促しに、皆が頷く。
「だろうな。今日は明日に向けて情報を整理しておくのがいいだろう」
 草間サンの賛同を得て、まずは言い出したセレスサンが口を開いた。
「私は昨日、奇里さんとちょっと話をしたんです。それで――奇里さんは戸籍上、三清家の一員ということを聞きました。ルート氏が養子にしたようで」
「!」
 ボクは不意に、昨日の影山サンの言葉を思い出した。
『”信頼”ではないのだろうな。どちらかといえば意地に近い』
『”認めるわけにはいかない”のさ。だから意地だ』
 それは奇里サンも、三清であるから?
 そう考えれば、少しは説明もつく。
 セレスサンは続けた。
「奇里さんは幼い頃に捨てられて孤児院で育ったそうですが、そこをルート氏に拾われたのだと言っていました。……ただし、拾われる以前のことは何も憶えていないそうです」
(それって……)
「記憶喪失ってこと?」
 誰かがまだ子供だった奇里サンを、記憶喪失にしたのか。それともそうならなければ生きていられないほど。
(辛いことが)
 彼の身に起きたのだろうか。
 どちらでも痛い気がした。
 ただボクは今、大人になった奇里サンを見ているから、平気でいられる。
 セレスサンは頷き、さらに衝撃的なことを口にした。
「そして拾われる以前から――彼は視力を失くしています」
「…………え?」
 奇里サンに訪れていたのは、もう1つあったのだ。
「じゃあここに来た時も……?」
「そう、もちろん見えていませんでした。私が階段のところで言いかけたのは、実はそのことなんですよ」
 「信じられん」と、草間サンが続ける。
(ボクだって)
 信じられない。
 だって奇里サンは、まったく普通に動いていた。見えていない仕草など何一つなかったんだ。
「よくわかったねぇ」
 ボクが半分呆れて告げると、セレスサンは笑って。
「私も視力が弱いですからね。お互い気配を探り合っている気配でわかったんですよ」



「じゃあ私からは、戒那さんに貰った情報を」
 シュラインサンはそう前置きした。戒那サンというのは、昨日たまたま鑑賞城で一緒になった羽柴・戒那(はしば・かいな)サンのことだ。
「戒那さんが例の南京錠をサイコメトリーしていたの。それによると、やっぱり他人がお城に入った形跡はないみたい」
(サイコメトリー?)
 それは確か、モノの記憶を読む能力だったはずだ。
(そっか……)
 だからわかるんだ。南京錠の記憶を読めば、誰が触れたのか触れていないのか。
(原因は内側にしかない)
 それが確定されたことに、皆が唸る。
「やはりこの事件に、”他人”は関わっていない、か……」
 草間サンは煙草を口に運ぶと、そう呟いた。
「瀬川は? 何か情報はあるか?」
 そして不意にボクに振ってくる。まだ情報を明かしていないのはボクだけだからだ。
 ボクはどこまで話そうか少し考えてから。
「うん……実はボク、昨日絵瑠咲サンを見たんだ」
「え?!」
「どこで?」
 みなもクンがテーブルに身体を乗り出し、ボクに近づいた。
「庭に出てね、窓がホントにちゃんと全部閉まってるか、ペットに調べさせてたらさ。3階の窓際に女の人が立ってたの」
「よく絵瑠咲さんだとわかりましたね」
 訊いたのはセレスサン。
(そう)
 ボクだって1人だったら、あれが誰だかわからなかっただろう。
「ああ……その時影山サンが一緒にいたから。――そういえば、影山サンが面白いこと言ってたよ。三清の人たちは干渉”される”のは嫌だけど、干渉”する”のは構わないんだって」
 そしてボクは悟った。
(あの人たちとの付き合い方)
 結局ボクたちは、待ってるしかない。
「! そうだわ……じゃなかったら、食事を作ることも頼むはずないものね」
 シュラインサンが影山サンの言葉どおりの納得をした。
「それで、絵瑠咲さんは何か反応したんですか?」
 問いかけたみなもクンに、ボクは思わず顔を伏せる。
「見てたら、何か呟いて、部屋の奥へ戻っちゃったよ。それから部屋の前で待ってみたけど、出てこなかったんだ……」
(会えなかった)
 それが酷く哀しかった。
「なんて言ってたかわかるか?」
 草間サンの促しに、それでも小さく頷く。
「自分は永遠に”子供”だって……」
 その言葉を意味を、ボクはまだ理解していない。でも彼女がまだ”子供”だと言うならば。
(ボクは子供の王様だもの)
 きっと友達になれる。
 そう、思っていた。
(だから絶対に、もう一度会いたい)
 会ってあの言葉の意味を――
「――また謎が増えたわね……」
 呟いたシュラインサンに、頷いた。



■問答応酬【鑑賞城:城門前】

「――! シュラインさん、蓮くん」
 玄関から飛び出してきた奇里サンは、城門前に立っているボクたちにすぐ気づいた。玄関脇に立っている警官に軽く頭を下げてから、こちらに走ってくる。
「すみません、遅くなって」
「いえ、こちらこそ、無理にお邪魔してすみません。どうしても話を訊いておきたいことがあったものですから」
 シュラインサンがそう応える。
 そう、ボクとシュラインサンは話を聞くためだけに、鑑賞城へとやってきた。他の2人は今頃、この城について外側から調べているだろう。
 奇里サンは曖昧に頷いて。
「これがありますから、やはり中に入れることはできませんが……」
 と、城門を塞いでいる「KEEP OUT」と書かれたテープに目をやった。
「いーよいーよ。ボクらホントに話聞きに来ただけだから」
 ボクがわざと明るく告げると、奇里サンは安心したように微笑んだ。
(やっぱり信じられないなぁ)
 奇里サンは本当に目が見えないのだろうか。
「奇里さん、これに憶えはありませんか?」
 それを確かめるように、シュラインサンが出掛けに草間サンからもらったチラシを差し出した。
「? 紙……ですよね。この紙が何か?」
 目の見えない奇里サンにはただの紙でしかない。ボロは出さなかった。
「なんかねー、”も屋”って書いてあるの。”も”は平仮名で、”屋”は部屋の屋」
 ボクが説明をすると、首を傾げる。
「も屋、ですか……初めて聞きましたが。どうしたのですか、これ」
「今朝、草間さんの所に新聞と一緒に届けられたの。だから多分――チラシよ」
「…………」
 奇里サンは不審の顔をつくる。
 草間サンも不審がっていた。タイミングを考えれば、この事件に関係があるとしか思えないから。
「――憶えがありません」
 奇里サンは否定の言葉を、くり返した。
「そうですか……では他の質問を」
「手短にお願いしますね。警察官がこちらを睨んでいますよ」
(! 本当に……見えていないの?)
 気配でわかるのだとセレスサンは言っていたけれど……そんなに敏感になれるものだろうか。
(まるでボクらを牽制するような言葉)
 確かに玄関先に立っている警察官は、不審そうにこちらを見つめていた。
 緊張した面持ちで、シュラインサンは応える。
「――わかりました」



「気になっていたんですけど、三清の皆さんが部屋からほとんど出ないと言うならば、書評家の鳥栖氏と無職の強久さんはともかく、石生さんや絵瑠咲さん、自由都さん、そして亡くなった白鳥さんは、一体どうやってそれぞれの肩書きをこなしていたんですか?」
「たしか、石生サンは主婦、絵瑠咲サンと自由都サンは大学生、白鳥サンはOLという話だったよね」
 シュラインサンの質問を、ボクがさらに明確にした。
 奇里サンは軽く頷いて。
「石生さんに関しては、何もしていないというのが正解です。影山さんがいることですしね」
 確かに石生サンのやるべきことは影山サンがやるべきことと一緒だ。影山サンを雇っている以上石生サンは何もしなくても済む。
「大学生の2人は、どちらも放送大学なのですよ。テレビとラジオを使って”番組”として授業を受けるのです。ですから部屋を出る必要がありません」
「へぇ〜そんな大学もあるんだぁ」
 素直に驚いた。大学って行ったら、絶対通わなきゃならないと思っていたのに。
 奇里サンは答えを続ける。
「白鳥さんはSOHOです。つまり自分の部屋がオフィスと呼べるわけですから」
「オフィス・レディ(OL)というわけね」
 続けたシュラインサンの言葉に頷いた。
(ボクの”パパ”や”ママ”にも)
 SOHOで稼いでいる人はいるけれど、目的が初めから全然違うのだ。
「なんか変な方向に頑張りすぎ」
 ボクが呆れて告げると、奇里サンが笑う。
「本当に、そうですよね」
「――あれぇ? こんな所で何やってンの、奇里ちゃん」
 不意に玄関から、派手な容姿の女性が出てきた。これまで見たことがなかった女性だ。
「ああ、松浦さん。いい所に来ましたね」
(――えっ)
「松浦さんって、女性だったんですか?」
 驚いたシュラインサンに続ける。
「ボクもてっきり男だと思ってた……」
「あらー失礼しちゃうわ! この世の中にこんな美貌を持った男がいるっていうの?」
 本気で怒っているわけではなく、松浦サンはおどけるように告げながらこちらへ向かってくる。
「そういえば、彼女のことは”庭師”としか言ってませんでしたからね。あまり女性を想像する方はいないでしょう」
「奇里ちゃんまでそんなこと言うー」
「あなたもいい加減慣れたらいかがですか」
「そんなこと言って、あたしの反応楽しんでるくせに」
「楽しいですからね」
「もう!」
 意外にも、2人はずいぶんと仲がいいようだった。
「――で、何やってるワケ? あんたたち何者?」
 松浦サンはボクとシュラインサンを交互に見つめる。
「私が調査を頼んだ興信所の、調査員の方々ですよ。今日はお話を聞きに来たんです」
「おおっ、ドラマっぽい! あたしにもなんか訊いて訊いて」
「はぁ……」
 シュラインサンは完全に、彼女の激しいノリにおされていた。それでもチャンスとばかりに口を開く。
「松浦さんは住み込みのアルバイターなんですよね?」
「ええ、そうよ。6年前からここで働いてるわ」
(6年前?)
 ずいぶん中途半端だなぁ。
「どうしてこんなトコで働く気になったの?」
 ボクが心底不思議に思って問うと、松浦サンは笑って。
「あはは、確かに”こんなトコ”よねぇ。あたしその頃アルバイトしながら仕事探しててさ。ウチが花屋なもんだからソッチ系の学校卒業してて。でもウチの花屋継ぐのもなんか癪でさー。それで次のバイト先を探しにハローワーク行ったらここ募集しててね。日給いいし住み込みだし家出るにはちょうどいいやって思って。奇里ちゃんと影やん以外のミナサンはホント最悪だけど、こっちが構わなければいいんだしって開き直ったら、意外といい職場だったのよ(笑)。それで6年も続いてるワケ」
 ずいぶんと長いセリフで答えた。
(聞くだけでちょっと疲れるかも……)
 それをさらに、奇里サンが補強する。
「もともと庭の手入れは、ルート様がやっていたんです。それで亡くなったのをきっかけに、鳥栖さんに言われて影山さんが募集を出していたんですが、来る人来る人ほとんど続かなくて……唯一松浦さんだけ、こんなに長いこと続いているんですよ」
 ボクは大きく頷く。
「ナルホド。この性格が幸い――いや、災いしたんだね」
「おー、うまいこと言うね! お子」
「わぁ、やめてよっ」
 松浦サンがボクの頭をグリグリに撫でたので、髪の毛がぐちゃぐちゃになってしまった。
(まったくぅー)

     ★

「ねぇねぇ、アリバイとか訊かないワケ?」
「――訊いて欲しいんですか?」
「だから訊いてるの!」
 つくづく変わった人だと、ボクとシュラインサンは顔を見合わせた。シュラインサンは2人に気づかれぬよう小さく息を吐くと。
「じゃあ、一昨日と今日の午前7時から8時頃、あなたは何をしていましたか?」
 それは2人の死亡推定時刻だった。
 訊かれた松浦サンは嬉しそうに目を輝かせて。
「わあ、それっぽいじゃないv 女の捜査官ってのもいいわね」
「――あの」
「ああ、ごめんなさい。ええと……その時間ならまだ寝てたわね。寝不足はビヨーとケンコーの敵だもの」
「…………」
 シュラインサンが露骨に無言を返したので。
「何か物音を聞いたりとかはー?」
 ボクが間を繋いだ。
(気持ちはすごーくわかるんだけどね……)
「自分の寝言なら聞いたかもしれないわねぇ」
「…………」
 撃沈。
「――ああ、そういえば、部屋は完全防音なんだっけ?」
 ふと思い出して訊ねる。
(だとしたら)
 聞こえないのは当たり前だからだ。
 しかし奇里サンは首を振った。
「いいえ、それは3階の部屋だけですから。3階の部屋だけ、ルート様が亡くなったおりに鳥栖さんがそう加工させたんですよ。……おそらく、閉じこもるために」
「!」
 それは意外な真実だった。
(初めから……じゃなかったんだ)
 ルートサンはこうなることを、予想していたわけではない。
(3階だけ、造り替えられていた)
 誰も干渉しないように。されないように。
(でも――)
 それなら干渉嫌いのきっかけは、やっぱりルートサンの死でしかあり得ないんだ。
「……そんなに、哀しかったのかな? ルートサンが死んだことに絶望して、引きこもるほど」
 ボクがそれを口に出すと、応えたのは意外にも奇里サンではなく松浦サンだった。
「どうかしら。あたしから見れば、皆ルートさんを慕ってるっていうより恐れているように見えるんだけど」
「え?」
(恐れている?)
 皆恐れて、閉じこもっているって言うのか?
 ボクの頭の中に、サイテーのシナリオが見え始める。
(まさか……)
 まさか全員で、ルートサンを殺したのか?
 もしそうだとしたら、今回のことはいくらでも説明がつくんだ。
 誰かが秘密を守るために殺しているとか、三清以外のそれを知った人物が復讐のために殺しているとか……
 そんな思考に走るボクを、とめるように奇里サンが声をあげる。
「松浦さん! ……そんなことはありませんよ。皆さん本当にルート様が大好きだったのです。心から慕っていたからこそ、今こんな状況になっているわけですから。私たちもそれがわかっているからこそ、彼らには何も言えないのです」
「――奇里さんは?」
「え?」
 不意に言葉を挟んだのはシュラインサンだ。
「閉じこもりたいとか、思わないんですか?」
「?!」
(そうか)
 戸籍上は彼らと同じ立場にいる奇里サン。奇里サンの言葉が真実なら、奇里サンもそうなっておかしくないはずだ。
 すると奇里サンは。
「……私は、ルート様に皆さんのことを頼まれているのです。ですからあんなふうになるワケには……」
 声は小さかった。そして酷く、哀しそうな雰囲気をまとう。
「――そういう質問は、ルール違反じゃないの?」
 先ほどまで和やかな顔をしていた松浦サンが、奇里サンを庇うように割りこんできた。
「そうね……すみません、奇里さん」
 シュラインサンは素直に詫びる。
「いえ……」
「ねぇ奇里ちゃん、そろそろ戻らないと」
 松浦サンはそう奇里サンに告げてから、ボクたちの方を向いて。
「質問は、あと1つだけね」
 どうやら早く、ボクたちと別れたいようだ。
(何か地雷を踏んだのかな……?)
 あと1つ――と言われて、シュラインサンは思い出した。
「鳥栖氏と白鳥さん、階段を上がっている時に落ちたのか下りている時に落ちたのか、わかりますか?」
 それはみなもクンに訊くよう頼まれていた問いだった。
「……わかる? 奇里ちゃん」
 松浦サンは知らないようで、奇里サンに振っている。
 奇里サンは小さく頷くと。
「ええ。最初の一撃で、即死だったのではと聞いています。それは額の窪み――つまり、下りている時ではないかと」
 確かに、上がっている時なら最初の一撃は後ろの方になる。
(つまり)
 もしこの事件に犯人がいるならば、3階の人々が怪しいということだ。階段を下りている時に押されたと考えれば。
「じゃああたしたち中に戻るわ。行こ、奇里ちゃん」
「え、ええ。じゃあ失礼します」
 奇里サンを無理に押して、松浦サンは引きあげようとする。
「――あ、待って」
 シュラインサンが遠ざかる背中に控え目に呼びかけると、2人の足がとまった。
「言い忘れていました。――ご冥福を、お祈り致します」
「……ありがと」
 松浦サンが返し、奇里サンが頭を下げた。
 そして2人は、鑑賞だけを許す城の中へ――。



■鎖された部屋【鑑賞城:ルートの部屋前】

 翌日、ボクたちは4人で鑑賞城へと向かった。まず確かめたいのは白鳥サンの部屋よりも。
(隠された、ルートサンの部屋)
 昨日ボクとシュラインサンは、興信所へ戻った時聞いたのだ。3階にはもう1つ、ルートサンの部屋があるのだと。そしてそれは、大きなタペストリーと観葉植物に隠されている。
 お城にはまだ多くの警察官が残っていたけど、奇里サンの計らいで中に入れてもらえることになった。
(昨日よりも少し)
 絵瑠咲サンに――絵瑠咲クンに近づく。
 入城に成功したボクたちは、応接間にも寄らずまっすぐに階段を目指した。階段のまっすぐ先を。下からでもタペストリーが見えるのだ。あれがなければ、ルートサンの部屋のドアが見えるのだろう。
 今日はセレスサンも一緒に3階へあがる。車椅子から降りると、セレスサンは杖と手すりを使い懸命に足を動かした。残された車椅子を上まで運んでくれているのは影山サンだった。
 その影山サン以外の全員が3階にたどり着くと、ボクとシュラインサンがタペストリーの両端に置いてある観葉植物をどけた。セレスサンとみなもクンは間へと進み、みなもクンがやけに大きなタペストリーを捲りあげる。その後ろから。
「! 本当にあった……!」
 丸いノブのドアが現れた。
 セレスサンがゆっくりと手を伸ばし、触れる。そしてその手が回され――
「…………」
 セレスサンの動きがとまった。
「? どうしたんですか?」
 セレスサンはノブから手を放すと、みなもクンの問いには答えず。車椅子を引きずりながらやっと上まであがってきた影山サンを振り返った。
「……ふぅ、1人で大丈夫だとは言ったが、思ったよりも重いな」
 影山サンの額には汗が見えている。
「影山さん。この部屋の鍵はありますか?」
 どうやらドアには鍵がかかっていたようだ。
「なんだ、お前たちもこの部屋を調べに来たのか」
(え?)
「”も”って……?」
 気になったボクが問うと、影山サンは。
「昨日あの……鳥栖の知人だという2人組みも、その部屋を調べていたぞ」
「あら、戒那さんたち?」
 頷く影山サンに、セレスサンがもう一度問いかける。
「それで、鍵は何処にあるのですか?」
「鍵? そのドアの鍵は内側からしかしめれんし開けられんが?」
「え……」
「なんだ? 閉まってるのか?!」
 それ以上反応できないセレスサンを押しのけて、影山サンがノブを握った。
  ――ガチャ ガチャ ガチャ
 やはり回らない。
「そんな……!?」
 珍しく酷くうろたえている影山サンに、冷静なシュラインサンの声が飛ぶ。
「どうにかして破れませんか?」
「――そうだな。斧を持ってこさせよう。身体でドアを破るのは危険だ」
 その声に冷静さを取り戻して、影山サンは松浦サンの名を呼びながら階段を駆け下りていった。
 影山サンが危険だと言ったのは、ドアと階段の距離が近いからだろう。下手をすれば体当たりした反動で落ちかねない。
 影山サンが戻ってくるのを待つ間に、セレスサンは車椅子へと腰かけた。
 ボクはまだ、開かれないドアを見つめている。
「これってさ……この部屋の中に、人がいるってことなんだよね?」
 さっき影山サンは言っていた。
(このドアの鍵は、内側からしか掛けられない)
 だからそれを解くのも、内側からでなければダメだと。
「そう、なりますよね」
 応えるみなもクンの声は、どこか乾いていた。
 やがて1階からバタバタと足音が聞こえる。それは1つや2つではない。
「! 戒那さんと水守さん……」
 見ると、斧を持って階段を駆け上がってくる影山サンの後ろから、戒那サンと未散サンがやってくるのが見えた。そしてその更に後ろからもう1人、松浦サンだ。
「ルート氏の部屋に鍵がかかってるって?!」
 ちょっとやそっとのことでは驚きそうにない戒那サンでも相当驚いたようで、3階にたどり着くなりノブに手をかけた。
「……! どうして……昨日は鍵なんて……」
「さがってくれ。これでドアを破る」
 影山サンが前へ出ると、皆少しずつドアから離れた。タペストリーは邪魔なので取り払ってしまう。
 影山サンは意を決したように、大きく斧を振り下ろした。その音につられるように、下から数人の警官も何事かと顔を出す。
 何度か斧を振り下ろすと、ノブの脇に小さな穴ができた。影山サンは斧を松浦サンに手渡すと、その穴から手を差し入れ、鍵を外そうと試みる。
  ――カチリ
 簡単に、鍵の外れる音がした。
 穴から手を抜いて、今度は外側からノブを握る。
「気をつけた方がいい。誰かがいるかもしれない」
 戒那サンの忠告に、影山サンは無言で頷いた。
 少し軋んだ音を立てて、ドアは開かれる。



■残されたもの【鑑賞城:ルートの部屋】

 足を踏み入れたルートサンの部屋は、ボクたちが唯一見ることのできた”三清”の――鳥栖サンの部屋とはまったく異なっていた。
(ただ同じように)
 誰もいなかったけれど。
「ルートさんが干渉嫌いじゃなかったって、部屋を見れば丸わかりですね」
 みなもクンが発した言葉に、セレスサンが頷いて応える。
「応接用のソファとテーブル……それに来客を楽しませるための装飾品の数々。まるでどこかの社長室のようですね」
「……そっか、この部屋は防音加工されてないんだ。だからドアに簡単に穴開けられたんだねー」
 キョロキョロと部屋を見回していたボクは、そう納得した。
 もしこの部屋にも他の部屋と同じように防音加工がなされていたら、ドアだって木製ではなかっただろう。
(でも木製じゃなきゃ)
 例え斧でも破るのはきつかったはずだ。
 物珍しそうに部屋を眺めるボクたちとは対照的に、戒那サンと未散サンは、部屋の奥にある立派な机の上を眺めて、一歩も動かない。
 そんな2人の様子に、最初に気づいたのは影山サンだった。
「どうした?」
 同じ場所に視線を移すと、机の上には一冊の本が置いてあった。
 戒那サンがゆっくりと唇を動かす。
「――昨日はこんな本、なかったんだ」
「?!」
 未散サンがその本を手にとって、ぺらぺらとめくった。ページの間から1枚の紙が落ちる。
「!」
 まるでそこだけスローモーションのように、ゆっくりと、ゆっくりと。
 その紙は、ボクたちに何かを主張するように。文字をこちらに向けて着地した。
 未散サンの手から、本が落ちる。
「ど、どうして……?!」
 未散サンが何に驚いているのか、ボクたちにはわからなかった。でも戒那サンは、未散サンと同じように驚いていた。
 そして影山サンに告げる。
「奇里くんを……呼んできていただけませんか?」
「何故だ? その紙と関係があるのか?」
「”Hort(ホルト)が欲しければ Nibelungen(ニーベルンゲン)を倒せ”――これはルート氏が亡くなった際に”三清”にのみ明かされた、ルート氏の遺言です」
「な……っ」
(ルートサンの遺言?!)
 でも遺言にしては、意味がわからない。だからこそ奇里サンに訊いてみようと言うのだろう。
「しかも清城(きよしろ)弁護士の話によれば、遺言の公開は口頭でのみ行われた。よってこの紙を、誰かが持っているはずはないんだ」
「! ということは、その紙は……」
 合いの手を入れたセレスサンに頷く。
「昨日見たルート氏の筆跡と、まったく同じように見えるよ」



 奇里サンは既に、青ざめた顔をしていた。きっと来る途中に影山サンから話を聞いたのだろう。
「奇里ちゃん大丈夫?」
 松浦サンが心配そうな顔で奇里サンを迎えている。
「奇里くん、これはルート氏の筆跡に間違いないね?」
 戒那サンが先ほどの紙を渡すと、奇里サンは文字の部分を指でなぞり始めた。それでわかるのだろうか。
 やがて。
「――間違いありません。そしてこの内容も……遺言のままです」
「!」
「影山くんは?」
 渋い顔をしていたが、それでもこくりと頷いた。
「筆跡は、ルート様と酷似しているようだ」
「では奇里くんに訊こう。この遺言の意味は、一体なんなんだ?」
 皆の視線が奇里サンに集中する。奇里サンは既に、いつもの冷静さを失っていた。
「知りませんよ! それを聞いた時、私だって困惑したほどです。知りたいならば他の三清に訊いて下さい! 皆に三清であることを隠していた私は1人だけ別の日に聞きました。その遺言を聞いた時彼らがどんな反応をしたのか私は知らない。けれど自分の反応はよく知っている! 清城さんに訊いてみればいいでしょう?!」
「落ち着け、奇里!」
 影山サンが宥めるように声をかけた。
 しかし戒那サンは、彼をさらに煽る。
「訊いたよ。キミは困惑したはずがない。何故ならそのフレーズを、既に知っていたはずだから」
「?!」
「説明されたのでは? 事前にルート氏から」
「違う! それはルート様の口癖だったのですっ。だから私たちは全員知っていた!!」
「それは嘘だ」
「な……っ」
 冷たく遮った戒那サンの目が、少し怖い。
「キミは知りませんでしたよね? 影山くん」
(そうだ)
 同じようにルートサンに仕えていたという影山サンは、そのフレーズを聞いた時何の反応も示さなかった。
「――ああ。私は聞いたことがない」
 案の定影山サンは頷いた。
「ちょっと影やんっ」
「でも今は……それ以上の追及を許してくれないか。奇里を休ませたい」
 しかし続けた言葉は、奇里サンを疑うものではなかった。
「影山さん……」
「お前も冷静になれ。私とお前では、最初から立場が違うのだから」
「――すみません」
 そうして2人は、部屋を出て行った。
「いいの? 戒那くん」
「仕方ないだろ。ああ言われて続けるわけにはいかない」
 未散サンの言葉に、戒那サンはため息をつきながら返した。
「それに、逃げられるわけじゃないものね」
 シュラインサンが付け足す。
(そう)
 きっと逃げられない。
 この城からも。ルートサンからも。
 だからあの人たちは、皆ここに残っているのだから。

     ★

「――ところで、紙が挟まってたのは何の本なの?」
 妙に重苦しくなってしまった雰囲気を打開しようと、ボクは問いを投げかける。すると一度は床に落とした本を拾っていた未散サンが、タイトルを読み上げてくれた。
「ええと……『狂王ルートヴィヒ』。ルートヴィヒ2世に関する本ですね」
「あら、あたしその本読みましたよ」
 そんな反応をしたのは、みなもクンだ。
「えぇ?!」
「一昨日図書館で借りたんです。今回のこと、ルートヴィヒ2世と関わりがあるから、何か役に立つかなーと思って」
「――で、役に立った?」
 シュラインサンが問うと、みなもクンは少し頭を傾げた。
「うーん……実際のところよくわからないんですけど、何故ルートさんがルートヴィヒ2世を好きになったのか、わかるような気がしました」
「へぇ。2人は似ていたの?」
 問ったのは戒那サンだ。その問いが的を射ていたようで、みなもクンは嬉しそうに説明を始める。
「そうなんです! ルートさんは小さい頃に母親を亡くしていて、日本人だった父親について日本に戻って来てからは、本当に窮屈な生活を送っていたようなんです。家はドイツ人と結婚し子供までもうけた父親を恥ずかしく思っていたし、ルートさんもその対象だった。でも子供はルートさんしかいず、後継ぎは自然ルートさんということになって……ルートさんは自由を封じられていながら様々な教育を受けることになったんです」
(じゃあルートヴィヒ2世の場合は?)
 訊かなくったって、簡単に想像できた。
「そっか。王様の息子――王子なら、最初から自由なんてないし、無理やり教育もさせられるよね」
 自然と言葉に同情が入る。
「そう。でもルートヴィヒ2世は、芸術と――ワーグナーと出会うことでそれを乗り越えていった。戦争を嫌い、それはもうやりすぎなくらい芸術の振興に力を注いだんです。国庫のお金を使い切ってしまうほど」
「――それっていい話なの?」
 呆れたように口を挟んだのは、残って話を聞いていた松浦サンだ。それにセレスサンが返す。
「そうやって造った数々の城も劇場も、今ではドイツの観光産業を支える大きな目玉になっているんですよ。それらは現在のドイツに、莫大な収益をもたらしている」
「だからこそ今もなお、ドイツの人々に愛されているんです。ルートさんはきっと幼い頃の境遇を重ねて、自分もそんな存在になれたらと思ったんじゃないでしょうか」
 みなもクンはそう終えた。
(そうか……彼は夢を見たんだ)
 同じような過去を持つ2人は、同じようになれるのだと。
(同じように)
 なろうとしたんだね。
 むしろそれを、超えようと――?
(この部屋で)
 ボクたちは初めて、ルートサンに近づいたのかもしれない。
(大人になりたいと思えないボクには)
 そんな彼の気持ちなんて、わかるはずはないけれど……。
「――なんだ、まだここにいたのか」
 不意にドアから影山サンが顔を出した。奇里サンをおいて1人で戻ってきたようだ。
「白鳥の部屋を見るなら見れるが……どうする?」
「もちろん見ますよ」
 即答したのはシュラインサンだ。
 そうしてぞろぞろと、ルートサンの部屋を出る。
「――あれ? この鍵……」
 ドアを通る時、何気なく鍵を見たボクは声をあげた。
(誰かがしめたからこそ)
 掛けられていた錠。
 しかし中には誰もいなかったのだ。これはいわゆる”密室”というヤツだった。
(でも――)
「ああ、だから中に人がいなくても鍵をかけれたんだ」
 ボクはその鍵を見て、答えを看破する。
「?」
 不思議そうな顔をした皆に、説明した。
「きっとこれを押すと、ノブが回らなくなるんだよ。それでそのまま部屋の外に出てドアを閉めれば、さっきの状況になるよね?」
 そうしたら誰も、中にいる必要がないのだ。ただし入るには、今したみたいにどこかを壊すしかないけれど。
(誰かのいたずらだったのかなぁ?)
 それも犯人の――
 ボクのその推理は当たっていたらしく、影山サンがボクの頭をポンと叩いた。
「それが正解だ、ボウ――蓮。以前は鍵などつけていなかったのだが、亡くなる直前にルート様の希望で私が取り付けた鍵だ。取り付けたと言ってもノブ自体を取り替えただけだがな」
 言い直したのは、ボクが絵瑠咲サンに気に入られているらしいことを知ったからかもしれない。



■絶え間なく襲う謎【鑑賞城:白鳥の部屋】

 白鳥サンの部屋は、鳥栖サンの部屋とよく似ていた。――いや、本の数はずっと少ないんだけど、パソコンと本以外他には何もない。
「やっぱりSOHO系の本が多いわね」
 本棚を眺めていたシュラインサンが呟いた。
「こういう本って、全部ネット通販なんですか?」
 みなもクンが訊ねると、影山サンは。
「まぁ大体はそうだが、たまに頼まれて私が買いに行くこともある」
「――そういえば」
 白鳥サンのパソコンを眺めていた未散サンが、思い出したように口を開いた。
「鳥栖さんのパソコンの中身って、警察が持っていったままでしたよね? 何か残っていたんですか?」
 問われて影山サンも、思い出したようだ。
「ああ……いや、中身はまっさらだったそうだ」
「まっさら?」
「私はパソコンに詳しくないのでな。よくわからないのだが、何も残っていなかったと。白鳥のパソコンも同様で、だからそれの中身はそのままだぞ」
「!」
 言われて未散サンは、パソコンの電源を入れた。もどかしい数秒間が過ぎ、立ち上がった画面は――
「……ご丁寧に再セットアップされてる……」
 つまりは何も、残っていないのだ。
「目的は情報だったんでしょうか……」
 セレスサンが呟く。次から次と、変わってゆく状況。
「鳥栖氏のパソコンも再セットアップされていたというわけか」
「でも……再セットアップって簡単に言うけど、あれって結構面倒な作業よね。もし情報を奪ったのだとしても、わざわざそんなことするかしら」
 戒那サンにシュラインサンが続けた。確かに再セットアップは、時間がかかるし何かと面倒なのだ。それなら――
「……自殺をする人って、自分の身の周りを片付けたりしますよね……」
「!」
 みなもクンが口にした言葉は、皆が考えていたことと同じだったんだろう。
(他人がやったっていうより)
 自分の意思でやったっていう方が、しっくりくる。
 皆が皆の、顔を見合う。
 静寂が部屋を包んだ。――それを、戒那サンが破る。
「サイコメトリー、してみるか」
 そうして手を、パソコンに翳した。
 目が閉じられる。
 戒那サンは少し、辛そうな顔をしていた。これをやる時はいつもこうなのだろうか。
 やがて手を離した戒那サンは、長い息を1つ吐いた。
「――このパソコンに触ったのは、おそらく白鳥しかいないだろう」
「じゃあ!」
「だがこうも考えられる。2人のパソコンが同時期に厄介なウィルスに感染したため、再セットアップせざるを得なかった」
「あ……っ」
「なにやら慌てていた様子が見えたから、こちらの方が信憑性が高いように思う」
 それはある意味、初めてもたらされた答えだった。



■絶対に解けない【鑑賞城:応接間】

 応接間へ行くと、先ほどよりもずいぶんと落ち着いた感じの奇里サンが待っていた。
 ボクたちを前に、もう一度同じ言葉をくり返す。
「私は――本当に知りません。あのフレーズがルート様の口癖であったということは本当なのです。おそらくルート様は、”三清”の前でだけそれを口にしていたのでしょう」
「だがそれは、口癖とは言わないだろう? それがもし本当であるのなら、ルート氏はあえてそれを”聞かせている”ように思える。キミたちだけに」
 戒那サンの言葉は、相変わらず揺るぎなかった。
「ですが――」
「その人の言ってることは本当よ」
「?!」
 不意に聞いたことのない声が割りこむ。まるで以前影山サンが現れた時のように、戸口に人が立っていた。
 ――絵瑠咲クンだ。
「わたしにはわかるもの。本当よ」
 もう一度くり返す。
「絵瑠咲……?!」
 あの時の同じように、影山サンが名を呼んだ。
(ボクを――迎えに来てくれたの?)
 しかし絵瑠咲クンはそこから動かない。口だけが、切り離されたように動いていた。
「でもあなたたちには、絶対わからないわね」
 クスクスと笑う。
「絶対に解けないわ」
 そこからはとまらなかった。

「真実を知っても、絶対に解けない」
「この事件の犯人は、ルートヴィヒ2世よ」
「彼が殺している」
「おじい様も、お父様も、皆」
「皆同じなんだもの」
「同じ場所を目指しているから」
「誰も逆らえないのよ」

「――あ」
「喋らないで!」
 何かを言おうとしたシュラインサンを、ボクが遮った。
「問いかけちゃダメだよ。問われるのを待たなきゃ」
(そうしなければ絵瑠咲クンは)
 目的を果たすよりも先に、逃げてしまうだろう。
 するとそんなボクを見て、絵瑠咲クンはにこりと笑った。
「ねぇ蓮くん。今度ゆっくりとお話をしましょう? 明日――いえ、明後日がいいわ。また来てね?」
 名乗ってもいないボクの名前を呼ぶ。
(ああ……やっぱり彼女は)
 すべてをわかっている。
「わかったよ」
 頷いて、返事だけ返した。
「子供同士、話をしましょう」
(すべて聴こえている)
「ずっと子供でいたいと、願う者同士、ね」
 ボクの声も、焦燥も、戸惑いも、祈りも。
(わかっているんだ)
 言い終えた絵瑠咲クンは、消えるように戸口から離れた。
「絵瑠咲さん!」
 未散サンが部屋の外まで追っていく。けれどすぐに諦めて戻ってきた。
「自分の部屋に戻ったみたい」
「――蓮くんを誘うために来たのかしら」
 シュラインサンが発した言葉に、ボクは思わず反応した。
(まだ――ボクしか知らない)
 確かに絵瑠咲クンはボクを誘いに来たんだ。理由などわからないけれど、それは疑いようがない。
「明後日、ね。何が起こるんだ? 3日前に死んで昨日死んで、もし明日また人が死ぬなら……その後、ということになるが」
 戒那サンの言葉に、影山サンがキッと顔を上げた。
「物騒なことを言わないでもらおう。今夜は警察も何人か残ることになっている」
「それなら安心ですね」
 胸を撫で下ろすように、みなもクンが呟く。
「……蓮くん? どうしたんですか?」
 セレスサンが声をかけてきた。ボクはさっきから自分が俯いたままだったのに気づき。
「――多分」
 やっとそれを口にする。
「あの人は……人の心が読めるよ」
「?!」
「絵瑠咲が……?」
 だからボクを誘った。
(きっと”叱られたくない”んだ)
 子供のままでいられたら、それは些細ないたずら。自分でそれをとめることができないのなら、自分がずっと、子供でいるしかない。
(子供のままで)
 遊んでいるしかない。
 永遠の、”子供”同士で――。

■終【狂いし王の遺言 =転=】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|PC名         |属|年齢
職業|
1252|海原・みなも      |女|13
  |中学生
1883|セレスティ・カーニンガム|男|725
  |財閥総帥・占い師・水霊使い
1790|瀬川・蓮        |男|13
  |ストリートキッド(デビルサモナー)
0086|シュライン・エマ    |女|26
  |翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0121|羽柴・戒那       |女|35
  |大学助教授
※NPC:水守・未散(フリーライター。実は超絶若作り(?)の56歳)



■ライター通信【伊塚和水より】

 この度は≪狂いし王の遺言 =転=≫へのご参加ありがとうございました。
 やっとこさ無事に2日目・3日目の捜査を終えることができました。重ねて、ありがとうございます^^
 今回の調査でそれぞれのPC様が入手した情報は、各ノベルを見ていただくか、次回オープニングで確認することができます。物語をより深く楽しんでいただけると思いますので、よろしければご覧下さいませ。
 さて瀬川・蓮様。なんだかじらしにじらしてしまってすみません(笑)。このお話は情報量がかなり多めなのでプレイングを書くのも一苦労と思いますが、細かく書いていただく必要はまったくありませんよ^^ 書ける範囲で自由に書いていただければ、こちらでお楽しみいただけるよう頑張りますので!
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝