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勉学中
日本へきたとき、友人に言われた。情報を収集する上で、パソコンは必須なのだ。と。
その言葉を受け、ラクス・コスミオンは考える。
(ぱそこんとは、いったいなんなのでしょう…)
と。
自分が常日頃通いつめていた『図書館』にはないものである。というのは確かなことだ。首をひねって考えて、けれど結局判らなくて。気がつけば、その友人よりパソコンを借り受けていた。
見たことのないものが目の前にある。興味深げにまじまじと見やってから、ラクスは教えられるまま、キーボードに触れてみた。
が、ラクスのライオンの手にとって、人間の使う大きさのキーボードは小さすぎた。思った文字が入力できない。
どうしたものかと思いながらなおも弄っていると、友人の呆れたような視線を感じる気がした。
「……ライオン用のきーぼーどなんてものは……」
ちょっとだけべそをかきながら売ってないかと尋ねようとしたが、言い切る前にきっぱりといわれてしまった。
そんなものはない。と。
(と、とりあえず、爪で……)
わずかばかりしゅんとなりながら、指の先、爪を器用に立てて再度キーに触れる。
すると、先ほどよりは思った通りに動いてくれる。先ほどは一度に五つばかりの文字が打ち込まれてしまっていたが、何とか一つずつにはなったのだ。
やっと安心したように、ラクスはゆっくりとキーを打ち始める。が、それも長くは続かないのであった。
しばらくパタパタと音を立ててキーボードを弄っていたのだ、が…
パタ、かしゃ、ガシャ…パタパ…がりっ。
わけの判らない謎な音がした瞬間、キーが一つ、飛んだ。
飛んだキーはラクスの額にジャストミート。かつん、からからと音を立てて落ちたものを目に止め、何が起こったのだというように目をぱちくりしながら。もう一度キーボードを叩き出す。
が、また一つ、音を立ててキーが飛ぶ。
どうやら、爪では壊れてしまうらしいことを、友人に思いっきりどつかれてから悟ったのだった。
ラクス大ピンチ。
情報収集のためにはパソコンは必須。けれど、それが使えない。さぁ、どうするどうする。
しばしおろおろとうろたえていた彼女だったが、結局、もとのものより大きめで固めのキーボードを買ってもらうことにした。
目の前に置いたでかボードを、さっきまで叩いていたボードと比べ見て、思わず拍手するラクス。
早速練習再開だ。
やはり思うようには行かないながら、先ほどよりは幾分軽快にキーを叩く。
それなりに何とかなっているのを自覚すると、慣れてしまえば楽しいものだと思えた。
鼻歌交じりにかしゃかしゃやっていると、友人からステップアップを告げられた。
「………いんたーねっと?」
またしても聞きなれない単語に首を傾げるラクス。だが、インターネットとはなんぞやということを聞くうちに、だんだんとその瞳が興味に輝きだした。
図書館にも並ぶ知識量。それが、この小さな箱の中に収まっているのだ。なるほど納得。日本での情報収集に、このパソコンは欠かせないものだ。
その知識を得てゆくということを考えると、学習欲がうずく。思わず酔ってしまいそうだった。
しかし、そこに立ちはだかるのはやはりキー打ちだった。
練習中はとろとろ慎重に打ってきたが、流石にそればかりではいられない。ラクスはうむと唸って思案すると、ぽん、と手をついた。
パソコンの練習は一時中断。ラクスはとある物を製作しだしたのだ。
時たま奇怪な音など立てながら作るそれに、きっと友人は訝しげな目をすることだろう。が、いまは流すべし。だ。
そうしてしばし経った後。
「ふぅ……出来ました」
爽やかにっこり額に光る汗拭い。ラクスは出来上がったものを見やり満足げに頷いた。
そこにあるのは腕。そう、まごうことなく腕だった。本物と見間違うほど精巧、となると流石に気味が悪いのでそこまでではないが、よく出来たものだった。
その腕をとんとんと指で叩けば、ふわりと宙に浮く。右へやったり振ってみたり、何度か動かしてみるが、支障は無い。
「この腕があれば、きーぼーどもすぐに攻略です」
ぐっとは握れぬライオンの手だが、気分だけでも握り拳。
そんなラクスの代わりにギミックの右手がぐぐっと握り拳を作っていることに、彼女は気付いていないのだが。
そんなことはともかく。作った腕を従えて、パソコンの前に戻ってくる。
やはり唖然として見てくる友人。その視線はサラっと流し、再びキーボードに向かうラクス。
浮いた腕をキーボードの前でセットし、カタカタと打たせてみる。なかなか好調だ。打ち込む早さも飛躍的に上昇傾向。これに慣れればキーボードも余裕攻略確定だ。
「ぱそこんというのは、楽しいものですね」
あくまで情報を得るためのものとして始めたパソコンの勉強。
その勉強が楽しんでできるならばそれに越したことは無い。
ラクスは今日も、鼻歌交じりにキーボードを叩いているのであった。
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