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<東京怪談ノベル(シングル)>


流砂

求めれば遠くて、求めなければ近くて。
――本当は何処にあるの?

……本当。

字で書いても意味がよくはわからない。
「真実」と書いて「ほんとう」と読ませるものもあるけれど……これもやはり意味がわからない。

求めたら求めただけ。
無いのならば、無いままに。

――全てがそうであればよかった。

何も知らないままでは、いられないのなら。


部屋の隅で、かたん……と砂時計が音を立てる。
ゆらゆら、ゆらゆら。
まるで記憶を辿るように、緩やかに――ただ砂が。



                        ***


御堂譲の思い出は砂のように流れ落ちてゆく。
記憶は、いつも光と共にあることは無く色合いは光をともなわないセピア色。

何よりも大好きで、ただ傍に居るのが当然で、ずっと変わらないと思う人が目の前から存在を消した、その日から。
記憶の風景は色褪せた――まるで色彩全てに興味を失ってしまったかの如く。

――その人物の名は「さやか」

くるくる変わる明るい表情。いつも笑顔で、僕の心を照らしてくれていたね。
僕が沈んでいたら、それこそ大騒ぎをして。
僕の心が暗いところに無いよう、常に細心の注意を払ってくれていた。
甘えたがりの部分もあったけれど、依存するでなくそれでも互いのラインがちゃんとあって。
その境界線が小気味よくて大好きだった。


良く君が口ずさんでいた――歌。


それさえも、今は――聞こえない。


空は同じところに続いていると言う。
水もやがては海になる。
けれど。
きっと見ている色は違うね、僕にはやはりそれが理解出来ない。
続いている筈の空の色が違うことも、水が海へと変わることも場所を違えて君が違うところに居ることも。

あれは、何時の日のことだったろう。
かなり寒い日が続いている頃だったから、多分あれは冬の半ば頃。
春の息吹すらまだ感じられない凍てつく冬の、日々。
僕は君に電話をかけている……外の風が窓を叩いていた。カタカタ、カタカタ、軋むように。
葉が、ひらひらひらひら音も無く舞い続けては落ちて。

「……ごめん、暫く逢えない…都合がついたら連絡する」
「そう、解った…言いたいことがあったけど……またそのときだね」

この時は本家の事とかでごたごたしていて、相手のことを思いやれる余裕もなくて、お互いが忙しい日々をかけまわるように、逢えなくなっていった。
甘えたな彼女の事だから寂しく思っているかもしれない……頭の隅に、相手の顔が浮かぶのに何も出来ないもどかしさ。

何故、この時――無理をしてでも一言。
いいや、ただ逢って抱きしめるだけでも。



さらさら、さらさら。――砂時計はただ音を立て続ける。



                        ***


そうして世界は閉ざされた冬から春へと移り変わり……
「え?」
一瞬、酷く自分の耳を疑ってしまう言葉が。
いやに、音となって残った。
まるで口の中に砂が入ったかのようにざらりとした感触に、再び問い返す。
「もう一度、言ってくれないか」と。

留学するの、と目の前に居る少女は譲へ告げた。

冬、お互いが忙しい時期にちょうどその話が持ち上がっていて最終選考に残れたと。
話したかったけれど、お互い忙しかったでしょう?
だから、言えなかったの……ごめんね…哀しげに顔が歪む。

――いいや、もしかしたら歪んだように見えたのは自分自身の願いだったのかもしれない。

君が、僕を大事だったと思っていてくれたこと。
忙しいのを理解して、尚、自分でちゃんと立っていた君だから、余計に。
だからこそ夢を叶えるべく頑張ってもいたのを僕は知っている。
ああ――なら、祝福しなくてはいけない。
君の道、君が立つ新しい世界へと向けて、笑顔で送り出さなくてはいけないね。

……譲の胸の奥にぽっかりと空虚な穴があく。
痛みを伴えない、痛み。

結局、譲はいつも自分が相手に対し何も出来ない、と言う事に気づく。
大好きな人でさえ、幸福には出来ない。
忙しくなってしまえば一時的にせよ連絡を絶ってしまえる冷静な自分。
何処か、自分自身がおかしくはないかと考え、いいや忙しくなればそれは当然のことだ、と言う自分自身の声も聞こえてくる。
どちらを優先すべきだったのか。解らないままに感じない痛みを無視して、心、閉ざして鍵をかける。


暮れてゆく陽を眺め、今は遠く過去を思い返す。
陽は譲の顔さえも夕暮れの色に照らしてゆくのに、彼は微動だにせずに吹く風にも暮れる陽にも興味を示さないまま。
傍らで黒い子猫が心配そうに、鳴いた。


(――果たして僕は本当に誰かを)


『大事』だと考えていた人でさえ、何時しか夢を叶えるために飛び立ってゆく。
言葉で告げることさえ出来ないままに、何時の日にも。
大事だった親友、大事だった恋人――全てが自分の掌から奪われてゆく。


……『本当』とは一体何なのだろう……。


決して手に入らないもののことだろうか?
なら初めから、手の内になど入ってこなければ良い、すり抜けてしまえばいいのだ。
すぐさま消えてしまうというのなら尚更――期待などさせずに無ければいい。


全ては……ゼロか全てか、それ以外なら「要らない」から。


本当の事なんて解るわけが無い。
自分の中で思うことなんて、決して言わない。――どうせ、消える。消えてしまう人に何を思い、言うのか?
どれだけ捧げても消えるのなら傷も無く、何も無く自分の本意など見せずに日を過ごす、それが一番いい。


求めれば求めるほどに遠くに行くと言うのならば、決して思いを傾けない。そう、決めたのだから。


さらさら、さらさら。
流れ落ちる、髪のように。
掌から、砂時計が示す硝子からも、砂――落ちては、消える。
まるで砕かれた思いの如く。緩やかに。



―End―